初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

文字の大きさ
2 / 15

マリエッタ公爵令嬢

しおりを挟む
俺の初恋は、マリエッタ公爵令嬢だった。

それは恋と呼ぶには早すぎて、
だが執着と呼ぶには、あまりにも正確な感情だった。

忘れようとしたことは、一度もない。
忘れられるものではなかった。
ただ、胸の奥に沈め、
誰にも触れさせず、
自分だけのものとして抱えてきただけだ。

彼女は、遠かった。

妃教育が始まってからのマリエッタ嬢は、
俺を視界に入れない。
視線が合っても、そこに感情はなく、
声も、微笑みも、与えられなかった。

当然だ。
王子の婚約者。
俺はただの、魔術師団長の息子。

……分かっている。

それでも、
俺は「それ以前」を知っている。

王宮の庭。
あの日の空気を、今でも思い出せる。

招待客で賑わう王宮。
広く、迷路のように入り組んだ庭園。
大人たちの会話は遠く、
足元の砂利の音だけがやけに大きく響いていた。

気付いたときには、
どこにも知っている顔がなかった。

迷子だと理解した瞬間、
喉が詰まり、
涙が勝手に溢れた。

泣くな、と自分に言い聞かせても、
身体は言うことを聞かない。

そのとき。

「どうしたの?」

柔らかい声。

振り向いた先に、
彼女がいた。

王宮の庭の中で、
ひとりだけ、
世界から切り取られたように静かで、
綺麗で。

彼女は迷わなかった。
当然のように、
俺の腕を取った。

「大丈夫よ。
ちゃんと戻れるわ」

細い指。
だが、迷いのない力。

引かれるまま歩きながら、
俺は必死に涙を拭った。

泣いているところを、
見せたくなかった。

「綺麗な髪ね」

そう言って、
俺の銀髪に触れた。

「瞳の色も、好きよ」

紫の瞳を、
まっすぐに見て、
そう言った。

……ああ。

この人は、
俺を見ている。

王宮の庭で、
数え切れないほどの人間が行き交う中で、
俺だけを、
ちゃんと見つけてくれた。

その瞬間、
俺の中で何かが決まった。

この人は、
俺の光だ。

――なのに。

「コイツにする」

カスティン王子の声。

それだけで、
全てが奪われた。

誰も逆らえなかった。
俺も、何も言えなかった。

あの日、
俺は理解した。

選ぶ権利を持つ者が、
すべてを持っていくのだと。

初恋は、
終わったことにされた。

それから数年。

学園で見かける彼女は、
さらに遠い存在になっていた。

華やかで、
誰の目にも美しく、
誰のものでもないようで、
実際には、
王子のものだった。

すれ違うたびに、
香りが残る。

澄んだ声が、
耳に残る。

……やっぱり、好きだ。

終わった初恋?
違う。

奪われただけだ。

だから。

両親から
「マリエッタ嬢がお前との婚約を望んでいる」
と告げられたとき。

理解できなかった。

「……何かの間違いだろう」

そう言いながら、
胸の奥で、
凍りついていた感情が、
ゆっくりと動き出す。

――戻ってきた?

初恋が。
俺の元に。

初顔合わせの日。

応接室に現れた彼女は、
光そのものだった。

息が止まる。

美しい。
それ以上の言葉が要らない。

……これは、
俺のために着飾ってきてくれたのだろうか。

そう思ってしまう自分が、
怖い。

庭に出た瞬間、
もう、抑えられなかった。

花の香り。
風。
彼女の存在。

今、聞かなければ、
俺は一生、
この感情に殺される。

「……俺で、よいのですか?」

彼女の顔が歪む。

……ほら。

やはり、事情が。

そう思った瞬間。

「解放されたのです!」

理解が、追いつかない。

「信じて頂けますよね?」

視線が絡む。
逃げ場が、ない。

その瞬間、
俺の中で、
過去と現在が繋がった。

王宮の庭で、
泣いていた俺の腕を引いた手。

今、
俺の前に立つ彼女。

同じだ。

ああ。
最初から、
彼女は俺を選んでいた。

「ああ。
わかった。
大切にする」

それは、約束だった。
逃がさないという、
誓い。

大切にする。
壊れないように。
裏切られないように。
俺の世界から、
出ていかないように。

離さない。

今度こそ、
二度と。

手を出そうとする者がいるなら、
排除すればいい。

奪おうとするなら、
壊せばいい。

それは、
彼女を守るための、
正しい行為だ。

王宮の庭で、
俺を選んだ光は、
ようやく、
俺の手の中に戻ってきたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

ずっと温めてきた恋心が一瞬で砕け散った話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレのリハビリ。 小説家になろう様でも投稿しています。

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

処理中です...