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邯鄲 その3
しおりを挟む邯鄲を離れる前夜に内輪で小さな宴が開かれた。
宴には呂不韋と呂文それに呂文の父の3人である。
華やかな宴を好まない父に配慮したのであろうかと呂文は思った。
給仕であろうか女性が1人呂不韋と父に酌をして回る。
酌が終わると呂不韋の横に座った。
「彼女が件の。」と父が聞くとそうだと呂不韋は答えた。
呂不韋が女性に挨拶するように促すと、女性が恭しく礼をした。
「顔をよく覚えてけ。」と父は言った。
女性の顔をみる。年齢は呂文より6、7歳ほど上だろうか。
女性と目が合って、慌てて目をそらす。
「もう少しきちんと紹介したいところだが、まだ名前を決めていなくてね。」
「とりあえずは趙国の女性ということで『趙姫』かな。」
と呂不韋が言った。
「どこかのお姫様なのですか?」と呂文は口にした。
だが、女性がくすくすと笑うのを聞いて、また、場違いなことを言ってしまったと後悔した。
「頭はいいが、思ったことをすぐ口に出すのは商人としてはどうかな。」と呂不韋は言ったが、
「正直な方です。私は好きですよ。」と女性が言う。
呂文は顔を赤らめ口をつぐんだ。
お姫様に見えますか、と女性が尋ねる。
「美しい方なのでそうかと。」
消え入りそうな声になりながらも呂文は答える。
呂不韋も女性につられたのか笑い出した。
呂文は真っ赤になってうつむいている。
呂不韋は呂文に言う。
「今はお姫様じゃないが、もうすぐ身分の高い女性になるんだ。」
「いまはわからないかもしれないが、いずれわかる。」
「あと何年かすれば、少年のほうが彼女にかしずいているはずさ。」
そう言われたものの、呂文にはよくわからなかった。
やがて酒が入って呂不韋は饒舌になってきた。
「いいか昼間にも話したが、大事なのは『人』だ。『人』こそが『奇貨』になるんだ。」
「その『人』の価値をちゃんと理解しなくてわね。」
「しかしそれだけじゃ不十分さ。」
「もし『人』に価値がないとしてもそこに価値をつけてやるのが商売ってものだろう。」
呂文はまだ酒が飲めないので、ただ、話を聞いている。
「彼女は市井の女に過ぎなかったが、私は良い掘り出しものだと目を付けた。」
「それで私の元で十分な教養と芸を教え込んだ。もうすぐある高貴な方に嫁ぐ。」
「彼女だけじゃない。この間も一人女を趙の宮中に入れたんだ。」
「宮中に入れたあとは、のし上がってもらうことになるが、私には金もコネも十分にある。」
「その女も高貴な身分の人に嫁ぐことになっている。」
「女たちがのし上がれば、さらに私のもとに金とコネが入ってくることになる。」
「投資先としても悪くないだろう。」
理屈としてはわかるが、呂文は少し言い過ぎではないかと感じた。
呂不韋の隣に座る女性はどう思っているのだろうか。
父もさすがにたしなめた。
「もう少し言い方に気を付けた方が良いよ。」
「まるで人を売り買いしているように聞こえてしまう人もいるからね。」
呂不韋は笑って返す。
「そう思われてもかまいはしない。実際売り買いしているよなものさ。」
呂文は思わず呂不韋の隣に座る女性をちらっと見る。
呂不韋のうわさは本当なのだろうかと呂文は思った。
「この国のお偉い方たちもみんなそうしている。」
「情報や相手に取り入るために女を渡す。売買と違わないよ。」
「政略結婚だのなんだの理屈はこねているが、変わりはしないよ。」
「いや、建前を取り繕うぶん質が悪い。」
と呂不韋は話を続けていたが、突然、呂文に話を振った。
「そうだ、少年もどうかな。」
呂不韋に言われ、呂文は慌てて首を振る。
呂不韋は笑って言う。
「別に売り飛ばそうってわけじゃない。」
「私には子供もいない。養子にでもなれば、金でも権力でも手に入れられるぞ。」
「趙の要職にだってつけてやることもできる。どうかな、悪くないだろ。」
呂文が困惑しているのを見て、「おいおい、やめてくれ。」と父が言う。
それを見て、悪い悪い冗談だ、と呂不韋は笑いながら謝った。
しばらく饒舌に話していた呂不韋だったが、やがて女性を下がらせた。
呂文も下がろうかと思ったが、父が止めた。
呂不韋もそのほうが良いだろうと同意する。
呂不韋が真面目な顔に戻り、口を開いた。
「一族からはなんと?」
「華陽夫人から根回しはうまくいっていると連絡があり、皆舞い上がっている。」
父から華陽夫人の名前が出る。
おそらく先の呂不韋との会話の件がすでに父の耳に入っているのであろう。
呂文は驚いたが、父と呂不韋はそのまま話を続けた。
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