おにぎり屋さん111

豆狸

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9・ちょっと待て、弟よ。

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 わたしの部屋にいきなり来て、友達の春歌ちゃんを侮辱した楽は、反省した後も出て行こうとしなかった。

「ほかにも用事あるの?」
「ごめん、これからが本番。姉ちゃんさ、明日ヒマ?」

 春歌ちゃんを誘って駅前のクレープ屋さんに行きたかったけど、断られちゃったので予定はない。
 宿題もそんなに量は多くなかったから、後ちょっとで終わるだろう。

「ヒマだよ」
「じゃあさ、一緒に噴水公園行こうよ!」
「噴水公園?」
「うん! てか神社行くより、イベントなら噴水公園のほうが良くない? 広いからどこかでだれかがレイドに加わってくれるでしょ」

 夕食前に神社の話をしたのを覚えていたらしい。
 噴水公園は駅前からも近く、市民の憩いの場になっている。
 ちらりと見ると、肩の梅ちゃんは頷いてくれた。
 なにも覚えていないから、わたしは自由に行動してくれって言われてたしね。

「また肩見てる。やっぱ凝ってるの?」
「違う違う。公園ね、いいよ」
「やったー! それじゃあ姉ちゃん、オヤツにパウンドケーキ作ってくれる?」
「わかった」

 ホットケーキの素を使って牛乳パックの型で作るパウンドケーキは、わたしの数少ない得意料理だ。得意お菓子?

「そういえば前に舞夏ちゃんが食べて美味しいって言ってくれたっけ。……舞夏ちゃんも誘う? 連絡先知ってるんでしょ?」

 春歌ちゃん経由で声をかけて、春歌ちゃんも誘ってみようか。
 カラスが噴水公園に巣を作ってるっていう琴乃ちゃんの話は気になるけど、今は春4月、明日は快晴だってテレビの天気予報で見た。
 ゲームがてらみんなで散歩でもしたら、春歌ちゃんも舞夏ちゃんも気分が軽くなるんじゃないかな。

「あ、舞夏ちゃんは最初から来る予定。てか、舞夏ちゃんに頼まれたんだー」

 楽の顔がニヤケる。
 お母さんこそ違うものの、舞夏ちゃんは姉の春歌ちゃんとよく似た美少女だ。
 我が弟はたぶん、彼女に初恋している。

「冬花さんのゲームを引き継ぐの?」

 うちのおばあちゃんたちと違って、冬花さんは春歌ちゃんたちと同居していた。
 そのぶん失った衝撃は大きいはず。
 冬花さんは春歌ちゃんのお母さんが亡くなってから息子と同居を始めて、保育士をしている舞夏ちゃんのお母さんが嫁いだ後も家事を担当していた。
 春歌ちゃんたちも大きくなったので、最近は三人で家事をしていた。
 今は姉妹でしてるのかな。
 舞夏ちゃんのお母さんは今もお仕事を続けているものね。
 わたしの言葉に、楽は首を横に振った。

「ううん、俺と舞夏ちゃんはゲームしに行くんじゃないよ」
「そうなの?……デート?」
「デデ、デートじゃないよー」

 ……弟の鼻の下が伸びている。
 まあそれもそうか。デートなら最初からわたしを誘うわけがない。

「俺さ、クラスで一番木登りが上手いから、舞夏ちゃんに頼られたんだ」
「木登り?」

 なんだかイヤな予感がした。

「うん。木登りができなくちゃ、カラスの巣からペンダントを取り戻せないだろ? あ、押しつけられたわけじゃないよ? どうしたら木登りが上手になれるかって舞夏ちゃんが困ってたからさー、自分から協力を申し出た? みたいな?」
「ペンダント?」
「冬花ばあちゃんの形見なんだって。……俺さ、てっきり春歌姉ちゃんがイジワルでカラスの巣に放り込んだのかと思ったんだけど、そんなわけないよな。ごめんごめん、春休みにお母さんと海外ドラマ見過ぎた」
「ちょっと楽、やめなさい。去年漫研の部長さんの巻き添えで、琴乃ちゃんがカラスに襲撃されたって話聞いたでしょ?」

 楽はほっぺを膨らませる。

「ええー? 今言ったじゃん。冬花ばあちゃんの形見なんだよ? 放っておけるわけがないじゃん! 反対するなら来なくていいよ。鈍くさい姉ちゃんに頼みたかったのは、俺が登ってる木の前でゲームして公園の監視員の目を誤魔化してもらうことだから。姉ちゃんなんか、いなくてもなんとかなるもん!」

 言い捨てると舌を出し、楽はわたしの部屋から飛び出していった。
 パウンドケーキを依頼してきたのは、ついでに舞夏ちゃんを喜ばせたかったのに違いない。
 春歌ちゃんをクレープ屋さんに誘ったわたしと同じ発想だ。
 ……ああ、姉弟。
 わたしは頭を押さえて溜息をつく。

「カラスかあ……」
『ポルターガイストしてやめさせる?』
「楽を止めても舞夏ちゃんがね」

 明日同行して、噴水公園の管理事務所に頼んで探してもらうよう説得してみよう。
 あそこは市民の憩いの場だから、カラスの巣を放置することはないと思うし。
 そう決意したわたしは、パウンドケーキを作るため台所へと向かった。
 美味しいものを食べながらのほうが説得しやすいよね?

 ……前のときの言葉、お世辞だったらどうしよう。
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