想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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38.ヤジュ様に会いに行こう

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 フィラの三家のことは、夜斗が説明してくれた。
 フィラを治める最高位のフェルティガエを輩出する血筋。
 攻撃のファルヴィケン、防御のチェルヴィケン、均衡のピュルヴィケン。
 そのチェルヴィケンの直系の、私……。
 「何かの間違いじゃ」と言ったけれど、夜斗は首を横に振って、きっぱりと言い切った。

「女王の託宣に間違いはない。お前は――こっちの世界の人間だったんだよ」

 でも……そんなの、おかしい。
 じゃあ、ママは?
 ママは……ひょっとしたら、何かを知っているのかな。
 それとも、ヤジュ様の術で忘れさせられているのかな。
 いや、違う。パパのことを思うママの様子は本物だった。
 きっと、何か秘密があるんだ。

「まぁ、まだ何も分からないけど、長く途絶えていた三家がこうして巡り会ったんだ。これからどうにでもなるさ」

 夜斗が明るく言った。

「え……」
「ファルヴィケンと、チェルヴィケンと、ピュルヴィケン。……フィラの三家だよ。こうして、何十年ぶりに顔を揃えたんだから」

 ユウと、私と、自分を指差す。

「あ……」

 私達はお互いを見回した。
 そっか。そういうことになるんだね。
 絶えていたはずの二つの家は、実は存続していた。血は繋がっていた。
 フィラを再興しようとしている夜斗にとっては、嬉しいことなんだろう。

「こうやって出会ったのは、そのヤジュ様って人のおかげだろうから、感謝しないとな」

 夜斗はそう言ってニッと笑った。私も笑った。
 ユウはちょっと笑うと
「僕は夜斗には会わなくてもよかったけどね」
とボソッと言った。

「お前ね……」
「大丈夫よ、夜斗。ユウが『僕』って言う時は、本心じゃないから」

 私がそう言うと、ユウは少しきまり悪そうな顔をして海の方に行ってしまった。

「キュィィ……」

 そのとき、遠くからサンの声が聞こえてきた。
 空を見上げると、青い塊がどんどん近付いてくる。
 そしてゆっくり下降すると、砂浜に降り立った。

「サン! ご飯は食べれたか?」

 ユウが駆け寄って聞くと、サンは「キュゥ!」と答えた。

「サン、お帰り!」

 背伸びして頭を撫でてあげると、サンが「キュゥゥ……」と小さく鳴いて懐いてきた。

「だから、何でこいつは俺に砂を……」

 後ろを見ると、サンは今度は砂浜に穴を掘って夜斗に砂をかけている。
 夜斗は少し離れて不満そうに足元の砂を払った。

「……あ、わかった。ユウ、お前がそういう感じだから、サンが俺に意地悪するんだな!」
「関係あるの?」

 私が聞くと、夜斗は不満そうに頷いた。

「飛龍の仔はフェルティガの主の記憶も吸収して成長するんだよ。こいつの態度は、そのまんまユウの心を反映しているんだ。……よっぽど俺が気に入らないらしいな」
「……こういう協力関係になる前だったんだから、仕方がないよ。これから言い聞かせるから」
「頼むぞ、ほんとに……。こら、俺は敵じゃないんだっての」

 夜斗がサンに注意したけど、サンは「キュゥゥ」と少し鳴いて、また砂をかけていた。
 そうは言っても、サンはちょっと意地悪をするだけで、夜斗に噛みついたり暴れたりするわけじゃない。
 多分、ユウもそういう気持ちなんだろう。
 じゃあ、サンが私に懐いてくるのは……。
 ユウの顔をじーっと見上げると

