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執事が来た
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フレイとコラールの二度目の会見は、これまた首尾は上々であった。
ただ、外出の予定は一旬(一月)先であるのだから、焦る必要もないのだが、今すぐにでも歩行訓練を始めたそうなコラールをなだめるのには苦労した。
場所も移さねばならないし、転んで怪我でもすれば一大事なので、訓練には治癒の術(つまり回復魔法である)の心得のあるものが立ち会うことになっている。
そのことを説明し、また、歩ける(=外出できる)ようになるまでの無聊を慰めるために、様々な花や木、またそれがある風景を描いた画や、詳しい説明のついた事典のようなものを閲覧させるということで何とか成功する。
歩行訓練と同じく、陸のことを学ぶ一環としてこれらも予定には組まれていたのだが、それが若干早まったわけだ。
「私も楽しみですが、くれぐれもご無理はなさらないでください」
「はい、背の君。お約束いたします」
つつましやかに答えるコラールだが、そろそろ被った猫がはがれ始めている。世話役として常に身近に付き従うオリエは、気を引き締める必要があるだろう。
そして、そんな一幕があってしばらくの後、コラールの元を辞して自室に戻ったフレイに、またも来客が告げられた。
「ガーランド伯爵家より、荷を運んできた由にございます」
「もう、ですか?」
その内容に、思わず目を見張る。
言うまでもないが、ガーランドとはダニエルの家の名である。ダニエルには、家宰を引き受けてもらう他に、当座の着替えを拝借することになっている。だが、早くても明日以降の話だろうと思っていたフレイだった。それが、半日も経たずにとは、よほど急いでくれたらしい。
「殿下のお側に胡乱なものを近づけるわけにはまいりませんので、一通り荷と運んできた者達も調べさせていただきましたが、申告通りのものであるようです」
「お手間をかけました。直ぐに会えるようでしたら、通していただきたいと思います」
者たち、というのだから、ダニエル本人ではないのだろう。軽い気持ちで頼んだのだが、意外に大ごとになったようだ。これは後で、ガーランド家に礼状をしたためる必要があるだろう。ある程度の形式は必要だが、それだけでは感謝の気持ちが伝わりずらい。どういった文面にするかと、いささか気の早すぎることを考えながら待つことしばし。
再び開いた扉から運び込まれたのは、フレイの予想をはるかに超える量の荷物だった。大きめの旅行鞄のようなものが三つ、その他に長持ちも一つ。そして、その傍らには数人の、明らかに神殿の関係者ではない者たちの姿もある。
「灘公殿下にはお初にお目にかかります。私はガーランド家の執事を務めさせていただいておりましたヨハン・セバスティアンと申します。後ろに控えておりますのは、ガーランド家の侍女たちにございます」
そのうちの一人で、銀髪をきれいに後ろになでつけた中肉中背の男性が、見事な礼を取りつつ自己紹介してくる。老人といいきるにはやや早いと思われる年齢で、黒一色の衣装には皺一つなく、その本人もピンと背筋が伸びている。
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。フレイ・ザナルです――ところで、ガーランド伯爵家から、と言いますと……?」
大体の予想はつくが、この量は予想外だ。それに、後ろの侍女たちは一体……。
「まずは、突然大人数で押しかけましたこと、お詫び申し上げます。ガーランド家の次男であられますダニエル様より、仔細は伺いました。殿下のご窮状に御当主様も大変に心を痛められ、急ぎ、私どもを遣わされた次第でございます」
「いえ、無理をお願いしたのは私の方です。ガーランド伯爵家にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「とんでもございません――ダニエル様が殿下の元にて家宰を務められることに相成り、御当主様以下、ご家族の皆様もことのほかお喜びでございます。卒爾ながら、わたくしからも御礼申し上げます」
「快く引き受けて貰えて、こちらこそ感謝しています」
