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19.神様にお願い

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お茶の後、私とお兄様は連れ立って神殿に出向いた。
お休みに入る前、神殿の老神官が腰を痛めたので、時間ができたら診にきてほしいと言伝されていたからだ。

老神官が腰を痛めた原因が、孤児院の子どもを高い高いしてあげた為と聞いたら、休日とはいえ診に行かないわけにはいかない。
まあ、そんな大した術を使う訳ではないから、施術は一瞬で済むだろう。
その後は、近場の小さい食料品店に寄って、食材を買って帰ろう。お兄様という、荷物持ちもいることだしね!

「お兄様、こちらでお待ちいただけますか? 診療が終わりましたら参りますので」
「ああ、わかった」
お兄様は頷き、神殿内の礼拝の間に置かれた椅子に腰かけた。
窓越しの光がお兄様を照らし、まるで聖画のようだ。黒ずくめの恰好のせいか、悔悛した悪魔っぽい感じがする。
隣に天使ミルを置いたら完璧なのになあ、とちょっと残念に思いながら、私は老神官の部屋へ向かった。

「いやあ、休日なのに申し訳ありませんなあ」
「これくらいなら、ぜんぜん平気ですよ」
予想通り、老神官の治療は一瞬で済んだ。
孤児たちの面倒を見るのは大変素晴らしいことですけど、お体には十分気をつけて!と注意して、私は礼拝の間に向かった。

報酬は治療院に支払われるが、お礼として神殿で育てている野菜をいただいた。
これでちょっと遅いお昼ご飯を作ろう、と思いながら礼拝の間に待たせているお兄様の姿を探すと、

―――おお。

私は、思わず足を止めた。
お兄様が、うたた寝をしている。

私はそーっとお兄様に近づき、その顔をのぞき込んだ。
少し顔をうつむき加減にしているせいで、サラサラの黒髪が肩をすべり落ちている。
目を閉じていると、その非現実的な美貌がより際立つような気がする。人間というより、彫刻とか人形みたいだ。

お兄様、まつ毛がめちゃくちゃ長い。たぶん私より長い。いいなあ。
唇が少し開いて、いつもより幼く見える。
いつもは美しい、とか麗しい、という形容詞がぴったりのお兄様だが、こうして無防備に眠っている姿は、とても可愛く見えた。

非常にレアなお兄様の寝顔に、私は少し和んだ。
やっぱり疲れているんだろうなあ、と思うと、すぐに起こすこともためらわれ、私はお兄様の隣にそっと腰かけた。

礼拝の間を見まわすと、私達の他は前のほうに老婦人が一人いるだけだった。
朝の礼拝も終わっているので、人が少ないのだろう。

私はふだん、神殿にはあまり行くことはない。
今回のように、病人や怪我人がでた時くらいである。

別に神様に恨みはないが、前世の記憶とか色々考えると、素直に神様に感謝の祈りを捧げるとか、そんな気持ちになれないのだ。
だが、今、隣で眠るお兄様を見て、私は少し考え、祈りの形に手を組んだ。

神様、と心の中で呼びかける。

私は不信心者ですが、きっとお兄様は神様を信じています。
休む間もない激務の中、お兄様は騎士として国を守り、神に仕えています。
どうか神様、お兄様が健康でありますよう、その身をお守りください。
どうか、お兄様とミルが健康で、幸せでありますように。
そしてできれば、私もお兄様に殺されることなく、幸せな人生を送れますように。

「―――神のみ恵みに感謝し、ここに祈りを捧げます」

祈りの決まり文句を小さくつぶやき、なんとなく清々しい気持ちで私は顔を上げた。
せっかく神殿に来てるんだから、やっぱり祈りの一つも捧げるべきだよね、あースッキリ!
と、そんな事を思った瞬間。

頭上が突然明るく光った。
何だろうと天井を見上げると、キラキラと輝く黄金の光が、天井から私に向けてふり注がれてきた。
光はなぜか私を包み込むように渦を巻き、私を中心にした光の柱のようになっている。

なんだこの光は。

「え、えええ……?」

私は顔を引き攣らせ、おろおろと周囲を見回した。
異変に気づいたお兄様が目を覚まし、驚いたように私を見ている。

「お、お兄様、これ……」
「ああ、なんと!」

私の声にかぶさるように、前の席に座っていた老婦人が私を見て声を上げた。
老婦人は両手を天に差し出すようにして、私に向かって叫んだ。

「ああ、聖女さま!」

老婦人は私達にまろび寄り、床に跪いて手を合わせた。

……えっ?

私は、きらきらの光に包まれたまま、お兄様を見た。
お兄様も私を見た。

お兄様の顔には、初めて見る表情が浮かんでいた。

「……マリア……」

お兄様が喘ぐように私の名を呼んだ。
驚きと戸惑い、そして少しの怖れがにじんだ声。
あのお兄様が、私を怖れている。

「ああ聖女さま、どうか祝福を、どうか!」
老婦人が涙を流し、私に手を差し出す。

いや違うから、無理だから!
聖女とか、そういうのやめて!

私は自分にまとわりつく光の渦を、しっしっと手で払った。
が、光は消えず、キラキラと輝くばかりだ。

いや、ウソでしょ。
なんでこんなことに。

まさか王都ではなく、フォール地方、それもお兄様の目の前で、偽聖女のフラグが立つなんて。

―――神様、お願い助けて下さい!

私は今度こそ、心の底から神様に祈ったが、光はいよいよその輝きを強くしただけだった。
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