「ん? どうかした?」

と、ユウが笑顔で聞いてきた。

「ううん……何でも」

 今、ユウの気持ちを聞くのはやめた。
 今度、ちゃんと二人っきりでユウと話をしよう。

「で、これからどうするの?」
「やっぱり、まずはヤジュ様のところだね。夜斗もそれでいい?」
「おう」

 ユウは私と夜斗の顔を見回した。

「念のため、夜になったら向かおう」

   * * *

 しばらく砂浜で休んでいると、ユウが前に言っていた通り、空の色があっという間に藍色に変わって、夜になった。
 夕焼けがないって……何か変な感じ。

「サン、俺たち三人を崖の上に運んでくれるか?」

 ユウがサンに言うと、サンは「キュゥ」と鳴いて私達三人を乗せてくれた。
 静かに上昇して、崖の上まで上る。

「東の林の……そう、この辺りだ」

 サンはユウに言われたところで静かに下降した。ゆっくりと着地する。
 サンから降りると、ユウは辺りを見回して、小さな横穴を指差した。

「あの穴の奥なんだ」
「穴? 何も見えないが」

 夜斗が不思議そうな顔をする。
 私には見えるのに……夜斗って目が悪いのかな、と思っていると
「ヤジュ様が隠蔽カバーしてるからだよ」
とユウが答えた。
 そして私の方を振り返って
「朝日は見えるよね?」
と聞いてきたので、私は「うん」と答えた。

「朝日には、ヤジュ様の幻惑や幻覚が効かないみたいなんだ」
「……じゃあ朝日には、ユウはずっと男に見えていたのか?」
「そうだよ」

 私が答えると、夜斗は「なるほどね……」と呟いている。何事かを納得したらしく、何度も頷いていた。

「……サンは入れないな」

 ユウが穴を見回して言った。私でも少し屈んで入らないといけないほど、入口が小さい。

「夜斗、サンに隠蔽カバーできるか? 昼間、エルトラ兵に姿を見られたみたいで……。俺たちはここに入ってしまえば見つからないけど、サンが見つかってしまうかも」
「わかった」

 夜斗が手をかざすと、サンの姿が見えなくなった。

「わー……透明になった……」
 私が驚いて言うと
「え? 俺のは効くのか?」
と夜斗が不思議そうに私の顔を見た。

「そうみたいだね。ヤジュ様以外の隠蔽カバーは私にも見破ることはできないんだね……。初めて知った」

 そう言って、そこにいるはずのサンの体に触れる。すると、急にサンが現れた。

「あれっ?」
「こら、お前は触るな」
「いたたた……」

 夜斗が私の頭をぐりぐりする。

「何でもかんでも吸収しやがって。それをコントロールできれば、だいぶん違うんだけどな。全く、二度手間じゃねぇか」

 夜斗が文句を言いながらもう一回サンに隠蔽カバーした。

「ごめんごめ……きゃっ」

 ユウが私の腕を引っ張って夜斗から引き離す。

「夜斗、前から言いたかったんだが、朝日に気安く触るな」
「ユウ、今のは私が悪かったんだし……。夜斗にお願いしてやってもらってるんだから、そんな言い方しちゃ駄目だよ」
「それとこれとは別だ」

 私達が押し問答している横で、夜斗は
「……ぶふっ……」
と吹き出した。

「何だよ」
「いやー……くくく……」

 夜斗が何を笑っているのか、私にはわからなかった。
 ユウはちょっと黙りこんだ後、「ほら行くぞ」と言って私の手をぐいぐい引っ張った。
 女の子の姿でなくなってから、ユウは急に男っぽくなった気がする。
 ……それとも、自分を押し殺すのをやめた結果なのかも知れない。

「さ、入るぞ」

 ユウが少し屈んでまず入って行った。そして私を手招きする。

「朝日も早く」
「……ねぇ、ユウ。私がここをくぐったら、ヤジュ様の力、消えちゃうんじゃ……きゃっ」

 後ろにいた夜斗が私の背中を押したので、私は前に転がってしまった。

「夜斗、何す……」
「不意をついて意識を逸らせば大丈夫らしい。前に学習した」

 夜斗がそう言いながら入ってくる。

「だからって乱暴にするな」

 ユウが夜斗を睨むと
「……めんどくせぇなぁ、もう……」
と夜斗が頭をポリポリ掻いた。

 中は思ったより広かった。狭かったのは入り口だけで、背の高い夜斗でも立ち上がることができる。
 遠くにほのかな光が見える。その光を頼りに、私たちはゆっくりと歩いていった。

「……あっ」

 少し広い空間に着いた。小さい本棚と椅子……そして、ガラスの棺。
 ガラスの棺の中では、長い白い髭を蓄えたおじいさんが寝ていた。
 覗き込んで、ハッとする。
 ……ユウに初めて会った日、白昼夢で見たおじいさんだった。

