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第6幕 収監令嬢は学院に入りたい

第6話 特訓の成果よ!

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 さて、上手いこと『フォンティーヌの森の護り神』の話が出てきたわ。
 ここからはボーナスステージよ。

「お気遣い頂き、ありがとうございます」 

 なるべく優雅に、愛らしく。ヘイマー伯爵の悪意など全く気づかぬふりをしてニッコリと微笑む。

「ですが……そうも言ってられなくなりましたの」
「それは、何でまた?」

 お、イイネイイネ! グイグイ来るネ!
 ナイスアシストよ、ヘイマー伯爵!

 私は会釈をして「少し離れますわね」とだけ言うと、観客席からさらに遠ざかり再び闘技場の中央に戻った。
 アイーダ女史に目配せをすると、女史はヘレンを促して南側の出入口から控室に戻っていった。

 ハティ達の魔精力にあてられると困るしね。ヘレンは魔導士ではないから大丈夫かもしれないけど、お菓子にかぶりつく可愛い二人しか見ていない。二人が炎を吐きながら暴れまわってるところを見たら、卒倒しそうだし。

 ふと、手に持ったままだったハタキに目が止まる。
 ちょうどいいわ、このハタキを使わせてもらおう。魔法少女のステッキみたいだし、見ようによっては巫女さんが持っているお祓い棒にも見えるし。

 ハタキを右手に持ち、両腕を胸の前でクロスさせる。
 その場に膝をつき、頭を垂れた。

『その者、真紅よりもさらに深き紅蓮の炎を身に纏う』

 観客席の方々からザワザワとした気配が伝わってきた。
 私の台詞に魔精力が込められているのを感じたんだろう。上流貴族はそもそも聖女の血を色濃く引く家柄。聖女騎士団の部隊長でもある当主の方々は、魔精力の気配には敏感だ。
「いったい何の呪文を詠唱し始めたんだ?」
と慌てたのだろう。

 そうよね、聞いたこと無いはずだもんね。
 何しろ、私がテキトーに作った呪文だからね!

『その者、薄墨の衣を纏う聖なる女神の使者』

 “ハティ、スコル、出番よ。タイミングは解ってるわね?”

 二人の姿を思い浮かべ、心の中で強めに言葉を投げかける。
 魔精力を込めて祈っている以上、声は届いているはず。だけどこの『呪文』を唱えている場合は例のヤツだから、とあらかじめ言い含めてあったのだ。

 “ウン!”
 “任せとけ!”

 良かった、いいお返事だ。
 この一週間スパルタでやった甲斐があったわね。

『その者、聖なる願いを受けてこの地に蘇る。一つは紅き肉体の象徴。一つは赤き精神の象徴』

 よし、いくわよ!

『エタ=プラゥダ=イエ=ニズーネィオ=ウォスパニ=ジィア!』

 両手を広げ、ハタキを持った右手を大きく振り回し、天に掲げる。
 その瞬間、右腕の延長上に黒い裂け目が現れた。

 なお、これはスコルによってつくられた物。本来は魔界にいくつかある出入り口からつるんと現れるらしいんだけど、それじゃ迫力がないからね。この日のために無理矢理こじ開けてもらいました。
 攻撃力の高い魔獣は自分で出入り口を作れるらしい。これも恐らく、この世界の人達は知らない魔獣の真実。

 黒い裂け目から炎が噴き出し、すべてを覆い隠すように炎の壁ができる。
 その隙に現れたスコルが、顔を正面に向けて炎を吐き出しながらビョンビョン縦回転で回り、大きな炎の渦を作る。観客席からは荒れ狂う炎しか見えていないはず。
 その間に、続けて現れたハティが開けた穴を一時的に閉ざしている。じゃないと、魔界の風が闘技場に吹き荒れちゃうからね。

 スコルの目が回る前に、ハティが防御魔法を展開。スコルの炎と反応してチカチカと光り出す。
 地面に降り立ったスコルが呼吸を整えて、さらに炎を吐きかける。さらに眩しく大きな光が、凄まじい勢いで周囲に放たれた。

 これは、属性魔法を弾く防御魔法を展開すると、弾いた瞬間に光が出る効果を利用しました。
 我ながらいいアイディアだと思う。うんうん。

 観客席の方々はあまりにも眩しい光に顔を背けている。その間に、ハティとスコルが所定の位置に。
 やがて光が収まる中、炎の壁も消えて二人がみんなの前に登場。その場でくるりと前宙返りで一回転し、二人で炎を吐く。炎が縄のように絡みつき、上空に立ち昇る。

『ウォォォォー!』
『グゥゥゥゥー!』

 唸り声をあげて、私の左にハティが、右にスコルがスチャッと着地した。

 以上、わたくしマリアンセイユ・フォンティーヌプロデュースによる聖獣召喚エフェクトは終わりです。
 どう? 皆様、楽しんでいただけたかしら?

