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12 乳母との再会
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「アーシャ、呼び出してすまない。息災か」
「ロッシュ王太子殿下、どういったご用件でしょうか」
「教えてほしいことがあるんだ」
「何をでしょうか」
アーシャはいままでと変わることのない冷たい言葉だったが、答えてくれる気はあるようだ。
「父上は病で床に臥せる日が多くなっているが、時間を見つけては熱心に教会に赴いている。その理由を知りたい」
「……」
彼女は黙っているが、周りに視線を巡らせている。
どうやら他の人に聞かれてはまずいようだ。
私は従者や護衛たちにしばらくの間、部屋から出ていくように指示をする。
「アーシャ、人払いをした。これで大丈夫だ」
「……ロッシュ王太子殿下、なぜそうまでして知りたいのですか? 聞いたところで気分の良いものではないでしょう」
「なぜかは分からない。ただの興味本位だと思ってくれていい」
アーシャはふうとため息を吐いた後、覚悟を決めたようで話を始めた。
「昔、カインディル陛下が王太子殿下だった頃、エレフィア・レウスター侯爵令嬢、つまり私の本来の主人であるエレフィアお嬢様が婚約者だったのです」
「昔、婚約者がいたということは知っていたが、名前までは知らなかった」
「それはそうでしょう。聖女様が王宮にある彼女の記録を全て抹消するように指示を出したのですから」
「……母上が? 信じられない」
「問題はそこではないのです。エレフィア様はカインディル様と愛し合い、周囲が認めるほど仲睦まじかったのです。
王妃になる予定だったのはエレフィア様でした。結婚式の三か月前に女神像からメグミ様が現れた。
彼女の持つ強い癒しの力で聖女と言われるようになり、彼女の強い希望でカインディル様と結婚することになりました」
「父と母の馴れ初めの話は有名だな。よく周りからも聞かされていた」
俺の言葉にアーシャは珍しく怒りをあらわにしている。
「エレフィア様は、お嬢様は、カインディル様と愛し合っていたんです。それなのに婚約は白紙にされ、カインディル陛下は聖女様と結婚することが決まった。
お嬢様はショックで寝込む日もあったのです。更に残酷なことに当時の陛下が『聖女様は執務ができないから』とエレフィア様を側妃として迎える命令を出したのです」
乳母の言葉に俺は言葉を失った。
いくらなんでも横暴だろう。だがアーシャの言葉は更に続いていく。
「カインディル様と聖女様が人々に祝福される一方で、エレフィア様は執務を行うだけの側妃となられた。
それでもお嬢様は黙々と仕事をこなしていたんです。カインディル様が私を好きでいてくれるならそれでいいと。
お嬢様とカインディル陛下は婚姻する場で生涯愛し合い、お互い支え合うと誓い、女神像が花を授けて祝福してくれていたのです」
「女神像が祝福……?」
「ええ。女神様は試練を与えたのでしょう。エレフィア様も聖女様ほどではないですが、癒しの力がありました。
側妃となられてすぐにナリョーザの地に蛮族が攻め込んできたんです。国は軍を派遣することになり、陛下から聖女様は行くことを嫌がり、力の劣ったエレフィア様がナリョーザの地へ行くことを命じられたんです。
誰もがお嬢様一人を行かせることに反対しなかった」
「……ナリョーザ。王家に最低限の忠誠しか示さない地ではないか」
「当初、ナリョーザの地でもエレフィア様が来たことで聖女様に来てほしかったと言われました。それでもエレフィア様はめげずに怪我人の治療をし続けました。
一年が過ぎ、争いもようやく収まり、エレフィア様はやっとの思いで王都に戻られた。
王宮に戻り、聖女様の懐妊を知り、カインディル様が聖女様を慈しむのを目の当たりにして心が折れてしまったのです。
