あなたが言ったのに

豆狸

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第二話 侯爵令息の不安

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「……やはりそうでしたか。だれかがアルベルト様の評判を落とそうとしているのですね」
「はい?」

 俯いたイザベリータの視線が、そっと伯爵邸のほうへ向かう。
 今日は彼女の父親である伯爵も後妻も異母弟も館にいる。
 訪問したときにアルベルトは歓迎を受けた。

 普段はイザベリータを離れに閉じ込め、学園に通学するとき以外は軟禁状態にしていることが嘘であるかのように、前妻の産んだ娘の婚約を祝福していた。
 アルベルトが父である侯爵にこのことを伝えたら、彼はきっと伯爵夫人異母妹の絶縁を解くだろう。
 父は不貞こそ嫌っているものの、根は優しいお人好しなのだ。異母妹を絶縁したことで今でも悩んでいる。侯爵家での扱いに不満があったから、決められた婚約者を裏切って不貞をしたのではないかと。

 叔母を見下しているアルベルトだが、夫である伯爵とともにこの婚約を持ち込んだのは彼女だった。
 伯爵家に入る前は下町で囲われていた彼女は、アルベルトの愛するカテナと知り合いだったのである。
 アルベルトよりひとつ下のカテナは、侯爵家で下働きになる前は家族と下町に住んでいたし、首になった後もアルベルトに囲われて下町に住んでいる。

 両親である侯爵夫妻の支援があるわけもなく、アルベルトは借金をして彼女を囲っていた。
 叔母は甥のそんな境遇につけ込んできたのだ。
 この婚約は今のところ伯爵による一方的なもので、アルベルトはこれから領地にいる両親に手紙を書いて許可を得なくてはいけない。

 その際、叔母を持ち上げるように、とも言われていた。
 疎ましいが受け入れるしかなかった。
 真実の愛には金がかかるのだ。

 母親の死後、イザベリータが軟禁状態にあることをアルベルトは知っている。
 彼女本人に打ち明けられたわけではない。
 伯爵と叔母に教えられたのだ。

 イザベリータには逃げる場所がないのだ、と。
 母親の実家は滅んだ。
 父親である伯爵とその愛人後妻が滅ぼした。

 伯爵邸では軟禁状態で、彼女の母親が平民だったことをいとう使用人には存在しないものとして扱われている。
 イザベリータの母親が嫁いでこなければ、伯爵家の使用人達は路頭に迷っていたのに、だ。
 学園では周囲に距離を置かれている。

 異母弟ダビドが悪評をばら撒いたからだ。
 真偽など意味はない。それが明らかな嘘だとわかっていても多くの人間は自分が得するほうにつく。
 当時の侯爵家の当主を惑わした祖母と、伯爵家の跡取りを惑わして自分を産んだ母親を持つダビドは蠱惑的な見た目を持つ上に、嘘と一緒に父親が異母姉イザベリータから奪った金もばら撒いていた。

 そういえば、イザベリータの背後に立って給仕をしている侍女はダビドの愛人らしい。
 彼女はイザベリータ付きの侍女として侯爵家にも来る予定だ。
 イザベリータの命と財産を奪う計画の協力者は、今はアルベルトになんの助けも出そうとしていない。

 アルベルトの心に不安がぎった。

 イザベリータを殺した後、この侍女はちゃんとアルベルトに都合の良い証言をしてくれるのだろうか。
 約束はしている。しかし悪党同士の約束にどれだけの価値があるものか。
 案外カテナの名前だって、この侍女がイザベリータに教えたのかもしれない。

「イザベリータ。カテナという名前をどちらからお聞きになったのですか?」
「ご本人からですわ」
「はい?」
「ご本人が学園に現れて教えてくれましたの。学園に忍び込むための抜け穴は、アルベルト様にお聞きしたのだと言われてましたわ」
「そう……ですか」

 アルベルトには覚えがあった。
 確かに学園在学中、カテナに校内へ侵入するための抜け穴を教えた。
 当時のアルベルトは侯爵家を援助してくれている家の令嬢と婚約していた。自分が借金返済のために売られたような気がしていて、呼び寄せたカテナと学園内で睦み合うことで婚約者を愚弄していたつもりだったのだ。

 結局警備員に見つかってアルベルトは厳重注意を受けた。
 カテナが捕まっていたら、部外者を連れ込んだ罪で退学になっていたかもしれない。そうなっていたら、貴族家の当主になる資格を失っていただろう。
 貴族家の当主になるには学園の卒業資格が必要なのだ。

 上手くカテナが逃げてくれたおかげで、そのときのアルベルトの相手は学園のだれかだと思われている。
 それでも婚約解消における騒ぎで、アルベルトの本命は下町に住む平民のカテナだと広く知られてしまっているのだが。
 カテナが捕まらなかったので抜け穴の存在は今も知られていないはずだ。

(きちんと計画を説明したのに、それでも嫉妬が抑えられなかったのだろうか。好きでもない女の機嫌を取っているのは、カテナに豊かな暮らしをさせてやりたいからなのに)

 アルベルトは、真実の愛の相手のはずのカテナの存在を少しだけ重たく感じた。
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