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おまけ
初恋は実らない……?
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大いなるフォスのみそなわすフォーセラの(以下略)、シルヴァージュ王国では、しばらく前に国王の代替わりが行われた。
先王はまだ十分に執務をとれる年齢ではあったが、早めに王座を譲り渡し次代に経験を積ませるというシルヴァージュの伝統だ。更には、万が一の事があった場合、再び政務を取り仕切る必要が出てくる可能性もあるので、代替わりは早い方がいいという一面もある。
「こっちに来るまでの私は、王妃様ってお城で綺麗な服を着てニコニコ笑ってるのがお仕事だと思ってたの。でも、いざ自分が王太子妃になったら凄く忙しいんだってわかってビックリしたし、王妃になったらさらにその上を行くなんて、想像もしてなかったわ……」
執務の合間の、お茶の時間。
かぐわしいお茶のカップを口元に運びながら、些かくたびれたため息を漏らすのは、この国の新たな王妃である。名前をリィ・クアーノ・エ・ル・シルヴァージュという。
民からは『奇跡の乙女』改め『奇跡の王妃』と呼ばれ親しまれている彼女は、実はこの世界の生まれではない。詳しい話はここでは省くが、所謂『異世界召喚』というものに引っかかり、紆余曲折の後に当時の王太子であった夫――ライムート・エ・ラ・シルヴァージュと結ばれたという数奇な運命の持ち主だ。ちなみに、本来の世界では加賀野絵里という名であった。
それからおよそ二十年近くた経ち、王太子妃を経て王妃となった彼女は、そろそろ四十に届こうという年齢になっていたが、いまだに若々しい。ライムートとの間には五人の子をもうけていたが、一見しただけではとても五児の母にはみえないだろう。
「国の頂点に立つっていうのはそういうことだからな――俺も、両親が息子夫婦にさっさと王位を投げて、のんびり余生を送りたがった気持ちがよくわかる」
こちらも同じくお茶のカップに口をつけながら返すのは、彼女の夫のライムート王だ。
夫婦水入らずのティータイム。この時間だけは、どれほど仕事が忙しかろうと確保するようにと、即位後に真っ先に近習たちに言いつけたのは他ならぬ彼である。結婚してそろそろ二十年になろうとしているが、相も変わらず相思相愛の夫婦である。
そんなライムートだが、王太子時代からの功績と、王となってからも卓越した当地の手腕により、民からは『英雄王』の名で尊崇を集めていた。
生来の美貌も、年と共に貫禄と威厳を加え、益々際立っている――のだが、生憎とその顔の半分は髭により覆い隠されてしまっていた。
だが、それを『もったいない』等と言ってはいけない。
齢四十を超えて、ようやく妻から延ばす許可をもらえた大切な髭なのだ。
「でも、どんなに忙しくても、こうしてライとお茶を飲む時間があるから、それを励みに頑張れるわ……こんな風に向かい合ってると、出会った頃を思い出すし」
きれいに整えられてはいても、どうしてもモジャモジャ感の否めない髭面を、その妻――絵里のことだ――はうっとりと見つめている。
実は彼女は、ファザコンをこじらせた末の『おじ専』で『老け専』という、些か変わった嗜好の持ち主であった。若くてキラキラしいイケメンより、白髪とほうれい線のあるイケおじにうっとりする類の人間だ。
「すっかり髭も生えそろったからな」
「最初は顎髭だけでもよかったのよ? いきなり全部だと、違和感とかあったんじゃない?」
「せっかく許可が出たんだぞ、生やさなくてどうする。それに俺も、何というか、懐かしい気がしてな」
先に述べた『羽余曲折』にかかわる話になるので詳細は省くが(詳しくは本編で:筆者注)、ライムートが髭を蓄えるのはこれが初めてではない。
その当時の事を思い出してか、些か遠い目になる夫に絵里が苦笑する。
「懐かしい、って思える年になったってことね。私たちも」
「ああ。一生独身で、どことも知れない地で果てると思っていたからな、あの頃は。それが今や国王で、五人の親だぞ」
「子供たちも皆、元気に育ってくれているし、ありがたいことよね――尤も、ちょっとばかり元気すぎる子がいるのが悩みなんだけど……」
「……カンナか」
ライムートと絵里の間の五人の子は、上から順にアイナ(愛奈)、ウルリッヒ、カンナ(神菜)、クルゼイロ、サナ(咲菜)と名付けられていた。男児はシルヴァージュ王家の代々の名がつけられているが、女児の名に秘かに漢字が当てられているのは絵里のたっての願いである。
今、名の上がったカンナは次女で、ウルリッヒとは双子の兄妹だ。次期王太子――ひいては国王となる兄と共に、今年十歳になる。王族としての教育は当然として、ウルリッヒはそろそろ帝王学を学び始めており、彼女の方にも淑女としてのレッスンが始まっているのだが――。
「刺繍や楽器のレッスンより剣術って、王女としてどうなのよ?」
「一般論でいえば、あまりよくはない――だろうな」
「他人事みたいに言ってるけど、自分の娘の事よ?」
「仕方ない部分もあるからな。今まで兄と同じ教育を受けてきたのに、いきなりこれからは男女で別れろと言われても、納得がいかんのだろう」
同時に生をうけた二人だが、片方はいずれは国王になるはずの長男だ。言い方は悪いが、『国』としてはカンナよりもウルリッヒの方が断然重要度が高い。しかし、親としては出来れば幼い間だけでも平等に――性別であからさまに待遇が変わり、片方――特にカンナが疎外感を味わうようなことはさせたくない。
そう思っての措置であり、おかげで双子は大変に仲が良いのだが、その反面、こういった困った事態に陥ってしまっていた。
「ウルはウルで、体を動かすよりも音楽を聴いてる方が好きみたいだし……」
「親の思ったようにはいかない――それが子育てってものなんだろうなぁ」
「きれいにまとめてないで、少しはライも考えてよね」
