国王の情婦

豆狸

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第一話 この手で解けゆく雪のように

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 私の初恋は、この王国の王子エドアルド殿下でした。
 婚約者として引き合わされた六歳のとき、太陽の光のような黄金の髪と眩しい大空のような青い瞳を持つ彼にひと目惚れをしたのです。
 今にして思えば、私は殿下に父であるグレコ公爵を重ねていたのかもしれません。

 数代前に王家から分かれたグレコ公爵家の人間は、王家の人間ととてもよく似ています。
 私と母を王都にある公爵邸の離れに閉じ込めて、黄金の髪と青い瞳を持つ父は本館で愛人とその娘と幸せそうに暮らしていました。
 最初から実家のレオーネ公爵家を乗っ取るつもりで母を娶った父からの愛は望むべくもありませんが、婚約者であるエドアルド殿下なら私を愛してくださるかもしれないと思ったのかもしれません。

 けれど残念ながら、エドアルド殿下の愛が私に向けられることはありませんでした。
 殿下はグレコ公爵家よりも何世代も前に王家から分かれたレオーネ公爵家特有の赤い髪と琥珀の瞳を持つ私を憎々し気に睨みつけた後、ご自分と同じ黄金の髪と青い瞳を持つサタナに微笑みかけたのです。
 サタナは私と同い年の異母妹、父の愛する愛人の産んだ娘です。

 王宮の中庭で放り出された私は、花畑で遊ぶ美しいふたりを見つめることしか出来ませんでした。
 芽生えたばかりの初恋が雪のように儚く消えゆくのを感じながら、ぼんやりと亡くなったばかりの母のことを考えていました。
 殿下も母君である王妃様を亡くされたところだと聞いていました。婚約者として慰め合うことが出来るのではないかと思っていたのですが……

「綺麗な髪だね」

 低い声に振り返ると、そこにはエドアルド殿下がそのまま成長なさったような男性がいらっしゃいました。
 殿下の父君であり、この王国の国王陛下でもあらせられるカンナヴァーロ陛下です。
 私の父グレコ公爵と同い年のはずなのに、とてもお若く見えました。黄金の髪を風になびかせ、青い瞳を煌めかせて、陛下は私を見つめておっしゃいました。

「ああ、瞳も綺麗だ。君の髪も瞳も燃え上がる炎のようだね。なんて美しいんだろう」

 とても優しい、初めて会った方に向けられているとは思えないほど愛の籠った微笑みを向けられていました。
 母が亡くなってから、そんな微笑みを向けられたのは初めてでした。
 葬儀で会ったグレコ公爵には冷たい視線で射られただけです。そもそも母が生きていたころから、父に微笑まれた記憶はありません。

 陛下が昔、私の母の婚約者であったこと。
 先代公爵の庶子としてグレコ公爵家に引き取られた若き日の王妃様に心変わりして、私の母との婚約を破棄なさったこと。
 当代公爵である父が愛人との婚約を解消して母と結婚したこと──それらのことを私が知ったのは、それからかなり後のことでした。
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