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第五話 一度目の、その後で
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「こんなことをしても幸せにはなれませんよ!」
花嫁イザベリータの言葉を、そのときのアルベルトは鼻で笑った。
「なるさ。私はカテナと幸せになる。真実の愛さえあれば、ひとは幸せになれるのだ。……叔母上と結ばれた君の父親だってそう思っている」
アルベルトは廊下でカテナの腰を抱いていて、イザベリータは扉の向こうにいた。
王都侯爵邸の屋根裏部屋だ。
このまま水と食事を断って殺す予定だった。毒を使うという案も出ていたが、彼女を可愛がっているファビオとかいう大神官に怪しまれたら遺体を調べられるかもしれないので、飢えと渇きで殺すことになったのだ。
三日間水を飲まなければ人は死ぬ。
最後の日は近いだろう。
初夜にアルベルトがカテナのことを打ち明けたら、過去のことなのに嫉妬したイザベリータが屋根裏部屋に閉じこもった、という話にする。伯爵家から来た侍女もそう証言してくれる約束だ。
王都の貴族が婚礼をおこなうにしては小さく寂れた神殿での式の後、領地から来ていたアルベルトの両親はすぐに戻っていった。
新婚の間はふたりっきりで過ごしたいとアルベルトが頼んだからだ。
彼らは息子と伯爵の計画を知らない。
小さな神殿で式をしたのは目立つことで自分の過去の醜聞を蒸し返したくなかったからだ、と告げたアルベルトの言葉を信じている。
異母妹を忌み嫌っていた父は、イザベリータを大切にする彼女の姿にこの結婚を認めた。アルベルトの口添えも役に立ったことだろう。
イザベリータ本人は、もう自分は伯爵家を出るのだからと、波風を立てないように黙っていたのだと思われる。――殺されるとも知らないで。
両親はアルベルトの結婚と、自分達が異母妹と和解できたことを心から喜んでいた。
アルベルトが侯爵家の下働きだったカテナとつき合い始めてから、見ることのなかった笑みを浮かべていた。
主家の跡取りを誘惑した不埒ものなので、カテナはとっくに侯爵家を追い出されている。とはいえ男女のことだ。侯爵夫妻は息子にも問題があったと考えて、カテナを罪人として突き出すまではしなかった。
今、カテナはアルベルトの隣にいる。
借金だらけの侯爵家でも、爵位が高いというだけで金を貸してくれる人間はいる。
アルベルトは自分が侯爵令息であることを目いっぱい利用して、カテナを下町で囲っていた。利子すら返せず膨らむ一方のその借金は、イザベリータの死後に夫であるアルベルトが受け継ぐ彼女名義の個人財産で返却するつもりだ。
「……」
扉の向こうが静かになった。
懸命だ。この家でどんなに騒いでも助けは現れない。
裏庭に面した屋根裏部屋の窓は閉じられ、板を打ちつけられている。今の侯爵邸には跡取りのアルベルトしか暮らしていないため、数少ない使用人達はこの屋根裏部屋での物音が聞こえない場所にしかいない。
イザベリータは諦めたのだろう。
母親が亡くなって父親が再婚し、支えてくれていた母親の親友一家と引き離され、学園では異母弟に悪評をばら撒かれて人間関係を奪われた。
それでも唯一の嫡子だからと跡取り教育を頑張っていたのに、いきなり婚約者を決められて嫁がされた。貴族令嬢に生まれたのだから、と結婚を受け入れたら、夫は父親と組んで自分を殺害しようとしている。心が折れるのは当然だ。
アルベルトはカテナを抱きしめてキスをした。
イザベリータが亡くなったら、葬儀のため領地に連絡して両親を呼ばなければいけない。
真実の愛の相手であるカテナとの蜜月は、ひとまずそれまでだ。両親がいなくなるまでは、本当の蜜月は訪れない。
侯爵邸の使用人達はアルベルトの味方ではないけれど、逆らって正義を為しても得することはない。
そもそも彼らにはヴェールを被ったカテナを花嫁だと思わせている。
イザベリータの死後、真実に気がついても脅せば口を噤むだろう。最初から知っていて黙っていたのだとアルベルトに言われたら、侯爵夫妻の罰を受けることは間違いない。それは嫌なはずだ。
「ねえアル。いつまでこんなところにいるの?」
「ああ、そうだな。夫に殺される惨めな女なんか放っておいて、私達は愛を確かめに行こう」
「うふふ」
アルベルトはカテナと寝室へ向かい、真実の愛を貪った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「この屑がっ!」
