フェイク・ウォリアー成り上がります!

兵藤晴佳

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新たな戦いと姫からの励ましと

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「僕に?」
 一夜明けたヨファの天幕の中で、ナレイは唖然とする。
 部下を与えることを最前線の隊長に進言した美しい親衛隊員は、笑顔で応えた。
「当然だろう。それなりの働きをしたんだから」
「でも、僕なんかに……」
 夕べは命が懸かっていたのだ。
 戦い方も何も分からず、ただ死に物狂いで考えて考えて考えて、その場しのぎの知恵を出したに過ぎない。
 尻込みするナレイに、ヨファは大真面目な顔で言った。
「国王との約束だからね。君に罪を償わせるというのは」
「でも、僕が偉くなるっていうのは……」
 ヨファは、急に不機嫌そうな顔をした。
「私という男を見くびってもらっては困ります」
「別にそんな……」
 口ごもるナレイに、ヨファは畳みかける。
「部下を引き受けろということは、より大きな手柄を立てろということです」
「無理です、手柄なんて」
 生き残るので精一杯だったのだ。
 だが、ヨファは有無を言わさず、ナレイを天幕の外へ押し出した。
「嫌だというなら、そのまま国王に報告します」
 最前線に出て命を張るのが、シャハロの自由を守る条件である。
 ナレイが受けないわけにはいかなかった。
 天幕の中から、ヨファの皮肉っぽい声が聞こえた。
「とりあえず、小隊長という扱いになります」
  それは裏返すと、ナレイたちはただの寄せ集めにすぎないということである。
 確かに、それは当たっていた。
 目の前にいるのは、1庶民の新兵が10人ばかりである。
 昨夜、命からがら逃げかえってくるのがやっとだった槍担ぎたちだった。
 ひとりが口を開いた。
「あの……格上げって言われたんだけど」
 ナレイは、口ごもりながら答えた。
「それは……もう槍担ぎじゃないってことだよ」
 貴族たちから散々、バカにされてきたのがよほど悔しいのだろう。
 不安そうに強張っていた何人かの顔がほころんだ。
 喜んで尋ねる者もいる。
「俺たち、何を……」
 そう聞かれても、ナレイにはこたえられない。
「それは……」
 貴族たちは望む望まざるとに関わらず、戦うことを義務付けられている。
 だが、庶民たちは戦わなくてもいいという条件で、金で雇われて手伝いに来る。
 部下として与えたといっても、それはヨファたちの都合にすぎなかった。
 あまり嬉しそうでなかった別のひとりは、そこを突いてくる。
「イヤだぜ、夕べみたいのは」
「そんなことは……」
 ないとは言い切れなかった。
 ナレイに彼らが部下として与えられたのは、どうやら、昨夜の作戦の成功が災いしたらしい。
 庶民の新兵たちでも使い物になると、貴族たちが判断したのだろう。
 そこで、陽気な声を上げる者があった。
「大丈夫さ! ナレイについていけば」
 すると、これに応じる声が口々に上がる。
「そうだよ! 生きて帰れたんだし、俺たち」
「凄かったよな、騎兵がびびってたもん」
 さらに、調子に乗ってこんなことを言う者まで現れた。
「もしかすると、生まれ変わりじゃないか? サイレアの勇者の」
 ナレイが何も言わないうちに、ひそひそ声が広がっていく。
 勇者。
 サイレア。
 ナレイ。
 サイレアの勇者が帰ってきた。
 その名はナレイバウス。
 さすがに、その本人は焦らないわけにはいかないようだった。
「ちょ、ちょっと、みんな、それは……」
 期待に輝く20と幾つかの瞳が、ナレイを見つめている。
 ほとんど同時に、ひとつの言葉が響き渡った。
「命令を!」
 とりあえず、ナレイは眉ひとつ動かさずに答える。
「解散」
 部下となった新兵たちは、歓声を上げて散らばっていった。

 後方から来た補給の馬車が帰っていくと、ジュダイヤの軍勢が動きだした。
 ケイファドキャに対する追撃が始まったのだ。
 形の上では小隊長となったナレイはもう、ヨファの白馬の轡を取ることはない。
 だが、その部隊はヨファの率いる斬り込み隊の脇を守ることを命じられた。
 もちろん、その命令を伝えたのはヨファである。
「宜しくお願いしますよ。横からの不意打ちで部下に怪我をさせてもつまらないので」
「相手が前から来たらどうするんですか?」
 部下となった新兵を呼び集める前に、ナレイは確かめた。
 ヨファは当然のように答えた。
「相手の陣地を突破するのが私たちの役割です。その前に起こることは、全てお任せしましょう」
 そこで、ナレイの部下がひとり、呼ばれもしないのにやってきた。
「ナレイ! これ! これ!」
 その手に振りかざしているのは、薄いリボンに巻かれた1枚の紙である。
 荒い息をつきながら手渡すと、にやにやしながら肘で小突いた。
「誰からですか……女でしょ?」
 ヨファが眉をひそめる。
「上官になんてことを……教育がなっていませんね」
 そう言いながら手紙の封印をちらりと見やって、ぼそりとつぶやいた。
「それは……」
 真っ赤な封蝋に、蝶を象った印が押されている。
 ナレイにも、見覚えがあった。
 手を振って部下の新兵を追い払うと、ヨファから離れたところへ駆けていって手紙を開いた。
 それは、シャハロからのものだった。

  今朝早くに早馬の知らせがあって、夜中の戦いのことも私の耳に届きました。
  生きて帰ってきたのね! ほっとしたわ。
  たぶん、ヨファが考えたことだと思う。
  許せない! 命にかかわるくらい危険なことをさせるなんて。
  あなたにもしものことがあったら、私が命を懸けても、父上に訴えるつもり。
  ヨファは最初からそのつもりだったって。
  そう思っていたから、意外だった。
  まさか、ひと晩で小隊長になるなんて。
  生意気だぞ、ナレイのくせに!

 ヨファが、無駄に丁寧な言葉で呼び戻しにかかる。
「小隊長殿、部下の召集は迅速に願いますよ……望まない昇進だったかもしれませんが」
 ナレイはすでにまとめてあった荷物の中から1本の紐を取り出した。
 服をまくって、身体にくくりつける。
 低い声で、しかし、はっきりと答えてみせる。
「直ちに」 
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