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第三話 甘く染み込む毒のように
この王国の王太子の婚約者は、国王の情婦と呼ばれている。
十五歳の夜会の後、学園の入学式よりも前に、グレコ公爵令嬢は王宮に居を移した。
異母妹に夢中な婚約者に見切りをつけて国王に乗り換えたのだと噂されている。
むしろ王子エドアルドとの婚約を解消せず、情婦と蔑まれるような状況に甘んじていることを不思議がられていた。
叔母に当たる先代公爵の庶子、前の王妃はもう亡くなっている。
もとから婚約者を嫌っていたエドアルドが婚約解消を嫌がるはずもない。婚約者を父に譲る代償は、王太子として認められただけで十分だろうとみなは言う。
王太子としては受け入れていたものの、エドアルドが国王になることはだれも望んでいなかった。
レオーネ公爵家の血筋が王家に戻るのを妨げた前の王妃は今も国民に憎まれている。王妃が産んだ王子も愛されてはいない。
炎の獅子と呼ばれた建国王の正しい血筋が早く王家へ戻って欲しい、それが国民の総意だった。三年制の学園をもうすぐ卒業したならば、グレコ公爵令嬢は正式に国王に嫁ぐのだろうと、だれもが思っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日もお美しくていらっしゃいますね」
「ありがとう。貴方も凛々しくてよ」
左右に学園生が並んで出来た道の中央を、侍女のバンビだけを従えたグレコ公爵令嬢が女王のように威風堂々と歩いていく。
だれもが取り巻きになりたがっているのだが、彼女はひとつの派閥に囚われることを望まない。
それこそが女王の資質、正しい王家の血筋の証だと、信奉者達の思慕はさらに燃え上がっていた。彼女が学園を卒業して王家へ入ったら、これまでの派閥はすべて女王派に統合されるのではないかと囁かれるほどだ。
「……おはよう、婚約者殿」
「おはようございます、婚約者様。ああ、それとサタナも」
「……おはようございます」
王宮で暮らすグレコ公爵令嬢が異母妹サタナと顔を合わせる機会は少ない。
学園内でどんなにエドアルド王太子と睦み合っていても、グレコ公爵令嬢が異母妹を振り向くことはなかった。
こうして挨拶をしたときに琥珀の視線が投げかけられるだけだ。アンタなんかお父様に愛されてないくせに、という負け惜しみがサタナの心に浮かぶのは異母姉がいなくなった後で、自分が彼女の瞳に映る瞬間はたとえようもない幸福感が彼女を包んでいるのだった。
(私の婚約者なのに……)
愛憎の入り混じった瞳で立ち去る異母姉の背中を見つめるサタナは、隣にいる恋人のはずのエドアルドがなにを考えているかを想像することはなかった。
自分と同じようにグレコ公爵令嬢を見送る王子の瞳に宿る恋慕の情にも気づいていない。
エドアルドは婚約者を愛していた。初めて会ったときから、ずっと。
(私の婚約者なのに、なぜ彼女は父上と……)
王子はそれほど莫迦ではなかった。
自分が悪いこともわかっていた。
でも、だけど、と思ってしまうのだ。
(母上がおっしゃったんだ。母上がお亡くなりになるのは、少し前に死んだグレコ公爵夫人の呪いだと。父上を奪われた恨みを晴らそうとしているのだと。だから彼女は、私の婚約者は仇の娘なのだと、けして愛してはいけないのだと)
でも、だけど、エドアルドは彼女を愛さずにはいられなかった。
燃え上がる炎のように赤い髪も琥珀の瞳も、エドアルドの胸に火を点けた。
必死で憎悪を滾らせて睨みつけることしか出来なかった。サタナに夢中な振りをしていても瞳が追うのは婚約者だった。蘇るあの日の記憶の中は彼女の面影で占められていた。
「……エドアルド、そろそろ教室へ行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
エドアルド達とグレコ公爵令嬢の教室は違う。父王の関与があったのか、高位の要人を同じ教室に集める危険性を減じるためだったのかはわからない。
立ち去ったグレコ公爵令嬢の姿を胸に焼き付ける。
