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17・訃報
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──クレマン様が亡くなられた。
王宮からの使いにそう聞いたとき、私はなにを言われているのか理解できなかった。
何度も何度も繰り返し聞いて、彼がだれにも秘密で王都へ戻り、忠実な部下の助けを借りて王宮へ忍び込み、霊廟で亡くなっていたのだということを受け止めた。すべて公表できないことだ。クレマン様は事故で亡くなられたことにされる。
白い貴婦人は彼の血で満足されたらしく、目撃されていた白い霧は出なくなったそうだ。
涙は出ない。
悲しいとも辛いとも思わない。
心の中が空っぽで、体を動かす力が湧いてこない。
「ドリアーヌ様、お菓子で良いのでなにかお口にお入れください」
王宮の使いが帰った後、応接室で座り込んでいた私にニナが言う。
彼女は熱いお茶と小菓子を入れたお皿を運んできてくれた。
香草を効かせたエメラルド色のお菓子。クレマン様が私のために用意してくださっていたのだ。王都で有名な菓子店の人気作なので、本来は簡単に手に入る品ではないのだという。クレマン様が店へ出資していたため特別に便宜を図ってくれたらしい。
「……ニナ」
熱いお茶の湯気のせいか、瞳が潤む。
「はい、ドリアーヌ様」
「このお菓子の色、クレマン様の瞳の色に似ていると思わない?」
「そうですね、ドリアーヌ様」
「……」
クレマン様が旅立って十日目に、王宮でポール殿下とお会いした。それから五日。
婚約者になって二日、図書室で会話した日を入れても彼の存在を意識してからの日数は三日しかない。
半月……過ごした日の五倍も離れていたのに、どうしてこんなにすべてを失ったような気持ちになるのかしら。死に戻る前、殿下に婚約を破棄されたときだってここまで胸は引き裂かれなかった。
泣きじゃくる私の背中を、ニナはずっと撫でていてくれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ドリアーヌ様、こちらを」
私が少し落ち着くと、執事が折り畳んだ紙を差し出してきた。
「これはなんですか?」
「ご主人様からお預かりしておりました。ご自分になにかあったときは、これをドリアーヌ様にお渡しするようにと」
おっしゃっていた遺産に関するものかしら。
「ありがとう。……しばらく学院は休みます。連絡をお願いしますね。ニナ、今日も美味しい食事を期待していますよ」
「もちろんです、ドリアーヌ様!」
執事から紙を受け取って、私は寝室へ入った。
折り畳まれていた紙を広げて首を傾げる。
これは遺産に関する書類ではない。ところどころに穴が開いているのだ。
「この穴はなにかしら。……絵が」
いつもクレマン様からの手紙にあった小さな可愛い絵が、穴の開いた紙にも描かれていた。
なにかを感じ、大切に仕舞っていたクレマン様からの手紙を取り出す。
内容は王都にいる私を案じる言葉が半分、残り半分は街道や男爵領で見た花や美味しい食べ物のこと。聖剣に関することはほとんど記されていない。だけど──
「……これは?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
穴の開いた紙を描かれた絵の位置を揃えてクレマン様からの手紙に重ねると、書かれていた情報は一変した。
こんな手法を使ったのは男爵家の検閲を怖れたからだろう。たとえ部下に託したとしても、男爵領を出るときは関所で内容を改められてしまうものだ。
男爵領へ行ったことで、クレマン様は男爵家の犯罪の証拠を掴んでいた。
男爵家の計画はこうだ。
男爵令嬢のセリア様との婚約によってジェモー子爵家を乗っ取り、資金を得る。
セリア様はポール王太子殿下を誘惑して、王家の権威を失墜させる。王国が乱れた後、サジテール侯爵家が新たな王家として名乗りを上げる、というものだ。
黒幕は私の異母弟、もちろん父と義母も計画を知っている。
予定では魔術学院を卒業してすぐに私は死に、それがセリア様との結婚を望んだポール殿下の仕業にされる予定だった。
サジテール侯爵家が王家に背くための大義名分だ。
……でも、死に戻る前の未来では私は殺されなかった。
そういえば卒業パーティでの婚約破棄のとき、セリア様も驚いた顔をしてらした気がする。もしかして殿下は、彼らが私を殺す前に婚約者でなくすることで守ってくださっていたのかしら。
男爵家による未開の森の開発は、将来に備えて兵士を集めるための偽装工作だった。
資金を出したのはサジテール侯爵家、異母弟と父だ。ポール王太子殿下のご想像通り、ジェモー子爵家を利用して掠め取った汚いお金もあったらしい。
聖剣の発見自体は事実だった。
森が開かれたことで見つかった洞窟の中で、朽ちたローブを纏った白骨死体に突き立っていたのだ。
クレマン様はそれを持って王都へ戻り、白い貴婦人に挑むつもりだというのが、手紙が伝えてくれた最後の情報だった。これについてはもう関所を強行突破するつもりらしい。
その前にもいろいろな情報があった。
男爵家とサジテール侯爵家の告発自体は異母弟と男爵家の署名がある計画書を破片にして持ち出したクレマン様の部下が行うこと、ジェモー子爵家についてはポール殿下に任せておけばいいということ、私とクレマン様の婚約はこの陰謀を暴き侯爵家から私を守るための偽装工作だとしておくこと──
「……嫌、です……」
ある部分を読み返して、私は呟いた。
クレマン様のことは忘れろと、ポール王太子殿下のところへ戻って今度こそ彼を愛せと書いてある手紙が、私の涙で濡れていく。
