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伍の怪【シムルグの雛鳥】
「絵描きの祓い屋」
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サラサラと、鉛筆が紙の上で滑らせられる音が響く。
そして、彼女は己のスケッチブックから顔を上げると、その手に持ったカッターナイフでせっかく描いたばかりの絵を裂いた。
「さあ、おいきなさい」
ぶわりと風が吹く。
気がつけば、先程まで地縛霊がいた場所からなにかの花が散り、天へと登っていく光景が広がっていた。
「へえ、これがキミのやりかたなんだ」
「ええ」
短いやり取り。
紅子さんと話す絵描きの彼女――「秘色いろは」さんはこちらに歩み寄ってくる。
秘色さんは、どうやら霊を絵に描いて、その絵を霊に見せたり、引き裂くことで浄霊ができるらしい。除霊となにが違うのかと最初は思ったものだが、除霊は読んで字の如く『追い払う』だけで、浄霊は『納得させて成仏させる』ことを言うらしい。
勿論浄霊のほうが難しいのだが、彼女はそれが普通の霊能力者よりも得意で、特別秀でているのだとか。
さながら、絵描きの祓い屋といったところだろうか?
そんな彼女。秘色さんの背後には、ピタリとくっつくように桜色のセーラー服を着た幽霊が浮いているのだが……自称悪霊の桜子さんも女性だし、あれは重くないのかと考えるのは失礼かもしれない。
「今日はこれで終わり……です」
「そっか。見学させてくれてありがとう」
俺と紅子さんは今日、先日知り合った二人の仕事を見学しに来ていたのだ。
「おつー。ねえ、いろは。ぼくはクレープが食べたい気分だよ」
「桜子さん、太る」
「ぼくは幽霊だから太りませーん。いろはのことは知らなーい」
「幽霊なら食べなくてもいいよね」
「えー、いろはだって気になるって言ってたじゃんよ。寄り道しようってば」
悪霊……桜子さんの言葉をどこ吹く風と言わんばかりに秘色さんが受け流す。
相変わらず秘色さんは声に全くと言っていいほど抑揚がなく、どこか淡々として冷たい印象が先行してしまうな。話してみると親切で優しい人なんだが。
「そうだ、後輩ちゃんは? 梅重地区のサラダクレープは夜食にピッタリなんだよ」
「え、アタシに振ってくるの……?」
紅子さんは困惑しているが、なんとなく興味を惹かれるように桜子さんを見ている。
秘色さんは、そんな二人を横目にちょっと困ったように首を傾げた。
「二人共、行きたいの?」
「ほらほら半数はクレープ食べに行くのに賛成だよ? ね、いろは。行こうよ」
「アタシはまだなんにも言ってないんだけれど」
勝手に賛成派にさせられた紅子さんが不満そうに言うものの、怒っているのは決めつけられたことだけで、クレープを食べに行きたくないわけではないのだろう。彼女が反対派になるわけではない。
「それなら、俺も秘色さん達に聴きたいことがあるし、四人で行ってみるのはどうだ?」
「そう……ですね。良かったね、桜子さん」
「やった! 気が効くねぇ、青年」
青年。間違ってはいないんだが、言われ慣れていないせいで違和感があるな。
駆け出すようにふわりと飛んでいく桜子さんと、それをゆっくりと追う秘色さんを目で追って、歩く。
たたた、と俺の元に寄ってきた紅子さんは隣を歩きながら「おにーさん、場所は分かるの?」と声をあげた。
そうそう、これだよこれ。なんだか、「お兄さん」と呼ばれるのに慣れてしまって、たまに苗字で呼ばれると違和感があったりするんだよな。