「……な……」
「か……」

 ヘイマー伯爵が顎が外れんばかりの大口を開けている。伯爵家の方々はよほど怖かったのか椅子を一番後ろまで下げて仰け反り気味。
 ガンディス子爵は「ほう」と声を漏らしたものの、どこか余裕ありげだ。まあ、二人の炎は一度目撃してるしね。

 プリメイル侯爵は
「すごいですねー!」
と声を上げ、ふんわり笑顔でパチパチパチと拍手している。
 いやプリメイル侯爵、初見でそのリアクションはかなり肝が据わってるかも。やっぱり、ザイラ様の弟君というのは伊達じゃないのかしら。

 アルバード侯爵は最初はおおっと仰け反ったものの、今度は興味深げにニヤニヤしながら頷いている。さすが、ニヒルなイケオジはこれぐらいじゃ動じないのね。

 大公殿下と大公妃殿下はかなり驚いて一瞬たじろいでしまったらしく、二人肩を寄せ合い手を取り合っていた。
 それでも目がキラキラしているし口元はややほころんでいるので、怒ってはいないと思う。
 ディオン様は目を見開いて食い入るようにハティとニコルを交互に眺めている。隣のシャルル様は完全に腰が引けていて、逃げ出さんばかりだ。

 多分、このメンツだと一番正確にハティ達の凄さを感じることができるのはシャルル様だと思う。今は魔精力オーラは抑えてもらってるんだけど、スコルはあまり隠蔽が得意ではないし。

「これは!?」
「フォンティーヌの森の護り神ですわ」
「コレが!?」

 ディオン様が慌てふためいて二人を見比べる。
 ちょっと、コレって失礼ね。

「なぜ、フォンティーヌの森から遠く離れたここに!?」
「わたくしの祈りなら届きますの。そうたびたび召喚することは無理ですが……」

 言っててちょっと可笑しくなり、思わず右手で口元を覆ってしまう。
 だって、ヘレンのクッキー欲しさに気軽に現れるけどね、二人とも。特にスコルはやんちゃに食べ散らかすし。

「灰色の狼にしか見えませんが……」
「正真正銘、護り神ですわ」
「――嘘だ!」

 急に、伯爵席から怒号が飛んできた。予想通り、ヘイマー伯爵だ。
 ダーンとテーブルに両腕を突き、猛然と椅子から立ち上がっている。
 そんな不動明王みたいな顔をしなくてもいいじゃない。そこまでブチ切れるとは思わなかったわ。

「嘘とは?」
「護り神なんてものは聞いたことがない! きっと、ただの森の狼を護り神と偽っているに違いない!」
「な、何てことを……!」

 傷ついた、という顔をしながらよろめき、ヘイマー伯爵を見つめる。
 いや、半分は演技じゃないわよ。ただの狼が何もない空間から突然現れる訳がないでしょうが。言いがかりにもほどがあるわよ。
 だいたい、ハティたちは護り神どころじゃないんだからね! 聖女が名付けた聖獣なんだからねー!

“なーんか、バカがいるな”
“ハト、嘘、じゃない、よ?”

 スコルが半目でボヤき、ハティが不安そうにチラリと私を見上げる。
 大丈夫よ、とハティに微笑み、ほんとね、とスコルに頷くと、私はまっすぐにヘイマー伯爵の赤ら顔を見つめた。
 
 何らかの文句は言ってくるだろうとは予想してたけど、まさかこれを見ても嘘つき呼ばわりされるとは思わなかったわ。
 そうね、ここまで言われて黙って引き下がる訳にはいかない。こうなったらはっきりと、見せつけてやりましょうか。

 ハタキを持つ右手に知らず知らず力が籠り、ビキッと音が鳴った。
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