ほかの心当たりもなく頼んでしまったが、国ではなく一貴族に仕えるならば、身分的には平民扱いになる。本人は気にしていなかったが、家族には難色を示されるのではないかと密かに危惧していた。が、どうやら、それについての反対はなかったようだ、と安心するフレイである。
「内輪の話で恐縮でございますが、御当主様ご夫妻も、兄であられるテオドア様も、ダニエル様が騎士になられたことを、非常にご心配になられておりました。後方部隊に所属されたことは聞き及んでおりましたが、それでも万が一のことがございましょう。ですが、ご本人が己の道は己で決めると、強く言い張られまして……そこに、新灘公家の家宰になることにした、と突然に言い出され、驚きもございましたが、皆、安堵いたした次第にございます」
アンジールの周辺には、今のところきな臭い動きはない。だが、それが永遠に続くという保証はないし、野盗や魔獣などへの対処などもあり、絶対安全ということはあり得ない。軍に所属している限りは避けられない危険ではあるのだが、それを心配していたらしい。
それに大公家の家宰といえば、下手な下位貴族よりもよほど力も金もあるはずだ。名より実(と安全)を取った、ということだろう。
「御当主様よりその感謝の印と致しまして、お衣装をお持ちしたのも勿論ですが、当座のお身回りの世話をするものも必要であろうと、私を遣わされました。以後、よろしくお願いいたします」
「……は?」
「そして、こちらはダニエル様よりの文にございます。ご覧いただければ幸いに存じます」
何やら聞き捨てならないことを言われた気がするが、間髪を入れずに封筒を差し出され、反射的に受け取ってしまう。
封を切り、中にあった便箋を開くと、そこには走り書きのようにしていくつかの事柄がしたためてあった。
家に戻って説明したはいいが、詳細をと言われて今日はそちらへ行けないこと。
服はいくつか手を通したものもあるが、新品もあったのでそれを持って行かせたこと。
寸法の直しが必要なので、侍女も差し向けたこと。
そして、最後にあったのはヨハンと名乗った執事についてだった。
『先代の爺様の時代から、我が家に仕えてくれていた筋金入りの執事だ。息子に後を譲って隠居していたが、俺の話を聞いてがぜん奮起したらしい。今後は大公家で俺の下で働きたいと、親父に直談判して許可された。俺としても、ヨハンの手腕があるのはありがたいんで、この先、俺ともどもよろしく頼む』
ダニエルがここまで言うのだから、有能なのは間違いない。予想外の、強力な助っ人である。
「……いいんですか?」
「望むところでございます。後進を育てるために隠居は致しましたが、まだまだ若いものには負けませぬ。何より、殿下はダニエル様のご友人にして大恩人でいらっしゃる。この命が続きます限り、誠心誠意、お仕え申し上げます――さて。まずは、衣装を殿下の寸法に直さねばなりません。隣の部屋をお借りしましたので、作業はそちらで致します」
そういうと、あっという間にフレイの身ぐるみを剥ぐと、持ち込んだ鞄や長持ちからいくつも服を取り出して着せかけてくる。
侍女の一人は、その必要のない下着や、こまごまとした装飾品などを、部屋に備え付けのクローゼットに収めるのに余念がない。
「……やはり胸がきついようでございますね。肩幅はなんとか……お袖も少し出した方がよろしいかと。ズボンの裾も、心持ち長くいたしましょう。靴は……申し訳ありません、やはり小さいですね。ではこちらを……先代様のものにございますが、こちらであれば……」
まるで手品でも見ているように、次々と出てくる服は、どれもフレイがかつて着ていたものより数段質がいい。同じ伯爵家ではあるが、ガーランド家はフレイの実家よりもかなり裕福であるようだ。冷や飯食い以下の四男と、かわいがられていた次男という差もあるのだろうが……。
「とりあえずは、こちらをお召しください。順次、直しができたものよりこちらにお持ちいたします」
比較的ゆったりとした作りのものを当座の着衣に指定される。着た切り雀だった礼服は侍女の手に渡り、きれいに洗濯されるのだろう。
その間に、ヨハンの姿が見えなくなったと思っていたら、茶器の乗ったワゴンとともに再登場してくる。
「どうぞ、お疲れになられましたでしょう――殿下のお好みを存じ上げませんので、茶葉は私の一存にて選ばせていただきました。お口に合いますでしょうか?」
