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第1章 遥か高き果ての森

二十七話 異形との戦い

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「アァァァアアァァァァアアァアアァアアアァアアア!!!」
   
   雄叫びをあげて異形がこちらに突撃してくる。同時に、視界にまるでゲームのように様々なパネルが表示された。どうやらこれがシリルラのサポートらしい。

   そのパネルに従い、俺と黒龍は異形と凄まじい戦闘を繰り広げ始めた。直撃など食らっては体が消し飛ぶので、回避とカウンターを重視して攻撃を重ねていく。

   超速で縦横無尽に振るわれる合計二十本の長剣のような爪をシリルラの軌道予測パネルを頼りに回避、あるいはいなして斬撃を叩き込むが、ことごとく何十倍にも硬化した皮膚を浅く切り裂くにとどまる。

   肘に魔法陣を展開、霊力で加速させて5連続で刺突を放つが、余裕で対応され四腕で防御された。同時に視界の端に飛んでくる異形の膝が映り込む。

   顎にかする寸前のところで膝蹴りを回避すると、その膝にシールドを叩きつけて内部に記憶された魔力を模倣、雷撃を食らわせる。が、効果はなし。

   今度はエクセイザーが無詠唱でファイアボールの上位魔法、ヘルファイアを10個ほど作り出してくれたのでそれをエクセイザーをふるって射出するがことごとく外皮に弾かれた。

   魔法は効かないとすぐに悟り、腐食能力を付与した斬撃を放つ。が、いくら皮膚を溶かしてもそれ以上の速度で再生してしまい、何事もないように異形は右の二つの拳を放ってきた。

   こちらに迫ってくる右側の二腕に、シールドを手元に引き寄せると霊力を込めて地面に叩きつける。すると地面の岩が盛り上がって壁になった。が、刹那の時間で破壊される。

   その一瞬の隙をついて、下から潜り込んで振り切られたままの腕に対して腐食能力を全開にしたエクセイザーを振り上げた。が、下についた小さい方の腕は切り落とせたが上の腕は筋肉で止められる。

   すぐさま手を引いてエクセイザーを離すと、こちらを掴もうとする異形から【空歩】を使い空中に逃げ、その拍子に空中を蹴って体を回転させ頭部の角に斬撃を繰り出した。

   体より柔らかいのか、八本あるうちの二角を破壊することに成功した。だが同時に、脇腹にドッ!という衝撃が走る。

   見てみれば、異形の左腕の爪が伸びて脇腹を斜めに貫通していた。傷口から血が吹き出て激痛が走るが、歯を食いしばって【空歩】で上空に逃げる。

   それと同時に、黒龍が異形の股下に加速魔力で忍び寄り、内股に思い切り噛み付いた。金色の炎で覆われた牙は強固な皮膚を爛れさせて牙を食い込ませる。

   だが異形は太ももの筋肉に力を込め膨張させることで無理やり黒龍の牙を体内から排除し、いつの間にか再生していた右下腕で黒龍の首根っこを掴むと地面に叩きつけた。

「ギャッ!?」
「ァァァアアァ!」

   黒龍に意識が向いているうちに、片足に霊力を込めて【空歩】によるサマーソルトキックを頭部に叩き込んだ。あまりの硬度に、筋肉が断裂する感覚がするがまた一本角を破壊した。

   そのままエクセイザーを頚椎に突き刺そうとするが、ギョロリと目玉の一つがこちらを向いたかと思うと光線を発射して肩を貫いた。おそらく俺のオールスの射撃の模倣だろう。

「ぎっ……!?」
《非常に威力の高い攻撃と判断。第二撃が来る前に逃げてくださいね》

   一瞬腕から力が抜け、狙いがそれて首筋に突き刺さるエクセイザー。俺は苦し紛れに目玉にシールドの縁を叩きつけて潰し、異形から離れた。

   黒龍が片翼だけに加速魔力を込めてきりもみ回転し、逆立った鱗で異形の腕をズタズタに切り裂くと脱出して地面に降り立った。

   最初の位置に戻って異形を見れば、潰したばかりの目が煙を上げて再生した。どうやら復活の際エネルギー生成器官も再生され、治癒力が増しているようだ。

   再生の終わった異形が咆哮する。すると背中にある突起が分離すると魔力を推進剤としてまるでミサイルのようにこちらに飛んできた。その圧倒的多数の前では、シールド一つによる防御など無意味。

   即座に木札を三枚ホルスターから引き抜き、防御魔法陣を重複展開する。飛来してくる突起ミサイルは一つ一つは軽い衝撃しか来ないが、三つ、六つとどんどん増えていき連鎖爆発のようなものを起こし始めた。

