あなたが言ったのに

豆狸

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第一話 お茶会

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 季節の花が風に揺れている。
 侯爵令息アルベルトは、王都伯爵邸の中庭でお茶を楽しんでいた。
 伯爵家の前妻の娘イザベリータと婚約したからだ。アルベルトとイザベリータはいつつ違う。アルベルトのほうが年上だ。

 この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園は三年制だ。
 ふたりは同時期に在学していたことはない。
 だからイザベリータは、アルベルトがどうして前の婚約を解消されたのかを知らない。――知らないはずだった。

「アルベルト様、カテナという女性をご存じですか?」

 突然聞かれて、アルベルトは驚きを飲み込んだ。表情には出さなかったはずだ。

 よく考えてみれば、イザベリータがアルベルトの過去について小耳に挟んだとしても不思議はない。
 後妻の産んだひとつ年下の異母弟に悪評を流されたせいで学園に友達がいなくても、いやむしろだからこそ悪意に満ちた情報で苦しめてやろうというやからがいるに違いない。
 アルベルトの同級生が卒業していても教員の多くは変わらないし、兄や姉から話を聞いたものもいるだろう。

 イザベリータには逃げる場所がない。
 彼女の母親は裕福な商家出身の平民だった。
 その実家は借金まみれだった伯爵家に食い潰されて、今はない。

 いや、イザベリータの祖父母は優秀だった。
 伯爵家の尻拭いを押しつけられながらも商家は発展していたのだ。
 その発展していた商家が今はなくなっているのはイザベリータの母親の病死後、相次いで祖父母も不自然な事故で亡くなったからだ。本来ならイザベリータが受け継ぐはずだった家は、後見人という名目で管理する権利を得た父親の伯爵が、昔からの愛人だった後妻とともに食い潰した。

 なので、今はない、のだ。

 その伯爵の後妻が、アルベルトの叔母だった。
 アルベルトの祖母の死後に、祖父が下働きの女に誘惑されて作った子どもだ。
 父はそう言っているし、アルベルト自身もそんなものだろうと考えている。

 五年前、アルベルトがカテナとのことが原因で当時の婚約が解消になったとき、父は息子が自分の異母妹の同類だと罵った。
 だが、それは違う。
 アルベルトとカテナの間にあるのは真実の愛だ。祖父と下働きの女の関係とは違うし、婚約者のいる同士で乳繰り合って婚約を破棄された叔母と伯爵達とも違う。たしなめられても関係を続け、遂には愛人になり果てた叔母は侯爵家から絶縁されていた。

「……知っています」

 その大切な真実の愛を穢したくない。
 穢したくはないけれど、このままでは生きていけない。
 アルベルトの家は二十年ほど前の叔母の不始末で借金持ちになった。その借金を返しかけたときに、アルベルトとカテナの件で援助してくれていた家に見捨てられた。伯爵が後見人という立場を悪用して実の娘から略奪した富でもなければ、爵位を返上して平民になるしかない。

 そして、平民になったとしても借金自体が消えるわけではない。
 爵位を返上という形で国に買い取ってもらい、領地を始めとする不動産を売り払っても積み重なった借金をすべて返済することはできない。
 平民になったら平民になったで、働きづめの毎日が待つだけだ。

 そんな人生は真っ平だから、苦い気持ちを飲み込んでアルベルトは微笑んだ。

「ですが昔のことです。今の私とはなんの関係もない女性です。貴女が不安に思うことはなにもありませんよ」

 まだ婚約して日が浅い。
 そんな言葉でイザベリータを誤魔化せるとは思っていなかったが、実際彼女の表情は曇ったままだ。
 結婚して、今は成人前だからと後見人の伯爵が管理している彼女名義の個人財産を遺産として受け取るのがアルベルトになるまでは、どんなに面倒でも機嫌を取らなくてはいけない。嫌々ながらも口を開こうとしたとき、一瞬早くイザベリータが呟いた。
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