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第四話 金蔓もいりません!
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「……ジュリアナ様」
婚約破棄に未来の王太子妃様からの勧誘と、今日はいろいろなことがあり過ぎました。
すぐ家へ戻る気にはなれなくて、私は学園の喫茶室でお茶を飲むことにしました。
南部貴族派の方々とはああいう関係でしたし、比較的親しかったナタリア様達はお帰りになったので、私はひとりです。その私に声をかけてきた人物がいました。
「バジリオ様……」
彼は、東部に鉱物や宝石という資源を与えてくれる山脈の向こうにある帝国からやって来た留学生で、大きな商会の跡取り息子なのだと聞いています。留学生の彼は私とは組が違います。
この辺りでは珍しい絹糸のような黒髪の持ち主です。
帝国には黒髪が多いのです。瞳は黒のように見えますが、とても濃い色の琥珀です。
「お話があるのですが、同席してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
以前は婚約者のいる身だったので、こうしてバジリオ様とふたりきりで過ごしたことはありませんでした。
けれどバジリオ様も商売のための人脈を求めているというお話でしたので、さまざまな派閥のお茶会などでお会いしてお話をしてきました。南部貴族派の方々のお茶会には、お互い招待されたことはありませんがね。
今の私は婚約破棄された自由の身なので、彼とふたりで話しても問題ないでしょう。
私と同じテーブルの席に着いたバジリオ様は、柔らかな美貌に優し気な笑みを浮かべておっしゃいました。
冷たく凍り付いていて感情がわかりにくい私とは逆に、いつも穏やかに対応してくれるからこそ感情が見えにくい方です。
少し肌寒いものの心地良く、ついつい夜更かししてしまう、長く深い秋の夜のような印象があります。
「ブラガ侯爵令息に婚約を破棄されたとお聞きしました。……ジュリアナ様、僕を貴女の金蔓にしてみませんか?」
「……はい?」
「ふふふ、ごめんなさい。捻くれた言い方をしてしまいましたが、実際のところは求婚です。僕の妻となってください」
「あの……」
「一介の商人の妻になるのはお嫌ですか?」
「一介の商人とおっしゃいますが……」
「どうなさいました?」
貴族社会では情報が命綱です。私は彼が一介の商人でないことを知っていました。
ナタリア様のお茶会で初めてお会いして、彼に東部の新商品を宣伝して帝国でも売ってもらうか噂だけでも流してもらいたいと話して家へ帰った後で、父であるアルメイダ侯爵に教えていただいたのです。
お話したときに、いくら本来は捨ててしまう宝石のかけらを使っているといっても新商品の開発にはお金がかかると嘆いて見せて笑いを取っていたので、先ほど金蔓になるなどとおっしゃったのでしょう。
とりあえず、私が彼の正体を知っていることは言わないほうが良いでしょう。
「そういうわけではないのですが、お断りさせていただきます」
「ナタリア様の補佐官になられるのですか?」
「情報が速いのですね」
「商人にも貴族にも必須のものですからね。……ジュリアナ様、貴女がお求めなのが権力なら……」
「違います!」
無作法だとわかっていましたけれど、私はバジリオ様のお言葉を遮りました。
「いりません! 権力もお金もいらないんです!」
バジリオ様が不思議そうに首を傾げます。
「権力ともお金とも関係の無い、真実の愛で結ばれたお相手がいらっしゃるのですか?」
「そういうわけではなくて……面倒なんです」
「はい?」
「私、ずっと無理をしていたんです。本当は勉強も礼儀作法も好きではありません。東部の誉れである職人達に私の考えを形にしてもらうのは楽しいことでしたが、商品になるまでの試作の繰り返しや人脈を作っての販売網の設立、前からある産業を潰してしまわないための棲み分け……もう疲れたんです! せっかく婚約破棄されたので、今後はダラダラのんびり暮らしたいんです!」
私の正直な、そして情けない本心の吐露に、バジリオ様は唖然としたお顔になりました。
「ええと、貴女の発想力は眠らせてしまうにはもったいないものだと思いますよ?」
「そんな大層なもの最初からないんです! 前からあるものに南部を関わらせると、昔から頑張ってくれていた東部の人々が追い出されてしまいます。だから無理のない範囲で、南部を関わらせることの出来る新しい産業を作ろうとしていただけなんです」
「それであの宝石のかけらを砂のように散りばめた生地や美しく装飾した生地をお考えになったのですから、やはり貴女は凄いと思います」
「……」
完成間近とはいえ、まだ試作中の商品のことまでご存じとは、本当にこの方は──
「ありがとうございます。お気持ちは本当に嬉しいです。ですが、私はこういう人間ですので」
「ふふふ。お気持ちが変わったら声をかけてください。いつでも私は貴女の金蔓になりますからね」
いりませんから。
私はお父様とお兄様に甘えてすねかじり生活に突入するのです。
ロナウド様と婚約してから十年頑張って来たのだから、許して欲しいと思うのです。バジリオ様とお話しているうちに考えがまとまって、私はダラダラのんびり暮らすことを決意していました。お金は必要ですけれど、バジリオ様を金蔓にする気はありません!
