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第1章 遥か高き果ての森
十九話 コートと西部区画
しおりを挟む東部についての会議から二週間が経った。
その間の変化といえば少しずつ送り込まれてくるゴブリン小隊の数が増え、装備のレベルも向上してきていることだ。
どうやら本格的に戦争を始めようとしているようで、時々三十~五十匹規模の小隊も送り込まれてくるようになった。
もちろんことごとく蹴散らしているが、そろそろ倉庫を拡張しなければ回収したものが入りきらないまでになってきてしまっている。
今の所、この西部では採掘できない鉱物なのでガルスさんに流してなんとかなってるが、そのうち増築をした方がいいだろう。
「え、えっと、あーるーぷーすー?」
「いちまんじゃーくー」
「こやりーのうーえで……あ、あれ?」
「反対だよ。次はこっちの手だったな」
「うー、また間違えた…」
そんな感じに着々と戦争の雰囲気が西部の中に漂う中、現在俺はいつも通り鍛錬と小隊の殲滅を終えると家でのほほんとレイと遊んでいた。
教えたやり方を一生懸命に思い出しながらこっち、違うこっちだ、と色々やっているレイを微笑ましい目で見ていると、不意に近くに置いてあるコートと同調させた霊力に違和感を覚えた。
一旦レイから目線を外してコートを手に取り、裏側を見る。そこにはびっしりと隙間もないほどに魔法陣や刻印が刻まれており、それらは微弱に発光していたり回転したりしている。
そのうちの魔法陣のいくつかが、少しだけほころびができていた。
「ううむ、そろそろだったか?」
《試しに着てみてはどうですかね?》
シリルラの言葉に従い、試しにコートを羽織って魔法陣や刻印を通し、体の表面に纏わせている霊力と同調させてみる。
すると少しの抵抗の後、ちょっとした違和感とともにいくつかの魔法陣が機能しなくなったのがわかった。先ほどほころびのあったものだ。
「やばっ、魔法陣壊れた」
《そろそろ、定期メンテナンスの頃合いでしたね》
「だな。ユキさんのところ行ってくるか……」
「? リュー兄、どこか行くの?」
「おう、ちょっとな」
不思議そうに首をかしげるレイの頭を撫でるとアイテムポーチのついたベルトを取って腰につけて立ち上がる。
ホルスターにドラゴエッジとオールスMr.Ⅰを収め、完全装備状態になると机のところでヴェルたちと一緒にお茶をしていたエクセイザーに目配せをした。
すると彼女はコクリと頷き、留守番を了承してくれる。 それに感謝の意味を込めた頷きを返し、残りの二人にも外に出ると言ってからログキャビンを出た。
扉を開けると、家の中でも天井や貯水タンクにあたる音が聞こえていた雨が視界に入ってくる。
ここ数日、こんな感じに雨が続きっぱなしだ。こうして一週間ほど続くこともあれば、一月に二、三度くらいしか降らない時もあるらしく、完全に大精霊の気分次第なのだとか。
室内で三人がお茶をしているのもこれが理由である。晴れの時は外で談笑しながらお茶会をしているのだが、雨の日は中で静かに会話するのが好きならしい。
ちなみにその間、俺はレイの相手をしている。彼女はまだ10歳であり、精神年齢もそれに従いまだ幼い上に活発な子だからじっと話を聞いていられない。
なので、俺が遊び相手をしているわけである。レイと遊んでいるのは親戚にいた妹のような子と遊んでいるような感覚に近いので楽しい。
そんなことを考えながら、俺は傘入れに入っていた灰色の傘……俺のものを取るとそれを差して歩き出した。
テラスを降り、畑を抜け、結界を通り抜けたところで……
「ギャァッ!」
「ギギャ!」
突如、左右の茂みから何かが飛び出てきて、俺に襲いかかってきた。その手には短い剣が鈍く光っている。
それはやはりというか、醜悪な顔に全身を青い鎧で包んだイヴィルゴブリンだった。
中でもつい最近出没するようになった、〝青鉄隊〟という精鋭部隊の一つで、奇襲と近接戦闘に特化した奴らと後方支援に特化したやつで構成された、バランスのいい小隊だ。
ドガンッ!ドガンッ!
