薄幸の巫女は召喚勇者の一途な愛で護られる

砂城

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1巻

1-3

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 何度か腰を軽く振ってあふれる液体をソレにまとわせた後、ぐい、と龍一郎の体が進み、接触していた部分に圧がかかる。
 ぬるりと先端が入り込み、そこで侵入をはばむ感触があった。龍一郎は構わず更に体重をかけるようにして、シアーシャの内部へと進んでくる。

「っ! い……っ」

 痛い、というのはこれのことか。指では分からなかった関門のようなものが己の体内にあったことを、シアーシャは初めて知った。
 メリメリと音がするのではないかと思うほどの痛み。それをきつく唇をかんで押し殺す。
 龍一郎の背中に回した手で無意識のうちに爪を立てていたが、彼がそれをとがめることはない。無言で、ゆっくりと、断固とした動きで奥を目指している。
 途中、何度か小さく前後に動きながら、ぐいっと大きく腰を進められた。直後、シアーシャのナカの何かが切り裂かれたような痛みが走る。
 気がつくと、二人の下半身がぴたりと接触していた。

「っ……リ、リュー、さまっ」

 龍一郎のソレを根元まで埋め込まれた狭い蜜洞は、みっちりと満たされている。

「痛かったよね? 大丈夫?」

 気遣わしげに問いかける彼は、シアーシャの痛みが分かっているらしく、そのまま動かずに待ってくれた。

「は、はい」

 切り裂かれた傷口を無理に広げられているような、ずきずきとした痛みは確かにある。けれど、それ以上に、シアーシャの中には不思議な達成感が湧き上がってきた。
 それは、明確に言葉にするのは難しく、あえて例えるなら、ずっと放置されていたじょうまえが、初めて己のために作られた鍵と出会った、そんな不思議な感覚だ。決して開けられることのなかったじょうが外れ、いた扉がきしみつつも開いていく。そんな突拍子もなく、この場にもふさわしくないことを想像する。
 それ以外にも不思議なことがあった。

「なん、だ、これ? なんか、こう……?」

 ぴったりと重なり合い、余すところなく密着している。
 互いの鼓動さえ感じられる中、龍一郎も何やらまどっている様子だ。動きを止め、何度もシアーシャの顔と、つながり合っている部分を見比べている。

「ああ、くそっ。ンなことはどうでもいいっ!」

 顔を真っ赤にして何かを振り切るように叫んだ後、彼はぐいっと強く腰を進めた。

「リューさ……はうっ!」

 根元までを収められた状態で責められ、シアーシャの最奥さいおうにある柔らかな壁に重たい圧がかかる。その衝撃で、彼女は悲鳴のような声を上げた。
 唐突な動きに全身に力が入る。それによりナカにある龍一郎のモノがより鮮明に感じられた。だが、それについて何かを思うよりも早く、今度は抜け落ちるぎりぎりまで引かれる。
 ずるりとナカの粘膜ごと引きずり出されるような感覚に、本能的にソコにぎゅっと力を入れると、龍一郎の喉から苦しげなうめき声が上がった。

「ぐっ! きつっ……っ!」

 そして、それがきっかけになったように、激しいちゅうそうが開始される。

「あっ……ひっ、あ、あんっ!」

 今までのシアーシャに対する配慮など、どこかへ消えてしまう。一番奥まで満たされたかと思うと、大きく引かれ、またえぐるように突き入れられた。
 圧迫感と解放感。それがシアーシャに交互に襲いかかる。
 それだけではなく、敏感な粘膜をこすりたてられる未知の感覚に、彼女はひたすら龍一郎にしがみつき、あえぐことしかできない。
 彼が出入りする度に、何かが下腹部から湧き上がってくる。ずくずくと突かれている奥がうずき、どろりとした液体がひっきりなしにあふれ出した。

「あ、あっ……んっ、あうっ!」

 ぐちゅぐちゅと、龍一郎が腰を動かす度に蜜液の泡立つ音がする。それは耳をふさぎたくなるほどいんわいだ。けれど、必死に龍一郎にしがみつく腕を離せば、自分がどこかに消えてしまいそうな気がして、それもできない。

