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第三章 ルーセット編
新たなる旅立ち
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「当座の目的地は、ルーセットで良かったんだよな?」
「うん、そのつもりだよ」
「街道沿いに行くのか?」
「それでもいいけど、ターザさんがどうかな? いままで、あまりオルフェン以外のところには行った事が無かったんでしょ?」
「俺の事は気にしなくていい。お館様から、目くらましの魔道具をいただいている。獣族であるのが問題になりそうならば、それを使う」
「なるほど……」
最初のころ、私たちもすっかり騙されていたアレですね。一回見破られちゃうと、その人にはもう使えないんだけど、よほど魔力の強い相手じゃないと看破できないらしいし、大丈夫だろう。
「まぁ、それほど心配する必要はねぇと思うぜ。この辺りはまだ少ねぇが、もっと西に行きゃ獣族もそれほど珍しいってわけじゃねぇ」
「あれ? そうなの?」
故郷が王都ガリスの近くだと言うガルドさんが、意外なことを教えてくれた。
「ああ。流石にうじゃうじゃいる、ってほどじゃねぇがな。それなりに見かけるから、ターザの姿を見て大騒ぎになることもねぇだろ」
「そうなんだ……でも不思議だね。獣族って大森林が故郷なんでしょ? だったら、西よりこの辺りの方がいっぱいいそうなものなのに」
「……言われてみれば、確かにそうだな。俺も故郷では獣族を何度か見かけたが、ハイディンではとんとお目にかからなかった」
ロウも話しに乗って来て、三人で不思議だね、と顔を見合わせる。その疑問への回答を、一部ながらも与えてくれたのはターザさんだった。
「俺がそう思うだけで、正解とは言えないだろうが――父と同じように、大森林へ戻らないと決めたのであれば、出来ればそれが目に入らぬ場所にいたいのではないだろうか?」
「万が一にも、里心がつかないように、ってこと?」
「里心か――それもあるかもしれないが、本来は大森林に戻り、子孫を残さねばならぬ身だ。その責を果たさず、戻らないことを決めたのならば……」
獣族は、かつて人族と同じく大森林の外で暮らしていた。けど、次第に人族に迫害されるようになり、霊族の誘いに乗って大森林へと移り住んだのだという。恐らくはその過程で、かなり数を減らしていたのだろう。だからこそ『子孫を残す責務』なんて言葉が出てくるんだろうな。
「義務を果たしていない後ろめたい気持ちがある、ってことなのかな。で、それを思い出させる場所からは、出来るだけ離れていたいって?」
「俺が大森林で生まれていたなら、そう感じるかもしれない――その程度の話だ。俺は元々『外』で生まれたし、家族も快く送り出してくれた。だから、その連中の本音がどうなのか、本当のところはわからん」
なるほどね。そう言う事ならば、私が初めて出会った獣族がターザさん達だと言う事の説明もつく。トゥザさんとポーラさんは、たまたまこの辺りでポーラさんが体調を崩し、お師匠様に助けられたのがきっかけでオルフェン(の近く)に住み着くことを決めたんだった。もしそうじゃなかったら、もっと西の方に行っていたか、あるいは大森林へと戻ってしまっていたのかもしれないってことだ。そうなると、私がターザさんやミラさんと出会うこともなかったわけだし――縁って、不思議なものだよね。
「ターザさんが『外』で生まれてくれて、良かったと思うよ」
素直にその気持ちを言葉にしたら、ターザさんの顔がちょっと赤くなった。
「お、俺も、その……レイ殿や二人に出会えて、良かった」
う……は、反撃がきた! 私の顔も赤くなっちゃうじゃないか。そんな私たちを見て、ガルドさんが小さく笑い、ロウは『何をやっている』みたいな顔をしてるけど、きっと二人も同じ気持ちだと察せられた。