プンプンとかわいらしく――と、ライムートには見えている――怒る絵里をなだめるためにも、ここは父親としての役目を果たすべき場面だろう。
「……とりあえず、俺が話をしてみるとしよう」
ライムートは国王としては、かなり気さくなタイプだ。仰々しいことを嫌い、特に王城内では、物々しく護衛に囲まれて移動するのを好まない。これはシルヴァージュの国内が大過なく収まっているからこそ可能なことであるのだが、今回もそのフットワークの軽さを発揮して、最低限の近習のみを連れて娘の元を訪れた――と言っても、その場所は本来彼女がいるべき私室ではなく、なぜか近衛騎士の訓練場であった。
「……ウルはわかるが、なぜカンナがここにいるんだろうな?」
「お父様っ!?」
「部屋にいると思って行ってみたら、お前はいないうえに、ダンスの講師がすっぽかされて困っていたぞ」
子供用に小さく作られた騎士服を着て木剣を携えたカンナの姿は、ボーイッシュでかわいらしいが、それはさておき。本来ならドレスを着てダンスのレッスンをしている時間に、剣を振り回しているというのは問題である。
しかめっ面で娘を見下ろすライムートの視界の隅の方に、カンナ付きの侍女が青い顔をして立っているのが見える。カンナよりもやや年上だが、押しの強い彼女の我儘を抑えきれなかったのだろう。おそらくは後で上司からの叱責があるはずだ。
――あまり強く叱らないように言っておくか……
自らに課せられた責務を果たせなかったのは確かに叱責案件だが、ある意味、彼女も自分の娘の被害者だ。秘かに心の中に書き留めつつ、改めて娘に目をやる。
長女と三女は絵里似だが、この次女にはライムートの血が濃く出ていた。ライムート譲りの金茶の髪と、彼よりはやや明るいブルーの瞳の持ち主だ。また、顔と目の色が似ているだけではなく、誰よりもライムートの美貌を受けて継いでいるのがこのカンナだった。
おそらく後数年もすれば、男たちの心を騒がせる社交界の華となるだろう。
が、ライムートにしてみれば勝ち気で男勝りな、ズルがバレて小言をもらっているただの子供である。
「さて、カンナ。父様の言いたいことはわかるな?」
「……ダンスのレッスンを、勝手に剣術に変更したのはごめんなさい」
「変えたというよりもすっぽかして、無理やりこっちに来たんだろうが? 悪いことをしている自覚があるのに、なぜそうした?」
「だって、ウルが……」
そこで名前が出てきたのは、彼女の双子の兄である。こちらはカンナとは反対に絵里によく似て、ほぼ黒に近いダークブラウンの髪と、深い藍色の瞳をしていた。ライムートの子でもあるので顔立ちは当然、整っている。ちなみに、その本人は少し離れたところで教師役の騎士から、剣術の型を伝授されていた。カンナを追ってライムートが来たことも当然わかっていているはずだが――触らぬ神に祟りなしと、稽古に夢中でこちらには気が付いていない体を決め込むつもりのようだ。
薄情な兄へカンナがちらりと視線を向けるが、ライムートの視線が圧を増したのに気が付き、慌てて居住まいをただした。
「ウルリッヒのせいにするのか?」
「それは……ちがうけど、でも……」
「でも……なんだ? 言いたいことがあるなら言いなさい」
ライムートが父親らしく、カンナに問いただす。頭ごなしに叱りつけるようなことはしない――というか、叱ること自体は既に何度もやっている。それでも尚やらかした、ということは、たとえ叱られても譲れない何かがあるはず――ライムートも子供を持つ父となり十数年が経つ。そのくらいは察せるようになっていた。
「カンナ?」
「……だって、ウルは教えてもらえてるのに……」
「そんなにカンナは剣術が好きか? だが、正直なところ、お前がどれほど剣の腕を磨いても、役に立つことはないぞ?」
シルヴァージュには女性騎士は存在しない。貴族や王族の女性の護衛には普通に男性の騎士が付くし、どうしても男性が入り込めない場所では戦闘もこなせる侍女がその代わりを務める。
絵里の側仕えのディリアーナとエルムニアがそのよい例だが、カンナは王族だ。騎士は勿論、侍女となる選択肢は存在しない。
「……でも、もしかして私だって戦うことがあるかもしれないし」
「お前が剣を振るう必要があるときは、おそらく俺もお前の兄もこの世にはいないだろうな」
王城の奥で守られた王女が自ら剣をとる――それはこの国が滅亡するときだろう。当然、その時には国王であるライムートも、兄のウルリッヒも死んでいるはずだ。誇り高いシルヴァージュの王は、もし戦となればその最前線に立つ。跡継ぎであるウルリッヒも同様だ。
「お前はそんな場面を想定しているのか? さらに言えば、もしそんな事になったとして、お前の持つたった一本の剣がどれほど役に立つ?」
少しきつめに言えば、カンナが明らかにうろたえた顔になる。ライムートの言うような状況を想像していなかったのは明らかだ。
おまけに、その場面――国が滅び、父親と兄が死ぬ――を想像し、涙まで浮かべ始めて、これにはライムートの方が慌てることとなった。
「ああ、泣かなくていい。そんなことには絶対にならんから――」
「……ごめんなさい、お父様」
べそをかきつつ、謝ってくる辺りは、やはりまだ十歳の子供である。
「そんなつもりじゃなかったのもわかっている。ただ、まだ幼くともお前は王女だ。何の気なしに口にした言葉が、周囲を不安にさせることもある。そのことはしっかりと覚えていなさい」
「はい……」
期せずして、さぼりを咎めるよりもいい薬になったようだ。すっかりおとなしくなり、素直にライムートの言葉に耳を傾けている。
この状況ならばと、ライムートは再度、先ほどの質問をぶつけてみた。
「それで、どうしてダンスをさぼってここにいる? そんなにダンスがいやだったのか?」
「……ダンスは体が動かせるから、嫌いじゃないわ。でも……」
「でも?」
「ウルだけ、その……」
よほど言いにくいのか、何度も言葉を途切れさせる。それに、よく見ればその頬がほんのりと赤く染まっているのは何故だろうか……?
