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イベントは、好感度が上がらなくても起きる
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翌日。
手を繋ぐことが、当たり前になった。
――人前だから。
理由としては、それで十分だった。
学園の朝。
正門から中庭へ向かう石畳の上で、ベルンハルトは自然に手を差し出す。
昨日と同じ。
強く握らない、逃げ道を残したままの繋ぎ方。
(……うん)
私は迷わず、その手を取った。
誰かに見られても不自然じゃない距離。
恋人として、ぎりぎり“安心”と認識される振る舞い。
(……慣れると、これはこれで……)
胸の奥が、静かに落ち着く。
中庭に差し込む朝の光はやわらかく、
噴水の水音が昨日よりも少しだけ近く感じられた。
その時。
「ベルンハルト君、少しいいかな?」
先生の声が響く。
「……分かった」
ベルンハルトは、私の方を見てから、手を離した。
一瞬だけ、間が空く。
「先に行っていて」
「うん」
短い会話。
でも、昨日よりも迷いがない。
彼は先生の方へ向かい、
私は一人で中庭を横切ることになった。
(……ひとり)
少し前まで、当たり前だった状況。
なのに、今日は、ほんの少しだけ心細い。
そんな時だった。
――バサバサッ!
突然、白い鳥たちが一斉に飛び立った。
「わっ……!」
驚いて足を止めた瞬間、
石畳に足を取られ、ぐらりと身体が傾く。
(まずい……!)
次の瞬間。
――ガシッ。
しっかりと腕を掴まれた。
「っと……」
顔を上げる。
「君は、よく転けそうになるね」
落ち着いた声。
エルンスト。
騎士科の制服。
変わらない、凛とした佇まい。
(……あ)
「助けてくれて、ありがとう。エルンスト君」
自然に、そう言っていた。
彼は、少しだけ目を瞬かせてから、口元を緩めた。
「名前、知ってたんだな」
(……しまった)
一瞬、心臓が跳ねる。
「えっと……良い噂ばかりだよ!」
慌てて、そう返す。
前世の私が、頭の隅で顔を出す。
〈ほら!そこ!〉
〈推しの良いところ、語り出す流れ!〉
(やめて!今は!)
エルンストは、くすっと笑った。
「へぇ。それは、お世辞でも有難い」
向けられた笑顔。
(……尊い)
胸が、きゅっと鳴る。
(推しの笑顔、いただきました……感謝……)
その時。
「……え、エルン! あの……っ」
控えめな声が、横から聞こえた。
緊張した様子で、こちらを見ている。
エルンストは、すぐに振り向いた。
「アイナ。今行く」
そう言って、彼は私から手を離した。
「気を付けて」
それだけ言い残して、アイナの元へ向かう。
並んで歩いていく背中。
(……うん)
見送る気持ちは、穏やかだった。
(イベントは起きる)
(でも……)
好感度が上がるわけじゃない。
それを、はっきり実感する。
去っていく二人の姿を見送りながら、
私は小さく息を吐いた。
(……推しは、眩しいまま)
そして、
私が立つ場所は、ちゃんと別にある。
その時。
「……大丈夫だったか」
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、ベルンハルトが立っていた。
視線が、一瞬だけ、私の腕を見る。
掴まれた場所。
「うん。助けてもらった」
「そうか」
それだけ。
彼は何も言わない。
でも、距離は自然に、元に戻る。
(……あ)
ベルンハルトの手が、すぐ近くにある。
差し出されてはいない。
でも、拒まれてもいない。
私は、少しだけ迷ってから――
その手を取った。
ぎゅっとは、しない。
昨日と同じ。
(……これで、いい)
ベルンハルトは、何も言わずに歩き出す。
中庭を抜ける頃、
白い鳥たちは、もう空の向こうへ消えていた。
手を繋ぐことが、当たり前になった。
――人前だから。
理由としては、それで十分だった。
学園の朝。
正門から中庭へ向かう石畳の上で、ベルンハルトは自然に手を差し出す。
昨日と同じ。
強く握らない、逃げ道を残したままの繋ぎ方。
(……うん)
私は迷わず、その手を取った。
誰かに見られても不自然じゃない距離。
恋人として、ぎりぎり“安心”と認識される振る舞い。
(……慣れると、これはこれで……)
胸の奥が、静かに落ち着く。
中庭に差し込む朝の光はやわらかく、
噴水の水音が昨日よりも少しだけ近く感じられた。
その時。
「ベルンハルト君、少しいいかな?」
先生の声が響く。
「……分かった」
ベルンハルトは、私の方を見てから、手を離した。
一瞬だけ、間が空く。
「先に行っていて」
「うん」
短い会話。
でも、昨日よりも迷いがない。
彼は先生の方へ向かい、
私は一人で中庭を横切ることになった。
(……ひとり)
少し前まで、当たり前だった状況。
なのに、今日は、ほんの少しだけ心細い。
そんな時だった。
――バサバサッ!
突然、白い鳥たちが一斉に飛び立った。
「わっ……!」
驚いて足を止めた瞬間、
石畳に足を取られ、ぐらりと身体が傾く。
(まずい……!)
次の瞬間。
――ガシッ。
しっかりと腕を掴まれた。
「っと……」
顔を上げる。
「君は、よく転けそうになるね」
落ち着いた声。
エルンスト。
騎士科の制服。
変わらない、凛とした佇まい。
(……あ)
「助けてくれて、ありがとう。エルンスト君」
自然に、そう言っていた。
彼は、少しだけ目を瞬かせてから、口元を緩めた。
「名前、知ってたんだな」
(……しまった)
一瞬、心臓が跳ねる。
「えっと……良い噂ばかりだよ!」
慌てて、そう返す。
前世の私が、頭の隅で顔を出す。
〈ほら!そこ!〉
〈推しの良いところ、語り出す流れ!〉
(やめて!今は!)
エルンストは、くすっと笑った。
「へぇ。それは、お世辞でも有難い」
向けられた笑顔。
(……尊い)
胸が、きゅっと鳴る。
(推しの笑顔、いただきました……感謝……)
その時。
「……え、エルン! あの……っ」
控えめな声が、横から聞こえた。
緊張した様子で、こちらを見ている。
エルンストは、すぐに振り向いた。
「アイナ。今行く」
そう言って、彼は私から手を離した。
「気を付けて」
それだけ言い残して、アイナの元へ向かう。
並んで歩いていく背中。
(……うん)
見送る気持ちは、穏やかだった。
(イベントは起きる)
(でも……)
好感度が上がるわけじゃない。
それを、はっきり実感する。
去っていく二人の姿を見送りながら、
私は小さく息を吐いた。
(……推しは、眩しいまま)
そして、
私が立つ場所は、ちゃんと別にある。
その時。
「……大丈夫だったか」
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、ベルンハルトが立っていた。
視線が、一瞬だけ、私の腕を見る。
掴まれた場所。
「うん。助けてもらった」
「そうか」
それだけ。
彼は何も言わない。
でも、距離は自然に、元に戻る。
(……あ)
ベルンハルトの手が、すぐ近くにある。
差し出されてはいない。
でも、拒まれてもいない。
私は、少しだけ迷ってから――
その手を取った。
ぎゅっとは、しない。
昨日と同じ。
(……これで、いい)
ベルンハルトは、何も言わずに歩き出す。
中庭を抜ける頃、
白い鳥たちは、もう空の向こうへ消えていた。
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