んで、結局、しばらくは街道に沿って進むことになったんだ。お師匠様からのお餞別の中に、ガリスハール王国のかなり精密な地図があり、それから判断するとルーセットまでは馬で約五日の距離になる様だ。オルフェンからは小街道ってのがのびてて、それが大街道へと続いている。ルーセットまでの間は大街道沿いの宿場街に寄るか、野営をするってことになる。昔の日本の東海道みたいに、荷馬車や人の足でだいたい一日ごとの距離に宿場が設けられているんだよ。ただ、王国を横断する『大街道』とはいっても、オルフェンの近くみたいに綺麗に舗装されてるのはほんの一部で、ほとんどはむき出しの地面がずっと続いてるだけ、なんだけどね。
初日である今日は、久々に馬に乗る私と、旅慣れないターザさんに配慮して早めに宿をとることになった。前は馬がいなかったからどこに泊まってもよかったが、今回は厩付きじゃないとダメだ。しかも、真っ白で目立つシロは勿論、ロウ達の馬もかなり立派なものだから、ケチって安宿に泊まると寝ている間に馬を盗まれる危険性もある。なので、畢竟、選ぶのは高級なところってことになる。
「贅沢が癖になるな。困ったものだ」
「何を今更言ってやがる。二年もあんな豪勢なとこで過ごしたんだぜ。癖になるなら、とっくの昔になっちまってらぁ」
「それもそうか……」
街で二番目位に立派なお宿にとった部屋の中での会話です。まだ早い時間に宿に入ったから、部屋は選び放題で、ここと隣合った部屋の二つをキープできた。二人で一部屋、って計算なんだけど、その組み合わせで揉めるのが予想される。が、まぁ、その話はあとでいいだろう。
宿のお部屋は、ビジネスホテルのツインルームみたいな感じだ。地方の宿場だからということもあるだろうが、調度品もなんかそっけない感じで、前に泊まっていたハイディンの『暁の女神亭』ほどの豪華さはない。上から二番目でこれなんだから、下の方の宿屋ってどうなっているのか……大部屋で雑魚寝、だっけ? 前にハイディンからオルフェンに移動した時も思ったけど、そう言うところは私には無理だろうなぁ。身の危険を感じるし、何より高めのお宿でさえ、寝具に文句を付けたくなったくらいだし。それを考えると、こっちに来た当初『雑魚寝くらいなんでもない』とか思っていた自分が、どれだけ世間知らずだったかわかるってもんだ。
ロウは『ぜいたくは敵だ』な発言をしてるけど、魔獣退治だのエイデルン商会からの配当だので、今の私たちはお金には不自由していない。安心と安全を確保するためなら無駄遣いとはいえないんだから、宿のランクは今のラインから下がらないようにしたいものだ。
「これが宿屋か……」
そして、ターザさんは現在、絶賛感動中です。初めて『宿』ってのに泊まるんだってさ。魔獣退治の時は野宿だし、オルフェンに出かけた時も必ず夜にはお屋敷に戻っていたそうだから、そのチャンスがなかったらしい。子供みたいにはしゃいではいないけど、あちこちを興味深そうに眺めている。
「一休みしたら、ちっと外に出てみるか? 飯は宿で食うにしても、馬の様子も確認してぇし、ターザも見物してぇだろ?」
「ああ、そうしてもらえるならありがたい」
夏場だから、フードを深く降ろしていると却って目立つ。なので、早速お師匠様からもらった魔道具が役に立ちそうだ――まだ、この辺りは獣族が珍しい地域みたいから、騒ぎになりそうならばあらかじめ対策をしておかないとね。
「部屋の外に出るときは、荷物は全部魔倉にいれておけ。盗まれる可能性があるからな」
ガルドさんに続いて、ロウからも注意が飛ぶ。残念ながら、こちらの世界は日本ほど治安が良くない。宿のセキュリティーも同様だ。鍵をかけて出かけても壊されたらおしまいだし、それ以前に宿の者が犯人という可能性だってある。私もこの事は、最初にさんざんロウから言われてて、今ではすっかり自衛が身に付いちゃったよ。