侯爵が牢の鉄格子を殴る。
イザベリータの死後、殺人犯として摘発されたアルベルトは廃嫡されて平民牢に入れられていた。左右の牢にいるのは粗暴で下劣な犯罪者なので、母である侯爵夫人は面会に来ていない。
アルベルトが捕まったのは、伯爵家から来たイザベリータの侍女が通報したからだ。
「ち、違うのです、父上! これは伯爵が企んで、私を巻き込んだことなのです。伯爵家でイザベリータは冷遇されていて、邪魔な彼女を排除するために私が利用されたのです」
「イザベリータの家族はみんな仲が良く、彼女も生さぬ仲の前妻の娘を大切にしていると言ったのはお前だろうがっ! だから私は絶縁を解いたのだぞ」
「そう言えと命じられていたのです」
「侯爵家の跡取りが伯爵に命じられたのか? まだ爵位を継いでいないからといって、侯爵家の人間としての矜持すら持ち合わせていなかったとは驚いたぞ。……今さらか」
「父上ッ!」
侯爵は長い溜息をついた。
「裏でなにがあったとしてもイザベリータ嬢に手をかけたのはアルベルト、お前だ。愛人を囲うための金目当ての悪辣な結婚詐欺と殺人事件の犯人として、お前は死刑になる」
「違います、父上ッ! 私は利用されただけなのです」
「……今のお前が嘘つきなら良いと思うよ」
「父上……?」
「お前がいなくなるのだから侯爵家には跡取りが必要だ。私達は伯爵家のダビドを養子に取ることにした。伯爵家は彼の子どもが継ぐことになるだろう。私達の養子になった時点で、あの子は不貞の子ではなくなるのだから。今のお前が真実を口にしているのだとしたら、侯爵家は嫡子を冷遇する屑の血筋を迎え入れることになるな。……跡取りが屑なのは今も昔も変わらないか」
別れの言葉を告げて、侯爵はアルベルトに背中を向けた。
もう裁判は終わっている。
父が言ったとおり悪辣な犯行と見做されていたので、弁護士もアルベルトの減刑を要求できなかった。
「父上、お待ちください! 父上ッ」
どんなに呼びかけても父は息子に振り返らなかった。
カテナは一度も面会に来ていない。
そもそもイザベリータの死後に彼女を侯爵邸から出して以降、顔を見ていないのだ。
(伯爵令嬢を殺したのは、ふたりで幸せになるためだったのに……)
真実の愛は、どうやらアルベルトを幸せにはしてくれなかったらしい。
花嫁イザベリータの言葉を、そのときのアルベルトは鼻で笑った。
「なるさ。私はカテナと幸せになる。真実の愛さえあれば、ひとは幸せになれるのだ。……叔母上と結ばれた君の父親だってそう思っている」
アルベルトは廊下でカテナの腰を抱いていて、イザベリータは扉の向こうにいた。
王都侯爵邸の屋根裏部屋だ。
このまま水と食事を断って殺す予定だった。毒を使うという案も出ていたが、彼女を可愛がっているファビオとかいう大神官に怪しまれたら遺体を調べられるかもしれないので、飢えと渇きで殺すことになったのだ。
三日間水を飲まなければ人は死ぬ。
最後の日は近いだろう。
初夜にアルベルトがカテナのことを打ち明けたら、過去のことなのに嫉妬したイザベリータが屋根裏部屋に閉じこもった、という話にする。伯爵家から来た侍女もそう証言してくれる約束だ。
王都の貴族が婚礼をおこなうにしては小さく寂れた神殿での式の後、領地から来ていたアルベルトの両親はすぐに戻っていった。
新婚の間はふたりっきりで過ごしたいとアルベルトが頼んだからだ。
彼らは息子と伯爵の計画を知らない。
小さな神殿で式をしたのは目立つことで自分の過去の醜聞を蒸し返したくなかったからだ、と告げたアルベルトの言葉を信じている。
異母妹を忌み嫌っていた父は、イザベリータを大切にする彼女の姿にこの結婚を認めた。アルベルトの口添えも役に立ったことだろう。
イザベリータ本人は、もう自分は伯爵家を出るのだからと、波風を立てないように黙っていたのだと思われる。――殺されるとも知らないで。
両親はアルベルトの結婚と、自分達が異母妹と和解できたことを心から喜んでいた。
アルベルトが侯爵家の下働きだったカテナとつき合い始めてから、見ることのなかった笑みを浮かべていた。
主家の跡取りを誘惑した不埒ものなので、カテナはとっくに侯爵家を追い出されている。とはいえ男女のことだ。侯爵夫妻は息子にも問題があったと考えて、カテナを罪人として突き出すまではしなかった。
今、カテナはアルベルトの隣にいる。
借金だらけの侯爵家でも、爵位が高いというだけで金を貸してくれる人間はいる。
