1 / 10
第一話 お茶会
しおりを挟む
季節の花が風に揺れている。
侯爵令息アルベルトは、王都伯爵邸の中庭でお茶を楽しんでいた。
伯爵家の前妻の娘イザベリータと婚約したからだ。アルベルトとイザベリータはいつつ違う。アルベルトのほうが年上だ。
この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園は三年制だ。
ふたりは同時期に在学していたことはない。
だからイザベリータは、アルベルトがどうして前の婚約を解消されたのかを知らない。――知らないはずだった。
「アルベルト様、カテナという女性をご存じですか?」
突然聞かれて、アルベルトは驚きを飲み込んだ。表情には出さなかったはずだ。
よく考えてみれば、イザベリータがアルベルトの過去について小耳に挟んだとしても不思議はない。
後妻の産んだひとつ年下の異母弟に悪評を流されたせいで学園に友達がいなくても、いやむしろだからこそ悪意に満ちた情報で苦しめてやろうという輩がいるに違いない。
アルベルトの同級生が卒業していても教員の多くは変わらないし、兄や姉から話を聞いたものもいるだろう。
イザベリータには逃げる場所がない。
彼女の母親は裕福な商家出身の平民だった。
その実家は借金まみれだった伯爵家に食い潰されて、今はない。
いや、イザベリータの祖父母は優秀だった。
伯爵家の尻拭いを押しつけられながらも商家は発展していたのだ。
その発展していた商家が今はなくなっているのはイザベリータの母親の病死後、相次いで祖父母も不自然な事故で亡くなったからだ。本来ならイザベリータが受け継ぐはずだった家は、後見人という名目で管理する権利を得た父親の伯爵が、昔からの愛人だった後妻とともに食い潰した。
なので、今はない、のだ。
その伯爵の後妻が、アルベルトの叔母だった。
アルベルトの祖母の死後に、祖父が下働きの女に誘惑されて作った子どもだ。
父はそう言っているし、アルベルト自身もそんなものだろうと考えている。
五年前、アルベルトがカテナとのことが原因で当時の婚約が解消になったとき、父は息子が自分の異母妹の同類だと罵った。
だが、それは違う。
アルベルトとカテナの間にあるのは真実の愛だ。祖父と下働きの女の関係とは違うし、婚約者のいる同士で乳繰り合って婚約を破棄された叔母と伯爵達とも違う。窘められても関係を続け、遂には愛人になり果てた叔母は侯爵家から絶縁されていた。
「……知っています」
その大切な真実の愛を穢したくない。
穢したくはないけれど、このままでは生きていけない。
アルベルトの家は二十年ほど前の叔母の不始末で借金持ちになった。その借金を返しかけたときに、アルベルトとカテナの件で援助してくれていた家に見捨てられた。伯爵が後見人という立場を悪用して実の娘から略奪した富でもなければ、爵位を返上して平民になるしかない。
そして、平民になったとしても借金自体が消えるわけではない。
爵位を返上という形で国に買い取ってもらい、領地を始めとする不動産を売り払っても積み重なった借金をすべて返済することはできない。
平民になったら平民になったで、働きづめの毎日が待つだけだ。
そんな人生は真っ平だから、苦い気持ちを飲み込んでアルベルトは微笑んだ。
「ですが昔のことです。今の私とはなんの関係もない女性です。貴女が不安に思うことはなにもありませんよ」
まだ婚約して日が浅い。
そんな言葉でイザベリータを誤魔化せるとは思っていなかったが、実際彼女の表情は曇ったままだ。
結婚して、今は成人前だからと後見人の伯爵が管理している彼女名義の個人財産を遺産として受け取るのがアルベルトになるまでは、どんなに面倒でも機嫌を取らなくてはいけない。嫌々ながらも口を開こうとしたとき、一瞬早くイザベリータが呟いた。
侯爵令息アルベルトは、王都伯爵邸の中庭でお茶を楽しんでいた。
伯爵家の前妻の娘イザベリータと婚約したからだ。アルベルトとイザベリータはいつつ違う。アルベルトのほうが年上だ。
この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園は三年制だ。
ふたりは同時期に在学していたことはない。
だからイザベリータは、アルベルトがどうして前の婚約を解消されたのかを知らない。――知らないはずだった。
「アルベルト様、カテナという女性をご存じですか?」
突然聞かれて、アルベルトは驚きを飲み込んだ。表情には出さなかったはずだ。