少しでかけることを宿の人に言い置いて、まず向かったのは厩だ。
「ちゃんと大人しくしてた?」
旅に出るのが初なのはターザさんだけじゃない。シロだって、これほど多くの人族に接するのは初めてのはずだ。現に預ける時は神経質になっていて、『お世話をしてくれる人を蹴っちゃだめだよ』と注意をしたほどだ。幸い、暴れることはなかったようだが、私の姿を見ると嬉しげにいなないた。その様子が可愛くて――すっかりほだされた自覚はある――よしよしと鼻面を撫でてやる。
「窮屈だろうけど、一晩我慢してね。朝になったら出してあげるから」
そう言い聞かせると、『はい』というように頷いた。他の三頭も、各々の主人に声をかけてもらっている。宿代が高いだけあって、馬の管理もきちんとしているみたいだ。水桶の水は澄んでるし、敷かれた藁も綺麗だ、これなら大丈夫だろう。
馬たちの様子に安心して、その後はぶらりと大通りを流していく。道に面した場所には宿や食料、生活必需品を売る店が並んでいるのは、どこの宿場でも同じだ。後ろの方には一般の人達の家があって、場合によってはさらにその後ろに畑や牧場が広がっていることもある。ここもそうだったんだけど、総じていえばよくある光景で――それでもターザさんは楽しそうだ。その様子に、私もこっちへ来てすぐの事を思い出しちゃったよ。
「いい加減に戻るぞ。飯の時間だ」
ロウがそう声をかけてきた頃には、太陽が西に沈みかけていて、流石に長い夏の一日も終わりを告げようという時刻になっていた。まだ名残惜し気にしているターザさんを引きずって、宿に戻りご飯を食べてから就寝だ。私と同室には、ジャンケン勝負の結果、ターザさんがその権利を勝ち取った。でも、旅に出たんだし、まだ初日だしで、エッチはなしだよ。おやすみなさい、と挨拶をして、普通に一人ずつベッドで眠りました。
その翌日も同じように西へ進む。やはり宿場で宿を取り、その翌日も――で、三日目。そろそろ街道に沿ってのんびりと進むのにも飽きてきた、ってことで、北に外れて思い切り馬をかけさせていた時。
やはり、というか、なんというか。
事件、に遭遇しちゃいました。
というか、正確には『事件現場』というべきだろう。
知っての通り、大街道からはいくつもの道が枝分かれしている。それらは単に『街道』とか、細いものだと『小街道』と呼ばれている。オルフェンの様に大きめの都市につながる物は、その名前を冠して『○○街道』と言う事もあるんだけど、野原を突っ切って馬を走らせていた私たちの前に現れたのは、そんな街道の一つと、その上にある荷馬車の残骸だった。
「事故?」
「いや……何かに襲われたようだな」
へし折れた車軸、割れて離れたところに転がっている車輪。乗っていた人と、引いていた馬の姿はない。
「盗賊か? だが、それにしては……ここで待っていろ、確認してくる」
「うん、気を付けてね」
先頭を行くロウは、斥候の役目もしている。荷馬車から距離を取って、ガルドさんとターザさんと待機することになった私は、ロウに盾(シールド)を張り、周囲へ探索(サーチ)の魔法を張り巡らせる。
幸い、半径一キロ以内には大きな反応はなかった。もし危険な存在がいたとしても、今はここからは離れてるってことだろう。だけど、油断は禁物だ。注意深く周囲を警戒していると、ロウが戻って来る。
「――待たせたな」
「お疲れさま、ロウ。それで、どうだった?」
「人はいないようだ。馬も、だな。他にもいくつか、新し目の轍(わだち)の跡があった。隊商を組んでいた内の一台がやられたとみるべきだな」
「やっぱり盗賊の仕業?」
「いや、違うようだ――荷物がないのは奪われたからではなく、身内が回収していったようだ。怪我人がいたとしても、やはり身内に助けられたのでないかと思う」
「あら?」