瞬時にオールスMr.Ⅰをホルスターから引き抜き、レベル壱の霊力弾を二発発砲。それは目測できる前方の二匹の頭部を貫き、そのまま後方で弓を引き絞っていた二匹の頭をも貫いた。
それを確認する間も無くオールスMr.Ⅰを上空に放り投げドラゴエッジを抜刀、背後と木から落ちてきて飛びかかってきたイヴィルゴブリンを三匹まとめて切り捨てる。
そのまま体を反転させてドラゴエッジを投擲、十数メートルの後方から俺を狙っていたイヴィルゴブリン・メイジを倒し、 隣にいたもう一匹めがけて落ちてきたオールスMr.Ⅰを実弾に切り替え射殺。
一連の動作を終えるのに、わずか八秒。ホルスターにオールスMr.Ⅰをしまったのと同時に、全てのイヴィルゴブリンの死骸が地に倒れた。
《お見事ですね》
「隙あらばって感じになってきたな……」
最近、一歩でも結界を出ればこんなことばかりだ。消滅名札でも作って近くにトラップとして埋めておいてやろうか。
……いや、そうすると効果が強すぎてさこにある草木もろとも滅ぶからやめろってエレメーラに言われてたな。
《エクセイザー様で霞んでしまいますが、龍人様もまたこの世界の常識に当てはめればそれをはるかに超越した強者。早めに潰しておこうと思うのは当たり前ですね》
強者って他人から認められていて喜んだらいいのか、それとも迷惑と思えばいいのか……絶対後者だな。
イヴィルゴブリン達の死骸を道具類が入っているものとは別のもう一つの、生モノ用のアイテムポーチに放り込んで、ドラゴエッジを鞘の中に収める。
そうすると汚れないように頭上の木の枝に引っ掛けておいた傘を取って、元の予定通り西部へと向かうのだった。
●◯●
雨の森の中を足早に歩くこと二時間弱、ようやくそこにたどり着いた。
途中から〝その場所〟から伸びている極太の蜘蛛の糸でトンネルになっていたので雨は降って来ず、傘はアイテムポーチの中にある。
そこは〝この場所〟同様に定期的にドラゴエッジのメンテナンスをするために行っている南部の石造り城壁とは違い、全長3キロメートルにもなる大きなドームとなっていた。
楕円形になっている西部都市からは四方八方に様々な用途で区別されている通路が無数にあり、俺が今使っているのはその一つだ。
通路の壁の隙間から、無数の目に監視されている感覚を全身に感じる。オルスとトロスのような監視役だ。
キシキシ
「ん?」
ふと見上げてみれば、天井に張り付いている白い小さな子グモと目があった。あれ、普通は蜘蛛糸の中に隠れてるのだが。
他の個体より感じる霊力や力も弱く、おそらく新人?新蜘蛛?なのだろう。他の場所から先輩蜘蛛と思しきキィキィと鳴き声がしたかと思うと、慌てて蜘蛛糸の中に姿を消していった。
《叱られたのですね》
魔物も先輩に怒られることがあるんだな。
少し苦笑しながら、通路の中を歩いていく。するとやがて、ぽっかりと空いた大きな出口が姿を現した。
アーチをくぐり抜け、廊下を降下していく。歩くこと数分、ようやくその都市にたどり着いた。
そこは、一言で表すならば〝巣〟だった。いや、都市のような巣とでも言うべきか。
ドームを支える、直径と幅ともに数百メートルほどの巨大な岩柱が極太の蜘蛛糸に支えられて等間隔に並んでいる。
その岩柱の中には昆虫系の魔物たちの住居があるので所々穴や扉があり、ランプの明かりが窓と思しき場所から溢れていた。
また、植物系の魔物の住居が俺が今立っている地上にも無数に並んでいた。土太い植物の蔦、蜘蛛糸作られたものだ。
加えて植物系の魔物達用の場所として外と同じく森林がいくらか広がっている。そこにはドライアドなどの魔物が住んでいるらしい。
そして何より目を引くのは、ドーム最奥にある超巨大な蜘蛛糸の球体だろう。あれが西部の管理人であるユキさんの住処だ。
「あー!リュートだ!ねえねえ、遊んでー!」
「おーう、今日は用事があるから、また今度なー」
「ちぇー。絶対だぞ!」
寄ってくる昆虫系、植物系の魔物の子供達に適当に受け答えをしながら、都市の中を進んでいく。
そこにいるだけで汗が出てきた南部とは反対に、植物系の魔物達の恩恵で清涼な空気が流れていた。
「んー、ここの空気は美味しいなぁ」
結構な距離のある道のりを進むこと数分、ようやくユキさんの住処にたどり着く。門の前には、二体の魔物が門番として立っていた。
ユキさんより一段下の魔物である蜘蛛女であり、人間に近いユキさんと比べて下半身が完全に蜘蛛だ。
双子の姉妹である彼女達は右にいる方は右顔を、左にいる方は左顔を髪で隠しており、浅黒い肌に 赤い模様が走っている。
「こんにちは、ラトさん、レトさん」
「「こんにちは、リュート様。本日はどのようなご用件で?」」
無表情で同時に、ほとんど同じ声で答えたラトさんとレトさんに、俺はコートの定期的なメンテナンスに来たことを伝える。
すると棍をどけて門を解放してくれたので、礼を言って中に進んだ。門の奥には大規模な庭園が広がっている。
舗装された道を進んで地面から浮いているボールにつながる短い橋を登っていく。橋の向こうには入口の穴があり、そこから内部に入った。
中は普通の見た目で、 いかにも屋敷っぽい内装だ。複雑な道順を思い出しながら、かなり複雑な構造の廊下を歩いていく。
文字通り継ぎ接ぎなので、床に扉があったりするからそれを踏まないように注意しなくてはいけない。
「ーーシャァッ!」
そして何回目かの角を曲がった時、突然前方から小さな影が躍り出た。こちらに向けて大きく開けられた口の中には鋭い八重歯が光っている。
俺は嘆息しながら、それを受け流して小さい胴体をつかむ。そのままその場で一回転して減速しながら胸の中に抱えた。
それは人型の魔物だった。 2~3歳ほどの小さな子供で、ルビーのような大きな目の他に額に左右二つずつの目が付いている。そして背中には小さな蝙蝠のような翼が生えていた。
「キャキャ、また避けられたー!」
「おいルフェル、いきなりはやめろっていつも言ってるだろ?」
ルフェル。それがこの童子の名前だ。見た目は母親であるユキさんの遺伝子を強く引いているのか非常に中性的だ。
ルフェルは初対面の時に油断して血を吸われて以来、俺の血は結構美味しいらしく、毎回こうして飛びかかってくる。
まあ、致死量を吸われるとかそういうわけではないのでそこまで全力で避けているわけでもない。
「えー、ちょっとくらいいいじゃんかよー」
「だから、普通に言ってから来い普通に。そしたらちょっとならいいから」
「じゃあちょーだい!」
「はいはい」
袖をまくって腕を露出させ、土短剣を取り出して切って、ルフェルに血を吸わせてやりながら進行を再開する。
チューチューと血を吸われながら歩くこと数分、やっと辿り着いた。他の部屋より少し豪華な作りになっている扉をノックする。
「……誰?」
「ユキさん、俺です。コートのメンテナンスに来ました」
「ん。入って」
許可が出たので、扉を押して中に入る。
すると、そこかしこに天井まで届く巨大な棚や無数の裁縫道具など、色々なものが置かれた部屋が露わになる。
部屋の真ん中で臀部から伸びる蜘蛛足を自在に伸ばして様々な素材を取り出し、何かの服を作っているユキさんに近づいた。
「チュー、チュー」
「ってこら、いつまで吸ってんだ。そろそろ終わりだ」
「えー」
「…ルフェル、やめなさい」
「はーい」
ユキさんに言われると、ルフェルは俺の腕から口を離してパタパタ飛び、ユキさんの膝の上に収まった。
ユキさんはそれに構わず着々と服を完成させていき、最後に何かのエンブレムを刺繍すると一つ頷いて手を止めた。
そしてそれを蜘蛛足で同様のものがいくつもかけられている棒にかける。それが終わると、無言でこちらに手を差し出した。
