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第1章 遥か高き果ての森
二十話 大異変
しおりを挟む「なっ!?」
ユキさんの言葉を聞いて、思わず声を上げて驚いてしまう。予想じゃ一ヶ月後のはずだったのに、半月も早いぞ!?
動揺してしまうものの、奴らがここに攻め込んできた事実に変わりはない。すぐに外へと向かわなくては。
「俺、行ってきます」
俺が振り返ってそういうと、ユキさんは少し瞠目した。そしてコクリ、と小さく頷く。
「ん、お願い」
「はい!」
ユキさんに答えると走って退室し、そこかしこにある扉を踏まないように注意しながら、壁や天井を蹴ってショートカットして入り口に戻る。
そう時間がかからないうちに入り口にたどり着いたので、履いている灰狼のブーツ・疾風の靴裏の中に仕込まれた札に霊力を流し込む。
「ふっ!」
灰色の光が可視化するほどに霊力を集中させると、屋敷から外に出た瞬間思い切り地面を蹴って跳躍した。
大きな畑を飛び越え、霊力による推進力が減少したところで城門の柱を足場にして再び跳躍。
驚いてこちらを見上げているラトさんとレトさんを尻目に、目についた一番近くの木を繋ぐ橋に着地する。
「シリルラ、最短ルートは!」
《視界に映しますね》
視界にまるで車のナビのように半透明の矢印が現れる。それに従い、俺は橋の上をなるべく最速で疾走した。
やがて、西部に入ってきた時の入り口とは違う大きな入り口が見えた。再び霊力を靴の裏に込め、一気にショートカットする。
中央出入口の前に着地し、走って外へと走っていく。するとそれまで断続的に鳴り響いていた爆発音お振動がより大きくなってきた。
「くっ!」
一刻も早く駆けつけるため、走る速度を上げて通路を走り抜けると、一気に視界が開ける。
外は来た時と変わらず強くも弱くもないちょうどいいような、そんな雨が降っていた。
そしてその中でオレンジ色の鎧を着た〝夕鉄隊〟……魔法に特化した部隊と思われるゴブリンたちがずらりと並んでいた。
護衛と思われる白鎧姿のダークゴブリン以外の、鎧の上からローブをまとった部隊が杖を掲げ、魔法を西部の壁めがけ放っていた。
《イヴィルゴブリン・メイジの数は四十九匹。西区画の壁の損傷率は12%ですね》
「あいつら……!」
俺は雨によって体が濡れていくのもかまわず通路の出口から外へ飛び出し、迎撃に姿を現していた例の白蜘蛛たちに並ぶ。
毒噴射や鎌足で戦う白蜘蛛助力をするため、オールスMr.Ⅰを引き抜くと霊力弾に切り替えてつまみをひねる。
「レベル〝参〟でいいか」
五つある目盛りのうち真ん中にセットすると、次に体内の霊力を練り上げ、地面に叩きつける。
すると手をつけた箇所からドロリとした黒い水のようなものが広がり、そして立ち上がると俺と瓜二つの影法師になった。
「これで銃撃してくれ。俺は前に突っ込む」
『………』
【影舞】で呼び出したその影法師に銃を持たせて援護射撃を命じると、アイテムポーチに手を突っ込む。
そしてのっぺりとした棒人形のような形をした、薄い鉄の板を五枚ほど取り出した。
「傀儡顕現、大地創体……」
鉄の板……特別製の札に向かって言霊を吹き込めると、足の方を下に向けて地面に向けて投げた。
全ての鉄札が地面と接触したのを確認すると、胸の前で印を結んで叫ぶ。
「急急如律令!」
俺がそう叫んだ瞬間、鉄札に刻み込まれた紋章が強く輝き、灰色の風を巻き起こしながら地面の土を吸引し始めた。
集まった土それは頭となり、その下にどんどん土が集まっていき、体になっていく。
30秒後には、五枚の鉄札は二体は日本刀を持った甲冑姿の侍に、残りの三体は長弓を携えた軽装鎧の弓衆の土人形へと変わった。
「シリルラ、操作頼んだ!」
《お任せくださいね……式神起動、敵を殲滅せよ》
土人形達は札に刻み込まれた、シリルラの言霊を認識して命令に従い、侍はゴブリン達に突進していき、弓衆は影法師とともに白蜘蛛の援護に回る。
「よし、いくぞ!」
自分も後ろ腰のドラゴエッジを鞘から引き抜いて逆手に握りしめ、左腕に盾代わりの防御魔法陣を展開して突撃した。
いきなり現れた正体不明の狙撃手に魔法砲撃体は困惑し、その隙を突いて侍が数体ほどゴブリンを切り捨てる。
十匹ほど倒されたところでようやく、混乱していた護衛部隊が動き出しして侍に襲いかかった。