「桜子さんが知ってるんだろ」
「こういうとき調べたりするものじゃないかな」
「女子の方がスイーツに関しては得意だろ」
「甲斐性なしー」
冗談めかして言う紅子さんに、ほんの少しだけの悪戯心で真面目な答えを返してみることにする。
「求められすぎるのもしんどいものだよ」
「ふふ、そうだろうねぇ。大丈夫、本気で思ってるわけじゃないよ」
「知ってた」
「わあ、以心伝心かな。これはもう、運命なのかもしれないねぇ」
「赤い糸でも見えるのか?」
「驚いたよ。新事実、幽霊でも赤い糸は見えないらしい」
「へえ」
軽口を叩きあいながら桜子さん達について歩くと、やがて梅重地区の駅前に辿り着く。
「ここだよ、ここ!」
桜子さんに続いて秘色さん。そして俺達。店内に入れば持ち帰りか、席に着くかどうかを聞かれる。
今日に関しては、落ち着いて話がしたいので店内の席につきたいところだ。四人席も空いているようだし、そこでいいだろう。
桜子さんは実体化している紅子さんとは違って、俺達以外には見えていないらしいので、あちこち見て回りながら騒いでも気づかれない。
お冷も当然置かれないので、秘色さんが代わりに飲み物を注文している。
こちらはタピオカミルクティーだ。桜子さんは随分昔に死んだらしいが、頼むチョイスはかなり現代的だ。これぞ、女子高生って感じがする。
「さて、注文もしたことだし……お兄さん。桜子達になにを聞きたいのかな」
「桜子さん、席座って。注意するわたしの身にもなって」
「はいはい。で、話って?」
「あー、その……秘色さんと桜子さんが初めて会ったときの話とか、あと秘色さんの保護者の話とか……ちょっと気になって。嫌なら話す必要はないよ。純粋な好奇心だからさ」
秘色さんは、今は幸せだと言った。
俺とは違い、人ならざるものと暮らしているというのに。
彼女の幸せの形というものを、俺は知りたくなったんだ。
「それなら、全部一緒に答えられちゃいますね……桜子さんのことも、先生のことも、わたしの幸せも」
「そ、そうか。聞かせてもらえるのか?」
「ええ、いいですよ。ちょっと長くなると思いますが」
「構わない」
「アタシも聞けるなら聴いてみたいね。アタシの前任がどうなったのか、とか」
そうか、桜子さんと七番目の鈴里しらべさん以外は彼女に祓われてしまったんだっけ。そりゃあ気になるか。
「あれは、わたしの高校二年生の頃のことです」
現在大学二年生の秘色いろはさん。
そんな彼女の高校生時代の話が始まる。
注文したクレープを食べつつ、そして俺達は彼女の体験談をひとつひとつ聞いていくことになるのだった。
そして、彼女は己のスケッチブックから顔を上げると、その手に持ったカッターナイフでせっかく描いたばかりの絵を裂いた。
「さあ、おいきなさい」
ぶわりと風が吹く。
気がつけば、先程まで地縛霊がいた場所からなにかの花が散り、天へと登っていく光景が広がっていた。
「へえ、これがキミのやりかたなんだ」
「ええ」
短いやり取り。
紅子さんと話す絵描きの彼女――「秘色いろは」さんはこちらに歩み寄ってくる。
秘色さんは、どうやら霊を絵に描いて、その絵を霊に見せたり、引き裂くことで浄霊ができるらしい。除霊となにが違うのかと最初は思ったものだが、除霊は読んで字の如く『追い払う』だけで、浄霊は『納得させて成仏させる』ことを言うらしい。
勿論浄霊のほうが難しいのだが、彼女はそれが普通の霊能力者よりも得意で、特別秀でているのだとか。
さながら、絵描きの祓い屋といったところだろうか?