「ウルリッヒだけが剣を習ってっているのがうらやましかったか?」
助け舟を出せば、少し悩んだ末に小さく頭を縦に振る。
「そうか……だったら、そうだな。流石にウルリッヒと同じような長剣はもたせられんが、護身用に短剣くらいなら許可しよう。カリキュラムの中に入れて、講師は戦闘侍女の中から選んで――」
甘いというなかれ。これが父親というものである。
ところが――だ。
「それじゃダメ! それじゃウォルフに教えてもらえないじゃないっ」
「……ウォルフ?」
せっかくの提案をいきなり却下されたことよりも、娘のセリフの中に登場した人名が引っ掛かった。
どこかで聞いたことがある。というよりも、カンナが口にするのなら、それはかなり身近な存在のはずだ。だがすぐには思い出せず――このあたり、やはり年か、と余計なことを考えつつ、何の気なしに向けた視線の先では、相変わらず長男が剣術の稽古をしていた。相手はウルリッヒが幼い頃から護衛につけていた近衛騎士で、ごつい顔と体に似合わず気の優しい――
「……待て、カンナ。ウォルフって、あいつかっ!?」
確か、その名をウォルフといったはずだ。そして、ウルリッヒの護衛なら、当然、カンナも知っている。しかし、何故、その名が今ここで出てくる?
「カンナ。もしかして、お前が剣を習いたいたがってる理由は、まさか……?」
「け、剣も好きよ! ほんとよ、お父様っ」
必死になっていう娘の言葉に嘘はないだろう。だが、それだけではないはずだ。
「……すまんが、お父様は少し用ができた。お前のことは考えておくから、今日のところは部屋へ戻っていなさい」
かろうじてそれだけを言い、その場を後にしたのだが――正直なところ、そこから自分の執務室までどうやって戻ったのか、今一つ記憶がさだかではないライムートだった。
「……とんでもないことが判明したぞ、リィ」
ライムートに任せたとはいえ、やはり娘の事が心配だったのだろう。自分も忙しいのに、絵里はライムートの執務室で彼の帰りを待ってくれていた
。
「とんでもないこと、ってなに? それに、何だかものすごく疲れた顔をしてるわよ?」
ライムートが先ほどのカンナとの会話を説明すれば、絵里が苦笑する。
「あらあら……そうね、カンナもそろそろお年頃だったってことね」
「まだあいつは十になったばかりだぞっ!?」
長女の時でさえ、そんな話は十二歳を過ぎてからだった。まだそれまでは二年もある。
「女の子は、男の子より早めに大人になるのよ。私も初恋は小学校二年――八歳くらいの時だったしね」
その相手が、通っていた小学校の教頭先生だったのは今、ここでは関係ない。
いや、あるのか……?