だが、今の俺の上限まで霊力をつぎ込んで作った鉄札から生まれた自慢の式神達はそうやすやすと倒れない。
《右方向十二度へ回避。その後上段からの斬撃を実行》
「………」
現に、襲い掛かってきたゴブリンの大半は返り討ちにされており、攻撃に成功したゴブリンも甲冑の表面を少し削るにとどまっていた。
侍達が護衛部隊を抑え込んでいる間に、俺は魔法砲撃部隊を殲滅することに専念する。
「はあぁあっ!」
こちらに向かって飛んで来る魔法のことごとくを防御魔法陣ではじき返し、逆にゴブリンの頭を吹き飛ばしてやる。
それだけでドラゴエッジが届く間合いに接近するまでに十体近くのゴブリンの首から上がなくなった。
「しっ!」
「「「ギギッ!?」」」
そしてついに接近することに成功した瞬間、まず切り込んだ場所でドラゴエッジを一閃。三匹のゴブリンの頭を跳ねる。
宙に舞ったゴブリンの頭の一つを剣の腹で吹っ飛ばし、五匹のゴブリンをボウリングのピンのように吹っ飛ばした。
そこに影法師の霊力弾が飛来し、ゴブリン達を地面ごと消し飛ばす。残りは二十匹前後。
ゴブリンの攻撃をかわして跳躍、さらに【空歩】で空中でもう一段ジャンプすると、両足でそれぞれゴブリンの頭を蹴り飛ばした。
もげた頭はこちらを魔法を展開して狙っていたゴブリン二匹の胸に高速で飛来し、風穴を開けて絶命させる。
そのまま空中で左腕を地面に向けて、魔法陣を防御術式から破壊術式に書き換えると直径3メートルまで大きくし、固定を解除して地面に落とす。
グシャァッ!
逃げ場のない死の天井によって、地面と魔法陣のサンドイッチになったゴブリンが十匹ほど潰れた。
さらに体を斜めにして【空歩】を使用、落下地点に集まってきていたゴブリンを四匹まとめて袈裟斬りで殺す。
脳天からぱっくりと二つに叩き切られ、ゴブリンの鮮血が舞った。それに動揺しているうちに後ろから飛んできた土の矢で二匹死ぬ。
「あと少し!」
残りを数えながら着地すると、なんと一匹のゴブリンがそれまで慌てて魔法陣を構築していたのに手に持った杖で殴りかかってきた。
それを〝透水〟で避け、その首を飛ばす。拙いながらも技術を感じさせる振り下ろしであり、もしかしたら棍術のスキルでも持っていたのかもしれない。
そのゴブリンに倣うように、いかなゴブリンといえども魔法を準備している間に殺されるとわかったのか、次々と杖で殴りかかって来る。
「賢明な判断だな……だが負けるつもりはない!」
再度左腕に防御魔法陣を展開・固定し、襲い掛かって来るゴブリン達に油断なく構えた。
式神達と影法師たちが護衛部隊を全滅させたおかげで横槍が入ることもなく、せいぜい自衛程度の力しか持たないゴブリン達を次々と斬り伏せていく。
「ハッ!」
「グギッ!?」
ある時は杖ごと両断し、
「シッ!」
「ガッ!!」
またある時は足を引っ掛けて宙に浮いたところを顔面にドラゴエッジを突き刺して串刺しにし、
「ギャギャギャ……ッ!?」
「フッ!」
ふりかぶられた棍を腕で防御し、コートの能力で腐食させ驚いているところを斬殺する。
そうして戦い続けること数分、俺の周りには無数のゴブリンどもの死体が転がっていた。
左腕の防御魔法陣を解除し、血が雨と混ざり合って赤い水滴となり落ちるドラゴエッジを血振りして納刀する。
「これで終わりか……」
深く息を吐きながら、目に入った濡れ髪をかきあげた。そういえば、こっちにきてからほとんど髪を切ってないな。
邪魔だから切るかと思っていると、侍や弓衆、そして影法師が近寄ってきた。彼らは武器を収め、俺の前に黙して並ぶ。
『………』
「サンキューな」
影法師の差し出したオールスMr.Ⅰを受け取り、ホルスターにしまう。それをじっと見ていた影法師は、満足したように消滅していった。
シリルラが命令を下したのか、式神達も体が崩れていき、鉄札に戻って地面に落ちる。
鉄札を全て回収し、奮闘してくれた人形達に心の中で感謝をしながらアイテムポーチの中に戻す。
そうすると、こちらを鳴き声をあげながら様子を伺っている白蜘蛛達の方へと歩いていった。
「キィキィ」
先頭にいる白蜘蛛は、八つある目のうちの真ん中のところの毛が黒くなっており、ラトさんやレトさんの体にある模様と同じような証が刻まれている。
「お前が隊長さんか?」
「キシッ」
