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第1章 遥か高き果ての森

三十三話 皇龍人は今 前編

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  申し訳ありません、非常に更新が遅れました!
楽しんでいただけると嬉しいです。


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   告白してから、しばらくの時間が経って。

「……すみませんでしたね」

   ひとしきり俺に甘えるような行動をとったシリルラはゆっくりと体を離すと、恥ずかしそうにぽそりと呟いた。

   そんなシリルラに俺が気にするなと平静を装いながら笑ってをひらひらと振ると、そうですか、と彼女は言って俯く。その頬はほんのりと赤く染まっていた。

   そのまま、沈黙の時が流れる。先ほどまでの反動か拳一つ分離れた場所に座り、チラチラと互いを見ては眼をそらすということをしていた。

   ……ううむ、気まずい。いや、気まずくはないな。むしろ真逆で、空気は先ほど話の途中であった沈黙とは正反対のものだ。

   まあぶっちゃけて言ってしまうと、ただ単に告白した上に先ほどまで密着していたから、恥ずかしくて互いの顔が見れないだけなのである。

   実際、シリルラの顔は今結構赤くなっている。地球にいた時も異世界で一緒にいた時も常に冷静だった彼女だ、かなり恥ずかしいのだろう。

   ……まあ、そういう俺も両頬に血が集まってかなり熱くなっているのを自覚していた。きっと他人から見たら俺の顔はだるまのように真っ赤だろう。

   だが、その羞恥心を抱えてなお余りあるほどの大きな喜びもまた、俺の中にはあった。どれほどかというと、狂喜乱舞するくらい。

   だって改めて考えてみれば、自覚していないながらも地球とヒュリス……整然と再生後を合わせて四年間も恋していた相手と今、やっと結ばれた。

   これは本来ならば考えられない奇跡である。普通人間は死ねばそこで終わりであり、二度と道が重なることなどない。

   けれど、変則的な形ではあるが俺はシリルラ再会を果たし、この気持ちを伝え晴れて恋人になることができた……これを奇跡と言わずしてなんと言おうか。

   そういうわけで内心有頂天なのだが……まあ恋愛経験など皆無な俺にこの恥ずかしさを押さえ込んで気さくに話しかけるなんてことはできないわけで。

   だがせっかく親密な関係になれたというのに、何も話さないというのはいかがなものか。なので、話題はないかと思考を回転させる。

   そうやってしばらく考えていると、ふと一つ頭の中にとあることが浮かんできた。恋人ととの話題としては疑問を覚えることだが、重要なことなので聞くことにする。

「そういえば、俺は今どうなっているんだ?」

   そう。俺は北部に救援を求めに行き、そこで破壊の限りを尽くしていた黒鬼暴君と戦ったのだ。そして壮絶な死闘の果て、眠った覚えがあるのだが。

   ……とすると、これは夢だろうか。いや、違うだろう。それではここまで意識や感覚がはっきりしている説明がつかない。

   それに何より……今目の前にいるシリルラが夢だとは思いたくなかった。これが泡沫の夢だと言うのなら、俺は絶望する自信がある。

   そう考えながらシリルラを見ると、彼女は一回深呼吸をして意識を切り替え、こちらを向いて口を開いた。

「……そういえば、そこはまだ話していませんでしたね」
「ああ、説明してもらってもいいか?」
「わかりました、話させていただきますね」

   そうして、シリルラは語り始めた。俺が今どうなっているのか。この俺にとって重要な場所を模倣したと思われる世界はなんなのか。

   まず最初に……俺は死んだらしい。四肢を喪失した際の深刻なダメージと戦闘時の霊力の枯渇により、生命を維持できなくなったようだ。

   それを聞いて……俺は、あまり驚かなかった。薄々と予想していたからだ。自分の死を予期するってのも変な話だが。

   その理由は……異形の隙を作るために四肢を犠牲にしたと言うのもあるが、それ以上に霊力がもう残っていないことを実感していたからだ。

   霊力というのは、使える量が決まっている。もちろん普通の人間ならそもそも霊力なんて知らないが、霊力を支える一部の人間はその限界量というのを常に把握しているのだ。

   霊力とはすなわち、魂から体に流れる命の力。血や臓器が体の機能を保つものだとするならば、霊力は肉体そのものを維持するエネルギーということになる。

   そして命の力とは自然に流れる力、だからこそ霊力を使うことで自然現象を操ったり、式神のようにかりそめの生き物を作ることができる。

   もう少し具体的にいうと、闇に堕ちた陰陽師……霊力を呪力に染めた呪術師は屍に呪力を注ぎ込み、かりそめの命を与えて傀儡……有り体に言えばゾンビのようなものにする。

   何故そのようなことをして蘇生することができるかといえば、すでに死んでいる以上臓器があってもなくても意味がなく、エネルギーさえあれば動くからである。

   そのため、傀儡は入れ物である肉体を破壊すればエネルギーは霧散して元の屍に戻る。式神は少し違い、霊力の核となる肌を破壊することで停止する、といった具合だ。

   同様に俺たち生者は、そのエネルギーたる霊力を陽道で身体を強化するのに体内で使うにしろ、陰道で術として外に使うにしろ、生命維持をするために一定量を残さなくてはいけない。