「それで、カンナの意中の人であるウォルフって、あのウォルフよね?」
絵里もライムートと同じで、子供たちの専属騎士や侍女の名は記憶している。
「意中の人とかいうな。単なる子供のあこがれだ」
「わかってるなら、そこでムキにならなくてもいいじゃない。でも、なるほどねぇ……」
件の騎士は、確か伯爵家の三男だ。ウルリッヒが五歳になった時に専属の護衛として採用され、以来、ずっとそのそばに付き従っている。今年で二十八かそこらのはずだが、いまだに独身を通している。貴族の子弟としてはかなりゴツい系で、三十代といわれても違和感のない容貌の持ち主だ。
「カンナも私に似ちゃったのかしらね」
『も』というのは、既に長女であるアイナがその片鱗を見せていたからだ。ちなみに『似て』しまったのは、彼女の異性への嗜好――要するに、おじ専で老け専というアレである。
尚、カンナの場合はそこに筋肉の存在が重要そうだが、そこはそれ、個人差というものだろう。
「……それでどうするの? またお勉強をさぼられても困るし、いっそのことウォルフをカンナのお付きにしちゃう?」
「そんなことをして、万が一のことがあったらどうする!?」
「ウォルフってロリだったの? だったら危ないわね――ごめんなさい、冗談よ。今更お付きを変えられたらウルも困惑するでしょうし」
「勘弁してくれ……今は冗談に付き合える気分じゃない」
「男親って大変なのねぇ……」
しばらく前に、長女から多大なダメージを受けたばかりなので、ライムートにも同情の余地はあるだろう。しかし、子育ては待ってくれない。
「……ウォルフって、短剣もイケたかしら?」
「あいつも騎士だからな。嗜みくらいなら――おい、待て、リィ。まさか、あいつに教えさせる気か?」
「でも、約束しちゃったんでしょ? 勿論、二人きりにはしないわ。それに男性にくらべて女性はどうしても体力も体格も劣るし、実際に教えるのは戦闘侍女の誰かにして、それを監督するって感じでいいんじゃない?」
ウルリッヒのお付き騎士は一人ではないので、そのくらいの時間を捻出するのは可能だろう。
「それで間違いが起こったらどうするっ」
「ウォルフはロリじゃないし、カンナと二人きりにするわけでもないわ。それにね。これは私の体験談なんだけど、無理やり引き裂くような真似をしたら引きずるわよ? 特に初恋はね」
絵里の初恋の教頭先生は、彼女が五年生の時に転勤していった。三学期の修了式の時に突然知らされ、その後しばらくは落ち込みまくっていた記憶がある。
「初恋なんて実る方が珍しいのはアイナの時で分かってるでしょ? それにライも言うように、カンナはまだ十歳だし――何より、本人も自分の気持ちがあこがれの域を出ないってわかってるみたいだしね」
カンナの性格であれば、自分の気持ちが固まっているのなら、まず間違いなく相手のところに突撃しているはずだ。そうしていないということは、つまりはそういうことである。
「そのうち、ホントの『初恋』になって失恋してみるのもいいし、その前に自然に忘れるかもしれないし、他の人に興味が移るかもしれない――けど、どんな風な結末になるしても自分で決めたんじゃないと、ね」
実体験付きの絵里の言葉は重い。
「なるほど……そういうもの、か……」
「ああ、それと。くれぐれもウォルフに変な釘なんかさしちゃだめよ? あくまで自然にね」
「ウルのお付きを派遣する時点で自然も何もない気がするんだが……」
「そこは、ほら。いつも一緒にいた兄とそのお付きになのに、いきなり会える時間が少なくなって、寂しい思いをしてるから、とかなんとかで」
嘘ではない。すべてを告げてはいないだけだ。
「まぁ、やってみるか……」
「現時点では、カンナのおさぼり防止が一番重要なんだし」
「ああ……」
不承不承ながらもその気になってくれたらしいライムートに、絵里がにっこりと笑いかける。
「頑張ってね、『お父様』」
そして、それから五年後――。
十五歳になったウルリッヒとカンナのデビュタントの場で。
彼女をエスコートして入場したのは、誰あろう、ウォルフその人であった。
「おい、リィっ!?」
「初恋って、たまには実るのね――ほら、ライ。そんな情けない顔じゃなくて、もっとえらそうな表情をしなきゃ。貴方は王様なんだから」
「リィ……俺は全く聞いてないんだが? 一体、何がどうしてああなってるんだ?」
デビュタントの白いドレスに身を包み、文字通り華のように笑う絶世の美少女の隣には、三十過ぎのごつい騎士。些か緊張しているようだが、その瞳には明らかな愛情と慈しみの感情が見て取れる。
「カンナったら、ものすごーく努力してたのよ。告白して断られてもあきらめられなくて、ウォルフの好きなこと、食べ物の好みに服の趣味、その他、どんな小さなことでも調べて、自分がそうなれるように頑張ってたみたいなのよね」
あれからしばらくして、とうとうカンナはウォルフに突撃し、告白していた。
で、きっぱり断られた。
まぁ、当たり前だろう。
しかし、姉のアイナが同じ状況であっさりと自分の『初恋』に終止符を打ったのとは異なり、カンナは自分の気持ちを拒まれても、諦めなかった。そして、努力した。
五年もの間、ずっと、だ。そのガッツは、体当たりでライムートを落とした絵里譲りだろう。
そして、カンナほどの美少女がわき目も降らず、ただひたすらに自分をしたってくれる姿を見せつけられれば、いくら堅物の騎士とはいえほだされるというものである。
「十八歳差なら、アイナとジークの場合よりも十歳も若いじゃない。政略結婚だと、普通にある年の差でしょ――それにあの二人を見て、今更引き裂ける? あきらめも肝心よ?」
「……少なくとも十八になるまでは、絶対に嫁にはやらんからな」
「それ、アイナの時にも聞いたけど? まぁ、ウォルフとしてもロリではないみたいだから、カンナがきちんと大人の女性になるまでは待ってくれるでしょ。それに、お嫁に出すなら本人にも伯爵くらいには出世して貰わないといけないでしょうし、準備期間としてもそれくらいは必要かしらね」
