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7.アヴェス王国大使館
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「エステル! よく来てくれた、さあ中へ!」
アヴェス王国大使館の前で、クレイン様が嬉々としてわたしを出迎えてくれた。
仮にも一国の王子様が、男爵令嬢にすぎないわたしをわざわざ出迎えるなんて……、と思ったけれど、クレイン様相手に常識を説いてもはじまらない。
わたしは馬車を下り、大人しくクレイン様にエスコートされてアヴェス王国大使館の門をくぐった。
大使館は、天人族の好みを反映してか、まるで森のような木立の中にぽつんと建てられていた。高い尖塔が連なった独特の様式で、まるでお伽噺のお城のようだ。
「クレイン様は迎賓館にいらっしゃるのかと思っていました」
「使節団がいた時はそうだった。が、彼らももう帰国したからな。いつまでも迎賓館に居座るわけにもいくまい。今は、ここに併設されている大使公邸の一角に移っている」
意外。ちゃんとそういう気配りはされる方なんだ。
というか、そういう事には気をつかえるのに、なぜわたしには……。
「エステル」
ふいに顔をのぞき込まれ、心臓が止まりかけた。
わかっているけど、クレイン様は顔が美しすぎる。いつまでたっても、これには慣れない。
「な、ななんでしょうか」
わたしはドキドキしながらクレイン様を見つめ返した。
本日のクレイン様は、サラサラの銀髪をゆるく一つに結んでいる。リボンとチーフの色を同じ深い緑色でそろえていて上品だ。まあクレイン様なら、ショッキングピンクでも品良く着こなせてしまうだろうけど。
目も鼻も唇も完璧な形、完璧な配置で収まっている。氷を思わせる灰青色の瞳は、キラキラと輝いて、……いや、無理。これ以上目を合わせてたら、心臓がもたない。
目を逸らしたわたしに、
「……そなたは美しい」
「なに言ってんですか?」
ぽつりと漏れたクレイン様の言葉に、わたしは思わず突っ込んでしまった。
いや、でもこれは仕方ないと思う。地上に舞い降りた美神から、美しいなんて言われても。
「こうして側にいるだけで、そなたの魂の輝きに包まれ、たとえようもなく幸せな気持ちになる。初めて会った時から思っていたのだが、私は、そなたのように美しい人間を初めて見た」
「あ、ああー……、そっか、魂ですね、うん」
魂が美しいって言われても、自分にはわからないからどう返せばいいのか……。でも、ちょっと嬉しいかも。
「わたしの魂って、どんな風に見えるんですか?」
クレイン様にエスコートされ、木々の間を縫うように歩きながら、わたしは言った。
そこまで褒められるって、どんな感じの魂なのか気になったのだ。
「一言で言うのは難しい」
クレイン様は夢見るような眼差しになった。
「やわらかな春の日差しのような……、シカラの花のような優しい色に、まばゆい金色の光が混じっているような……。輝かしく、優しく、とても美しい魂だ」
「あ、う、そそう……、です、か……」
ひー! なんかめちゃくちゃ褒められてる気がする!
まばゆいって! 美しいって! いや、魂の色なんだけど!
気恥ずかしくなってうつむくわたしに、クレイン様は静かに言った。
「二十年前、そなたに初めて会った時、その魂に見惚れてろくに言葉も交わせなかった……。名前すら、聞き出すことができなかったのだ。それをどんなに悔やんだことか」
あー、わたしの前世ですか。
「えーっと、その……、わたしって前世、どういう感じの見た目でした? 今と変わらないような感じでしたか?」
「いや」
クレイン様は考え込むような表情になった。
「正直、その時はそなたの魂に見惚れて、他のことはよく覚えていないのだ。……いや、そうだ、とても良い匂いがしたことを覚えている。そなたの好きなシカラの花、あれと同じやさしく甘い香りがした……」
かすかに頬を染めるクレイン様。
ヒィ! なんかこっちまで恥ずかしくなるからやめて!
「えーっと、あの、じゃあわたしの顔はあまりよくご覧にならなかった、と」
「ああ。だが、とても美しかった」
なんで覚えてもいないのに断言できるんだ。どうもクレイン様の「美しい」ってわたしとは意味合いが違うような気がする。
でもまあ、それは一端、置いておこう。
「そなたに助けられた後、私は怪我が癒えたら、必ずやそなたを探し出し、恩返しをしようと……」
クレイン様が言いかけた時だった。
「まったく、鶴は押しつけがましくて困るね」
歌うような声が聞こえ、わたしは顔を上げた。
木立を抜けた先にある大使公邸の前に、その人は立っていた。
「……スワンか。何をしにきた」
クレイン様が尖った声で言う。
スワンと呼ばれた方は、流れるような白銀の髪に、深い碧色の瞳の美男子だった。しかし、これは……。
「クレイン様のご親戚ですか? よく似ておいでですが」
わたしの言葉に、二人ともくわっと目をむいた。そして、
「「似ていない!!」」
二人そろって叫んだ。
反応までシンクロしてる。双子ですか?
