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第二話 都合の良い夢を見ているかのように
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十五歳のとき、私は失恋しました。
相手はエドアルド殿下ではありません。
王都にあるグレコ公爵邸へ婚約者同士のお茶会という名目で訪れても、私を無視して異母妹のサタナとばかり笑い合っている殿下に愛を期待し続けていられるほど、私は強くありません。この王国の貴族子女が通う学園に入学しても、殿下の瞳に映るのはサタナだけであることも理解していました。
それでも私は殿下の婚約者でした。
私の母の実家だったレオーネ公爵家、今はもう父のグレコ公爵家に飲み込まれて姿を消した旧レオーネ公爵家は、正当な王家の血筋と言われています。
この王国の建国王は赤い髪と琥珀の瞳を持ち炎の獅子と呼ばれていたのです。黄金の髪と青い瞳を持つ側妃の息子が王となったとき、赤い髪と琥珀の瞳を持つ正妃の娘が祖となったのがレオーネ公爵家の始まりでした。
だから母もカンナヴァーロ陛下の婚約者だったのです。
母との婚約を破棄したことで王家の求心力は低下しました。
二代続けてレオーネ公爵家の血筋を手放すことなど出来るはずがありません。後継が母しかいなかったのでグレコ公爵家に飲み込まれてしまいましたが、レオーネ公爵家自体は裕福で民にも慕われていた貴族家だったのです。
実際私と母を世話してくれていた婆やと爺やは、私がレオーネ公爵家を再興することを望んでいました。彼女達に愛されていることは感じていたものの、期待の重さに苦手意識を持っていました。
その婆やと爺やも、もうこの世にはいません。
十五歳の私を世話してくれていたのは、ふたりの孫のバンビとバルダッサーレでした。
力を持ち、本館の使用人達にも影響を与えかねない婆やと爺やの息子夫婦は、旧レオーネ公爵領に閉じ込められていたのです。
バンビは私よりひとつ下、バルダッサーレは私よりみっつ上で……彼が私の失恋の相手でした。
結ばれることが出来なくても、ずっと側にいてくれると思っていたバルダッサーレは、剣で身を立てたいと言って私のもとから旅立っていったのです。
奇しくもその日は学園に入学予定の貴族子女が参加する、生まれて初めての夜会の日でした。
ドレスもアクセサリーも贈ってくださらなかった婚約者のエドアルド殿下が、私をエスコートしてくださるはずがありません。
けれどバンビはいてくれました。侍女という名目で仕えてもらっているのに、私よりも小さな体で馬車を御して王宮へ向かってくれました。彼女の両親と同じように、レオーネ公爵家関係の大人は遠ざけられていたので、私の側にいるのは彼女とバルダッサーレだけだったのです。
(バンビの忠義に応えなくてはいけないわ)
婚約者のエドアルド殿下がいなくても、私は背筋を伸ばして会場へと入りました。
辺りが静まり返ります。
視界の端に映った殿下とサタナに微笑みかけます。
「素敵なドレスだね」
聞き覚えのある低い声に振り向きます。
今夜のドレスは母の形見の赤いドレスです。バンビが丈を整えてくれました。
そして琥珀を黄金で飾ったアクセサリーを身に着けています。まるで婚約者などいないかのように、私を彩るのは自分自身の色だけでした。
「私は君の婚約者ではないが、最初のダンスのお相手を務める栄誉を与えてもらえるだろうか?」
「喜んで、カンナヴァーロ陛下」
ドレスの裾を摘まんでお辞儀をして、私は陛下と踊りました。
バルダッサーレ以外の男性と踊るのは初めてでした。
バンビ以外の女性と踊ったことはあります。幼いころ、母や婆やと踊ったのです。爺やは腰が痛いと言って踊ってくれませんでした。
練習でないダンスも初めてでした。
陛下はとてもお上手で、私はとても気持ち良く踊ることが出来ました。
優しい微笑みに包まれていると、自分がだれからも愛されている幸せな令嬢のような気持ちになれました。
……都合の良い夢です。
本当の私を愛してくれているのはバンビだけです。
バンビは……愛してくれていますよね?