忘れることなどできるはずがない。だって、私は忘れたくないのだから。
王宮からの使いにそう聞いたとき、私はなにを言われているのか理解できなかった。
何度も何度も繰り返し聞いて、彼がだれにも秘密で王都へ戻り、忠実な部下の助けを借りて王宮へ忍び込み、霊廟で亡くなっていたのだということを受け止めた。すべて公表できないことだ。クレマン様は事故で亡くなられたことにされる。
白い貴婦人は彼の血で満足されたらしく、目撃されていた白い霧は出なくなったそうだ。
涙は出ない。
悲しいとも辛いとも思わない。
心の中が空っぽで、体を動かす力が湧いてこない。
「ドリアーヌ様、お菓子で良いのでなにかお口にお入れください」
王宮の使いが帰った後、応接室で座り込んでいた私にニナが言う。
彼女は熱いお茶と小菓子を入れたお皿を運んできてくれた。
香草を効かせたエメラルド色のお菓子。クレマン様が私のために用意してくださっていたのだ。王都で有名な菓子店の人気作なので、本来は簡単に手に入る品ではないのだという。クレマン様が店へ出資していたため特別に便宜を図ってくれたらしい。
「……ニナ」
熱いお茶の湯気のせいか、瞳が潤む。
「はい、ドリアーヌ様」
「このお菓子の色、クレマン様の瞳の色に似ていると思わない?」
「そうですね、ドリアーヌ様」
「……」
クレマン様が旅立って十日目に、王宮でポール殿下とお会いした。それから五日。
婚約者になって二日、図書室で会話した日を入れても彼の存在を意識してからの日数は三日しかない。
半月……過ごした日の五倍も離れていたのに、どうしてこんなにすべてを失ったような気持ちになるのかしら。死に戻る前、殿下に婚約を破棄されたときだってここまで胸は引き裂かれなかった。
泣きじゃくる私の背中を、ニナはずっと撫でていてくれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ドリアーヌ様、こちらを」
私が少し落ち着くと、執事が折り畳んだ紙を差し出してきた。
「これはなんですか?」
「ご主人様からお預かりしておりました。ご自分になにかあったときは、これをドリアーヌ様にお渡しするようにと」
おっしゃっていた遺産に関するものかしら。
「ありがとう。……しばらく学院は休みます。連絡をお願いしますね。ニナ、今日も美味しい食事を期待していますよ」
「もちろんです、ドリアーヌ様!」
執事から紙を受け取って、私は寝室へ入った。
折り畳まれていた紙を広げて首を傾げる。
これは遺産に関する書類ではない。ところどころに穴が開いているのだ。
「この穴はなにかしら。……絵が」
いつもクレマン様からの手紙にあった小さな可愛い絵が、穴の開いた紙にも描かれていた。
なにかを感じ、大切に仕舞っていたクレマン様からの手紙を取り出す。
内容は王都にいる私を案じる言葉が半分、残り半分は街道や男爵領で見た花や美味しい食べ物のこと。聖剣に関することはほとんど記されていない。だけど──
「……これは?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
穴の開いた紙を描かれた絵の位置を揃えてクレマン様からの手紙に重ねると、書かれていた情報は一変した。
こんな手法を使ったのは男爵家の検閲を怖れたからだろう。たとえ部下に託したとしても、男爵領を出るときは関所で内容を改められてしまうものだ。
男爵領へ行ったことで、クレマン様は男爵家の犯罪の証拠を掴んでいた。
男爵家の計画はこうだ。
男爵令嬢のセリア様との婚約によってジェモー子爵家を乗っ取り、資金を得る。
セリア様はポール王太子殿下を誘惑して、王家の権威を失墜させる。王国が乱れた後、サジテール侯爵家が新たな王家として名乗りを上げる、というものだ。
黒幕は私の異母弟、もちろん父と義母も計画を知っている。
予定では魔術学院を卒業してすぐに私は死に、それがセリア様との結婚を望んだポール殿下の仕業にされる予定だった。
サジテール侯爵家が王家に背くための大義名分だ。
……でも、死に戻る前の未来では私は殺されなかった。
そういえば卒業パーティでの婚約破棄のとき、セリア様も驚いた顔をしてらした気がする。もしかして殿下は、彼らが私を殺す前に婚約者でなくすることで守ってくださっていたのかしら。
男爵家による未開の森の開発は、将来に備えて兵士を集めるための偽装工作だった。
資金を出したのはサジテール侯爵家、異母弟と父だ。ポール王太子殿下のご想像通り、ジェモー子爵家を利用して掠め取った汚いお金もあったらしい。
聖剣の発見自体は事実だった。
森が開かれたことで見つかった洞窟の中で、朽ちたローブを纏った白骨死体に突き立っていたのだ。
クレマン様はそれを持って王都へ戻り、白い貴婦人に挑むつもりだというのが、手紙が伝えてくれた最後の情報だった。これについてはもう関所を強行突破するつもりらしい。
その前にもいろいろな情報があった。
男爵家とサジテール侯爵家の告発自体は異母弟と男爵家の署名がある計画書を破片にして持ち出したクレマン様の部下が行うこと、ジェモー子爵家についてはポール殿下に任せておけばいいということ、私とクレマン様の婚約はこの陰謀を暴き侯爵家から私を守るための偽装工作だとしておくこと──
「……嫌、です……」
ある部分を読み返して、私は呟いた。
クレマン様のことは忘れろと、ポール王太子殿下のところへ戻って今度こそ彼を愛せと書いてある手紙が、私の涙で濡れていく。
忘れることなどできるはずがない。だって、私は忘れたくないのだから。
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