   ではその絶対、あるいは限界の量を超えて霊力を行使すればどうなるか。単純だ、肉体と魂の繋がりが切れて死ぬ。俺が死んだ訳はそういうことだ。

   あの時……異形に最後の一撃を叩き込んだ時。それまでその一撃の霊力をチャージするための時間稼ぎで、俺は霊力を使いすぎたのだ。

   その結果、僅かに【龍ノ一閃】を発動するのに必要な霊力が足りなくなった。だから俺は魂が軋みを上げるのを無視して、生命維持に必要な霊力を最後の一滴まで絞り出した。

   望んだやり方ではなかった。できうるならば約束通り、生きて帰りたかった。それでも異形を倒すには、あれしかなかったんだ。

   その果てにあったのは、死。最後にエクセイザーと会話して眠ったと思ったあれは、ただ単に眠るように死んでいったということだ。

   今ならば、あのエクセイザーの呆然としたつぶやきの意味がわかる。きっとエクセイザーは俺が意識を手放した瞬間悟ったのだ。自らの手の中から、俺の命が溢れ落ちたことを。

   ……エクセイザーには、悪いことをしたな。それに、西部に残してきたヴェルやニィシャさん、レイ、ルフェル、オルス&トルスコンビや各区画のリーダー達…世話になったみんなにさようならも言えなかった。

   けれどあの異形を放っておけば、いつかは西部も蹂躙されていたかもしれない。そうすればヴェル達だって……そう考えれば、俺一人の命で結果的に皆の命を救えたのなら、安いものだったな。

「……私にとっては、あなたの命は決して安くありませんでしたけどね。だから言ったんです、ダメだって」
「あ、あはは、すまん」
「…まあ、そのおかげでこうして話せたのでいいんですけどね。それより、話を続けます」
「おう」

   両省の意を返すと、シリルラは少し深呼吸し、非常に真剣な顔をして口を開いた。





「そうして死んだ龍人様ですが……今は、かろうじて生きています」





「……………え?」
 
   そうして放たれた彼女の言葉に、俺は間抜けな声を上げた。

「俺、生きてるのか?」
「はい……といっても、かなりイレギュラーな方法でですが」
「ど、どいうことなのか説明してくれ」
「はい、わかりました」

   それならなされたシリルラの次の言葉に……正直いって、俺は度肝を抜かれた。

   どうやら俺は、『遥か高き果ての森』を管理する大精霊の手によって生かされたらしい。いや、正確には大精霊の分身に、といったほうが良いだろうか。

   そしてその大精霊の分身とは…なんと、ニィシャさん。彼女は鬼人族でありながら、大精霊の分身を宿す存在だったのだ。

 一つ、俺が『遥か高き果ての森』の大精霊について疑問に思っていたことがある。それは、どうやって各地域の様子を細かく把握しているのか。

 どうやら、大精霊は各地域に一人ずつ分身を無差別に選別したその地域の中にいる魔物に宿らせ、その魔物を端末にして各地域の状況把握をしていたらしい。

 そして『神子』と呼称されるその存在が、俺が転移してきたこの時代の東部ではニィシャさんだったということらしい。

「ニィシャ様の中の精霊は非常に巧妙に存在を隠蔽していました。それこそ、下級神になった私では見抜けないほどに」
「…さすがは伝説の中でも最高の秘境である『遥か高き果ての森』の大精霊ってわけか」
「はい、少し悔しかったです……私が彼女が神子であると知ったのは、龍人様が死んだ後でした」