一曲踊り終わった後、カンナヴァーロ陛下は──
相手はエドアルド殿下ではありません。
王都にあるグレコ公爵邸へ婚約者同士のお茶会という名目で訪れても、私を無視して異母妹のサタナとばかり笑い合っている殿下に愛を期待し続けていられるほど、私は強くありません。この王国の貴族子女が通う学園に入学しても、殿下の瞳に映るのはサタナだけであることも理解していました。
それでも私は殿下の婚約者でした。
私の母の実家だったレオーネ公爵家、今はもう父のグレコ公爵家に飲み込まれて姿を消した旧レオーネ公爵家は、正当な王家の血筋と言われています。
この王国の建国王は赤い髪と琥珀の瞳を持ち炎の獅子と呼ばれていたのです。黄金の髪と青い瞳を持つ側妃の息子が王となったとき、赤い髪と琥珀の瞳を持つ正妃の娘が祖となったのがレオーネ公爵家の始まりでした。
だから母もカンナヴァーロ陛下の婚約者だったのです。
母との婚約を破棄したことで王家の求心力は低下しました。
二代続けてレオーネ公爵家の血筋を手放すことなど出来るはずがありません。後継が母しかいなかったのでグレコ公爵家に飲み込まれてしまいましたが、レオーネ公爵家自体は裕福で民にも慕われていた貴族家だったのです。
実際私と母を世話してくれていた婆やと爺やは、私がレオーネ公爵家を再興することを望んでいました。彼女達に愛されていることは感じていたものの、期待の重さに苦手意識を持っていました。
その婆やと爺やも、もうこの世にはいません。
十五歳の私を世話してくれていたのは、ふたりの孫のバンビとバルダッサーレでした。
力を持ち、本館の使用人達にも影響を与えかねない婆やと爺やの息子夫婦は、旧レオーネ公爵領に閉じ込められていたのです。
バンビは私よりひとつ下、バルダッサーレは私よりみっつ上で……彼が私の失恋の相手でした。
結ばれることが出来なくても、ずっと側にいてくれると思っていたバルダッサーレは、剣で身を立てたいと言って私のもとから旅立っていったのです。
奇しくもその日は学園に入学予定の貴族子女が参加する、生まれて初めての夜会の日でした。
ドレスもアクセサリーも贈ってくださらなかった婚約者のエドアルド殿下が、私をエスコートしてくださるはずがありません。
けれどバンビはいてくれました。侍女という名目で仕えてもらっているのに、私よりも小さな体で馬車を御して王宮へ向かってくれました。彼女の両親と同じように、レオーネ公爵家関係の大人は遠ざけられていたので、私の側にいるのは彼女とバルダッサーレだけだったのです。
(バンビの忠義に応えなくてはいけないわ)
婚約者のエドアルド殿下がいなくても、私は背筋を伸ばして会場へと入りました。
辺りが静まり返ります。
視界の端に映った殿下とサタナに微笑みかけます。
「素敵なドレスだね」
聞き覚えのある低い声に振り向きます。
今夜のドレスは母の形見の赤いドレスです。バンビが丈を整えてくれました。
そして琥珀を黄金で飾ったアクセサリーを身に着けています。まるで婚約者などいないかのように、私を彩るのは自分自身の色だけでした。
「私は君の婚約者ではないが、最初のダンスのお相手を務める栄誉を与えてもらえるだろうか?」
「喜んで、カンナヴァーロ陛下」
ドレスの裾を摘まんでお辞儀をして、私は陛下と踊りました。
バルダッサーレ以外の男性と踊るのは初めてでした。
バンビ以外の女性と踊ったことはあります。幼いころ、母や婆やと踊ったのです。爺やは腰が痛いと言って踊ってくれませんでした。
練習でないダンスも初めてでした。
陛下はとてもお上手で、私はとても気持ち良く踊ることが出来ました。
優しい微笑みに包まれていると、自分がだれからも愛されている幸せな令嬢のような気持ちになれました。
……都合の良い夢です。
本当の私を愛してくれているのはバンビだけです。
バンビは……愛してくれていますよね?
一曲踊り終わった後、カンナヴァーロ陛下は──
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