なんでそれが分かったのかというと、近くに蹄の跡がなかったんだそうだ。あ、荷馬車を引いていたと思われる馬以外の、って意味ね。盗賊は大抵、集団で馬を使う。狙いを付けた獲物を少し離れたところから付けて行って、人気のなくなるのを見計らって、一斉に襲い掛かる。そうすると、どうしても通常の物とは違う蹄の跡が残るんだけど、それが見当たらなかったと言う事らしい。馬に関してはエキスパートのロウの言う事だから、間違いはないだろう。
「賊じゃねぇってんなら、魔物か?」
「だろうと思う。荷馬車の損傷個所を見たが、刃物の跡がない」
「牙か爪か……後は体当たりというところか」
「だろうな。危険はないようだし、お前たちも見てみるか?」
相手が何にしても、既にこの付近からは立ち去っているようだ。ロウに促されて、壊れた荷馬車へと近づいた。
「……北に向かってたとして、左側から一撃かよ」
「妙な焦げ跡があるな。魔物だとしたら、炎を使う属性持ちか」
ガルドさんとターザさんが、てきぱきと状況を把握していく。
「この様子からすっと、襲われてからあまり時間は経っていねぇみたいだな。今日の朝方、ってとこか」
「えー、じゃぁ、私たちも危なかったってこと?」
「その可能性はある」
今は昼過ぎだから、もう数時間早くここを通りかかっていたら、襲われていたのは私たちかもしれない。三人がいてくれるから、ちょっとやそっとじゃピンチにはならないだろうけど、馬車を一撃で破壊するほどの魔物に好んで遭遇したいとは思わない。
「今夜は野営のつもりだったけど、そんなのがうろうろしてるなら、宿に泊まったほうが良いよね」
「だなぁ。それに、なんか……妙に、この辺りがピリピリしやがる。悪い気配って訳じゃねぇんだが……」
この辺りが、と言いながら、ガルドさんが項に手をやる。首を振ったり、手のひらで首筋を撫でたりしてるけど、ピリピリってどういう感じなんだろうか?
「大丈夫? ロウやターザさんはどう?」
「俺には特に何も感じられん」
「俺も、だな。レイ殿は?」
ふむ。探知系が壊滅的に苦手なロウはまだしも、ターザさんも異常はないらしい。
「私も別に……あ、でも、ちょっとこの辺りって、精霊の気配が強いかも。その所為じゃないのかな」
「俺だけってことかよ……」
ガルドさんがぼやくが、別に疑ってるわけじゃないよ。何となく雷の精霊が多い気がするから、それに反応してるんじゃないかな。ガルドさんの属性は雷だからね。
「なるほど。けど、なんでだろうなぁ。あんまりその辺にいる精霊じゃねぇって話だが?」
「夏場は通り雨が多い。雷(いかづち)が鳴ることも、な。その内、雨でも降るのではないのか?」
「えー、雨? じゃ、やっぱり今日は宿に泊まろうよ。雷のなってる時に外にいたくない」
「確かにな。では、ターザには悪いが、今日も宿場泊まりとするか」
「俺なら大丈夫だ。ずいぶんと慣れたから心配しなくていい」
獣族であることを隠しての宿泊ばかりだと、どうしてもストレスになるだろうから、ってことで野営の予定だったんだけどね。
「ま、もうちっとの辛抱だ。ルーセットを過ぎりゃ、そこまでの騒ぎにゃならねぇだろうよ」
「目立つことには変わりないだろうが……それは今更だな」
うん、今でも十分目立ってるからね。女一人に男三人の一行、しかも全員、見目形がいい。となれば、どうしても人目を引いてしまう。通りすがりにじろじろ見られたり、口笛を吹かれたりは当たり前。宿屋の食堂で酔っぱらいに絡まれるのを撃退してもらい、ウエイトレスさんにすごい目で睨まれたりするのも恒例の事になっている。私もすっかり慣れちゃって、よほどのことが無ければ無視してます。
「そうとなれば――飛ばすぞ。次の宿は少し先になるはずだ。雨が降り出す前に辿りつきたいからな」
地図から判断すると、一番近い宿場街は既に通り過ぎてしまってる。次のを目指すなら、ロウの言うように急がないといけないだろう。急いで馬へと戻り、先程よりも速い調子で駆けさせて――予想より少し早く、遠くから雷鳴が聞こえ、ぽつぽつと雨が落ち始めたところで、宿場の街並みが見えてきた。