「あ、あっ、ひっ――っ!」

 龍一郎がわずかに体の角度を変える。突き入れられた瞬間、今までとは異なる角度で切っ先がシアーシャのナカをえぐった。先ほど彼女が顕著けんちょな反応を示した場所だ。

「ひっ! やっ……ああっ!」
「ここ、かっ」

 膝裏に両手を差し入れられ、それを高くかかげられる。更にはシアーシャの頭の両脇にその膝が付くように、深く折り曲げられた。
 高々と腰が浮き、蜜口が天井を向くような姿勢だ。真上からえぐるように龍一郎が腰を使う。

「ひ……ぃっ!」

 ずぶずぶとシアーシャのナカを、彼のたけったモノが出入りする。
 まだ生々しい傷口は男の暴挙に痛みを訴え続けているが、それ以外の何かもまた同じようにシアーシャに訴え始めていた。それは、先ほどの経験より格段に弱いものでしかなかったが、それでも同じ種類のものに間違いない。
 強くえぐられ、こすりたてられる度に、シアーシャの声に甘いものが交じり始める。

「あっ、あ……ん、ふ……あっ」

 じわじわと湧き上がってくる熱に、切ない吐息が漏れた。
 上半身を倒し、両肩に彼女の足をかつげた形で姿勢を固定した龍一郎が、口づけてくる。シアーシャはその首に両腕を回してしがみついた。

「リュ……さ、まっ! わ、わたし……っ」
「気持ち、いい?」

 三度目となる問いかけに、今度はうなずきを返す。何度も、首を縦に振るシアーシャに、龍一郎はもう一度軽く口づけると、空いた手を二人の接合部分に伸ばした。

「ひっ! あっ……それ、だ、めぇっ!」

 一度達したことで硬さを失い、放置されて久しかった肉芽は、何時いつの間にか硬度を取り戻していた。それを彼は薄い皮ごと指で押しつぶし、腰の律動に合わせてこすりたてる。

「やっ! いっ……ま、た……ああっ」

 体を深く折り曲げられ、呼吸が苦しい。
 それなのに体の奥から湧き上がる感覚が全身を満たし、このままでは爆発しそうだ。それがひどく恐ろしく、それでいてその衝動に身を任せたくなる。
 シアーシャは両腕と、かつげられている足に力を入れた。より強く龍一郎にしがみつく。

「いいよ、イって? 今度は、俺も――一緒に、気持ち、よく、なろう?」

 シアーシャの体の両脇に腕をつき、しっかりと体勢を整えた龍一郎が甘い声で誘惑する。
 自分だけではなく、龍一郎も、というその言葉に、シアーシャは閉じていた目を一瞬、開いた。

「リュ……さっ――ああ、あっ! ……く、ぅうっ……っ!」

 彼女の全身がおこりにかかったように震える。それは内部も同じで、きつく龍一郎を包み込んでいた粘膜も、細かく震え、吸いつき、しぼるようにしてうねった。

「っ! も、限、界……!」

 龍一郎のあごが、歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうなほど強くかみしめられる。
 その食いしばった歯の間からうめき声と切れ切れの言葉が零れ落ちたかと思うと、胎内の最も奥まった部分に熱い何かがたたきつけられる。
 そして、それを最後にシアーシャの意識は、深い暗黒に呑み込まれていった。


   ◇ ◇ ◇


 シアーシャが目覚めたのは、すでに日が昇り切った時刻だった。
 彼女の部屋にはないはずの東向きの窓から差し込む光を認識した途端、瞬時に意識がかくせいする。

「っ!」

 寝坊した。最初に頭に浮かんだのは、それだ。
 巫女みこの務めは夜明けと共に始まる。
 祭壇をみたての湧き水で清めた後、朝の祈りをささげてから祭壇以外の清掃。朝食はその後だ。
 もう十年も続けているため、そのサイクルは体に染みついており、寝坊したことなどここに来たばかりのときを除いては記憶にない。
 それなのに、とあせった体を起こそうとして、ズキンと全身に走った痛みに動きが止まった。

