私の恋心が消えていたら

豆狸

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中編 陰謀

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「そのようです。本命は家令ですよ。自家の使用人に過ぎない家令との結婚を父親の男爵が許すはずがない、そもそも不倫ですしね。それで秘密にしていたようです」
「脅迫者はだれだ?」
「伯爵令嬢です。最初の脅迫状は筆跡を変えていたものの、徐々に気が緩んだのか本来の筆跡に戻っていたことから伯爵令嬢が脅迫者だと確定いたしました」
「婚約破棄のときに公爵令嬢の悪事を証言してくれると言っていた、彼女公爵令嬢の取り巻きか」
「男爵令嬢は愛人の娘で、母親が亡くなった後も男爵邸には引き取られずに親娘で囲われていた下町の家で暮らしていました」
「正妻と異母姉に嫌がらせをされるから、男爵邸で暮らせないと言っていた……」
「男爵邸だと父親の目があって家令と逢瀬出来ないからだったようです。伯爵令嬢の引退した乳母が下町の近い地域に住んでいて、男爵令嬢と家令のことを知っていたのです。昼間からイチャついていたらしくて、近所では有名だったようですね」
「……」

 王太子は、いずれ男爵令嬢を愛妾に迎えるつもりだとしても身辺調査はちゃんとしてください、と言ってきた公爵令嬢のことを思い出した。
 そのときは愛妾などと愚弄するな、彼女男爵令嬢とはそんな関係ではない、と公爵令嬢を否定したのだった。
 近衛騎士隊長の報告は続く。

「男爵家の元正妻と姉娘は殿下に感謝していましたよ。どんなに離縁と絶縁を申し出ても、彼女達の実家から金を引き出したい男爵に拒まれ続けていた。逃げ出そうにも姉娘が正式な跡取りとして国へ届け出されているので逃げ出せなかった。男爵令嬢が殿下の寵愛を受けたことで、調子に乗った男爵が令嬢を引き取って正妻達と離縁絶縁、跡取りの変更をしてくれたと言って」
「そうか……」
「伯爵令嬢は殿下に、男爵令嬢では愛妾にしかなれないけれど自分がお飾りの正妃となって、おふたりの真実の愛を応援すると言っていたそうですね」
「……そうだ」
「だから殿下は公爵令嬢との婚約破棄に踏み切られた。男爵令嬢に公爵令嬢の悪事を吹き込まれ、伯爵令嬢にそれは真実だと保証されたせいもあったのでは?」
「伯爵令嬢は公爵令嬢の取り巻きで親友だと思っていた。そんな人間が言うのだから、真実だと考えるに決まっているだろう?……伯爵令嬢はどうしてそんなことを?」
「王太子妃になりたかったからでしょう」
「お飾りの?」
「婚姻後に公爵令嬢の仕業に見せかけて男爵令嬢を殺し、悲しむ殿下をお慰めすれば真実の愛のお相手になれるとでも思っていたのではないですかね? ささやかな横恋慕だったのかもしれませんが、ロクでもない陰謀です」
「……」
「男爵令嬢には愛妾なら妃より自由が利くから、家令との関係を続けられると言っていました。これは脅迫状に書いてあったので間違いありません」
「その家令はどんな男なんだ?」
しなびた中年男です。美人の嫁さんがいる上に、男爵邸の若い女は軒並みヤツの餌食になっていました。詐欺師にはたまにいるんですよ。この男性ヒトには自分がいなくちゃ、とでも思うらしくて」
「……」
「男爵令嬢を殺したのは、数日前に殿下が贈られた扇の飾りに付けられていた粉末状の毒です。令嬢が扇を動かすたびに飾り毛から舞い上がった毒を吸い込んでいて、あの瞬間に致死量に達したものと思われます」
「なっ!」

 次々と明かされる事実に気力を失っていた王太子だが、さすがにこの報告には声を上げずにはいられなかった。

「私が殺人犯だとでも言うつもりか?」
「いいえ、そうではありません。数日前に届いていたのですよ? そのときから毒が付けられていたのなら、もっと早くに亡くなっていたでしょう。毒は当日に付けられたのです。家令の不倫相手のひとりで、男爵令嬢を恋敵だと憎んでいた彼女専属の侍女の手で。侍女が毒を買った店の確認も取れています」
「その侍女はどうしてそんなことを。すぐに気づかれるとわかるだろうに」
「恋に我を忘れていたのでしょう。周囲に許されない不貞や不倫のほうが本人達は盛り上がるものですしね」

 自分のことを言われているような気がして、王太子の胸が痛んだ。
 伯爵令嬢は公爵令嬢経由で王太子の好みを知っていたから、脅迫状によって誘導して男爵令嬢を王太子好みに仕立て上げていたのだろう。
 感情豊かで可愛らしい男爵令嬢といるのは心地良かった。

 心地良かったけれど、公爵令嬢という婚約者がいない状態であっても、自分は男爵令嬢に恋をしただろうか。
 王太子であるために必要な公爵家の後ろ盾、妃教育で感情を表に出さなくなっても瞳には恋心を煌めかせ、真摯に自分を想い支えてくれている婚約者がいなくても、男爵令嬢を愛したのだろうか。
 真実の愛だと信じ、婚約破棄を言い出すまでのめり込んだのは、禁断の不貞に酔いしれていたからではないのだろうか。あやまちの蜜は甘く、最後には毒となる。

「それに……殿下がまず公爵令嬢を疑ったように、目立つ容疑者がいて卒業パーティで会うのだから、自分は疑われないと考えたのかもしれません。その侍女が家令と関係していたことは、ほかの女性達にはまだ気づかれていませんでしたしね。私どもは毒の入手先のほうから辿り着きましたが」
「……そうか」
「以上で男爵令嬢殺人事件についての報告を終わります」
「ご苦労だった。……公爵令嬢は?」
「殿下の前に国王陛下に報告済みですので、すでに解放されていると思われます」

 近衛騎士隊は王太子の直属ではない。国王の配下だ。
 卒業パーティの夜は、今後の勉強も兼ねて王太子が采配を任されていただけだった。
 それを悪用して婚約破棄をしようとしていたのは王太子だった。男爵令嬢が殺されなくても、公爵令嬢に冤罪を着せるつもりだったのも。近衛騎士隊長が男爵令嬢殺人事件を捜査していたのは王太子の命令だからではなく、王宮で起こった事件だからだ。

(婚約者に擦り寄る浮気女に厳しく当たったことに対する罪、か。しかもその悪事は偽証によるもので……)

 近衛騎士隊長が去った部屋の中で、王太子は項垂れた。
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