「うん、そのつもりだよ」
「街道沿いに行くのか?」
「それでもいいけど、ターザさんがどうかな? いままで、あまりオルフェン以外のところには行った事が無かったんでしょ?」
「俺の事は気にしなくていい。お館様から、目くらましの魔道具をいただいている。獣族であるのが問題になりそうならば、それを使う」
「なるほど……」
最初のころ、私たちもすっかり騙されていたアレですね。一回見破られちゃうと、その人にはもう使えないんだけど、よほど魔力の強い相手じゃないと看破できないらしいし、大丈夫だろう。
「まぁ、それほど心配する必要はねぇと思うぜ。この辺りはまだ少ねぇが、もっと西に行きゃ獣族もそれほど珍しいってわけじゃねぇ」
「あれ? そうなの?」
故郷が王都ガリスの近くだと言うガルドさんが、意外なことを教えてくれた。
「ああ。流石にうじゃうじゃいる、ってほどじゃねぇがな。それなりに見かけるから、ターザの姿を見て大騒ぎになることもねぇだろ」
「そうなんだ……でも不思議だね。獣族って大森林が故郷なんでしょ? だったら、西よりこの辺りの方がいっぱいいそうなものなのに」
「……言われてみれば、確かにそうだな。俺も故郷では獣族を何度か見かけたが、ハイディンではとんとお目にかからなかった」
ロウも話しに乗って来て、三人で不思議だね、と顔を見合わせる。その疑問への回答を、一部ながらも与えてくれたのはターザさんだった。
「俺がそう思うだけで、正解とは言えないだろうが――父と同じように、大森林へ戻らないと決めたのであれば、出来ればそれが目に入らぬ場所にいたいのではないだろうか?」
「万が一にも、里心がつかないように、ってこと?」
「里心か――それもあるかもしれないが、本来は大森林に戻り、子孫を残さねばならぬ身だ。その責を果たさず、戻らないことを決めたのならば……」
獣族は、かつて人族と同じく大森林の外で暮らしていた。けど、次第に人族に迫害されるようになり、霊族の誘いに乗って大森林へと移り住んだのだという。恐らくはその過程で、かなり数を減らしていたのだろう。だからこそ『子孫を残す責務』なんて言葉が出てくるんだろうな。
「義務を果たしていない後ろめたい気持ちがある、ってことなのかな。で、それを思い出させる場所からは、出来るだけ離れていたいって?」
「俺が大森林で生まれていたなら、そう感じるかもしれない――その程度の話だ。俺は元々『外』で生まれたし、家族も快く送り出してくれた。だから、その連中の本音がどうなのか、本当のところはわからん」
なるほどね。そう言う事ならば、私が初めて出会った獣族がターザさん達だと言う事の説明もつく。トゥザさんとポーラさんは、たまたまこの辺りでポーラさんが体調を崩し、お師匠様に助けられたのがきっかけでオルフェン(の近く)に住み着くことを決めたんだった。もしそうじゃなかったら、もっと西の方に行っていたか、あるいは大森林へと戻ってしまっていたのかもしれないってことだ。そうなると、私がターザさんやミラさんと出会うこともなかったわけだし――縁って、不思議なものだよね。
「ターザさんが『外』で生まれてくれて、良かったと思うよ」
素直にその気持ちを言葉にしたら、ターザさんの顔がちょっと赤くなった。
「お、俺も、その……レイ殿や二人に出会えて、良かった」
う……は、反撃がきた! 私の顔も赤くなっちゃうじゃないか。そんな私たちを見て、ガルドさんが小さく笑い、ロウは『何をやっている』みたいな顔をしてるけど、きっと二人も同じ気持ちだと察せられた。