「えっ? ……あ、私……?」

 痛みと、ようやく焦点を結ぶようになった目に映る見覚えのない天井に、寝坊という単語だけに占領されていた頭が、瞬時に冷える。
 思い出したのは昨日の出来事――勇者の召還と、その勇者に侶伴として選ばれた自分。そしてその後のあれやこれやだ。
 誰かが見ていたら、シアーシャの顔色が青くなり、赤くなりと忙しいのが分かっただろう。
 ただ、慌てて見回した室内には、彼女以外の人影は見当たらない。

「……勇者、いえ、リュー様、は?」

 思い出した記憶は、このまま上掛けを頭まで引き上げて寝台の上で丸くなってしまいたくなるほどのしゅうともなっていたが、それよりもはるかに重要なのは勇者――龍一郎の所在だ。
 彼女の記憶が正しければ、龍一郎は召喚の間からここに移動したきりであり、他の場所については全くの不案内のはずである。そんな彼をひとりで出歩かせるなど、シアーシャの失態以外の何物でもない。
 赤くなった顔をもう一度青くして、急いで寝台から下りようとする。
 全身――特に下半身に走る痛みはこの際、無視だ。けれど、そうまでして頑張ったというのに、足を床につけそちらに体重を移そうとした途端、へたりとその場に倒れ込んでしまった。

「え?」

 改めて足に力を入れようとするが、全く叶わない。俗に言う、腰が抜けた状態である。
 その原因に心当たりはありすぎるほどあるが、それでも自責の念と責任感に追い立てられて、床をって移動しようとした。その途中、自分が生まれたままの姿であったことに気がつき、床に脱ぎ捨て打ち捨てられていた衣に移動先を変更する。掴み上げたそれを頭から被った。
 まだ湿っていたが、この際、それはさいなことである。
 そんなふうにじたばたとしているうちに、隣り合った浴室から物音がすることにようやく気がつく。
 もしや、とそちらに目を向けるのと扉が開くのは、ほぼ同時だった。

「え? シアちゃ……さんっ! ど、どうしたっ?」

 現れたのは龍一郎だ。
 浴室で体を清めていたのだろう、髪が濡れているし、顔は上気している。服は、現れたときの黒っぽいものではなく、神官たちが私室で着るような飾りけのない長い衣を身にまとっていた。おそらくはシアーシャがまだ寝ているうちに、部屋の中を探したのだろう。
 そんななりで、シアーシャが床にいるのを見つけた途端、大慌てで駆け寄ってくる。

「リュー様! ……え?」

 シアーシャの声に疑問符がついていたのは、龍一郎のようぼうが昨夜とは異なっていたせいだ。
 目の下に色濃く刻まれていたくまはだいぶ薄くなっている。肌のつやも心なしか戻ってきているように見えた。
 だが、一番の相違点は、顔の下半分をおおっていたひげが、きれいさっぱりなくなっていることだ。

「リュー様……ですよ、ね?」
「ああ、俺だ。龍一郎だよ……ああ、ひげか。適当に探したら剃刀かみそりみたいなのがあったんでったんだ――じゃなくて、どうしたの? どこか痛いのか?」

 ひげのない龍一郎は、ずいぶんと若く見える。いや、昨日はひげのせいで年齢よりも上に見えていたということだろう。
 少し軽めに感じられていた口調も、今の外見ならばしっくりとくる。そして、それ以上に驚きなのは、ひげのなくなった龍一郎は、シアーシャがドキリとするほど整った顔をしているということだ。

「い、いえ。あの……」

 確かに痛みはあるが、龍一郎にそれを正直に伝えるのは気恥ずかしい。微妙に言葉をにごしていると、彼は何やら勝手に納得したらしく、神妙な顔つきになる。そして、丁寧な手つきでシアーシャを抱き上げて、寝台の上に戻した。
 直後――