アルベルトは自分が侯爵令息であることを目いっぱい利用して、カテナを下町で囲っていた。利子すら返せず膨らむ一方のその借金は、イザベリータの死後に夫であるアルベルトが受け継ぐ彼女名義の個人財産で返却するつもりだ。
「……」
扉の向こうが静かになった。
懸命だ。この家でどんなに騒いでも助けは現れない。
裏庭に面した屋根裏部屋の窓は閉じられ、板を打ちつけられている。今の侯爵邸には跡取りのアルベルトしか暮らしていないため、数少ない使用人達はこの屋根裏部屋での物音が聞こえない場所にしかいない。
イザベリータは諦めたのだろう。
母親が亡くなって父親が再婚し、支えてくれていた母親の親友一家と引き離され、学園では異母弟に悪評をばら撒かれて人間関係を奪われた。
それでも唯一の嫡子だからと跡取り教育を頑張っていたのに、いきなり婚約者を決められて嫁がされた。貴族令嬢に生まれたのだから、と結婚を受け入れたら、夫は父親と組んで自分を殺害しようとしている。心が折れるのは当然だ。
アルベルトはカテナを抱きしめてキスをした。
イザベリータが亡くなったら、葬儀のため領地に連絡して両親を呼ばなければいけない。
真実の愛の相手であるカテナとの蜜月は、ひとまずそれまでだ。両親がいなくなるまでは、本当の蜜月は訪れない。
侯爵邸の使用人達はアルベルトの味方ではないけれど、逆らって正義を為しても得することはない。
そもそも彼らにはヴェールを被ったカテナを花嫁だと思わせている。
イザベリータの死後、真実に気がついても脅せば口を噤むだろう。最初から知っていて黙っていたのだとアルベルトに言われたら、侯爵夫妻の罰を受けることは間違いない。それは嫌なはずだ。
「ねえアル。いつまでこんなところにいるの?」
「ああ、そうだな。夫に殺される惨めな女なんか放っておいて、私達は愛を確かめに行こう」
「うふふ」
アルベルトはカテナと寝室へ向かい、真実の愛を貪った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「この屑がっ!」
侯爵が牢の鉄格子を殴る。
イザベリータの死後、殺人犯として摘発されたアルベルトは廃嫡されて平民牢に入れられていた。左右の牢にいるのは粗暴で下劣な犯罪者なので、母である侯爵夫人は面会に来ていない。
アルベルトが捕まったのは、伯爵家から来たイザベリータの侍女が通報したからだ。
「ち、違うのです、父上! これは伯爵が企んで、私を巻き込んだことなのです。伯爵家でイザベリータは冷遇されていて、邪魔な彼女を排除するために私が利用されたのです」
「イザベリータの家族はみんな仲が良く、彼女も生さぬ仲の前妻の娘を大切にしていると言ったのはお前だろうがっ! だから私は絶縁を解いたのだぞ」
「そう言えと命じられていたのです」
「侯爵家の跡取りが伯爵に命じられたのか? まだ爵位を継いでいないからといって、侯爵家の人間としての矜持すら持ち合わせていなかったとは驚いたぞ。……今さらか」
「父上ッ!」
侯爵は長い溜息をついた。
「裏でなにがあったとしてもイザベリータ嬢に手をかけたのはアルベルト、お前だ。愛人を囲うための金目当ての悪辣な結婚詐欺と殺人事件の犯人として、お前は死刑になる」
「違います、父上ッ! 私は利用されただけなのです」
「……今のお前が嘘つきなら良いと思うよ」
「父上……?」
「お前がいなくなるのだから侯爵家には跡取りが必要だ。私達は伯爵家のダビドを養子に取ることにした。伯爵家は彼の子どもが継ぐことになるだろう。私達の養子になった時点で、あの子は不貞の子ではなくなるのだから。今のお前が真実を口にしているのだとしたら、侯爵家は嫡子を冷遇する屑の血筋を迎え入れることになるな。……跡取りが屑なのは今も昔も変わらないか」
別れの言葉を告げて、侯爵はアルベルトに背中を向けた。
もう裁判は終わっている。
父が言ったとおり悪辣な犯行と見做されていたので、弁護士もアルベルトの減刑を要求できなかった。
「父上、お待ちください! 父上ッ」
どんなに呼びかけても父は息子に振り返らなかった。
カテナは一度も面会に来ていない。
そもそもイザベリータの死後に彼女を侯爵邸から出して以降、顔を見ていないのだ。
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真実の愛は、どうやらアルベルトを幸せにはしてくれなかったらしい。
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