国王夫妻が、こっそりとそんな会話をしているとは誰にも知られぬまま。
今年のデビュタントの舞踏会は、華やかに幕を上げたのだった。
先王はまだ十分に執務をとれる年齢ではあったが、早めに王座を譲り渡し次代に経験を積ませるというシルヴァージュの伝統だ。更には、万が一の事があった場合、再び政務を取り仕切る必要が出てくる可能性もあるので、代替わりは早い方がいいという一面もある。
「こっちに来るまでの私は、王妃様ってお城で綺麗な服を着てニコニコ笑ってるのがお仕事だと思ってたの。でも、いざ自分が王太子妃になったら凄く忙しいんだってわかってビックリしたし、王妃になったらさらにその上を行くなんて、想像もしてなかったわ……」
執務の合間の、お茶の時間。
かぐわしいお茶のカップを口元に運びながら、些かくたびれたため息を漏らすのは、この国の新たな王妃である。名前をリィ・クアーノ・エ・ル・シルヴァージュという。
民からは『奇跡の乙女』改め『奇跡の王妃』と呼ばれ親しまれている彼女は、実はこの世界の生まれではない。詳しい話はここでは省くが、所謂『異世界召喚』というものに引っかかり、紆余曲折の後に当時の王太子であった夫――ライムート・エ・ラ・シルヴァージュと結ばれたという数奇な運命の持ち主だ。ちなみに、本来の世界では加賀野絵里という名であった。
それからおよそ二十年近くた経ち、王太子妃を経て王妃となった彼女は、そろそろ四十に届こうという年齢になっていたが、いまだに若々しい。ライムートとの間には五人の子をもうけていたが、一見しただけではとても五児の母にはみえないだろう。
「国の頂点に立つっていうのはそういうことだからな――俺も、両親が息子夫婦にさっさと王位を投げて、のんびり余生を送りたがった気持ちがよくわかる」
こちらも同じくお茶のカップに口をつけながら返すのは、彼女の夫のライムート王だ。
夫婦水入らずのティータイム。この時間だけは、どれほど仕事が忙しかろうと確保するようにと、即位後に真っ先に近習たちに言いつけたのは他ならぬ彼である。結婚してそろそろ二十年になろうとしているが、相も変わらず相思相愛の夫婦である。
そんなライムートだが、王太子時代からの功績と、王となってからも卓越した当地の手腕により、民からは『英雄王』の名で尊崇を集めていた。
生来の美貌も、年と共に貫禄と威厳を加え、益々際立っている――のだが、生憎とその顔の半分は髭により覆い隠されてしまっていた。
だが、それを『もったいない』等と言ってはいけない。
齢四十を超えて、ようやく妻から延ばす許可をもらえた大切な髭なのだ。
「でも、どんなに忙しくても、こうしてライとお茶を飲む時間があるから、それを励みに頑張れるわ……こんな風に向かい合ってると、出会った頃を思い出すし」
きれいに整えられてはいても、どうしてもモジャモジャ感の否めない髭面を、その妻――絵里のことだ――はうっとりと見つめている。
実は彼女は、ファザコンをこじらせた末の『おじ専』で『老け専』という、些か変わった嗜好の持ち主であった。若くてキラキラしいイケメンより、白髪とほうれい線のあるイケおじにうっとりする類の人間だ。
「すっかり髭も生えそろったからな」
「最初は顎髭だけでもよかったのよ? いきなり全部だと、違和感とかあったんじゃない?」
「せっかく許可が出たんだぞ、生やさなくてどうする。それに俺も、何というか、懐かしい気がしてな」
先に述べた『羽余曲折』にかかわる話になるので詳細は省くが(詳しくは本編で:筆者注)、ライムートが髭を蓄えるのはこれが初めてではない。
その当時の事を思い出してか、些か遠い目になる夫に絵里が苦笑する。
「懐かしい、って思える年になったってことね。私たちも」
「ああ。一生独身で、どことも知れない地で果てると思っていたからな、あの頃は。それが今や国王で、五人の親だぞ」
「子供たちも皆、元気に育ってくれているし、ありがたいことよね――尤も、ちょっとばかり元気すぎる子がいるのが悩みなんだけど……」
「……カンナか」
ライムートと絵里の間の五人の子は、上から順にアイナ(愛奈)、ウルリッヒ、カンナ(神菜)、クルゼイロ、サナ(咲菜)と名付けられていた。男児はシルヴァージュ王家の代々の名がつけられているが、女児の名に秘かに漢字が当てられているのは絵里のたっての願いである。
今、名の上がったカンナは次女で、ウルリッヒとは双子の兄妹だ。次期王太子――ひいては国王となる兄と共に、今年十歳になる。王族としての教育は当然として、ウルリッヒはそろそろ帝王学を学び始めており、彼女の方にも淑女としてのレッスンが始まっているのだが――。
「刺繍や楽器のレッスンより剣術って、王女としてどうなのよ?」
「一般論でいえば、あまりよくはない――だろうな」
「他人事みたいに言ってるけど、自分の娘の事よ?」
「仕方ない部分もあるからな。今まで兄と同じ教育を受けてきたのに、いきなりこれからは男女で別れろと言われても、納得がいかんのだろう」
同時に生をうけた二人だが、片方はいずれは国王になるはずの長男だ。言い方は悪いが、『国』としてはカンナよりもウルリッヒの方が断然重要度が高い。しかし、親としては出来れば幼い間だけでも平等に――性別であからさまに待遇が変わり、片方――特にカンナが疎外感を味わうようなことはさせたくない。
そう思っての措置であり、おかげで双子は大変に仲が良いのだが、その反面、こういった困った事態に陥ってしまっていた。
「ウルはウルで、体を動かすよりも音楽を聴いてる方が好きみたいだし……」
「親の思ったようにはいかない――それが子育てってものなんだろうなぁ」
「きれいにまとめてないで、少しはライも考えてよね」
プンプンとかわいらしく――と、ライムートには見えている――怒る絵里をなだめるためにも、ここは父親としての役目を果たすべき場面だろう。