アヴェス王国大使館の前で、クレイン様が嬉々としてわたしを出迎えてくれた。
仮にも一国の王子様が、男爵令嬢にすぎないわたしをわざわざ出迎えるなんて……、と思ったけれど、クレイン様相手に常識を説いてもはじまらない。
わたしは馬車を下り、大人しくクレイン様にエスコートされてアヴェス王国大使館の門をくぐった。
大使館は、天人族の好みを反映してか、まるで森のような木立の中にぽつんと建てられていた。高い尖塔が連なった独特の様式で、まるでお伽噺のお城のようだ。
「クレイン様は迎賓館にいらっしゃるのかと思っていました」
「使節団がいた時はそうだった。が、彼らももう帰国したからな。いつまでも迎賓館に居座るわけにもいくまい。今は、ここに併設されている大使公邸の一角に移っている」
意外。ちゃんとそういう気配りはされる方なんだ。
というか、そういう事には気をつかえるのに、なぜわたしには……。
「エステル」
ふいに顔をのぞき込まれ、心臓が止まりかけた。
わかっているけど、クレイン様は顔が美しすぎる。いつまでたっても、これには慣れない。
「な、ななんでしょうか」
わたしはドキドキしながらクレイン様を見つめ返した。
本日のクレイン様は、サラサラの銀髪をゆるく一つに結んでいる。リボンとチーフの色を同じ深い緑色でそろえていて上品だ。まあクレイン様なら、ショッキングピンクでも品良く着こなせてしまうだろうけど。
目も鼻も唇も完璧な形、完璧な配置で収まっている。氷を思わせる灰青色の瞳は、キラキラと輝いて、……いや、無理。これ以上目を合わせてたら、心臓がもたない。
目を逸らしたわたしに、
「……そなたは美しい」
「なに言ってんですか?」
ぽつりと漏れたクレイン様の言葉に、わたしは思わず突っ込んでしまった。
いや、でもこれは仕方ないと思う。地上に舞い降りた美神から、美しいなんて言われても。
「こうして側にいるだけで、そなたの魂の輝きに包まれ、たとえようもなく幸せな気持ちになる。初めて会った時から思っていたのだが、私は、そなたのように美しい人間を初めて見た」
「あ、ああー……、そっか、魂ですね、うん」
魂が美しいって言われても、自分にはわからないからどう返せばいいのか……。でも、ちょっと嬉しいかも。
「わたしの魂って、どんな風に見えるんですか?」
クレイン様にエスコートされ、木々の間を縫うように歩きながら、わたしは言った。
そこまで褒められるって、どんな感じの魂なのか気になったのだ。
「一言で言うのは難しい」
クレイン様は夢見るような眼差しになった。
「やわらかな春の日差しのような……、シカラの花のような優しい色に、まばゆい金色の光が混じっているような……。輝かしく、優しく、とても美しい魂だ」
「あ、う、そそう……、です、か……」
ひー! なんかめちゃくちゃ褒められてる気がする!
まばゆいって! 美しいって! いや、魂の色なんだけど!
気恥ずかしくなってうつむくわたしに、クレイン様は静かに言った。
「二十年前、そなたに初めて会った時、その魂に見惚れてろくに言葉も交わせなかった……。名前すら、聞き出すことができなかったのだ。それをどんなに悔やんだことか」
あー、わたしの前世ですか。
「えーっと、その……、わたしって前世、どういう感じの見た目でした? 今と変わらないような感じでしたか?」
「いや」
クレイン様は考え込むような表情になった。
「正直、その時はそなたの魂に見惚れて、他のことはよく覚えていないのだ。……いや、そうだ、とても良い匂いがしたことを覚えている。そなたの好きなシカラの花、あれと同じやさしく甘い香りがした……」
かすかに頬を染めるクレイン様。
ヒィ! なんかこっちまで恥ずかしくなるからやめて!
「えーっと、あの、じゃあわたしの顔はあまりよくご覧にならなかった、と」
「ああ。だが、とても美しかった」
なんで覚えてもいないのに断言できるんだ。どうもクレイン様の「美しい」ってわたしとは意味合いが違うような気がする。
でもまあ、それは一端、置いておこう。
「そなたに助けられた後、私は怪我が癒えたら、必ずやそなたを探し出し、恩返しをしようと……」
クレイン様が言いかけた時だった。
「まったく、鶴は押しつけがましくて困るね」
歌うような声が聞こえ、わたしは顔を上げた。
木立を抜けた先にある大使公邸の前に、その人は立っていた。
「……スワンか。何をしにきた」
クレイン様が尖った声で言う。
スワンと呼ばれた方は、流れるような白銀の髪に、深い碧色の瞳の美男子だった。しかし、これは……。
「クレイン様のご親戚ですか? よく似ておいでですが」
わたしの言葉に、二人ともくわっと目をむいた。そして、
「「似ていない!!」」
二人そろって叫んだ。
反応までシンクロしてる。双子ですか?
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