んで、結局、しばらくは街道に沿って進むことになったんだ。お師匠様からのお餞別の中に、ガリスハール王国のかなり精密な地図があり、それから判断するとルーセットまでは馬で約五日の距離になる様だ。オルフェンからは小街道ってのがのびてて、それが大街道へと続いている。ルーセットまでの間は大街道沿いの宿場街に寄るか、野営をするってことになる。昔の日本の東海道みたいに、荷馬車や人の足でだいたい一日ごとの距離に宿場が設けられているんだよ。ただ、王国を横断する『大街道』とはいっても、オルフェンの近くみたいに綺麗に舗装されてるのはほんの一部で、ほとんどはむき出しの地面がずっと続いてるだけ、なんだけどね。
初日である今日は、久々に馬に乗る私と、旅慣れないターザさんに配慮して早めに宿をとることになった。前は馬がいなかったからどこに泊まってもよかったが、今回は厩付きじゃないとダメだ。しかも、真っ白で目立つシロは勿論、ロウ達の馬もかなり立派なものだから、ケチって安宿に泊まると寝ている間に馬を盗まれる危険性もある。なので、畢竟、選ぶのは高級なところってことになる。
「贅沢が癖になるな。困ったものだ」
「何を今更言ってやがる。二年もあんな豪勢なとこで過ごしたんだぜ。癖になるなら、とっくの昔になっちまってらぁ」
「それもそうか……」
街で二番目位に立派なお宿にとった部屋の中での会話です。まだ早い時間に宿に入ったから、部屋は選び放題で、ここと隣合った部屋の二つをキープできた。二人で一部屋、って計算なんだけど、その組み合わせで揉めるのが予想される。が、まぁ、その話はあとでいいだろう。
宿のお部屋は、ビジネスホテルのツインルームみたいな感じだ。地方の宿場だからということもあるだろうが、調度品もなんかそっけない感じで、前に泊まっていたハイディンの『暁の女神亭』ほどの豪華さはない。上から二番目でこれなんだから、下の方の宿屋ってどうなっているのか……大部屋で雑魚寝、だっけ? 前にハイディンからオルフェンに移動した時も思ったけど、そう言うところは私には無理だろうなぁ。身の危険を感じるし、何より高めのお宿でさえ、寝具に文句を付けたくなったくらいだし。それを考えると、こっちに来た当初『雑魚寝くらいなんでもない』とか思っていた自分が、どれだけ世間知らずだったかわかるってもんだ。
ロウは『ぜいたくは敵だ』な発言をしてるけど、魔獣退治だのエイデルン商会からの配当だので、今の私たちはお金には不自由していない。安心と安全を確保するためなら無駄遣いとはいえないんだから、宿のランクは今のラインから下がらないようにしたいものだ。
「これが宿屋か……」
そして、ターザさんは現在、絶賛感動中です。初めて『宿』ってのに泊まるんだってさ。魔獣退治の時は野宿だし、オルフェンに出かけた時も必ず夜にはお屋敷に戻っていたそうだから、そのチャンスがなかったらしい。子供みたいにはしゃいではいないけど、あちこちを興味深そうに眺めている。
「一休みしたら、ちっと外に出てみるか? 飯は宿で食うにしても、馬の様子も確認してぇし、ターザも見物してぇだろ?」
「ああ、そうしてもらえるならありがたい」
夏場だから、フードを深く降ろしていると却って目立つ。なので、早速お師匠様からもらった魔道具が役に立ちそうだ――まだ、この辺りは獣族が珍しい地域みたいから、騒ぎになりそうならばあらかじめ対策をしておかないとね。
「部屋の外に出るときは、荷物は全部魔倉にいれておけ。盗まれる可能性があるからな」
ガルドさんに続いて、ロウからも注意が飛ぶ。残念ながら、こちらの世界は日本ほど治安が良くない。宿のセキュリティーも同様だ。鍵をかけて出かけても壊されたらおしまいだし、それ以前に宿の者が犯人という可能性だってある。私もこの事は、最初にさんざんロウから言われてて、今ではすっかり自衛が身に付いちゃったよ。
少しでかけることを宿の人に言い置いて、まず向かったのは厩だ。
「ちゃんと大人しくしてた?」