そして女神様に呼ばれ、エレフィア様は『私は行くわ』と告げ、女神像の前で、私の目の前で消えました。
うっ、うっ……。エレフィアお嬢様は今もなお国を守り続けているというのに、あの聖女は……」
アーシャは堪えきれず涙を流している。
まさか、そんな話があったなんて。
父はエレフィアという方を裏切ったというのか。
そして母は略奪していた。
アーシャはただ一人、黙っていたのか。
「アーシャ、国を守り続けているというのは?」
俺は、まさか、と思いながら聞いてみた。
「ロッシュ王太子殿下は毎日目にしているではありませんか」
彼女は窓の外を指した。
「結、界……」
俺の鼓動は早鐘を打ち、信じたくない思いだったが、無情にも彼女はゆっくりと頷いた。
「エレフィアお嬢様は結界になり、この国を、カインディル様を今もなおずっと支え続けているのです」
父はそれを知っているからこそ憂いた表情をしていたのか。そしてまた母も彼女の存在に苛立ち、彼女の痕跡全てを消そうとした。
……なんて罪深い。
「ナリョーザの地もエレフィアお嬢様の努力を知っているからこそ、聖女様の行いが許せなかったのでしょう」
「……アーシャ。すまなかった」
「私への謝罪は無用です。ロッシュ王太子殿下が謝罪されてもエレフィアお嬢様は戻ってきません。これ以上私が王族の方々に関わることがないようにお願いします」
「そう、だな」
「他にご用はありますか?」
「……いや、大丈夫だ。長い間文句ひとつ言わず、乳母として支えてくれたことを感謝している」
俺はそう告げると、彼女はいつものようにまた無表情に戻り、一礼して執務室を出て行った。
アーシャが出て行った扉を見つめてしまう。
……なんてことだ。
溜息しか出てこない。女神様は父たちに罰を与えているのだろうか。
まさか、あの結界がエレフィア様だったとは思ってもみなかった。
だが、俺が今更騒ぐ話ではない。
騒いだところで何も変わらない。
俺は心に仕舞いこむことを決めた。
「ロッシュ王太子殿下、どういったご用件でしょうか」
「教えてほしいことがあるんだ」
「何をでしょうか」
アーシャはいままでと変わることのない冷たい言葉だったが、答えてくれる気はあるようだ。
「父上は病で床に臥せる日が多くなっているが、時間を見つけては熱心に教会に赴いている。その理由を知りたい」
「……」
彼女は黙っているが、周りに視線を巡らせている。
どうやら他の人に聞かれてはまずいようだ。
私は従者や護衛たちにしばらくの間、部屋から出ていくように指示をする。
「アーシャ、人払いをした。これで大丈夫だ」
「……ロッシュ王太子殿下、なぜそうまでして知りたいのですか? 聞いたところで気分の良いものではないでしょう」
「なぜかは分からない。ただの興味本位だと思ってくれていい」
アーシャはふうとため息を吐いた後、覚悟を決めたようで話を始めた。
「昔、カインディル陛下が王太子殿下だった頃、エレフィア・レウスター侯爵令嬢、つまり私の本来の主人であるエレフィアお嬢様が婚約者だったのです」
「昔、婚約者がいたということは知っていたが、名前までは知らなかった」
「それはそうでしょう。聖女様が王宮にある彼女の記録を全て抹消するように指示を出したのですから」
「……母上が? 信じられない」
「問題はそこではないのです。エレフィア様はカインディル様と愛し合い、周囲が認めるほど仲睦まじかったのです。
王妃になる予定だったのはエレフィア様でした。結婚式の三か月前に女神像からメグミ様が現れた。
彼女の持つ強い癒しの力で聖女と言われるようになり、彼女の強い希望でカインディル様と結婚することになりました」
「父と母の馴れ初めの話は有名だな。よく周りからも聞かされていた」
俺の言葉にアーシャは珍しく怒りをあらわにしている。
