国王の情婦

豆狸

文字の大きさ
2 / 8

第二話 都合の良い夢を見ているかのように

しおりを挟む
 十五歳のとき、私は失恋しました。
 相手はエドアルド殿下ではありません。
 王都にあるグレコ公爵邸へ婚約者同士のお茶会という名目で訪れても、私を無視して異母妹のサタナとばかり笑い合っている殿下に愛を期待し続けていられるほど、私は強くありません。この王国の貴族子女が通う学園に入学しても、殿下の瞳に映るのはサタナだけであることも理解していました。

 それでも私は殿下の婚約者でした。
 私の母の実家だったレオーネ公爵家、今はもう父のグレコ公爵家に飲み込まれて姿を消した旧レオーネ公爵家は、正当な王家の血筋と言われています。
 この王国の建国王は赤い髪と琥珀の瞳を持ち炎の獅子と呼ばれていたのです。黄金の髪と青い瞳を持つ側妃の息子が王となったとき、赤い髪と琥珀の瞳を持つ正妃の娘が祖となったのがレオーネ公爵家の始まりでした。

 だから母もカンナヴァーロ陛下の婚約者だったのです。
 母との婚約を破棄したことで王家の求心力は低下しました。
 二代続けてレオーネ公爵家の血筋を手放すことなど出来るはずがありません。後継が母しかいなかったのでグレコ公爵家に飲み込まれてしまいましたが、レオーネ公爵家自体は裕福で民にも慕われていた貴族家だったのです。

 実際私と母を世話してくれていた婆やと爺やは、私がレオーネ公爵家を再興することを望んでいました。彼女達に愛されていることは感じていたものの、期待の重さに苦手意識を持っていました。
 その婆やと爺やも、もうこの世にはいません。
 十五歳の私を世話してくれていたのは、ふたりの孫のバンビとバルダッサーレでした。

 力を持ち、本館の使用人達にも影響を与えかねない婆やと爺やの息子夫婦は、旧レオーネ公爵領に閉じ込められていたのです。
 バンビは私よりひとつ下、バルダッサーレは私よりみっつ上で……彼が私の失恋の相手でした。
 結ばれることが出来なくても、ずっと側にいてくれると思っていたバルダッサーレは、剣で身を立てたいと言って私のもとから旅立っていったのです。

 奇しくもその日は学園に入学予定の貴族子女が参加する、生まれて初めての夜会の日でした。
 ドレスもアクセサリーも贈ってくださらなかった婚約者のエドアルド殿下が、私をエスコートしてくださるはずがありません。
 けれどバンビはいてくれました。侍女という名目で仕えてもらっているのに、私よりも小さな体で馬車を御して王宮へ向かってくれました。彼女の両親と同じように、レオーネ公爵家関係の大人は遠ざけられていたので、私の側にいるのは彼女とバルダッサーレだけだったのです。

(バンビの忠義に応えなくてはいけないわ)

 婚約者のエドアルド殿下がいなくても、私は背筋を伸ばして会場へと入りました。
 辺りが静まり返ります。
 視界の端に映った殿下とサタナに微笑みかけます。

「素敵なドレスだね」

 聞き覚えのある低い声に振り向きます。
 今夜のドレスは母の形見の赤いドレスです。バンビが丈を整えてくれました。
 そして琥珀を黄金で飾ったアクセサリーを身に着けています。まるで婚約者などいないかのように、私を彩るのは自分自身の色だけでした。

「私は君の婚約者ではないが、最初のダンスのお相手を務める栄誉を与えてもらえるだろうか?」
「喜んで、カンナヴァーロ陛下」

 ドレスの裾を摘まんでお辞儀をして、私は陛下と踊りました。
 バルダッサーレ以外の男性と踊るのは初めてでした。
 バンビ以外の女性と踊ったことはあります。幼いころ、母や婆やと踊ったのです。爺やは腰が痛いと言って踊ってくれませんでした。

 練習でないダンスも初めてでした。
 陛下はとてもお上手で、私はとても気持ち良く踊ることが出来ました。
 優しい微笑みに包まれていると、自分がだれからも愛されている幸せな令嬢のような気持ちになれました。

 ……都合の良い夢です。
 本当の私を愛してくれているのはバンビだけです。
 バンビは……愛してくれていますよね?

 一曲踊り終わった後、カンナヴァーロ陛下は──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

あなたは愛を誓えますか?

縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。 だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。 皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか? でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。 これはすれ違い愛の物語です。

婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。 「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」

婚約破棄は嘘だった、ですか…?

基本二度寝
恋愛
「君とは婚約破棄をする!」 婚約者ははっきり宣言しました。 「…かしこまりました」 爵位の高い相手から望まれた婚約で、此方には拒否することはできませんでした。 そして、婚約の破棄も拒否はできませんでした。 ※エイプリルフール過ぎてあげるヤツ ※少しだけ続けました

処理中です...