甘く染み込む毒のように、婚約者の存在はエドアルドに染み渡り彼を虜にしていた。
十五歳の夜会の後、学園の入学式よりも前に、グレコ公爵令嬢は王宮に居を移した。
異母妹に夢中な婚約者に見切りをつけて国王に乗り換えたのだと噂されている。
むしろ王子エドアルドとの婚約を解消せず、情婦と蔑まれるような状況に甘んじていることを不思議がられていた。
叔母に当たる先代公爵の庶子、前の王妃はもう亡くなっている。
もとから婚約者を嫌っていたエドアルドが婚約解消を嫌がるはずもない。婚約者を父に譲る代償は、王太子として認められただけで十分だろうとみなは言う。
王太子としては受け入れていたものの、エドアルドが国王になることはだれも望んでいなかった。
レオーネ公爵家の血筋が王家に戻るのを妨げた前の王妃は今も国民に憎まれている。王妃が産んだ王子も愛されてはいない。
炎の獅子と呼ばれた建国王の正しい血筋が早く王家へ戻って欲しい、それが国民の総意だった。三年制の学園をもうすぐ卒業したならば、グレコ公爵令嬢は正式に国王に嫁ぐのだろうと、だれもが思っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日もお美しくていらっしゃいますね」
「ありがとう。貴方も凛々しくてよ」
左右に学園生が並んで出来た道の中央を、侍女のバンビだけを従えたグレコ公爵令嬢が女王のように威風堂々と歩いていく。
だれもが取り巻きになりたがっているのだが、彼女はひとつの派閥に囚われることを望まない。
それこそが女王の資質、正しい王家の血筋の証だと、信奉者達の思慕はさらに燃え上がっていた。彼女が学園を卒業して王家へ入ったら、これまでの派閥はすべて女王派に統合されるのではないかと囁かれるほどだ。
「……おはよう、婚約者殿」
「おはようございます、婚約者様。ああ、それとサタナも」
「……おはようございます」
王宮で暮らすグレコ公爵令嬢が異母妹サタナと顔を合わせる機会は少ない。
学園内でどんなにエドアルド王太子と睦み合っていても、グレコ公爵令嬢が異母妹を振り向くことはなかった。
こうして挨拶をしたときに琥珀の視線が投げかけられるだけだ。アンタなんかお父様に愛されてないくせに、という負け惜しみがサタナの心に浮かぶのは異母姉がいなくなった後で、自分が彼女の瞳に映る瞬間はたとえようもない幸福感が彼女を包んでいるのだった。
(私の婚約者なのに……)
愛憎の入り混じった瞳で立ち去る異母姉の背中を見つめるサタナは、隣にいる恋人のはずのエドアルドがなにを考えているかを想像することはなかった。
自分と同じようにグレコ公爵令嬢を見送る王子の瞳に宿る恋慕の情にも気づいていない。
エドアルドは婚約者を愛していた。初めて会ったときから、ずっと。
(私の婚約者なのに、なぜ彼女は父上と……)
王子はそれほど莫迦ではなかった。
自分が悪いこともわかっていた。
でも、だけど、と思ってしまうのだ。
(母上がおっしゃったんだ。母上がお亡くなりになるのは、少し前に死んだグレコ公爵夫人の呪いだと。父上を奪われた恨みを晴らそうとしているのだと。だから彼女は、私の婚約者は仇の娘なのだと、けして愛してはいけないのだと)
でも、だけど、エドアルドは彼女を愛さずにはいられなかった。
燃え上がる炎のように赤い髪も琥珀の瞳も、エドアルドの胸に火を点けた。
必死で憎悪を滾らせて睨みつけることしか出来なかった。サタナに夢中な振りをしていても瞳が追うのは婚約者だった。蘇るあの日の記憶の中は彼女の面影で占められていた。
「……エドアルド、そろそろ教室へ行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
エドアルド達とグレコ公爵令嬢の教室は違う。父王の関与があったのか、高位の要人を同じ教室に集める危険性を減じるためだったのかはわからない。
立ち去ったグレコ公爵令嬢の姿を胸に焼き付ける。
甘く染み込む毒のように、婚約者の存在はエドアルドに染み渡り彼を虜にしていた。
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