「エレフィア様は、お嬢様は、カインディル様と愛し合っていたんです。それなのに婚約は白紙にされ、カインディル陛下は聖女様と結婚することが決まった。
お嬢様はショックで寝込む日もあったのです。更に残酷なことに当時の陛下が『聖女様は執務ができないから』とエレフィア様を側妃として迎える命令を出したのです」
乳母の言葉に俺は言葉を失った。
いくらなんでも横暴だろう。だがアーシャの言葉は更に続いていく。
「カインディル様と聖女様が人々に祝福される一方で、エレフィア様は執務を行うだけの側妃となられた。
それでもお嬢様は黙々と仕事をこなしていたんです。カインディル様が私を好きでいてくれるならそれでいいと。
お嬢様とカインディル陛下は婚姻する場で生涯愛し合い、お互い支え合うと誓い、女神像が花を授けて祝福してくれていたのです」
「女神像が祝福……?」
「ええ。女神様は試練を与えたのでしょう。エレフィア様も聖女様ほどではないですが、癒しの力がありました。
側妃となられてすぐにナリョーザの地に蛮族が攻め込んできたんです。国は軍を派遣することになり、陛下から聖女様は行くことを嫌がり、力の劣ったエレフィア様がナリョーザの地へ行くことを命じられたんです。
誰もがお嬢様一人を行かせることに反対しなかった」
「……ナリョーザ。王家に最低限の忠誠しか示さない地ではないか」
「当初、ナリョーザの地でもエレフィア様が来たことで聖女様に来てほしかったと言われました。それでもエレフィア様はめげずに怪我人の治療をし続けました。
一年が過ぎ、争いもようやく収まり、エレフィア様はやっとの思いで王都に戻られた。
王宮に戻り、聖女様の懐妊を知り、カインディル様が聖女様を慈しむのを目の当たりにして心が折れてしまったのです。
そして女神様に呼ばれ、エレフィア様は『私は行くわ』と告げ、女神像の前で、私の目の前で消えました。
うっ、うっ……。エレフィアお嬢様は今もなお国を守り続けているというのに、あの聖女は……」
アーシャは堪えきれず涙を流している。
まさか、そんな話があったなんて。
父はエレフィアという方を裏切ったというのか。
そして母は略奪していた。
アーシャはただ一人、黙っていたのか。
「アーシャ、国を守り続けているというのは?」
俺は、まさか、と思いながら聞いてみた。
「ロッシュ王太子殿下は毎日目にしているではありませんか」
彼女は窓の外を指した。
「結、界……」
俺の鼓動は早鐘を打ち、信じたくない思いだったが、無情にも彼女はゆっくりと頷いた。
「エレフィアお嬢様は結界になり、この国を、カインディル様を今もなおずっと支え続けているのです」
父はそれを知っているからこそ憂いた表情をしていたのか。そしてまた母も彼女の存在に苛立ち、彼女の痕跡全てを消そうとした。
……なんて罪深い。
「ナリョーザの地もエレフィアお嬢様の努力を知っているからこそ、聖女様の行いが許せなかったのでしょう」
「……アーシャ。すまなかった」
「私への謝罪は無用です。ロッシュ王太子殿下が謝罪されてもエレフィアお嬢様は戻ってきません。これ以上私が王族の方々に関わることがないようにお願いします」
「そう、だな」
「他にご用はありますか?」
「……いや、大丈夫だ。長い間文句ひとつ言わず、乳母として支えてくれたことを感謝している」
俺はそう告げると、彼女はいつものようにまた無表情に戻り、一礼して執務室を出て行った。
アーシャが出て行った扉を見つめてしまう。
……なんてことだ。
溜息しか出てこない。女神様は父たちに罰を与えているのだろうか。
まさか、あの結界がエレフィア様だったとは思ってもみなかった。
だが、俺が今更騒ぐ話ではない。
騒いだところで何も変わらない。
俺は心に仕舞いこむことを決めた。
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