見事な手つきで給仕してくれる。渡された茶器を受け取り一口含むと、まろやかな味と馥郁たる香りが鼻腔いっぱいに広がった。今まで神殿で出されたものも十分に美味だったが、これはまた段違いだ。
「美味い」
「ようございました」
思わず漏らしたつぶやきに、にっこりと笑う。それも、自分の技を誇るのではなく、フレイが満足したことに対するものだとわかる笑みである。
「今回は、北方の茶葉を使わせていただきました。まだ産出量は少のうございますが、なかなかに良い品かと」
「北方? もしかして……?」
「はい。コンヴァル産にございます」
ヨハンが口にしたのは、フレイに与えられる予定の地名だ。主な産業は農業と牧畜、それにわずかな林業という何の変哲もない田舎だが、まさかこんな名品があったとは初耳である。
「この短期間でそこまで調べたのか」
「ご領地の産物を把握するのは、執事としては当然のことにございます」
正確に言えばまだ『領地予定』でしかないが、それにしても半日も経っていないのに、その情報収集能力には舌を巻く。これならば、ダニエルのみならず、ロベールにとってもよい補佐役となってくれるだろう。勿論、ヨハンに過剰な負担にならない範囲での話だが。
「なんというか……上手くいきすぎて、何やら怖い気がするな」
ついそんな独り言が口をついて出るが、ヨハンの表情に変化はない。自分に向けられたものではないと判断し、余計な口は挟まない。これもまた、執事の鑑ともいうべき姿だった。
「ヨハン殿――」
「どうぞ、ヨハンとお呼び捨てください」
「……ヨハン。私からも、改めて頼む。これから私を――私たちを支えてくれ」
「もったいないお言葉にございます。できうる限りのことをさせていただきたく存じます」
その後、日が暮れる頃になると侍女たちはガーランド家に戻って行ったが、ヨハンはそのままフレイのそば近くにいるらしかった。寸法直しに使った隣の部屋が、当面はその住まいとなるようだ。
後年の話になるが、フレイとガーランド家に許可を得たヨハンは自分の子や孫の内、数人を手元に呼び寄せ、強固な執事団を結成する。家内において一切の不正や怠惰を許さず、主第一の姿勢を貫き通すその姿勢は、アンジールにおいて『執事のあるべき模範』として他家から羨望のまなざしで見られるほどになったという。
ただ、外出の予定は一旬(一月)先であるのだから、焦る必要もないのだが、今すぐにでも歩行訓練を始めたそうなコラールをなだめるのには苦労した。
場所も移さねばならないし、転んで怪我でもすれば一大事なので、訓練には治癒の術(つまり回復魔法である)の心得のあるものが立ち会うことになっている。
そのことを説明し、また、歩ける(=外出できる)ようになるまでの無聊を慰めるために、様々な花や木、またそれがある風景を描いた画や、詳しい説明のついた事典のようなものを閲覧させるということで何とか成功する。
歩行訓練と同じく、陸のことを学ぶ一環としてこれらも予定には組まれていたのだが、それが若干早まったわけだ。
「私も楽しみですが、くれぐれもご無理はなさらないでください」
「はい、背の君。お約束いたします」
つつましやかに答えるコラールだが、そろそろ被った猫がはがれ始めている。世話役として常に身近に付き従うオリエは、気を引き締める必要があるだろう。
そして、そんな一幕があってしばらくの後、コラールの元を辞して自室に戻ったフレイに、またも来客が告げられた。
「ガーランド伯爵家より、荷を運んできた由にございます」
「もう、ですか?」
その内容に、思わず目を見張る。
言うまでもないが、ガーランドとはダニエルの家の名である。ダニエルには、家宰を引き受けてもらう他に、当座の着替えを拝借することになっている。だが、早くても明日以降の話だろうと思っていたフレイだった。それが、半日も経たずにとは、よほど急いでくれたらしい。
「殿下のお側に胡乱なものを近づけるわけにはまいりませんので、一通り荷と運んできた者達も調べさせていただきましたが、申告通りのものであるようです」
「お手間をかけました。直ぐに会えるようでしたら、通していただきたいと思います」
者たち、というのだから、ダニエル本人ではないのだろう。軽い気持ちで頼んだのだが、意外に大ごとになったようだ。これは後で、ガーランド家に礼状をしたためる必要があるだろう。ある程度の形式は必要だが、それだけでは感謝の気持ちが伝わりずらい。どういった文面にするかと、いささか気の早すぎることを考えながら待つことしばし。
再び開いた扉から運び込まれたのは、フレイの予想をはるかに超える量の荷物だった。大きめの旅行鞄のようなものが三つ、その他に長持ちも一つ。そして、その傍らには数人の、明らかに神殿の関係者ではない者たちの姿もある。
「灘公殿下にはお初にお目にかかります。私はガーランド家の執事を務めさせていただいておりましたヨハン・セバスティアンと申します。後ろに控えておりますのは、ガーランド家の侍女たちにございます」
そのうちの一人で、銀髪をきれいに後ろになでつけた中肉中背の男性が、見事な礼を取りつつ自己紹介してくる。老人といいきるにはやや早いと思われる年齢で、黒一色の衣装には皺一つなく、その本人もピンと背筋が伸びている。
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。フレイ・ザナルです――ところで、ガーランド伯爵家から、と言いますと……?」
大体の予想はつくが、この量は予想外だ。それに、後ろの侍女たちは一体……。
「まずは、突然大人数で押しかけましたこと、お詫び申し上げます。ガーランド家の次男であられますダニエル様より、仔細は伺いました。殿下のご窮状に御当主様も大変に心を痛められ、急ぎ、私どもを遣わされた次第でございます」
「いえ、無理をお願いしたのは私の方です。ガーランド伯爵家にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「とんでもございません――ダニエル様が殿下の元にて家宰を務められることに相成り、御当主様以下、ご家族の皆様もことのほかお喜びでございます。卒爾ながら、わたくしからも御礼申し上げます」
「快く引き受けて貰えて、こちらこそ感謝しています」
ほかの心当たりもなく頼んでしまったが、国ではなく一貴族に仕えるならば、身分的には平民扱いになる。本人は気にしていなかったが、家族には難色を示されるのではないかと密かに危惧していた。が、どうやら、それについての反対はなかったようだ、と安心するフレイである。
「内輪の話で恐縮でございますが、御当主様ご夫妻も、兄であられるテオドア様も、ダニエル様が騎士になられたことを、非常にご心配になられておりました。後方部隊に所属されたことは聞き及んでおりましたが、それでも万が一のことがございましょう。ですが、ご本人が己の道は己で決めると、強く言い張られまして……そこに、新灘公家の家宰になることにした、と突然に言い出され、驚きもございましたが、皆、安堵いたした次第にございます」
アンジールの周辺には、今のところきな臭い動きはない。だが、それが永遠に続くという保証はないし、野盗や魔獣などへの対処などもあり、絶対安全ということはあり得ない。軍に所属している限りは避けられない危険ではあるのだが、それを心配していたらしい。
それに大公家の家宰といえば、下手な下位貴族よりもよほど力も金もあるはずだ。名より実(と安全)を取った、ということだろう。
「御当主様よりその感謝の印と致しまして、お衣装をお持ちしたのも勿論ですが、当座のお身回りの世話をするものも必要であろうと、私を遣わされました。以後、よろしくお願いいたします」
「……は?」
「そして、こちらはダニエル様よりの文にございます。ご覧いただければ幸いに存じます」
何やら聞き捨てならないことを言われた気がするが、間髪を入れずに封筒を差し出され、反射的に受け取ってしまう。
封を切り、中にあった便箋を開くと、そこには走り書きのようにしていくつかの事柄がしたためてあった。
家に戻って説明したはいいが、詳細をと言われて今日はそちらへ行けないこと。
服はいくつか手を通したものもあるが、新品もあったのでそれを持って行かせたこと。
寸法の直しが必要なので、侍女も差し向けたこと。
そして、最後にあったのはヨハンと名乗った執事についてだった。
『先代の爺様の時代から、我が家に仕えてくれていた筋金入りの執事だ。息子に後を譲って隠居していたが、俺の話を聞いてがぜん奮起したらしい。今後は大公家で俺の下で働きたいと、親父に直談判して許可された。俺としても、ヨハンの手腕があるのはありがたいんで、この先、俺ともどもよろしく頼む』
