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第五話 私の決断
卒業パーティ翌日の朝食の席で、父が教えてくれた。
今朝、空が白むころ、デホタが王都にある辺境伯邸の周りをうろついていたらしい。そういえば一昨日の生徒会室で、帝国からの客人がいると教えていた。
カルロス王太子殿下がやって来て連れ帰ったようだが、これからもジオゴに付き纏う気だろうか。私のくだらない悪意のせいで、こんなことになるなんて。
「ごめんなさい、ジオゴ。とんでもないことになってしまったわね」
「ん?」
話を聞いても気にせぬ素振りで朝食のパンを食べていたジオゴは、不思議そうに顔を向けてきた。
彼は実家にいるかのようにくつろいでいる。私の卒業を祝いに辺境伯領から出て来てくれた両親とは面識があり、前々から仲良くしていたからだろう。
一年近くの帝国留学で私は一度も王国へは帰っていないのだが、両親や兄夫婦は旅行がてら帝国へと訪ねてきてくれていたのだ。交代で来ていたとはいえ、辺境伯家の当主夫婦と跡取り夫婦が気軽に国外へ出るのはどうかと思う。……六歳からの王妃教育のせいで、これまであまり会えなかった家族と過ごせるのは嬉しかったけど。
「気にすることないよ、エマ。俺が帝国に帰ったら、彼女はもう追いかけて来れない」
「でも……」
学園の卒業パーティであんな姿を見せてしまったのだ。
デホタが殿下と結ばれることはないだろう。愛妾としてでさえ認められるかどうかわからない。実家の男爵家もどうなることか。自棄になって着の身着のままで帝国へ密入国するかもしれない。
私の不安を聞いて、ジオゴは笑う。
「国境近くはドミンゲス公爵家の領地だからね。家族と騎士団には重々言っておくよ」
「本当にごめんなさい」
「気にしないで。エマがちょっと意地悪をしたいと思った気持ちはわかるし、今回会わなくたってどこかで会ったかもしれない。あの様子じゃ王太子妃になってたとしても飛びかかってきたよ。今のうちに正体が知れて、この国の王家も助かったんじゃない?」
ジオゴの言葉に父が頷く。
ふたりは妙に仲が良い。
父が話し始めた。
「エマ、昨夜話してくれたよな、運命の人は女神が与えた試練かもしれないって」
私は昨夜卒業パーティで思いついたことを屋敷に帰ってから父やジオゴに話していた。
もうかなり遅かったのだけれど、興奮してなかなか眠れなかったのだ。
水が飲みたくなったものの控えの間で眠るメイドを起こす気にはなれなくて、ひとりで廊下を歩いていたとき、応接室で話をしていた両親とジオゴに声をかけられた。そのとき運命の人について少々語ったのである。
「俺もそう思う。今の国王は悪いヤツじゃない。少なくとも辺境伯家の婿養子になることが決まった俺が学園で貴族としての立ち居振る舞いを短期集中体制で学んでいたとき、世話係をしてくれたアイツは良い奴だった」
さまざまな政治的な思惑があって、母は適齢期になっても婚約者がいなかった。
それを恥ずかしいとか悲しいとか思ったこともあるが、すべては父と会うまでの試練だったのだと、頬を染めた母が話してくれたことがある。
私は胸をときめかせながら聞いていたのだけれど、先に生まれた分何度も聞かされて聞き飽きていたのか、兄は少し呆れた顔をして聞いていたっけ。
「同じころ出会った王妃に運命を感じていたのは事実だが、ヤツはその想いを抑えようとしていた。愛妾に迎えるにしてもカミーラ様に許可を得て、礼儀を尽くしてからにするつもりだったよ」
しかし、王妃に誘惑されてタガが外れたのだという。
「王妃様が陛下を誘惑したのですか? 王妃様は陛下の運命の人ですが、陛下は王妃様の運命の人ではありませんのに」
「あの女は向上心が強かったからな。愛妾ではなく王妃になりたかったんだろう。運命の人だから誘惑を拒めなかったんじゃない。アイツは自分の意思で誘惑に乗ったんだ」
「そうそう。相手が運命の人だからって、すべての人間が受け入れるわけではないし、運命の人でないからって愛せないわけではないよ」
そこまで言って、ジオゴは真面目な顔になる。
「むしろ俺が心配なのは、あの女が俺に近づくためにエマや辺境伯閣下を利用しようとするんじゃないかってことだね」
「母さんのことは俺が守るが、エマのことが心配なんだよなあ」
父がわざとらしい溜息をつく。