俺の言葉に答えた隊長の鎌足の片方を、キィキィと鳴き声をあげながらこちらに差し出してきた。
その無機質な複眼には、こちらの健闘を称えるような光が宿っているように見える。
「キシッ」
「おう、ナイスファイトだったぜ」
その鎌に俺は、笑いながら自分の拳を軽く重ねるのだった。
●◯●
南部からのゴブリン部隊による西部への襲撃から数時間後。
ユキさんへの挨拶もそこそこに、俺は気になることがあり、ログキャビンに戻ってきていた。
そして帰って早々ヴェルたちに挨拶もせず倉庫にこもり、入手したゴブリンの死体の見聞をしていた。
しかし、調べているのは先ほど倒した〝夕鉄隊〟のものではなく、最初にログキャビンを出た時に襲いかかってきたやつらだ。
体を覆っている鎧を引き剥がし、いつも通り食べられる部分を取るのも忘れて鎧を詳しく調べる。
すると、すぐにとあることに気がついた。よく見てみると、鎧の縁にに金色の装飾があしらわれているのだ。
そして胸部装甲の中心に、長い二本の角を持った禍々しい形相の鬼のレリーフが刻まれている。
「これは……違う。〝青鉄隊〟の鎧じゃない」
〝青鉄隊〟の鎧はもっと簡素な見た目をしているし、そもそもここまで滑らかではない。ぶっちゃけ言って使い古しのぼろっちい感じがあるのだ。
それに対して、こっちはなんていうか……新品というか、どちらかというとしっかりと個体に合わせて作られているものに感じる。
「こいつらは、一体何なんだ……?」
「それは、〝蒼金鉄隊〟の奴らじゃ」
「!?」
後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはあきれた様子の美女……エクセイザーが立っており、こちらを見ていた。
「〝蒼金鉄隊〟……?」
「〝青鉄隊〟の上位に位置する部隊じゃ。特に編成に代わりがあるわけではないが、イヴィルゴブリンではなくすべてがダークゴブリンの兵士や魔法使いで構成されておる」
「……そういうことだったのか」
イヴィルゴブリンとダークゴブリンは、見た目上はさして違いがない。
あえていうならば背が少し高いのがダークゴブリンだが、そんなものは個体差があるのであてにならないだろう。
では誰にでもわかる違いはといえば、それは言葉を話すこと。それだけの知能があるかどうかでイヴィルゴブリンかダークゴブリンか分かれる。
けれど今回の場合、襲いかかってきた時叫び声しか上げなかったからイヴィルゴブリンと間違えたのだ。
本当なら霊力の量も違うのですぐに気づくのだが、最近は作業化してきていることもあって気がつかなかった。
「しかし、おかしいのう……〝蒼金鉄隊〟は普通少数精鋭じゃから、お主という強者に倒される可能性があるのにそう易々と出されるはずがないのじゃが……」
「けど、そんな強い感じはしなかったぞ?俺の実力云々抜きで、はっきり言って精鋭って感じじゃあなかった」
「とすると………まずいな、これは」
ふむ、と一つ頷いた後エクセイザーは神妙な面持ちで呟いた。どうやらこの不可解なことについて、彼女には思い当たるところがあるらしい。
何事か考えている彼女に俺が首を傾げていると、やがて思考に区切りがついたのかエクセイザーが目を開ける。
「何かわかったのか?」
「うむ。そう鍛錬を積んでいない〝蒼金鉄隊〟のダークゴブリンが現れ、そしていつもより早い時期に〝夕鉄隊〟の襲来……ここから予測される可能性は一つ」
「それは……?」
「大異変じゃ」
「大異変?」
意味のわからない言葉に俺がおうむ返しに尋ねると、エクセイザーは具体的に説明してくれる。
大異変とは、一定周期で遥か高き果ての森東部で起きる、イヴィルゴブリンの突然変異のことらしい。
「本来ならイヴィルゴブリンとして生まれるところを、生まれた瞬間ダークゴブリンへと変化するのじゃ」
「なんだそれ、そんなことあるのか?」
《通常ならばあり得ない、と断じるところですね》
だがこの大異変が起きた場合……生まれた時からなぜかダークゴブリンならしい。
つまり最初から能力が高い個体が、イヴィルゴブリンの繁殖力で次々へと生まれてきてしまうのだ。
「そうなった場合、腐る程生まれたダークゴブリン達は最低限の訓練を受けると、その高い能力と数で押しつぶす戦法をとるのじゃ」
「確かに思い出してみれば、俺に襲いかかってきたのも力に物を言わせた武器の使い方をしてたな」
