63 / 69
偶然に任せない計画
しおりを挟む
屋敷に戻ると、空気が静かだった。
夕暮れの光が回廊を斜めに染め、
窓の外では風に揺れる木々の影が、ゆっくりと床をなぞっている。
ベルンハルトは外套を外し、
使用人に短く告げた。
「今夜は、誰も通すな」
返事は不要だった。
足音が遠ざかる。
一人になると、ようやく息を吐いた。
(……誘う、か)
つい先ほどまで、
彼女の手の温もりが確かに残っている。
「断らないよ!」
あの即答。
笑顔。
握り返された手。
(……そうだろうな)
わかっていた。
彼女が拒まないことも、
待っていたことも。
だからこそ。
ベルンハルトは、
椅子に腰を下ろし、指を組んだ。
誘うと決めた瞬間から、
頭の中は驚くほど静かだった。
迷いはない。
躊躇もない。
ただ、
どうすれば彼女が安心して、
どうすれば彼女が笑って、
どうすれば――離れたいと思わずに済むか。
それだけが、思考を占めていた。
屋敷の執務机に向かい、
ベルンハルトは必要な書類に目を通す。
夏季休暇。
学園が静まり、
人の流れが緩む時期。
人目が減る。
時間が増える。
(……好都合だな)
カレンが提案する時間は、
いつも柔らかく、楽しげで、
彼女らしい。
だから今度は、
俺が用意する番だ。
地図を広げる。
街から少し離れた湖畔。
木陰が多く、
風が通り、
人の往来は限られている。
宿は一軒だけ。
静かで、
部屋数も少ない。
(……ここだ)
彼女が嫌がらない距離。
それでいて、
「帰ろう」と軽く言えない距離。
逃げ道を塞ぐためじゃない。
選ばせないためでもない。
――迷わせないためだ。
ベルンハルトはペンを取り、
必要な手配を淡々と書き出していく。
馬車。
滞在日数。
食事。
天候を考慮した予備日。
全てが整然と並ぶ。
胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
(……俺は)
俺は、彼女に溺れている。
だからこそ、
もう誤魔化さない。
彼女が欲しがっていたのは、
言葉だけじゃない。
選ばれること。
誘われること。
決めてもらうこと。
「……カレン」
名前を口にするだけで、
喉が少し乾く。
彼女が笑う顔を思い浮かべ、
少しだけ口元が緩んだ。
断っていい、と言った。
逃げてもいい、とも。
だが――
あの反応を見てしまえば、
答えは一つしかない。
彼女は、
俺からの一歩を待っていた。
(……もう、戻れないな)
書類を閉じ、
ベルンハルトは立ち上がる。
次に会う時、
曖昧な言い方はしない。
「一緒に行こう」
「俺が連れていく」
「俺と過ごそう」
それでいい。
それがいい。
夏の始まりは、
もうすぐそこまで来ていた。
ベルンハルト視点
夕暮れの光が回廊を斜めに染め、
窓の外では風に揺れる木々の影が、ゆっくりと床をなぞっている。
ベルンハルトは外套を外し、
使用人に短く告げた。
「今夜は、誰も通すな」
返事は不要だった。
足音が遠ざかる。
一人になると、ようやく息を吐いた。
(……誘う、か)
つい先ほどまで、
彼女の手の温もりが確かに残っている。
「断らないよ!」
あの即答。
笑顔。
握り返された手。
(……そうだろうな)
わかっていた。
彼女が拒まないことも、
待っていたことも。
だからこそ。
ベルンハルトは、
椅子に腰を下ろし、指を組んだ。
誘うと決めた瞬間から、
頭の中は驚くほど静かだった。
迷いはない。
躊躇もない。
ただ、
どうすれば彼女が安心して、
どうすれば彼女が笑って、
どうすれば――離れたいと思わずに済むか。
それだけが、思考を占めていた。
屋敷の執務机に向かい、
ベルンハルトは必要な書類に目を通す。
夏季休暇。
学園が静まり、
人の流れが緩む時期。
人目が減る。
時間が増える。
(……好都合だな)
カレンが提案する時間は、
いつも柔らかく、楽しげで、
彼女らしい。
だから今度は、
俺が用意する番だ。
地図を広げる。
街から少し離れた湖畔。
木陰が多く、
風が通り、
人の往来は限られている。
宿は一軒だけ。
静かで、
部屋数も少ない。
(……ここだ)
彼女が嫌がらない距離。
それでいて、
「帰ろう」と軽く言えない距離。
逃げ道を塞ぐためじゃない。
選ばせないためでもない。
――迷わせないためだ。
ベルンハルトはペンを取り、
必要な手配を淡々と書き出していく。
馬車。
滞在日数。
食事。
天候を考慮した予備日。
全てが整然と並ぶ。
胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
(……俺は)
俺は、彼女に溺れている。
だからこそ、
もう誤魔化さない。
彼女が欲しがっていたのは、
言葉だけじゃない。
選ばれること。
誘われること。
決めてもらうこと。
「……カレン」
名前を口にするだけで、
喉が少し乾く。
彼女が笑う顔を思い浮かべ、
少しだけ口元が緩んだ。
断っていい、と言った。
逃げてもいい、とも。
だが――
あの反応を見てしまえば、
答えは一つしかない。
彼女は、
俺からの一歩を待っていた。
(……もう、戻れないな)
書類を閉じ、
ベルンハルトは立ち上がる。
次に会う時、
曖昧な言い方はしない。
「一緒に行こう」
「俺が連れていく」
「俺と過ごそう」
それでいい。
それがいい。
夏の始まりは、
もうすぐそこまで来ていた。
ベルンハルト視点
0
あなたにおすすめの小説
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる