あなたが言ったのに

豆狸

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第四話 大神官

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 妖精のように美しい大神官ファビオが、アルベルトに向けて笑みを浮かべる。

「初めまして、アルベルト殿。今日はうちの神殿に来てくれて嬉しいよ。イザベリータは私の……姪のようなものだからね」
「ありがとうございます。でも小父様に会いに来たのではありませんのよ。私名義の個人財産の元金に関する手続きは、この神殿でないとできないからですわ」
「イザベリータ?」

 彼女は真剣な表情でアルベルトを見つめた。

「アルベルト様。確かに私は学園卒業前の未成人です。でも学園入学時にある程度の権限は得ていますし、卒業してすぐに事業を始めようとしていたら卒業前から資産運用の準備をしていなければ間に合いません。……私は、自分になにかあったときの個人財産の受取人を父ではなく、貴方に変更するためにここへ来たのです」
「お嬢様、なにを莫迦なことを!」
「あら、結婚式までにもの。婚約者になにかを遺しておきたいと思うのは当然のことですし、私の権利ですわ」

 イザベリータは慌てた様子の侍女に微笑んだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 イザベリータは受取人変更の際に侍女が同行するのを嫌がった。
 そうは言っても貴族令嬢が、ふたりの男性と密室に籠るわけにはいかない。
 神殿長の執務室には、アルベルト達三人のほかに老齢の女性神官が呼ばれていた。

「本当に今日中に手続きをしていただけるのですか? 急に来てお願いしましたのに、申し訳ございません」

 イザベリータが、神殿に来たときに侍女の目を盗んで近くの神官に手紙を渡していたのをアルベルトは思い出した。
 大神官に個人財産の手続きについて頼みたいという届け出だったのに違いない。
 王都一大きな神殿の神殿長を務める大神官なのだから多忙だろうに、よく受け入れてくれたものだと感心する。実際のところ彼女がなにを企んでいても今日だけではなにもできないと考えて見逃したのだが。そんなアルベルトをちらりと見て、大神官はイザベリータに答えた。

「かまわないよ。私も君に会って確かめたいことがあったからね。……これまで、伯爵に委任状を預けて元金を動かしてほしいと頼んだことはあるかい?」

 イザベリータは首を横に振った。

「それではやっぱり偽造だね。伯爵が提出してきた委任状の署名が君の筆跡と違うからおかしいと思ってたんだ。今回の手続きで君の筆跡を確認すれば伯爵の偽造を暴けるだろう。……頼めるかい?」

 大神官が女性神官に視線を送ると、彼女は頷いた。
 神殿で預かっている財産を管理する役目の人間のようだ。
 もしかして、受取人の変更は伯爵の委任状偽造を暴くための嘘だったのかと思ったけれど、その後大神官は普通に受取人変更の手続きを始めた。イザベリータが書類に署名して、アルベルトも続けて署名をして、最後に大神官が確認の印を捺して手続きが終わる。

(流されてしまったが、べつにこれで私に害が及ぶことはないよな? 委任状の偽造は伯爵だけの罪なのだし……)

 アルベルトが考えていると、イザベリータが満足そうに微笑んだ。

「ああ、これでアルベルト様に危害が加えられることはなくなりますわね」
「どういうことだ、イザベリータ」

 驚愕の声を聞いて、彼女の顔色が暗く沈む。

「私、貴方と婚約が結ばれたときからずっと心配だったのです。……殺されるのではないかと思って」

 自分と伯爵の計画に気づかれていたのだろうか。
 一瞬問いかけそうになったものの、アルベルトは堪えた。
 その間にイザベリータが言葉を続ける。

「父が結婚前に私を殺して、それをアルベルト様のせいにするのではないかと思っていたのです。そうしたら私名義の個人財産は後見人の父のものでしょう? 委任状の偽造についての追及がどうなるかはわかりませんけども。先日のカテナと名乗った女性もアルベルト様の評判を下げて、殺人犯でもおかしくないと思わせるためだったのではないかと」
「え? それは……」
「おや、イザベリータは賢い子だと思っていたけど、そこまでしか考えていなかったのかい?」

 アルベルトがイザベリータに尋ねるより早く、大神官が言葉を発した。

「どういうことですの、ファビオ小父様」
「だって君の異母弟は侯爵令嬢の子どもなんだよ? 不貞の関係で生まれた彼が伯爵家の跡取りとして認められることは難しい。でも侯爵家の血筋であることは明白だ。先代侯爵は再婚まではしなかったものの、娘を認知して正式な侯爵家の娘と認めているからね。当代侯爵は不貞を働いた異母妹を絶縁したけれど、イザベリータとの婚姻で殊勝なところを見せたら絶縁を解くだろう。……侯爵は優しい人だから」

 大神官が憐れむようにアルベルトを見つめる。

「アルベルト殿が問題を起こして廃嫡される、あるいは亡くなるかした場合、ご両親はイザベリータの異母弟を養子にして侯爵家を継がせるしかないんじゃないかな? 学園在学中にキズがついたアルベルト殿と違って、今のところダビド殿は問題のない令息とされている。侯爵家の爵位を得たなら、財政問題を解決してくれる女性に事欠かなくなるのではないかい?」
「今でもあの子異母弟は女性に人気がありますものね」

 アルベルトは廊下で待っている侍女のことを思った。
 彼女がイザベリータの発言にいなを唱えていたのは、伯爵家で前妻の娘が冷遇されていることだけが理由だったのではないのかもしれない。
 愛する男のために、本来なら主人である貴族令嬢に逆らっていたのだ。

「……もしかしたらアルベルト殿の真実の愛のお相手も……」

 大神官の呟きが耳朶を打ち、アルベルトの背筋を冷たいものが走った。
 あのときカテナが見つかっていたら、自分は侯爵家の当主になる資格を失っていた。
 いや、そんなことはない! とアルベルトは自分自身に言い聞かせる。自分とカテナは真実の愛で結ばれている。彼女が自分を破滅させるために近づいたのだとしたら、あのとき逃げ出さなかったはずだ。

(ああ、でもカテナはなにも知らないまま利用されているのかもしれない。それにカテナが学園に居座ろうとしても、外部の人間の侵入で責任を問われたくなかった警備員に追い出されたのかも……)

 考えれば考えるほど、アルベルトは不安になっていった。
 お茶会で侍女の態度に考えたことを思い出す。
 結婚してイザベリータを殺したとき、侍女は自分に味方しないのではないかと感じた。その感覚は正解だったのではないか?

 アルベルトが学園を退学になっても良し、結婚前にイザベリータが亡くなっても良し、結婚後に殺人犯として当主の資格を失っても良し――それが伯爵の本当の計画だったのかもしれない。
 そう考えていたアルベルトはなぜか、そうであったことを実際に知っているような気持ちになった。
 どうしてなのかはわからない。
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