そしてそれがダース単位で何十、何百、何千、何万と出来上がっていく。
そんな、普通ならばありえない状態……つまり大異変と呼ばれるようになったのである。
「でも、なんでそんなことが起こるんだ?明らかにこの世界の生物の進化を一段飛ばしてるけど……」
「ふむ、良い指摘だ。長い年月をかけて溜まったイヴィルゴブリン達の苦痛の念は、東部の中に魔力として蓄積する。
そしてそれがイヴィルゴブリン達の母体に干渉し、一定期間内ダークゴブリンへと突然変異する現象が起こるのじゃ」
「なるほど……つまり怨念によって起こされる祟りの類か」
確か陰陽師や霊媒師の仕事にも、死んだ人間の怨念によって妖魔が強化されるという事例があったっけ。
《しかし、エクセイザー様。その情報はどこから?》
「ここ数百年の間に、何匹か東部から厳しい生存環境に嫌気がさして逃げてきたダークゴブリンがいての。そういうものたちからもたらされた情報じゃ」
やっぱりそういう個体もいるのか。ゴブリンにも嫌気がさすとかあるんだな。
《……つまり要約すると、今年がその一定周期というわけですね》
「そういうことじゃ。周期は100年に一度であり、妾は八度ほど経験しているが……あれは恐ろしい。例年以上の凄惨さになる」
「エクセイザーがそういうほどか……」
ことの深刻さに思わず呟きながら、俺はふと一つ気になることがあった。エクセイザーは八度これを経験していると言った。
つまり、エクセイザーは亜神になってから800年以上たっているというわけだ。前に調べた時は、普通のミスリルリザードの寿命は50年かそこらならしいし。
「妾も毎回忘れないよう、その年が来るまで年月をオグのところの大樹に刻み、来てしまえばよりいっそう警戒を深めいつもより早めに準備を整えるのじゃが……最近色々あったからのう」
「……俺が来た、か?」
「そうじゃ。まさか倒されるとは思わなんだ……それに、妾としたことがついお主と暮らすのが楽しくて忘れてしまうとは……」
そう言うエクセイザーの顔には本当に楽しそうな表情が浮かんでいる。少なくとも俺が見る限り、その表情は嘘には見えなかった。
その表情に、不謹慎にも内心ホッとしてしまう。もしかしたら彼女は嫌々俺と一緒にいるんじゃないか、ずっと恨まれてるんじゃないかって不安だった。
どうやら俺が思っていたよりも、彼女は俺に思うところがあるわけではないらしい。
閑話休題。
「……これって、俺の失態でもあるよな」
「む?いきなり何を言う」
「だって、俺がこの遥か高き果ての森に現れて色々としたせいで乱れてしまったことがあるのは事実だろ?」
「それは仕方のないことじゃ。この世は何が起こるかわからんからのう」
「そんな曖昧でいいのか……?」
「ともかく。来てしまったものは仕方がない。すぐに対策を講じなくてはな。妾達は西部を守らなくてはいけない」
取り直すように言うエクセイザーに、俺も仕方なく思考をそちらに戻す。実際、エクセイザーの言う通りだ。
俺はこちらの世界に来て、この遥か高き果ての森で色々なやつと知り合った。
シリルラに始まってエクセイザー、オグさん、オルスとトロス、ガルスさん、各区画に住まう魔物達。
俺はこの世界に来て関わった、数え切れないほどの全ての魔物を守りたい……いや、守らなくてはいけない。
それがエクセイザーとの約束で、俺の望みだ。
もちろん、未熟な俺の肩には少し重すぎる。でも、人生ではやらなくちゃけいけない時というのがあるのだ。
その決意を新たに、俺は立ち上がって真剣な目と表情でエクセイザーに言った。
「エクセイザー、俺にできることがあるならなんでも言ってくれ。お前から守護者の立場を預かった以上、やれるだけのことはやる」
エクセイザーは俺の目をじっと見つめ……その覚悟が本物だと悟ってくれたのか、不敵な笑みを浮かべて一つ頷いた。
「……ふむ。なら妾と一緒にあるところに行ってくれるか?」
「あるところ?」
尋ねる俺に、エクセイザーは笑い。
「ああ……遥か高き果ての森。その北部を統治する龍神の夫婦のところにな」
そう言ったのだった。
ーーーーー
毎回拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。
感想をいただけると嬉しいです。
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