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誘いと誘い

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 ジョーカーぐらいなら余裕。

 その言葉が胸の中で反復していた。

 妙に賑わいを見せる街並み。

 サクヤは用事があると俺を置いてどこかに行ってしまった、俺はクラン戦も出来ないから一人でブラブラと歩いている。

 運営クランのホームの前まで着くと中の様子をドア越しに確認する。

 アリサさんを探すが見渡す限りでは居なかった。

 アリサさんの席にはデカい熊のぬいぐるみがテキパキと対応していたのだ。

 ……デカいぬいぐるみ?

 ホームに入り俺はぬいぐるみの列に並ぶ。

 勝ち続けると自身満々に言っていたのにあっさり負けた俺のクラン戦。

 どう詫びればいいのか頭の中で必死に考えている。

 サクヤは俺の負けを肯定してくれるが誰もが認めてくれるわけじゃないだろうと思っていた。

「あれ? シンさんじゃないですか」

 ぬいぐるみからアリサさんのくぐもった声が聞こえる。

「なんでそんな格好をしているんですか?」

「これですか? 可愛いでしょ」

 本人はぬいぐるみで仕事をしているのは満更でもないようだ。

 バッと席を立って【休憩中】の札を机に置いた。

「シンさんが来たので休憩に入ります」

 隣の受付嬢の方に声をかけると休憩室の扉を開けて俺を手招きで呼ぶ。

 この前もこんな展開あったなと机の横が開いて中に行き休憩室の中にアリサさんと一緒に入る。

「座っててください」

 そう言われフカフカのソファーに腰をかけるとテキパキとお茶を出してくるアリサさん。

 ぬいぐるみなのに慣れた動きだと感心する。

 アリサさんも俺の隣で腰を落とすと「ぷふぁー」と言いながらぬいぐるみの顔を取って顔を見せる。

「すいませんがファスナーを下ろして貰えます?」

 俺は指示に従いファスナーを下ろすとアリサさんの背中に下着の線と白い肌が現れた。

 中に何も着てないのかよ! と一瞬パニックになるがアリサさんは何も動揺してないのか下ろした直後にスタスタと休憩室とは違う扉を開けてその中に入って行ってしまった。

 数分後には運営クランの制服を身に纏ったアリサさんが現れて変にドキドキしてしまう。

 俺の隣ではなくテーブルを挟んだ正面に今度は腰を下ろすアリサさん。

「見苦しい物をお見せしました」

 アリサさんはペコリと軽く頭を下げる、俺は返しに「ご馳走様です」と言いそうになり口を閉じる。

「私は運営クランをクビになりましたのでぬいぐるみとして働いています」

「クビ?」

 クビになったのにぬいぐるみとして働くのはいいのか?

「権限は全て剥奪はされているので相談係としての仕事しか出来ないのですけどね」

 ニコリと笑みを見せるアリサさん。

「俺のせいですか?」

「いえ、私の意地の問題です。シンさんには私のお願いを聞いてもらいその上あれ程の功績を積んで貰ったのですよ? 感謝こそしますが責める様な事は断じて出来ません」

 あれ程の功績か。

 アリサさんも俺の負けを肯定してくれるのか。

 胸を張って言えたらどんなに良いだろう。

 静かにお茶に口を付けるアリサさん。

 そんな中バンっと休憩室の扉が開く。

「アリサはいるか!」

「はい。ここに」

 俺の驚きを他所に入って来た人物を冷ややかに持て成すアリサさん。

「すまなかった!」

「ミースティアのマスターが大声で謝罪しに来るとは何事ですか? ヒカリはもっとドシッと構えないとと言っていたでしょ」

「私はここにマスターとしてだがアリサの友人としても会いに来てるのだ。たまにはマスターの顔を剥がしてもいいだろ?」

 この国のマスターのヒカリさんじゃないか、後ろにはミリアさんも居た。

「どう言う関係ですか?」

「私はミースティアの元メンバーなんですよ」

 俺が口を挟むとアリサさんは大きな胸を張ってエッヘンと答えてくれた。

「アリサの胸に見惚れてる奴はお前かぁ」

 グイグイと俺の頬を指でつついてくるのはミリアさん。

 ミリアさんはヒカリさんの後ろからいつの間にか俺の隣に腰を落としていた。

「ルールブレイカーも居たのか! まぁ、略奪戦を終えて謝罪も済んだ事だしアリサの権限とクビを撤回する」

「マスターがそんなホイホイと自分の言葉を曲げても良いのですか?」

「クビにしたのに次の日にはぬいぐるみで仕事をしているアリサには言われたくないが。略奪戦も終わっている、それに関してはもう私には通す意地も無い」

「そうですか」

 略奪戦終わってたのか! それでもヒカリさんが居るということは俺は少しは役に立ったと思いたい。

「負けちゃったってねぇ」

 横でチクチクと煽ってくるミリアさんをどうにかしてくれ。

 数分と俺を弄ってくるミリアさんを置いてアリサさんとヒカリさんは二人だけの世界で会話していた。

 その会話も終わったのかヒカリさんは俺を視界に捉える。

「ルールブレイカーありがとう」

 綺麗に頭を下げて一言。

 なんでお礼なんか言われるんだ? と思うが素直に受け取っておく。

「これはマスターでは無く私自身の言葉として受け取ってくれ」

 そう言葉を残して休憩室から帰っていった。

 ぬるくなったお茶を飲む。

 チラッと横目で確認するとミリアさんもアリサさんから出されたお茶を飲んでいた。

 えっ? ミリアさん帰らないの?

「シン君今から予定ある? アリサなんかに構ってないで私とデートしようよ」

 デートの部分を強調して言ってくるミリアさん。

「シンさんは私に会いに来てくれたのですよ? 今からお礼にと出掛ける約束をしてたのでミリアはもう帰ってください」

 そんな約束初めて聞いたが黙って居た方が無難だとお茶を静かに飲む。

「アリサは今から仕事の続きでしょ」

「何を言ってるのですか? 私は今日までクビです。仕事の続きなんてある訳ないじゃないですか」

 アリサさんは席を立つと俺の横に腰をかける。


『『私とデートに行きましょうか』』


 美女二人から誘われて羨ましい風景だ。

 でも俺にはサクヤが居る。

 お断りしようと心に決めて口を開けた。

「「誘いを断ろうとしてる?」」

 笑顔だが確実な圧が含まれる。

 心が読まれ心臓が跳ねる。





「さぁ、シン君こっちだよ」

 ミリアさんは先を歩きながら俺を手招きする。

 アリサさんも俺と一緒に歩く。

 女の人の誘いを断るのがこんなに勇気が居ることだとは知らなかった。


 未開の地の魔物より俺は怖かった。



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