よく考えてみれば、イザベリータがアルベルトの過去について小耳に挟んだとしても不思議はない。
後妻の産んだひとつ年下の異母弟に悪評を流されたせいで学園に友達がいなくても、いやむしろだからこそ悪意に満ちた情報で苦しめてやろうという輩がいるに違いない。
アルベルトの同級生が卒業していても教員の多くは変わらないし、兄や姉から話を聞いたものもいるだろう。
イザベリータには逃げる場所がない。
彼女の母親は裕福な商家出身の平民だった。
その実家は借金まみれだった伯爵家に食い潰されて、今はない。
いや、イザベリータの祖父母は優秀だった。
伯爵家の尻拭いを押しつけられながらも商家は発展していたのだ。
その発展していた商家が今はなくなっているのはイザベリータの母親の病死後、相次いで祖父母も不自然な事故で亡くなったからだ。本来ならイザベリータが受け継ぐはずだった家は、後見人という名目で管理する権利を得た父親の伯爵が、昔からの愛人だった後妻とともに食い潰した。
なので、今はない、のだ。
その伯爵の後妻が、アルベルトの叔母だった。
アルベルトの祖母の死後に、祖父が下働きの女に誘惑されて作った子どもだ。
父はそう言っているし、アルベルト自身もそんなものだろうと考えている。
五年前、アルベルトがカテナとのことが原因で当時の婚約が解消になったとき、父は息子が自分の異母妹の同類だと罵った。
だが、それは違う。
アルベルトとカテナの間にあるのは真実の愛だ。祖父と下働きの女の関係とは違うし、婚約者のいる同士で乳繰り合って婚約を破棄された叔母と伯爵達とも違う。窘められても関係を続け、遂には愛人になり果てた叔母は侯爵家から絶縁されていた。
「……知っています」
その大切な真実の愛を穢したくない。
穢したくはないけれど、このままでは生きていけない。
アルベルトの家は二十年ほど前の叔母の不始末で借金持ちになった。その借金を返しかけたときに、アルベルトとカテナの件で援助してくれていた家に見捨てられた。伯爵が後見人という立場を悪用して実の娘から略奪した富でもなければ、爵位を返上して平民になるしかない。
そして、平民になったとしても借金自体が消えるわけではない。
爵位を返上という形で国に買い取ってもらい、領地を始めとする不動産を売り払っても積み重なった借金をすべて返済することはできない。
平民になったら平民になったで、働きづめの毎日が待つだけだ。
そんな人生は真っ平だから、苦い気持ちを飲み込んでアルベルトは微笑んだ。
「ですが昔のことです。今の私とはなんの関係もない女性です。貴女が不安に思うことはなにもありませんよ」
まだ婚約して日が浅い。
そんな言葉でイザベリータを誤魔化せるとは思っていなかったが、実際彼女の表情は曇ったままだ。
結婚して、今は成人前だからと後見人の伯爵が管理している彼女名義の個人財産を遺産として受け取るのがアルベルトになるまでは、どんなに面倒でも機嫌を取らなくてはいけない。嫌々ながらも口を開こうとしたとき、一瞬早くイザベリータが呟いた。
1,609
あなたにおすすめの小説
侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?
碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。
しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
私より幼馴染を選んだ婚約者に別れを告げたら謝罪に来ましたが、契約を守れない貴族とは取引しませんので
藤原遊
恋愛
祖父が創立した大商会で、跡継ぎとして働いている私。
けれど婚約者は、私より幼馴染を選びました。
それなら構いません。
婚約という契約を守れない相手と、これ以上関係を続けるつもりはありませんから。
祖父の商会は隣国と新たな取引を始めることになりました。
――その途端、なぜか元婚約者が謝罪に来るようになりましたが、もう遅いです。
王子の婚約者は逃げた
ましろ
恋愛
王太子殿下の婚約者が逃亡した。
13歳で婚約し、順調に王太子妃教育も進み、あと半年で結婚するという時期になってのことだった。
「内密に頼む。少し不安になっただけだろう」
マクシミリアン王子は周囲をそう説得し、秘密裏にジュリエットの捜索を命じた。
彼女はなぜ逃げたのか?
それは───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる