あなたが言ったのに

豆狸

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第六話 二度目の、その前に

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「こんなことをしても幸せにはなれませんよ!」

 私の叫びを、そのときのアルベルト様は鼻で笑っていたのでしょう。

「なるさ。私はカテナと幸せになる。真実の愛さえあれば、ひとは幸せになれるのだ。……叔母上と結ばれた君の父親だってそう思っている」

 それは本当なのかもしれません。
 屋根裏に閉じ込められる前に見た、私の花嫁衣裳を着た女性のことを思い出します。
 きっとあの方がカテナという女性なのでしょう。ヴェールをつけていても覗く口元が幸せそうに弧を描いていました。

 領地へ戻られるアルベルト様のご両親と別れて侯爵邸へ来て、寝室で花嫁衣裳から着替えた後で、館を案内してくださるという彼と一緒にここへ来ました。
 突き飛ばされて床に倒れこみ、扉を閉められて今の状態です。
 最初からそういう予定だったのでしょう。

 目当ては神殿に預けてある私名義の個人財産でしょうか。
 学園を卒業してすぐに結婚式だったので手続きはなにもしていません。
 ですが、アルベルト様は神殿で認められた私の正式な夫です。私が亡くなれば、財産は彼のものになるでしょう。

 後妻の実家である侯爵家は財政が苦しいと聞いています。
 私が伯爵家の当主になるのだと思っていたのですもの。
 異母弟ダビドの悪意に巻き込まないよう友人達から距離を置いていても、他家の情報は集めていました。財政が苦しくなった原因は、五年前のアルベルト様の不貞と二十年ほど前の後妻の不貞です。同じ血筋なら直系でなくても似るものなのでしょうか。

「……」

 諦めた私が沈黙していたら、少しだけ話し声がした後で足音が遠ざかっていきました。
 振り返って屋根裏部屋の窓を見ます。
 板を打ちつけて開かないようにしていますし、面しているのは表の通りから離れた裏庭でしょう。貴族の家では平均的な造りです。指を血まみれにして板を剥がしても、外に向けて叫ぶ私の声はだれにも届かないということです。

 両手にすっぽりと入るくらいの大きさの木製の小鳥を思い出します。
 花嫁道具とともに侯爵邸に運ばれたはずですが、私があの鳥と再会する日は二度と来ないでしょう。
 たったひとつのお母様の形見……

 お母様のことを考えます。
 配達員に指名されて、届け先の伯爵邸で父がわざと商品で自分につけた傷の責任を取らされて結婚させられたお母様。お母様は本当に病死だったのでしょうか。
 祖父母の死だって、事故は事故でも仕組まれたものだったのかもしれません。

 考えていると復讐したいという炎が胸に燃え立ちました。
 でも……一瞬で消え失せました。
 お母様や祖父母のことが大切でないわけではありません。父や義母、異母弟達が憎くないわけではありません。

 だけど疲れてしまったのです。
 寸法の合わない花嫁衣裳で半日過ごしていたこともあり、叫んで助けを呼ぶ気力も、窓や扉を叩き続ける体力もありません。
 義母が予算を着服して中古の花嫁衣裳を購入したのかと思っていましたが、アルベルト様が真実の愛のお相手に合わせて注文なさっていたのですね。結婚が決まって突然つけられた専属侍女は異母弟の愛人です。どんなに不自然なことも口裏を合わせるに違いありません。

 私はもう疲れてしまいました。
 こんなことなら二年前、ファビオ兄様と駆け落ちすれば良かったと思います。
 大神官のファビオ小父様と同じ名前の兄様は、お母様の親友の息子で幼なじみで……私の初恋の人でした。

 いいえ。ひとりで自嘲します。
 駆け落ちなんて誘われていません。
 ファビオ兄様は私に大丈夫? と聞いてくれただけでした。

 伯爵家の跡取りとして頑張ると告げた私に、そう、とだけおっしゃって卒業なさいました。
 それから連絡はありません。
 父や義母が処分していたのではなく、実際になんの便りもなかったのかもしれません。駆け落ちしたかったというのは私の勝手な望みです。逃げても良いのよ、と言ってくださったのは亡くなる前のお母様で、ファビオ兄様ではありませんでした。

 私はどうしたら良かったのでしょう?
 伯爵家の継承権を捨てて市井に降りる?
 確かに平民の成人は学園入学時の年齢です。すぐに私名義の個人財産を使えるようになるでしょう。

 もっともそれは無理な話です。
 父と義母の再婚は認められたものの、不貞状態で生を受けた異母弟の伯爵家継承は許されていませんでした。
 ええ、今もそうです。子どもに罪はないからこそ、親が考えて行動するべきですよね。

 なにより父が、後見人という立場なら利子が運用できる娘名義の個人財産を手離すはずがありません。
 ファビオ兄様のご家族に頼っても、平民の彼らが罪に落とされるだけです。
 お母様が父と結婚させられたときのように。

 意識が朦朧としていきます。
 合わない花嫁衣装、結婚式の緊張、閉じ込められた驚きとこれまでの疲れ……弱い私は意識を手離しました。
 もう疲れてしまったのです。ああ、でも最後にファビオ兄様の笑顔を夢見るくらいは許してください。夫に殺されるのですから、結婚したことなんて無効でしょう?

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 意識が消えて気がつくと、私の部屋でした。
 王都伯爵邸の離れです。
 扉の鍵は外からかけられていて、学園へ行くときと帰ったときに父が開け閉めしています。

 私は自分が眠っていた寝台横の小机の引き出しを開けました。
 木製の小鳥がありました。お母様の形見で私の宝物です。
 両手で握りしめて考えます。

「……今のはなんだったのかしら? 悪夢? 予知夢? 確かに父なら私を嫁がせた後で殺して、異母弟ダビドを跡取りにしようとするかもしれませんね。この家の外で始末すれば自分は疑われにくいでしょうし」

 とはいえ、あの父が私名義の個人財産を夫に与えたりするでしょうか。
 でも、もし父が財産の件で神殿に顔向けできないことをしていたとしたら、一時的にでも夫だった人間のものにすることで、自分の罪を誤魔化そうとするかもしれません。
 誤魔化すために利用された夫は、ほど良いときに始末されるのでしょうね。

「そういえば私を殺す気だと白状する前に、おふたりはいろいろおっしゃっていましたね」

 夢の中の夫とその真実の愛のお相手の会話を思い出します。
 ふたりは言っていました。
 夫の学園在学中からの仲で、校内に忍び込んで愛し合ったこともあるのだと。

「それに……義母は父の愛人になったときに縁を切られたと言っても侯爵令嬢です。侯爵令息だった私の夫がいなくなれば、血筋的にダビドにもお零れが生じるのでは?」

 私は考え続けました。
 ただの夢かもしれません。だけど未来の光景だったのだとしたら、あるいは実際に起こって時間が戻ったのだとしたら、情報は無駄にはなりません。
 私は、握りしめた小鳥の首が落ちるまで考え続けました。
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