婚約破棄に未来の王太子妃様からの勧誘と、今日はいろいろなことがあり過ぎました。
すぐ家へ戻る気にはなれなくて、私は学園の喫茶室でお茶を飲むことにしました。
南部貴族派の方々とはああいう関係でしたし、比較的親しかったナタリア様達はお帰りになったので、私はひとりです。その私に声をかけてきた人物がいました。
「バジリオ様……」
彼は、東部に鉱物や宝石という資源を与えてくれる山脈の向こうにある帝国からやって来た留学生で、大きな商会の跡取り息子なのだと聞いています。留学生の彼は私とは組が違います。
この辺りでは珍しい絹糸のような黒髪の持ち主です。
帝国には黒髪が多いのです。瞳は黒のように見えますが、とても濃い色の琥珀です。
「お話があるのですが、同席してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
以前は婚約者のいる身だったので、こうしてバジリオ様とふたりきりで過ごしたことはありませんでした。
けれどバジリオ様も商売のための人脈を求めているというお話でしたので、さまざまな派閥のお茶会などでお会いしてお話をしてきました。南部貴族派の方々のお茶会には、お互い招待されたことはありませんがね。
今の私は婚約破棄された自由の身なので、彼とふたりで話しても問題ないでしょう。
私と同じテーブルの席に着いたバジリオ様は、柔らかな美貌に優し気な笑みを浮かべておっしゃいました。
冷たく凍り付いていて感情がわかりにくい私とは逆に、いつも穏やかに対応してくれるからこそ感情が見えにくい方です。
少し肌寒いものの心地良く、ついつい夜更かししてしまう、長く深い秋の夜のような印象があります。
「ブラガ侯爵令息に婚約を破棄されたとお聞きしました。……ジュリアナ様、僕を貴女の金蔓にしてみませんか?」
「……はい?」
「ふふふ、ごめんなさい。捻くれた言い方をしてしまいましたが、実際のところは求婚です。僕の妻となってください」
「あの……」
「一介の商人の妻になるのはお嫌ですか?」
「一介の商人とおっしゃいますが……」
「どうなさいました?」
貴族社会では情報が命綱です。私は彼が一介の商人でないことを知っていました。
ナタリア様のお茶会で初めてお会いして、彼に東部の新商品を宣伝して帝国でも売ってもらうか噂だけでも流してもらいたいと話して家へ帰った後で、父であるアルメイダ侯爵に教えていただいたのです。
お話したときに、いくら本来は捨ててしまう宝石のかけらを使っているといっても新商品の開発にはお金がかかると嘆いて見せて笑いを取っていたので、先ほど金蔓になるなどとおっしゃったのでしょう。
とりあえず、私が彼の正体を知っていることは言わないほうが良いでしょう。
「そういうわけではないのですが、お断りさせていただきます」
「ナタリア様の補佐官になられるのですか?」
「情報が速いのですね」
「商人にも貴族にも必須のものですからね。……ジュリアナ様、貴女がお求めなのが権力なら……」
「違います!」
無作法だとわかっていましたけれど、私はバジリオ様のお言葉を遮りました。
「いりません! 権力もお金もいらないんです!」
バジリオ様が不思議そうに首を傾げます。
「権力ともお金とも関係の無い、真実の愛で結ばれたお相手がいらっしゃるのですか?」
「そういうわけではなくて……面倒なんです」
「はい?」
「私、ずっと無理をしていたんです。本当は勉強も礼儀作法も好きではありません。東部の誉れである職人達に私の考えを形にしてもらうのは楽しいことでしたが、商品になるまでの試作の繰り返しや人脈を作っての販売網の設立、前からある産業を潰してしまわないための棲み分け……もう疲れたんです! せっかく婚約破棄されたので、今後はダラダラのんびり暮らしたいんです!」
私の正直な、そして情けない本心の吐露に、バジリオ様は唖然としたお顔になりました。
「ええと、貴女の発想力は眠らせてしまうにはもったいないものだと思いますよ?」
「そんな大層なもの最初からないんです! 前からあるものに南部を関わらせると、昔から頑張ってくれていた東部の人々が追い出されてしまいます。だから無理のない範囲で、南部を関わらせることの出来る新しい産業を作ろうとしていただけなんです」
「それであの宝石のかけらを砂のように散りばめた生地や美しく装飾した生地をお考えになったのですから、やはり貴女は凄いと思います」
「……」
完成間近とはいえ、まだ試作中の商品のことまでご存じとは、本当にこの方は──
「ありがとうございます。お気持ちは本当に嬉しいです。ですが、私はこういう人間ですので」
「ふふふ。お気持ちが変わったら声をかけてください。いつでも私は貴女の金蔓になりますからね」
いりませんから。
私はお父様とお兄様に甘えてすねかじり生活に突入するのです。
ロナウド様と婚約してから十年頑張って来たのだから、許して欲しいと思うのです。バジリオ様とお話しているうちに考えがまとまって、私はダラダラのんびり暮らすことを決意していました。お金は必要ですけれど、バジリオ様を金蔓にする気はありません!
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