そんな彼女。秘色さんの背後には、ピタリとくっつくように桜色のセーラー服を着た幽霊が浮いているのだが……自称悪霊の桜子さんも女性だし、あれは重くないのかと考えるのは失礼かもしれない。
「今日はこれで終わり……です」
「そっか。見学させてくれてありがとう」
俺と紅子さんは今日、先日知り合った二人の仕事を見学しに来ていたのだ。
「おつー。ねえ、いろは。ぼくはクレープが食べたい気分だよ」
「桜子さん、太る」
「ぼくは幽霊だから太りませーん。いろはのことは知らなーい」
「幽霊なら食べなくてもいいよね」
「えー、いろはだって気になるって言ってたじゃんよ。寄り道しようってば」
悪霊……桜子さんの言葉をどこ吹く風と言わんばかりに秘色さんが受け流す。
相変わらず秘色さんは声に全くと言っていいほど抑揚がなく、どこか淡々として冷たい印象が先行してしまうな。話してみると親切で優しい人なんだが。
「そうだ、後輩ちゃんは? 梅重地区のサラダクレープは夜食にピッタリなんだよ」
「え、アタシに振ってくるの……?」
紅子さんは困惑しているが、なんとなく興味を惹かれるように桜子さんを見ている。
秘色さんは、そんな二人を横目にちょっと困ったように首を傾げた。
「二人共、行きたいの?」
「ほらほら半数はクレープ食べに行くのに賛成だよ? ね、いろは。行こうよ」
「アタシはまだなんにも言ってないんだけれど」
勝手に賛成派にさせられた紅子さんが不満そうに言うものの、怒っているのは決めつけられたことだけで、クレープを食べに行きたくないわけではないのだろう。彼女が反対派になるわけではない。
「それなら、俺も秘色さん達に聴きたいことがあるし、四人で行ってみるのはどうだ?」
「そう……ですね。良かったね、桜子さん」
「やった! 気が効くねぇ、青年」
青年。間違ってはいないんだが、言われ慣れていないせいで違和感があるな。
駆け出すようにふわりと飛んでいく桜子さんと、それをゆっくりと追う秘色さんを目で追って、歩く。
たたた、と俺の元に寄ってきた紅子さんは隣を歩きながら「おにーさん、場所は分かるの?」と声をあげた。
そうそう、これだよこれ。なんだか、「お兄さん」と呼ばれるのに慣れてしまって、たまに苗字で呼ばれると違和感があったりするんだよな。
「桜子さんが知ってるんだろ」
「こういうとき調べたりするものじゃないかな」
「女子の方がスイーツに関しては得意だろ」
「甲斐性なしー」
冗談めかして言う紅子さんに、ほんの少しだけの悪戯心で真面目な答えを返してみることにする。
「求められすぎるのもしんどいものだよ」
「ふふ、そうだろうねぇ。大丈夫、本気で思ってるわけじゃないよ」
「知ってた」
「わあ、以心伝心かな。これはもう、運命なのかもしれないねぇ」
「赤い糸でも見えるのか?」
「驚いたよ。新事実、幽霊でも赤い糸は見えないらしい」
「へえ」
軽口を叩きあいながら桜子さん達について歩くと、やがて梅重地区の駅前に辿り着く。
「ここだよ、ここ!」
桜子さんに続いて秘色さん。そして俺達。店内に入れば持ち帰りか、席に着くかどうかを聞かれる。
今日に関しては、落ち着いて話がしたいので店内の席につきたいところだ。四人席も空いているようだし、そこでいいだろう。
桜子さんは実体化している紅子さんとは違って、俺達以外には見えていないらしいので、あちこち見て回りながら騒いでも気づかれない。
お冷も当然置かれないので、秘色さんが代わりに飲み物を注文している。
こちらはタピオカミルクティーだ。桜子さんは随分昔に死んだらしいが、頼むチョイスはかなり現代的だ。これぞ、女子高生って感じがする。
「さて、注文もしたことだし……お兄さん。桜子達になにを聞きたいのかな」
「桜子さん、席座って。注意するわたしの身にもなって」
「はいはい。で、話って?」
「あー、その……秘色さんと桜子さんが初めて会ったときの話とか、あと秘色さんの保護者の話とか……ちょっと気になって。嫌なら話す必要はないよ。純粋な好奇心だからさ」
秘色さんは、今は幸せだと言った。
俺とは違い、人ならざるものと暮らしているというのに。
彼女の幸せの形というものを、俺は知りたくなったんだ。
「それなら、全部一緒に答えられちゃいますね……桜子さんのことも、先生のことも、わたしの幸せも」
「そ、そうか。聞かせてもらえるのか?」
「ええ、いいですよ。ちょっと長くなると思いますが」
「構わない」
「アタシも聞けるなら聴いてみたいね。アタシの前任がどうなったのか、とか」
そうか、桜子さんと七番目の鈴里しらべさん以外は彼女に祓われてしまったんだっけ。そりゃあ気になるか。
「あれは、わたしの高校二年生の頃のことです」
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そんな彼女の高校生時代の話が始まる。
注文したクレープを食べつつ、そして俺達は彼女の体験談をひとつひとつ聞いていくことになるのだった。
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