「本当に……本当に申し訳ありませんでした!」

 がばりと床に膝をつき、両手も同じく床についた後、深く頭を下げる。
 かつてこの世界に召喚された勇者によりもたらされた知識で、それが「ドゲザ」と呼ばれ、彼らの世界での最上級の謝意の表し方であることをシアーシャは知っていた。
 分からないのは、なぜ龍一郎がそうしているか、だ。

「リュー様っ?」

 一瞬、ぜんとし、すぐに勇者である彼を床にひれ伏させているのは非常にまずいと思い至る。けれど、体の痛みが邪魔をして龍一郎を起こしたくても思うように動けない。

「リュー様っ、お顔をお上げくださいっ! そのようなこと……」
「完全に夢だと思ってたんですっ!」

 ドゲザの姿勢のままに告げられたその言葉で思い出したのは、昨日の彼がしきりに口に出していたことだ。

「……どうかお顔をお上げになってください。リュー様の御事情は承知しております」

 とにかく今の姿勢をめてほしい。そうでなければ、話が頭に入ってこない。
 そう重ねてようやく、頭を上げることだけはしてくれたが、床に座った姿勢はそのままだ。
 それでも先ほどよりはマシだと思い、シアーシャは龍一郎の話に耳を傾けた。

「言い訳なのは分かってるけど、本当に! 本気でっ! 夢だと思ってました……」


 龍一郎――須田龍一郎(三十一歳・独身)は、とあるベンチャー系IT企業のプログラマーだ。っているのは主にスマートフォンやPC向けのゲームやアプリの開発である。近年の、これらデバイスのいちじるしい普及により社の業績は右肩上がりだが、それはつまり、それらの業務にたずさわる者たちが非常に多忙になるのと同意義だった。

「最近のスケジュールは、もうブラックもいいとこで。その上、納期寸前のやつにでかいバグが見つかって、その修正に三徹したんだ――したんです。で、それがやっと終わって、四日ぶりに家に帰ろうと終電すれすれの電車に乗り込んだのは覚えてるんだけど……」

 電車のシートに座って、目を閉じた気がしないでもない。あいまいなのは、短い仮眠と眠気覚ましの栄養ドリンクで無理やり働かせていた頭が、そろそろ限界に近かったせいだ。

「次に気がついたら、あの真っ白の部屋でした。見たこともない格好の外国人さんたちと、かわいい女子たちを見て、『ああ、こりゃ夢だ』と」

 今どきの青年だった龍一郎は、『ライトノベル』と呼ばれる分野の物語を読んだことがあった。更には就職先として希望していた会社のこれまでの仕事を知る過程で、スマホやPCゲームを一通りたしなみもした。その手のものは『異世界』を舞台とし、そこへの『転生・転移』をテーマにした作品が多いのはお約束だ。
 頭が働いていないのもあって、己の身に起きたことが、これまでの読書経験その他から生じた『夢だ』という結論に至ってしまったらしい。

「……ちゃんと考えたら、匂いもあるし、室温とかの皮膚感覚もあるし、そもそも風呂でおぼれかけたりとか、いくらめいせきだとか思い込んでても、おかしいと思わないといけないところは山ほどあったはずなんです。でも、なんかもう、思考停止というか、そういう感じになってしまってて……それに、その……」

 言いにくそうに、それでもこのに及んで隠し事はしないと決めてでもいるらしく、彼は先を続ける。

「あんまりにもシアさん、じゃなくて、シアーシャさんが、俺のドストライクで。こんなきれいでかわいくて好みの子なんか、それこそ夢の中でしかお目にかかれないって。でも、夢だからきっともう会えないだろうし、だったらせっかくのチャンスなんだから、と――」

 正直なところ、シアーシャには彼の故郷の言葉の意味が分からず、説明の半分も理解できなかった。切れ端を繋ぎ合わせて判明したのが『ろうこんぱいの状態で召喚された結果、これが夢だと思い込んで暴挙に出た』だ。昨夜の彼の様子からもうかがわれたことを裏書きされただけでしかない。
 昨夜と異なるのは、今の彼が『これ』を現実だと認めている点だろう。