 霊力を使い果たし、死んだ俺。そんな俺の亡骸をエクセイザーは西部に持ち帰ってくれたらしい。

「皆、あなたの死を悲しみましたね。特に各区画のリーダーとエクセイザー様は抜け殻のようになっていました」
「…そっか。皆、俺が死んで悲しんでくれたのか」

 自らの死を悲しんでくれる存在がいる。その事実は俺の心にじわじわと広がっていき、嬉しさに変わった。地球ではほとんど孤独だったからな。

 まあ、それはともかく。そうして皆が俺の死を悲しむ中、ニィシャさんの中の精霊が突如覚醒し俺に命を司る大精霊の加護を与え息を吹き返したらしい。

 なぜそんなことをしたのか、と聞けば、シリルラが聞いていたところ『気に入った』かららしい。随分と簡素な理由だ。

 というのも、精霊本人からシリルラが聞いた話だと、そもそも今回の一連の東部に関することは大精霊にとって非常にイレギュラーなことだったらしい。

 そのイレギュラーの原因は……黒鬼神による、四大守護神獣の強奪。黒鬼神は東部の神獣を強制的に洗脳し、その力を使おうとした。

 しかしさすがは神獣、そうやすやすと亜神クラスの魔物に操られるほどヤワではなかった。だからこそ黒鬼神はどうにか制御しようと目論んだ。

 そこで出てくるのが、例の兎人族と鬼人族の大量虐殺。あの事件の裏にはもう一つ黒鬼神の陰謀が隠れていたのだ。

 あの大量虐殺は表向きはイヴィルゴブリンたちのレベルアップが目的だが、その裏には死による負のエネルギーを使った神獣の完全な支配があった。

 さしもの大精霊といえど、まさか神獣が乗っ取られるとは思っていなかったようで、分身であるニィシャさんを使い制御を取り戻そうとした。

 だが、すでに神獣の力を一部強奪していた黒鬼神にあえなく敗北を喫した。最初に会った時の大怪我は黒鬼神との戦いで負ったものだったのだ。

「神級である神獣の攻撃で神子が死んでしまえば、大精霊本体にもダメージがいきます。仕方がなく逃げた彼女は、生き残っていた子供達を連れて西部に逃げ込みました」
「でも、レイたちは追手のダークゴブリンにやられたって言ってなかったか?」
「おそらく、最後の力を振り絞って彼女たちの記憶を操作したのでしょうね。しかしそこでニィシャ様自身が限界を迎えた。あとは龍人様が知っている通りですね」
「なるほど…それで?」
「精霊の分身は、力を回復するために休眠していた間のニィシャ様本来の人格の記憶から龍人様を知ったらしいですね。他者であっても救い、異界からやってきたにも関わらず命をかけて戦ったあなたのことを高く評価したようです」

だから『気に入った』、か。

 そうして、ニィシャさんの記憶を見て俺のことを気に入った大精霊は俺に加護を与え、魂が剥離しかけた肉体を蘇生した。

   だが一度壊れてしまった器を直して生き返らせることはかなり難しい。当たり前だ、そうでなくては呪術師達は一体では貧弱な傀儡を好きに操れる生者として復活できてしまう。
   
   壊れた肉体を修復するのには相当な時間と霊力が必要ならしい。その霊力とは肉体を修復する霊力と、修復する間肉体を維持する霊力の二つ。

   この二つの霊力を定期的に注ぎ込まなくては、今度こそ完全に肉体は崩壊し、俺は今ここにいることはなく消滅していたらしい。

   逆に言えば、今ここに俺が自我と記憶を持ったまま存在していることこそが霊力が供給されている証拠。時間をかければ、俺は復活できるみたいだ。

   良かった。後悔はないが、未練はまだあった。やりたいことは沢山あるからな。

   俺はまだ、生きたい。エクセイザーとシリルラと一緒に世界を見て回りたい。レイとまた遊びたい。各区画のリーダーの皆から多くのことを学びたい。

   何より、俺はエクセイザーの代わりに西部の守護者となるという約束を果たしていない。確かにあの異形を倒した。でも、そのたった一度しか脅威を退けていないのだ。

   これだけじゃない、考えればまだまだやりたいことはいくらでもある。それを、あんな中途半端な終わり方じゃ納得できなかった。

   だから俺は生きたい。俺を仲間として受け入れてくれた西部の皆ともっと生きていきたいのだ。ついでに、一緒に戦った黒龍もな。

と、少し話が逸れた。

「んで、どうやって霊力の供給がされているんだ?」
「…………………」
「あ、あれ?」

   突然黙ったシリルラからものすごい不機嫌なオーラが滲み出てくる。い、一体どうしたんだろう。

   訳がわからずにオロオロとしていると、不意にシリルラが顔をあげる。そしてその顔には……震え上がるような真っ黒い笑顔が張り付いていた。

「……どうやって、供給されているか、ですって?」
「お、おう」
「ふ、ふふふふふふ……そんなに知りたいのなら、直接見せてあげましょう」

   そう言うと、シリルラは空中に手をかざした。すると手のひらから瑠璃色の力が発せられ、虚空に大きな鏡のようなものを形成する。

   そしてそこには……凄まじい大きさの大樹の天辺、そこにある虹色に輝く不思議な泉の中にいる真っ裸の俺が映し出されていた。


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次回で一章は終わりです。
ここまで書いてきたわけですが、この作品は面白いでしょうか?もし楽しんでいただけているのなら嬉しいです。
二章を書くかどうか迷っているので、できれば感想をいただきたいです。
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