「この人がヤジュ様……?」

 すごく顔色が悪い。もう死期が近いことが、私でもわかった。

「……うん……」

 ユウもわかったのだろう。心なしか、ユウの顔色もよくない。ガラスの棺を開けようか躊躇っている。

 もし体をもたせるためにこの中で休んでいるのなら……開けてしまったら多分、それが最後。
 もう……死から逃れられない。

 私と夜斗は黙ってユウとヤジュ様を見ていた。

「……ユウディエンか……」

 しわがれた声が聞こえ、私達はハッとしてガラスの棺の傍にきた。
 ヤジュ様の目がゆっくりと開く。
 ガラスの棺が開いて……ヤジュ様がよろよろと起き上がった。
 何か暖かいものが棺を満たしているのがわかる。
 開けたところから漏れて……私の中に吸い込まれた。すごく体がポカポカする。

「……!」

 ヤジュ様がハッとしたように私を見た。

「アサヒ……か……?」
「あ、はい!」

 私はパッとガラスの棺から離れた。私が近くにいると、棺に貯めてあったフェルを根こそぎ吸収してしまう。

「あの、私、フェルを吸収しちゃうみたいで……。ごめんなさい」
「……」

 ヤジュ様は私をまじまじと見ると
「そうか……。だからなのか……」
と呟いて、ガラスの棺の蓋を閉じ……その上に座った。

 もう体がボロボロなのが、何となくわかる。どうしたら……。
 そうだ、私のフェルをあげれば……。

 そう思って切り出そうとすると、夜斗にグイッと引っ張られた。

「お前のを分けても無理だ。器が……体の方が、それを維持できないんだ」

 耳元でボソッと言う。
 夜斗の方を振り返ると、夜斗は黙って首を横に振った。
 そしてすっと、私の前に立った。

「初めまして、ヤジュ様。ヤトゥーイ=フィラ=ピュルヴィケンと申します。紆余曲折ありまして……朝日とユウの味方につくことになりました」

 夜斗が深々と頭を下げる。
 ヤジュ様は夜斗をじっと見ると
「そうか……。なかなか心強いではないか……。よろしく、頼む……」
と頭を下げた。

「ヤジュ様……言われた通り、朝日を連れてきました」
「そうだな……。ユウディエンには、苦労をかけた。……だいぶん無理をしたようだな」

 ヤジュ様がユウの顔を見て溜息をついた。
 そして、じーっと私の顔を見ると……にっこり微笑んだ。

「ずっとお前のことを……そしてルイのことを考えていた」

 ルイ……瑠衣子るいこ。ママのこと?

「私の知っていることは話しておかなくてはなるまい……」

 ヤジュ様は私たちの顔を一通り見まわすと、黙ってしまった。
 何から話せばいいのか考えてるのかも……。
 私が白昼夢で見たおじいさんと同じ人だけど、とてもやつれている。
 ユウを見ると、泣きそうな顔になっていた。

「……あの……」

 夜斗が膝をつき、ヤジュ様を見上げて切り出した。

「エルトラではそもそもヤジュ様の存在を認知していません。これほどのフェルティガエであるにも関わらず……」
「……」

 ヤジュ様はそれには何も答えなかった。

「あの……ヤジュ様は一体、何者なのですか」

 夜斗はちょっと躊躇いながらも、はっきりとした声で言った。
 ヤジュ様はしばらく、黙ったままだった。
 そして私と夜斗、ユウの顔を見比べると

「そうだな……。そこから話をしなければ、とても理解できるまい……」

と呟いた。
 そして、ユウの額に手を翳す。

「ユウディエン……最後の戒めを解く」

 ユウの額から何かが抜けていったように……見えた。ヤジュ様の手に吸い込まれる。

「……え……ヤジュ様……?」

 ユウはしばらくぼんやりとしていたけれど、急にハッとしたように

「違う、ヒール……? いや、違わない……ヤジュ様……? え?」

と何だか訳の分からないことを繰り返した。
 かなり頭が混乱しているみたいだ。
 最後の戒めって、何だろう。ユウにかけた封印みたいなものだろうか。

 ヤジュ様は少し微笑むと、静かに切り出した。

「――そうだ。私の名は、ヒールヴェン=フィラ=チェルヴィケン。カンゼルの……息子だ」
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