しばらく考えるつもりでいたけれど、状況は切迫しているし無意味な駆け引きをする必要もない。私はジオゴが好きなのだ。
私は、昨夜応接室で両親とジオゴから出された提案に返事をした。
今朝、空が白むころ、デホタが王都にある辺境伯邸の周りをうろついていたらしい。そういえば一昨日の生徒会室で、帝国からの客人がいると教えていた。
カルロス王太子殿下がやって来て連れ帰ったようだが、これからもジオゴに付き纏う気だろうか。私のくだらない悪意のせいで、こんなことになるなんて。
「ごめんなさい、ジオゴ。とんでもないことになってしまったわね」
「ん?」
話を聞いても気にせぬ素振りで朝食のパンを食べていたジオゴは、不思議そうに顔を向けてきた。
彼は実家にいるかのようにくつろいでいる。私の卒業を祝いに辺境伯領から出て来てくれた両親とは面識があり、前々から仲良くしていたからだろう。
一年近くの帝国留学で私は一度も王国へは帰っていないのだが、両親や兄夫婦は旅行がてら帝国へと訪ねてきてくれていたのだ。交代で来ていたとはいえ、辺境伯家の当主夫婦と跡取り夫婦が気軽に国外へ出るのはどうかと思う。……六歳からの王妃教育のせいで、これまであまり会えなかった家族と過ごせるのは嬉しかったけど。
「気にすることないよ、エマ。俺が帝国に帰ったら、彼女はもう追いかけて来れない」
「でも……」
学園の卒業パーティであんな姿を見せてしまったのだ。
デホタが殿下と結ばれることはないだろう。愛妾としてでさえ認められるかどうかわからない。実家の男爵家もどうなることか。自棄になって着の身着のままで帝国へ密入国するかもしれない。
私の不安を聞いて、ジオゴは笑う。
「国境近くはドミンゲス公爵家の領地だからね。家族と騎士団には重々言っておくよ」
「本当にごめんなさい」
「気にしないで。エマがちょっと意地悪をしたいと思った気持ちはわかるし、今回会わなくたってどこかで会ったかもしれない。あの様子じゃ王太子妃になってたとしても飛びかかってきたよ。今のうちに正体が知れて、この国の王家も助かったんじゃない?」
ジオゴの言葉に父が頷く。
ふたりは妙に仲が良い。
父が話し始めた。
「エマ、昨夜話してくれたよな、運命の人は女神が与えた試練かもしれないって」
私は昨夜卒業パーティで思いついたことを屋敷に帰ってから父やジオゴに話していた。
もうかなり遅かったのだけれど、興奮してなかなか眠れなかったのだ。
水が飲みたくなったものの控えの間で眠るメイドを起こす気にはなれなくて、ひとりで廊下を歩いていたとき、応接室で話をしていた両親とジオゴに声をかけられた。そのとき運命の人について少々語ったのである。
「俺もそう思う。今の国王は悪いヤツじゃない。少なくとも辺境伯家の婿養子になることが決まった俺が学園で貴族としての立ち居振る舞いを短期集中体制で学んでいたとき、世話係をしてくれたアイツは良い奴だった」
さまざまな政治的な思惑があって、母は適齢期になっても婚約者がいなかった。
それを恥ずかしいとか悲しいとか思ったこともあるが、すべては父と会うまでの試練だったのだと、頬を染めた母が話してくれたことがある。
私は胸をときめかせながら聞いていたのだけれど、先に生まれた分何度も聞かされて聞き飽きていたのか、兄は少し呆れた顔をして聞いていたっけ。
「同じころ出会った王妃に運命を感じていたのは事実だが、ヤツはその想いを抑えようとしていた。愛妾に迎えるにしてもカミーラ様に許可を得て、礼儀を尽くしてからにするつもりだったよ」
しかし、王妃に誘惑されてタガが外れたのだという。
「王妃様が陛下を誘惑したのですか? 王妃様は陛下の運命の人ですが、陛下は王妃様の運命の人ではありませんのに」
「あの女は向上心が強かったからな。愛妾ではなく王妃になりたかったんだろう。運命の人だから誘惑を拒めなかったんじゃない。アイツは自分の意思で誘惑に乗ったんだ」
「そうそう。相手が運命の人だからって、すべての人間が受け入れるわけではないし、運命の人でないからって愛せないわけではないよ」
そこまで言って、ジオゴは真面目な顔になる。
「むしろ俺が心配なのは、あの女が俺に近づくためにエマや辺境伯閣下を利用しようとするんじゃないかってことだね」
「母さんのことは俺が守るが、エマのことが心配なんだよなあ」
父がわざとらしい溜息をつく。
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