「……とりあえず、俺が話をしてみるとしよう」
ライムートは国王としては、かなり気さくなタイプだ。仰々しいことを嫌い、特に王城内では、物々しく護衛に囲まれて移動するのを好まない。これはシルヴァージュの国内が大過なく収まっているからこそ可能なことであるのだが、今回もそのフットワークの軽さを発揮して、最低限の近習のみを連れて娘の元を訪れた――と言っても、その場所は本来彼女がいるべき私室ではなく、なぜか近衛騎士の訓練場であった。
「……ウルはわかるが、なぜカンナがここにいるんだろうな?」
「お父様っ!?」
「部屋にいると思って行ってみたら、お前はいないうえに、ダンスの講師がすっぽかされて困っていたぞ」
子供用に小さく作られた騎士服を着て木剣を携えたカンナの姿は、ボーイッシュでかわいらしいが、それはさておき。本来ならドレスを着てダンスのレッスンをしている時間に、剣を振り回しているというのは問題である。
しかめっ面で娘を見下ろすライムートの視界の隅の方に、カンナ付きの侍女が青い顔をして立っているのが見える。カンナよりもやや年上だが、押しの強い彼女の我儘を抑えきれなかったのだろう。おそらくは後で上司からの叱責があるはずだ。
――あまり強く叱らないように言っておくか……
自らに課せられた責務を果たせなかったのは確かに叱責案件だが、ある意味、彼女も自分の娘の被害者だ。秘かに心の中に書き留めつつ、改めて娘に目をやる。
長女と三女は絵里似だが、この次女にはライムートの血が濃く出ていた。ライムート譲りの金茶の髪と、彼よりはやや明るいブルーの瞳の持ち主だ。また、顔と目の色が似ているだけではなく、誰よりもライムートの美貌を受けて継いでいるのがこのカンナだった。
おそらく後数年もすれば、男たちの心を騒がせる社交界の華となるだろう。
が、ライムートにしてみれば勝ち気で男勝りな、ズルがバレて小言をもらっているただの子供である。
「さて、カンナ。父様の言いたいことはわかるな?」
「……ダンスのレッスンを、勝手に剣術に変更したのはごめんなさい」
「変えたというよりもすっぽかして、無理やりこっちに来たんだろうが? 悪いことをしている自覚があるのに、なぜそうした?」
「だって、ウルが……」
そこで名前が出てきたのは、彼女の双子の兄である。こちらはカンナとは反対に絵里によく似て、ほぼ黒に近いダークブラウンの髪と、深い藍色の瞳をしていた。ライムートの子でもあるので顔立ちは当然、整っている。ちなみに、その本人は少し離れたところで教師役の騎士から、剣術の型を伝授されていた。カンナを追ってライムートが来たことも当然わかっていているはずだが――触らぬ神に祟りなしと、稽古に夢中でこちらには気が付いていない体を決め込むつもりのようだ。
薄情な兄へカンナがちらりと視線を向けるが、ライムートの視線が圧を増したのに気が付き、慌てて居住まいをただした。
「ウルリッヒのせいにするのか?」
「それは……ちがうけど、でも……」
「でも……なんだ? 言いたいことがあるなら言いなさい」
ライムートが父親らしく、カンナに問いただす。頭ごなしに叱りつけるようなことはしない――というか、叱ること自体は既に何度もやっている。それでも尚やらかした、ということは、たとえ叱られても譲れない何かがあるはず――ライムートも子供を持つ父となり十数年が経つ。そのくらいは察せるようになっていた。
「カンナ?」
「……だって、ウルは教えてもらえてるのに……」
「そんなにカンナは剣術が好きか? だが、正直なところ、お前がどれほど剣の腕を磨いても、役に立つことはないぞ?」
シルヴァージュには女性騎士は存在しない。貴族や王族の女性の護衛には普通に男性の騎士が付くし、どうしても男性が入り込めない場所では戦闘もこなせる侍女がその代わりを務める。
絵里の側仕えのディリアーナとエルムニアがそのよい例だが、カンナは王族だ。騎士は勿論、侍女となる選択肢は存在しない。
「……でも、もしかして私だって戦うことがあるかもしれないし」
「お前が剣を振るう必要があるときは、おそらく俺もお前の兄もこの世にはいないだろうな」
王城の奥で守られた王女が自ら剣をとる――それはこの国が滅亡するときだろう。当然、その時には国王であるライムートも、兄のウルリッヒも死んでいるはずだ。誇り高いシルヴァージュの王は、もし戦となればその最前線に立つ。跡継ぎであるウルリッヒも同様だ。
「お前はそんな場面を想定しているのか? さらに言えば、もしそんな事になったとして、お前の持つたった一本の剣がどれほど役に立つ?」
少しきつめに言えば、カンナが明らかにうろたえた顔になる。ライムートの言うような状況を想像していなかったのは明らかだ。
おまけに、その場面――国が滅び、父親と兄が死ぬ――を想像し、涙まで浮かべ始めて、これにはライムートの方が慌てることとなった。
「ああ、泣かなくていい。そんなことには絶対にならんから――」
「……ごめんなさい、お父様」
べそをかきつつ、謝ってくる辺りは、やはりまだ十歳の子供である。
「そんなつもりじゃなかったのもわかっている。ただ、まだ幼くともお前は王女だ。何の気なしに口にした言葉が、周囲を不安にさせることもある。そのことはしっかりと覚えていなさい」
「はい……」
期せずして、さぼりを咎めるよりもいい薬になったようだ。すっかりおとなしくなり、素直にライムートの言葉に耳を傾けている。
この状況ならばと、ライムートは再度、先ほどの質問をぶつけてみた。
「それで、どうしてダンスをさぼってここにいる? そんなにダンスがいやだったのか?」
「……ダンスは体が動かせるから、嫌いじゃないわ。でも……」
「でも?」
「ウルだけ、その……」
よほど言いにくいのか、何度も言葉を途切れさせる。それに、よく見ればその頬がほんのりと赤く染まっているのは何故だろうか……?