   そして、ミサイルのほかに大きな影が爆風の中から現れる。異形だ。異形がミドルキックを結界に叩き込むと、いともたやすくガラスの割れるような音とともに粉砕する結界。

   そのままこちらに迫る異形の足にシールドの上に五枚ほど魔法陣を展開、自分で後ろに飛ぶことで被害を抑えようとした。黒龍は上に飛翔して逃げる。

   しかし異形の圧倒的な攻撃力の前では俺の魔法陣など紙同然だったようで、シールドが凹むとともに腕の骨が折れる感覚がした。抗いきれずに吹き飛ばされる。

   背後にあった燃えかけの家屋に叩きつけられ、そのまま壁を突き破ってさらに向こう側の壁に穴を開けたところでようやく止まった。

   立ち上がろうとすると、頭上に気配を察知した。咄嗟に横に転がり、攻撃を回避する。するとジャンプしてきた異形の拳が地面にめり込み、盛大にえぐれた。大きめの破片が額や肩にぶつかる。

「ぐっ……がっ…」
   
   破片の嵐が止むと痛む足に力を込めて起き上がり、折れた腕にエクセイザーを手放した右手を添えて真ん中がへこんだ盾で岩を防ぐ。

《……っ!  龍人様、後ろに気をつけーー》


ヒュッ……ドゴォッ!!!!


    シリルラが言い終わる前に、追い討ちをかけるように背中に異形の気配が一瞬で移動し、全力のスマッシュが背中に叩き込まれた。

「がはっ!?」
《龍人様!》
『主人!』

   ミスリル装甲により背骨を折ることは免れたが、頭から地面に叩きつけられ、さらに足が地面を離れ浮いた体の胴体に凄まじいラッシュが打ち込まれる。俺はそれを折れていない右腕で防ぐので精一杯だった。

   一撃一撃に必殺の威力があり、確実に内臓に衝撃が響く。我武者羅に折れているはずの左手でパンチを繰り出そうとするが、手を掴まれて肘打ちで二の腕の半ばからへし折られた。それにとどまらず、両脇腹にチョップが炸裂する。

   やがて、無慈悲な超連続攻撃が止むと、胸の中心に蹴りが叩き込まれて体がくの字に折れ曲がる。同時に吹っ飛ばされた。

   蹴りにより吹き飛ばされた俺は、大きな建物の壁に激突し、石の壁をやすやすと破壊して内部まで到達する。

   瓦礫とともにゴロゴロと地面を転がり、やがて止まった頃には俺はボロ雑巾のようになっていた。全身がグシャグシャになっている。

「げぼっ……ごぼぁっ……!」

   内臓をやられたのか、口から大量に血を吐き出した。仰向けに倒れたのか、朦朧とした視界には石造りの天井が映る。立ち上がろうにも、もはやどこが痛いのかもわからないくらい全身が痛くて力が入らない。
   
   しかし諦めずに気功術で体内から内臓を応急処置をして状態をもたげると、壁の穴からエクセイザーが飛んできた。かろうじて折れていない右腕でキャッチし、杖にして立ち上がる。

「ぐっ……ったく、散々やってくれやがって……げほっ、ごぼっ」
『喋るな、傷に響く。黒龍が抑えているうちに回復するぞ……〝恵みよ我に集え。慈愛深き神よ、大いなる癒しの力よ、どうか戦士の傷を癒したまえ〟……〝グレーターヒール〟』

   エクセイザーが詠唱すると緑色の魔力が体を覆い、折れた腕や筋肉の断裂した脚、ヒビの入っているであろう肋骨の痛みが引いていった。
    
   数秒もすると、外傷があらかた痛まなくなった。血を吸って重くなったシャツを破って脱ぎ捨てる。流れ出た血や消耗した体力はそのままだが、ダメージ自体は大体癒えた。

   ある程度回復したところで、使い物にならなくなったシールドを腕から外すとアイテムポーチに押し込み、代わりにドラゴエッジを取り出して左手に持った。

   手に力を込めて剣を握ることができるのを確認すると、一つ息を吐いて思考を巡らせた。

   ……今の攻防で、相手との大体の差は理解できた。

   まず攻撃力だが、俺が一だとするなら相手は万だ。比べるべくもない。張り合っても一瞬すら持たないだろう。

   次に防御力、これも俺は紙で相手はガッチガチのフルプレートアーマーってとこか。先ほどあの堅牢さを突破して腕を切り落とせたのは、エクセイザーの切れ味あってこそだ。次はないだろう。

   スピードはギリギリ互角か、相手が上。反応速度はなんとかついていけてるって感じか。

   能力の数は……もはや論外である。これまで見ただけでも目からビーム、突起ミサイル、高速再生、卓越した爪撃、体術……おそらく黒龍のブレスなども模倣されているだろう。

   ……改めて分析してみると、これ勝てる要素一つもないな。思った通り、勝率はゼロに等しい。

   でも、諦めるわけにはいかない。何か、何か勝てる作戦は……ッ!

「そうだ……」

   そして俺は……この状況を打破する一つの方法を見出した。
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