旅に出るのが初なのはターザさんだけじゃない。シロだって、これほど多くの人族に接するのは初めてのはずだ。現に預ける時は神経質になっていて、『お世話をしてくれる人を蹴っちゃだめだよ』と注意をしたほどだ。幸い、暴れることはなかったようだが、私の姿を見ると嬉しげにいなないた。その様子が可愛くて――すっかりほだされた自覚はある――よしよしと鼻面を撫でてやる。
「窮屈だろうけど、一晩我慢してね。朝になったら出してあげるから」
そう言い聞かせると、『はい』というように頷いた。他の三頭も、各々の主人に声をかけてもらっている。宿代が高いだけあって、馬の管理もきちんとしているみたいだ。水桶の水は澄んでるし、敷かれた藁も綺麗だ、これなら大丈夫だろう。
馬たちの様子に安心して、その後はぶらりと大通りを流していく。道に面した場所には宿や食料、生活必需品を売る店が並んでいるのは、どこの宿場でも同じだ。後ろの方には一般の人達の家があって、場合によってはさらにその後ろに畑や牧場が広がっていることもある。ここもそうだったんだけど、総じていえばよくある光景で――それでもターザさんは楽しそうだ。その様子に、私もこっちへ来てすぐの事を思い出しちゃったよ。
「いい加減に戻るぞ。飯の時間だ」
ロウがそう声をかけてきた頃には、太陽が西に沈みかけていて、流石に長い夏の一日も終わりを告げようという時刻になっていた。まだ名残惜し気にしているターザさんを引きずって、宿に戻りご飯を食べてから就寝だ。私と同室には、ジャンケン勝負の結果、ターザさんがその権利を勝ち取った。でも、旅に出たんだし、まだ初日だしで、エッチはなしだよ。おやすみなさい、と挨拶をして、普通に一人ずつベッドで眠りました。
その翌日も同じように西へ進む。やはり宿場で宿を取り、その翌日も――で、三日目。そろそろ街道に沿ってのんびりと進むのにも飽きてきた、ってことで、北に外れて思い切り馬をかけさせていた時。
やはり、というか、なんというか。
事件、に遭遇しちゃいました。
というか、正確には『事件現場』というべきだろう。
知っての通り、大街道からはいくつもの道が枝分かれしている。それらは単に『街道』とか、細いものだと『小街道』と呼ばれている。オルフェンの様に大きめの都市につながる物は、その名前を冠して『○○街道』と言う事もあるんだけど、野原を突っ切って馬を走らせていた私たちの前に現れたのは、そんな街道の一つと、その上にある荷馬車の残骸だった。
「事故?」
「いや……何かに襲われたようだな」
へし折れた車軸、割れて離れたところに転がっている車輪。乗っていた人と、引いていた馬の姿はない。
「盗賊か? だが、それにしては……ここで待っていろ、確認してくる」
「うん、気を付けてね」
先頭を行くロウは、斥候の役目もしている。荷馬車から距離を取って、ガルドさんとターザさんと待機することになった私は、ロウに盾(シールド)を張り、周囲へ探索(サーチ)の魔法を張り巡らせる。
幸い、半径一キロ以内には大きな反応はなかった。もし危険な存在がいたとしても、今はここからは離れてるってことだろう。だけど、油断は禁物だ。注意深く周囲を警戒していると、ロウが戻って来る。
「――待たせたな」
「お疲れさま、ロウ。それで、どうだった?」
「人はいないようだ。馬も、だな。他にもいくつか、新し目の轍(わだち)の跡があった。隊商を組んでいた内の一台がやられたとみるべきだな」
「やっぱり盗賊の仕業?」
「いや、違うようだ――荷物がないのは奪われたからではなく、身内が回収していったようだ。怪我人がいたとしても、やはり身内に助けられたのでないかと思う」
「あら?」
なんでそれが分かったのかというと、近くに蹄の跡がなかったんだそうだ。あ、荷馬車を引いていたと思われる馬以外の、って意味ね。盗賊は大抵、集団で馬を使う。狙いを付けた獲物を少し離れたところから付けて行って、人気のなくなるのを見計らって、一斉に襲い掛かる。そうすると、どうしても通常の物とは違う蹄の跡が残るんだけど、それが見当たらなかったと言う事らしい。馬に関してはエキスパートのロウの言う事だから、間違いはないだろう。