「ウルリッヒだけが剣を習ってっているのがうらやましかったか?」
助け舟を出せば、少し悩んだ末に小さく頭を縦に振る。
「そうか……だったら、そうだな。流石にウルリッヒと同じような長剣はもたせられんが、護身用に短剣くらいなら許可しよう。カリキュラムの中に入れて、講師は戦闘侍女の中から選んで――」
甘いというなかれ。これが父親というものである。
ところが――だ。
「それじゃダメ! それじゃウォルフに教えてもらえないじゃないっ」
「……ウォルフ?」
せっかくの提案をいきなり却下されたことよりも、娘のセリフの中に登場した人名が引っ掛かった。
どこかで聞いたことがある。というよりも、カンナが口にするのなら、それはかなり身近な存在のはずだ。だがすぐには思い出せず――このあたり、やはり年か、と余計なことを考えつつ、何の気なしに向けた視線の先では、相変わらず長男が剣術の稽古をしていた。相手はウルリッヒが幼い頃から護衛につけていた近衛騎士で、ごつい顔と体に似合わず気の優しい――
「……待て、カンナ。ウォルフって、あいつかっ!?」
確か、その名をウォルフといったはずだ。そして、ウルリッヒの護衛なら、当然、カンナも知っている。しかし、何故、その名が今ここで出てくる?
「カンナ。もしかして、お前が剣を習いたいたがってる理由は、まさか……?」
「け、剣も好きよ! ほんとよ、お父様っ」
必死になっていう娘の言葉に嘘はないだろう。だが、それだけではないはずだ。
「……すまんが、お父様は少し用ができた。お前のことは考えておくから、今日のところは部屋へ戻っていなさい」
かろうじてそれだけを言い、その場を後にしたのだが――正直なところ、そこから自分の執務室までどうやって戻ったのか、今一つ記憶がさだかではないライムートだった。
「……とんでもないことが判明したぞ、リィ」
ライムートに任せたとはいえ、やはり娘の事が心配だったのだろう。自分も忙しいのに、絵里はライムートの執務室で彼の帰りを待ってくれていた
。
「とんでもないこと、ってなに? それに、何だかものすごく疲れた顔をしてるわよ?」
ライムートが先ほどのカンナとの会話を説明すれば、絵里が苦笑する。
「あらあら……そうね、カンナもそろそろお年頃だったってことね」
「まだあいつは十になったばかりだぞっ!?」
長女の時でさえ、そんな話は十二歳を過ぎてからだった。まだそれまでは二年もある。
「女の子は、男の子より早めに大人になるのよ。私も初恋は小学校二年――八歳くらいの時だったしね」
その相手が、通っていた小学校の教頭先生だったのは今、ここでは関係ない。
いや、あるのか……?