「だけど、朝、目が覚めてもまだ夢の中って、さすがに変じゃないかと思い始めたんだ。それに、いくらリアルな夢でも、夕べのあれやこれやが体とかベッドにまだ残ってるとかありえないだろうって。風呂に入ってたのも、そういうことで……あ、俺一人きれいにするのは申し訳なくて、シアさんの体も拭かせてもらいました。もちろん、変な下心とかは抜きで――だから、その……ホントに、本当にすみませんでした!」

 龍一郎がもう一度、勢いよく頭を下げる。あまりに勢いが付きすぎて、彼のひたいと床がぶつかり、痛そうな音を立てた。

「……リュー様。貴方様がびられることは何一つございません。いえ、おびしなければならないのは、私どものほうです」
「いや、悪いのは俺です! 初めて会った君を、無理やり……その……」
「無理やりではありません」
「だけど……俺がシアーシャさんにしたのは……」
「私は貴方様の侶伴でございます。求められるのは光栄なことです」

 ――そんな、不毛な言い合いをしばらく続けた後。

「それとも……リュー様は、私をお選びになったことを後悔しておられるのですか?」
「それはない! いや、シアーシャさんに会えたことはすごく嬉しいけど、でも、まるでチュートリアルの選択肢の中から、好みのキャラを選ぶみたいな真似をしてしまったのが申し訳なくて……」

 それに対する龍一郎の返答には、やはりシアーシャには理解できない単語が交ざるが、後悔はしていないという言葉は得ることができた。

「でしたら、どうかもう、それ以上はおっしゃらないでください。リュー様にお選びいただいたこと、私も嬉しく思っております」
「シアーシャさん……」
「どうか、シアと。昨夜のようにお呼びください」
「シアさ……ちゃん?」
「はい。リュー様」
「っ! シアちゃんっ、かわいいっ」

 微笑ほほえんで返事をすると、まだ床に座ったままだった龍一郎が体を震わせる。
 彼らしいといっていいのかは分からないが、とにかく元の態度が戻ってきたことにより、シアーシャにとっては全くのお門違いな罪悪感はふっしょくできたようだと判断する。
 そのことにほっとするのと同時に、遅ればせながら、ここで話題にすべきなのは別だと思い出す。
 とはいえ、その前に――

「リュー様、おなかがおきではありませんか?」
「あ、うん。実は腹ペコなんだ」

 昨日、召喚されてからこちら、食事をしていないのだから当たり前だ。

「すぐに御用意いたしますので、どうか椅子におかけになってお待ちください」
「え? だけど、シアちゃん、体がつらいんじゃ?」
「大丈夫です」

 本来はあまり奨励されることではないが、今は場合が場合である。シアーシャはそう心の中で言い訳をして、精神を集中させる。

「は?」

 龍一郎が少々間の抜けた声を出すが、構わず集中を続けているうちに体の周りを淡い光が包んだ。

「……魔法?」

 しばらくしてその光が消えると、体の痛みはだいぶ収まっている。

「はい。弱いですが、私は回復魔法を使えます」
「そうか、そうだよな。召喚魔法がある世界だもんなぁ――ってことは、俺も魔法が使えるのかな?」
「これまでの勇者様は皆様、強いお力をふるうことができたと伝えられております。龍一郎様がどのような力をお持ちなのかは、後ほど、確認することになると思います」