「賊じゃねぇってんなら、魔物か?」
「だろうと思う。荷馬車の損傷個所を見たが、刃物の跡がない」
「牙か爪か……後は体当たりというところか」
「だろうな。危険はないようだし、お前たちも見てみるか?」
相手が何にしても、既にこの付近からは立ち去っているようだ。ロウに促されて、壊れた荷馬車へと近づいた。
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「妙な焦げ跡があるな。魔物だとしたら、炎を使う属性持ちか」
ガルドさんとターザさんが、てきぱきと状況を把握していく。
「この様子からすっと、襲われてからあまり時間は経っていねぇみたいだな。今日の朝方、ってとこか」
「えー、じゃぁ、私たちも危なかったってこと?」
「その可能性はある」
今は昼過ぎだから、もう数時間早くここを通りかかっていたら、襲われていたのは私たちかもしれない。三人がいてくれるから、ちょっとやそっとじゃピンチにはならないだろうけど、馬車を一撃で破壊するほどの魔物に好んで遭遇したいとは思わない。
「今夜は野営のつもりだったけど、そんなのがうろうろしてるなら、宿に泊まったほうが良いよね」
「だなぁ。それに、なんか……妙に、この辺りがピリピリしやがる。悪い気配って訳じゃねぇんだが……」
この辺りが、と言いながら、ガルドさんが項に手をやる。首を振ったり、手のひらで首筋を撫でたりしてるけど、ピリピリってどういう感じなんだろうか?
「大丈夫? ロウやターザさんはどう?」
「俺には特に何も感じられん」
「俺も、だな。レイ殿は?」
ふむ。探知系が壊滅的に苦手なロウはまだしも、ターザさんも異常はないらしい。
「私も別に……あ、でも、ちょっとこの辺りって、精霊の気配が強いかも。その所為じゃないのかな」
「俺だけってことかよ……」
ガルドさんがぼやくが、別に疑ってるわけじゃないよ。何となく雷の精霊が多い気がするから、それに反応してるんじゃないかな。ガルドさんの属性は雷だからね。
「なるほど。けど、なんでだろうなぁ。あんまりその辺にいる精霊じゃねぇって話だが?」
「夏場は通り雨が多い。雷(いかづち)が鳴ることも、な。その内、雨でも降るのではないのか?」
「えー、雨? じゃ、やっぱり今日は宿に泊まろうよ。雷のなってる時に外にいたくない」
「確かにな。では、ターザには悪いが、今日も宿場泊まりとするか」
「俺なら大丈夫だ。ずいぶんと慣れたから心配しなくていい」
獣族であることを隠しての宿泊ばかりだと、どうしてもストレスになるだろうから、ってことで野営の予定だったんだけどね。
「ま、もうちっとの辛抱だ。ルーセットを過ぎりゃ、そこまでの騒ぎにゃならねぇだろうよ」
「目立つことには変わりないだろうが……それは今更だな」
うん、今でも十分目立ってるからね。女一人に男三人の一行、しかも全員、見目形がいい。となれば、どうしても人目を引いてしまう。通りすがりにじろじろ見られたり、口笛を吹かれたりは当たり前。宿屋の食堂で酔っぱらいに絡まれるのを撃退してもらい、ウエイトレスさんにすごい目で睨まれたりするのも恒例の事になっている。私もすっかり慣れちゃって、よほどのことが無ければ無視してます。
「そうとなれば――飛ばすぞ。次の宿は少し先になるはずだ。雨が降り出す前に辿りつきたいからな」
地図から判断すると、一番近い宿場街は既に通り過ぎてしまってる。次のを目指すなら、ロウの言うように急がないといけないだろう。急いで馬へと戻り、先程よりも速い調子で駆けさせて――予想より少し早く、遠くから雷鳴が聞こえ、ぽつぽつと雨が落ち始めたところで、宿場の街並みが見えてきた。
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