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ビンドの収穫祭編
1,帰省-2
しおりを挟む――二日前のこと。
ルウに帰省を促したのは、ガルバナムだった。
「少し、遠出をしてきたらどうだ」
朝食を終え、二人とも仕事の準備を始めようというとき、浮かない顔をしているルウに、ガルバナムは言った。
離れにこもっていても思うように魔法薬が作れず、ルウはスランプに陥っていた。
魔法の小鍋にレシピを覚えさせた分の魔法薬はどうにか作れて客に提供できていたものの、自ら放たれる魔法は不安定になり、新しい魔法薬の試作もできず、行き詰まっていた。
「ちょうど収穫祭の時期だろう。帰省して、家族の顔を見てくるのもいいんじゃないか」
ガルバナムの提案は、ルウの心を軽くさせた。
「焦っても仕方がない。待つしかないときもある」
「……そうですよね」
ルウも、スランプを経験するのは初めてではない。そして、いつかは目の前の霧が晴れる日がくるということを、思い出した。
それから、ルウは店に休業を知らせる張り紙をし、家族への手紙を書いた――。
コンロにケトルをセットしたガルバナムは、戸棚を開けた。
手前にあったアカシソの葉が入っているはずのキャニスターを取り出してみると、赤紫色をしたぱりぱりの葉は残りわずかだった。
「……切れかけか」
そう言ってガルバナムはキャニスターを片づけようとしたが、戸棚のなかをまじまじと眺めると、
「いつの間にかお茶の種類が増えたな」
と、ぼやいた。
そこには、今朝飲んだ目覚まし用のブレンドティーやフルーツティー、何種類かの紅茶のラベルが確認でき、どれも開封済みだった。
「ただいま帰りました」
そこへ、ルウの声が届き、ガルバナムはリビングへ顔を出した。
「おかえり。今、お茶を淹れようと思っていたところだ。ルウも飲むか?」
「お茶なら、僕が淹れますよ。アカシソの葉がなくなりそうだったので、郵便小屋へ行った帰りに買ってきたんです」
ルウは紙袋を抱えてキッチンへ向かうと、ケトルが火に掛けられていることを確認し、色違いの二つのマグカップを用意した。
「アカシソティーにするか?」
「ほかのものにしますか?」
「いや、それでいいよ」
ガルバナムは戸棚を閉め、ルウは紙袋からアカシソの葉が入った紙の包みを取り出した。
「師匠、明日はアーケードに行くんですよね。僕も行っていいですか?」
「買い物か?」
「家の皆に、お土産を」
ルウは手を洗うと、てきぱきとティーポットを用意する。
「家に帰るのは、どれくらいぶりになるんだ?」
「一昨年の冬に帰って以来です。去年の年末は卒業試験と重なっていて、今年は魔法学校を卒業して、ここへ来て、……帰る時間がありませんでしたね」
「気軽に帰れる距離ではないものな」
ルウは、ガルバナムにおずおずと訊ねた。
「師匠は、ビンドへ行くのは、二度目……ですよね?」
ガルバナムにとって、ビンドへ行った思い出が決して快いものではなかったことを、ルウは忘れていなかった。
ガルバナムは子どもの頃、ビンドの収穫祭で強制的にパフォーマンスを披露させられていた。それは、ガルバナムの苦い過去の一つだった。
「そうだな」
ガルバナムは今、どんなことを思っているのか。至って普通の返事からは、推し量ることができなかった。
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