 が、まずは腹ごしらえが先だ。
 改めて龍一郎に断りを入れて、シアーシャは部屋を出た。


 シアーシャがまず向かったのはちゅうぼうで、そこで二人分の食事を頼む。
 すでに勇者召喚成功の知らせとともに、彼女が侶伴として選ばれたのも通達済みなのだろう。通常の食事とは異なる時間帯なのに迷惑そうな顔はされず、了承された。
 続いて足を向けたのは、自室として使っている巫女みこの宿舎の一室だ。もちろん、着替えるためである。あの部屋には勇者のための用意はあっても、巫女みこのそれはない。
 昨夜のようにびしょぬれではないもののまだ湿って重い衣は、それなりに生地が厚いのでけて肌が見えることはないが、着ていて不快なのに変わりはない。
 それと下着だ。先ほどは慌てていたのもあり、上衣だけしか見つからなかった。後で探して回収しなければならない。
 シアーシャは手早く着替え、脱いだ衣を部屋のすみにあるかごに入れる。
 そこで、まだ手水ちょうずさえ済ませていなかったことに気がついて、ちゅうぼうに戻る前に共同の水場に寄ることにした。
 朝夕は混み合うが、今の時間ならば人は少ない――はずなのだが。

「あら、シアーシャじゃない」
「ミラーカ様……」

 彼女に声をかけてきたのは、昨日『あの場』にいた巫女みこの一人だ。
 シアーシャと同じような衣だが、素材はもっと上質で袖口とすそには金糸のりのあるものを着ている。
 ミラーカ・ディ・ルシャール。
 この国の筆頭公爵を父に持ち、勇者の侶伴となるべく一時的に神殿に身を置いていた、きっすいの貴族令嬢である。
 彼女の待遇は一般の巫女みことは異なり、シアーシャのような宿舎住まいではなく、神殿の中心部の侍女が待機する控えの間付きの個室が与えられていた。
 声のかけ方は偶然をよそおっているが、普通に考えて、こんなところを歩いているはずがない。

「昨日はご苦労だったわね。それで、勇者様はどうしたの?」

 まさかとは思うが、シアーシャが部屋に戻ってくるのを待っていたのか?
 本人が直々じきじきにとは思えないので、お付きの侍女に見張らせていたのかもしれない。

「先ほどお目覚めになられ、今はお食事の用意をさせていただいているところです」
「ずいぶんとお年を召していらしたようだったから、お体がおつらいのかもしれないわね」

 昨日の様子を見ればかなりの年配だと勘違いしても無理はないが、龍一郎はまだ三十一だ、とはここでは口にしない。
 勇者に関する情報は、廊下での立ち話で漏らしていいようなものではないので、黙って頭を下げるだけでやり過ごす。

「侶伴が決まって、私も家に戻ることになったのだけど、いろいろと世話になった貴女あなたにもう一度会っておきたかったの――ここで出会えてよかったわ。あんな勇者に選ばれてしまって大変でしょうけれど、まぁ、せいぜいがんばりなさいな」

 勇者の侶伴がシアーシャに決まったからには、ミラーカを始めとした貴族令嬢たちは神殿を出ていく。その前に自分たちを差し置いて勇者の侶伴に収まったシアーシャに一言、物申したかったらしい。その割にはとげが少ないように感じるのは、勇者、つまりは龍一郎の見た目があのようなものだったせいだろう。

「お気遣いありがとうございます」

 重ねて深く頭を下げると、それでミラーカは満足したようだ。くるりときびすを返した彼女の後をお仕着せを着た侍女が追う。その姿が廊下の角を曲がり見えなくなったところまで見送ったところで、シアーシャは一つ小さなため息をつく。
 元々の候補者たちではなく、付き添いだった自分が侶伴に選ばれた。それをとやかく言われることはこの先も多いだろう。特に、龍一郎が最初の見た目に反して決して年寄りではなく、それどころか容姿もそこそこ、いやそれ以上だと知れわたれば、更に増えるに違いない。
 そのことを考えると気が重くなるが、侶伴の座を誰かに明け渡す気は毛頭なかった。
 なぜなら、龍一郎が自分を選んでくれたから。
 この先、彼が心変わりするなら、そのときはいさぎよく身を引く覚悟はあるが、それまでは身命をして彼に仕えようと、改めて心に誓う。
 その直後に、時間をかけすぎていたことに気がついて、彼女は慌てて顔を洗い口をゆすいだ。
 ちゅうぼうでは二人分の食事が出来上がっているころだ。今の自分の最優先事項は、腹をかせている龍一郎のところにそれを届けることなのだから。


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