「それで、カンナの意中の人であるウォルフって、あのウォルフよね?」
絵里もライムートと同じで、子供たちの専属騎士や侍女の名は記憶している。
「意中の人とかいうな。単なる子供のあこがれだ」
「わかってるなら、そこでムキにならなくてもいいじゃない。でも、なるほどねぇ……」
件の騎士は、確か伯爵家の三男だ。ウルリッヒが五歳になった時に専属の護衛として採用され、以来、ずっとそのそばに付き従っている。今年で二十八かそこらのはずだが、いまだに独身を通している。貴族の子弟としてはかなりゴツい系で、三十代といわれても違和感のない容貌の持ち主だ。
「カンナも私に似ちゃったのかしらね」
『も』というのは、既に長女であるアイナがその片鱗を見せていたからだ。ちなみに『似て』しまったのは、彼女の異性への嗜好――要するに、おじ専で老け専というアレである。
尚、カンナの場合はそこに筋肉の存在が重要そうだが、そこはそれ、個人差というものだろう。
「……それでどうするの? またお勉強をさぼられても困るし、いっそのことウォルフをカンナのお付きにしちゃう?」
「そんなことをして、万が一のことがあったらどうする!?」
「ウォルフってロリだったの? だったら危ないわね――ごめんなさい、冗談よ。今更お付きを変えられたらウルも困惑するでしょうし」
「勘弁してくれ……今は冗談に付き合える気分じゃない」
「男親って大変なのねぇ……」
しばらく前に、長女から多大なダメージを受けたばかりなので、ライムートにも同情の余地はあるだろう。しかし、子育ては待ってくれない。
「……ウォルフって、短剣もイケたかしら?」
「あいつも騎士だからな。嗜みくらいなら――おい、待て、リィ。まさか、あいつに教えさせる気か?」
「でも、約束しちゃったんでしょ? 勿論、二人きりにはしないわ。それに男性にくらべて女性はどうしても体力も体格も劣るし、実際に教えるのは戦闘侍女の誰かにして、それを監督するって感じでいいんじゃない?」
ウルリッヒのお付き騎士は一人ではないので、そのくらいの時間を捻出するのは可能だろう。
「それで間違いが起こったらどうするっ」
「ウォルフはロリじゃないし、カンナと二人きりにするわけでもないわ。それにね。これは私の体験談なんだけど、無理やり引き裂くような真似をしたら引きずるわよ? 特に初恋はね」
絵里の初恋の教頭先生は、彼女が五年生の時に転勤していった。三学期の修了式の時に突然知らされ、その後しばらくは落ち込みまくっていた記憶がある。
「初恋なんて実る方が珍しいのはアイナの時で分かってるでしょ? それにライも言うように、カンナはまだ十歳だし――何より、本人も自分の気持ちがあこがれの域を出ないってわかってるみたいだしね」
カンナの性格であれば、自分の気持ちが固まっているのなら、まず間違いなく相手のところに突撃しているはずだ。そうしていないということは、つまりはそういうことである。
「そのうち、ホントの『初恋』になって失恋してみるのもいいし、その前に自然に忘れるかもしれないし、他の人に興味が移るかもしれない――けど、どんな風な結末になるしても自分で決めたんじゃないと、ね」
実体験付きの絵里の言葉は重い。
「なるほど……そういうもの、か……」
「ああ、それと。くれぐれもウォルフに変な釘なんかさしちゃだめよ? あくまで自然にね」
「ウルのお付きを派遣する時点で自然も何もない気がするんだが……」
「そこは、ほら。いつも一緒にいた兄とそのお付きになのに、いきなり会える時間が少なくなって、寂しい思いをしてるから、とかなんとかで」
嘘ではない。すべてを告げてはいないだけだ。
「まぁ、やってみるか……」
「現時点では、カンナのおさぼり防止が一番重要なんだし」
「ああ……」
不承不承ながらもその気になってくれたらしいライムートに、絵里がにっこりと笑いかける。
「頑張ってね、『お父様』」
そして、それから五年後――。
十五歳になったウルリッヒとカンナのデビュタントの場で。
彼女をエスコートして入場したのは、誰あろう、ウォルフその人であった。
「おい、リィっ!?」
「初恋って、たまには実るのね――ほら、ライ。そんな情けない顔じゃなくて、もっとえらそうな表情をしなきゃ。貴方は王様なんだから」
「リィ……俺は全く聞いてないんだが? 一体、何がどうしてああなってるんだ?」
デビュタントの白いドレスに身を包み、文字通り華のように笑う絶世の美少女の隣には、三十過ぎのごつい騎士。些か緊張しているようだが、その瞳には明らかな愛情と慈しみの感情が見て取れる。
「カンナったら、ものすごーく努力してたのよ。告白して断られてもあきらめられなくて、ウォルフの好きなこと、食べ物の好みに服の趣味、その他、どんな小さなことでも調べて、自分がそうなれるように頑張ってたみたいなのよね」
あれからしばらくして、とうとうカンナはウォルフに突撃し、告白していた。
で、きっぱり断られた。
まぁ、当たり前だろう。
しかし、姉のアイナが同じ状況であっさりと自分の『初恋』に終止符を打ったのとは異なり、カンナは自分の気持ちを拒まれても、諦めなかった。そして、努力した。
五年もの間、ずっと、だ。そのガッツは、体当たりでライムートを落とした絵里譲りだろう。
そして、カンナほどの美少女がわき目も降らず、ただひたすらに自分をしたってくれる姿を見せつけられれば、いくら堅物の騎士とはいえほだされるというものである。
「十八歳差なら、アイナとジークの場合よりも十歳も若いじゃない。政略結婚だと、普通にある年の差でしょ――それにあの二人を見て、今更引き裂ける? あきらめも肝心よ?」
「……少なくとも十八になるまでは、絶対に嫁にはやらんからな」
「それ、アイナの時にも聞いたけど? まぁ、ウォルフとしてもロリではないみたいだから、カンナがきちんと大人の女性になるまでは待ってくれるでしょ。それに、お嫁に出すなら本人にも伯爵くらいには出世して貰わないといけないでしょうし、準備期間としてもそれくらいは必要かしらね」
国王夫妻が、こっそりとそんな会話をしているとは誰にも知られぬまま。
今年のデビュタントの舞踏会は、華やかに幕を上げたのだった。
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