ダニエルがここまで言うのだから、有能なのは間違いない。予想外の、強力な助っ人である。
「……いいんですか?」
「望むところでございます。後進を育てるために隠居は致しましたが、まだまだ若いものには負けませぬ。何より、殿下はダニエル様のご友人にして大恩人でいらっしゃる。この命が続きます限り、誠心誠意、お仕え申し上げます――さて。まずは、衣装を殿下の寸法に直さねばなりません。隣の部屋をお借りしましたので、作業はそちらで致します」
そういうと、あっという間にフレイの身ぐるみを剥ぐと、持ち込んだ鞄や長持ちからいくつも服を取り出して着せかけてくる。
侍女の一人は、その必要のない下着や、こまごまとした装飾品などを、部屋に備え付けのクローゼットに収めるのに余念がない。
「……やはり胸がきついようでございますね。肩幅はなんとか……お袖も少し出した方がよろしいかと。ズボンの裾も、心持ち長くいたしましょう。靴は……申し訳ありません、やはり小さいですね。ではこちらを……先代様のものにございますが、こちらであれば……」
まるで手品でも見ているように、次々と出てくる服は、どれもフレイがかつて着ていたものより数段質がいい。同じ伯爵家ではあるが、ガーランド家はフレイの実家よりもかなり裕福であるようだ。冷や飯食い以下の四男と、かわいがられていた次男という差もあるのだろうが……。
「とりあえずは、こちらをお召しください。順次、直しができたものよりこちらにお持ちいたします」
比較的ゆったりとした作りのものを当座の着衣に指定される。着た切り雀だった礼服は侍女の手に渡り、きれいに洗濯されるのだろう。
その間に、ヨハンの姿が見えなくなったと思っていたら、茶器の乗ったワゴンとともに再登場してくる。
「どうぞ、お疲れになられましたでしょう――殿下のお好みを存じ上げませんので、茶葉は私の一存にて選ばせていただきました。お口に合いますでしょうか?」
見事な手つきで給仕してくれる。渡された茶器を受け取り一口含むと、まろやかな味と馥郁たる香りが鼻腔いっぱいに広がった。今まで神殿で出されたものも十分に美味だったが、これはまた段違いだ。
「美味い」
「ようございました」
思わず漏らしたつぶやきに、にっこりと笑う。それも、自分の技を誇るのではなく、フレイが満足したことに対するものだとわかる笑みである。
「今回は、北方の茶葉を使わせていただきました。まだ産出量は少のうございますが、なかなかに良い品かと」
「北方? もしかして……?」
「はい。コンヴァル産にございます」
ヨハンが口にしたのは、フレイに与えられる予定の地名だ。主な産業は農業と牧畜、それにわずかな林業という何の変哲もない田舎だが、まさかこんな名品があったとは初耳である。
「この短期間でそこまで調べたのか」
「ご領地の産物を把握するのは、執事としては当然のことにございます」
正確に言えばまだ『領地予定』でしかないが、それにしても半日も経っていないのに、その情報収集能力には舌を巻く。これならば、ダニエルのみならず、ロベールにとってもよい補佐役となってくれるだろう。勿論、ヨハンに過剰な負担にならない範囲での話だが。
「なんというか……上手くいきすぎて、何やら怖い気がするな」
ついそんな独り言が口をついて出るが、ヨハンの表情に変化はない。自分に向けられたものではないと判断し、余計な口は挟まない。これもまた、執事の鑑ともいうべき姿だった。
「ヨハン殿――」
「どうぞ、ヨハンとお呼び捨てください」
「……ヨハン。私からも、改めて頼む。これから私を――私たちを支えてくれ」
「もったいないお言葉にございます。できうる限りのことをさせていただきたく存じます」
その後、日が暮れる頃になると侍女たちはガーランド家に戻って行ったが、ヨハンはそのままフレイのそば近くにいるらしかった。寸法直しに使った隣の部屋が、当面はその住まいとなるようだ。
後年の話になるが、フレイとガーランド家に許可を得たヨハンは自分の子や孫の内、数人を手元に呼び寄せ、強固な執事団を結成する。家内において一切の不正や怠惰を許さず、主第一の姿勢を貫き通すその姿勢は、アンジールにおいて『執事のあるべき模範』として他家から羨望のまなざしで見られるほどになったという。
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