「あ、はい、コートですね」
「ん」
ユキさんは俺から受け取ったコートの状態を確認して……こちらにジト目を向けて来た。
「……いくつか機能しなくなっている。できればこうなる前に来て欲しい」
「あ、あはは、すいません……」
「……ん、まあいい。すぐに直す」
そう言って一つ頷き、ユキさんはコートの魔法陣や紋章を直し始めた。
このコートは、着ることで三重の防御を発揮する魔道具で、レアアイテムの人工版のオリジンアイテムと呼ばれるものだ。
まず、このコートに使われている素材であるエクセイザーのミスリルの鱗と強靭な皮膚による物理的な防御力。
高い霊力伝導率を誇るミスリルの装甲を俺の霊力で限りなく強化して、さらに耐魔法、対物理両方に優れている。
次に、俺自身の霊力による強化。鍛錬と防御の意味、二つの意味を込めて常に体の表面に霊力の鎧を纏っていた。
これは全体が均一になるようやらなくてはいけないので、精密操作の練習になるしかなり役に立っている。
そして最後に、体表面に纏っている霊力とコートを作り終えた際に発生したオリジンアイテム特有の特殊効果……触れた物体の腐食。
その魔力との連動。
それの要こそが裏地のあの無数の魔法陣であり、俺の霊力とコートにある魔力をつなぎとめているものだ。
だが、俺では魔法陣のメンテナンスができないので、定期的にこうしてユキさんのところに来るわけである。
ユキさんは天才的な服職人と同時に、とても優れた付与術師なのだ。
「えっと、今日はリトさんは?」
「彼は自室で寝てる。ヴァンパイアで流水が苦手だから、雨の日は大体そう」
いつもならユキさんの手伝いをしている旦那さんのことを聞くと、ユキさんは目線をコートから動かさず答える。
「へえ、そうなんですね」
「ん。だからルフェルの相手も私がしなくてはいけない」
「暇なのだー!」
噂をすれば、俺の方に向かって飛んで来たルフェルを受け止めた。まったく元気なやつだな。
「はいはい、それじゃあ俺と遊んでようなー」
「おー、いいな!」
「リュート、感謝する」
「それの調整に比べればどうってことないですよ」
そういうわけで、ユキさんにコートの調整をしてもらっている間は俺がルフェルの相手をすることになった。
といってもそこまで長くはなく、ほんの十分たらずでコートが返ってきたのでそこで終わりだ。
「はい、終わった」
「ありがとうございます」
手渡されたコートに腕を通し、霊力を連動させてみる。すると無事に全ての魔法陣が起動したのがわかった。
「ばっちりです。ありがとうございました」
「ん、大事に使ってね」
「はい。それじゃあ、今日はこれでーー」
ドォオオオォオォォォオンッ!!!!
これで失礼します。そう言おうとした瞬間、激しい振動が部屋の中を襲った。
それにより床に落ちてきた道具類を、瞬時にキャッチしてルフェルに当たらないようにする。
激しい揺れが数秒続き、やがて収まる。とっさに腕の中にかばったルフェルを見るが、目立った外傷はなかった。それにホッとしながら外の方を見る。
「今の振動は、一体……」
「……! そんなまさか、ありえない……」
「? ユキさん、どうかしたんですか?」
耳に手を当てて何かをしていたユキさんが愕然とした表情をしたので問いかけてみれば、深刻そうなでユキさんはゆっくりと言葉を紡いだ。
「……この西部区画が襲撃を受けた。相手は……ダークゴブリンの砲撃隊。東部からの攻撃が、始まった」
ーーー
この章は主に主人公の強化と過去を主旨としていますので、少し早いかと思いますがそろそろ次回から最終局面に入っていきます。
感想をいただけると嬉しいです。
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