炎の夜に

豆狸

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四日目 花の記憶

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 ビーヘル侯爵の遺体はうつ伏せになっていたためか顔が判別出来ましたが、もうひとりの侯爵令嬢の遺体は黒焦げで、顔の造作も紅玉のように光り輝く赤い髪も燃え尽きていました。
 燃え尽きた死者の寝間着にも生き残った私の寝間着にも着用者がわかるものはありませんでした。
 死せる侯爵令嬢はなにかで体勢を崩して、自分が持っていた油壷の中身を浴びてしまったのではないかという話です。

 油壷は厨房から持ち出されたものでした。
 黒焦げ令嬢は油壷を持ち出すとき厨房の水入れに睡眠薬を入れたのだろうと言われています。
 正妻であるハリエットの母親の飲み残しの睡眠薬です。

 庭の離れの小屋で暮らしている老庭師は館の使用人とは食事が別だったので、睡眠薬を飲むことなく深夜の火災に気づきました。館が消火されたのは彼のおかげです。
 老庭師には令嬢達よりもいつつほど年上の孫息子がいるのですけれど、今は友達のところへ泊まりに行っています。
 火災の夜は……どうだったのでしょうか。

 亡き令嬢は黒焦げにならなくても死んでいたそうです。
 どうやら彼女は父である侯爵を殺そうとして反撃され、相手にとどめは刺したものの自分も重傷を負ったらしいのです。
 黒焦げになっても遺体の腹に傷痕が残っていたと聞いています。その傷の痛みで体勢を崩し、自分の持っていた油壷の中身を浴びることになったのかもしれません。

 彼女はどうしてそんな真似をしたのでしょう。
 私の想像通り、彼女がハリエットで私がフルーフなのでしょうか。
 彼女がフルーフだとしたら、自分を溺愛する父を殺した理由がわかりませんもの。

 そんなことを考えつつも、私は昨夜も夢を見ずに熟睡しました。
 今日は寝台から出て、ハリエットの部屋で彼女の日記を見ています。記憶を思い出すかもしれないと、リアが勧めてくれたのです。
 私がハリエットだと信じるリアの瞳に胸が痛むのを感じます。

 それに、もし私がフルーフだとしたら、異母姉ハリエットの日記を読むのは失礼なことではないでしょうか。
 リアはビーヘル侯爵家の主治医との毎日の筆談の紙を手に、日記の筆跡と同じだと言ってくれます。
 ……本当にそうだと良いのに、でも。第二王子ルドフィクス殿下に選ばれて幸せの絶頂にいるフルーフが、あんな行動を取る理由がさっぱりわからないのです。

 ハリエットの日記帳は膨らんでいました。
 ところどころに押し花が貼ってあるからです。
 押し花が貼ってあるページに文字はありません。ですが、その押し花に対する愛情のようなものが滲み出ていました。

「……これは、殿下にもらった、花?」
「いいえ。庭師が旬になると摘んで館へ持って来てくれる花から、一番綺麗な花を抜いて押し花にしたものだと聞いています。王子様は……」

 彼は婚約した最初からハリエットを嫌っていたといいます。
 侯爵家の当主となる彼女に婿入りすることを屈辱だと考えていたのです。
 三年前に侯爵家へ来たばかりのフルーフを助けることに誇りを感じているように見えたとリアは教えてくれました。ハリエットがフルーフを虐めていると決めつけて、いつも責め立てていたのだと、リアは瞳を潤ませています。

 ……三年前、ハリエットとフルーフが十五歳のときに……ふと疑問が湧きました。
 フルーフはそれまでどこにいたのでしょう。
 今は亡きビーヘル侯爵が必死で探していたと聞くのに、どうしてフルーフ親娘は見つからなかったのでしょう。紅玉のように光り輝く赤い髪の娘が下町にでもいたら、とても目立つと思うのですけれど。

「……あ……」

 いつもは文字のない押し花のページに記載があるものを見つけました。
 走り書きのように、色粉、髪を染められる、と書いてあったのです。
 身を隠していたころのフルーフは、こういうもので髪を染めていたのでしょうか。下町なら魔法の結界もなさそうですし、幻影魔法でも良かったのかもしれません。

 それを見たリアが顔を綻ばせます。

「この花の搾り汁を乾燥させた色粉で髪が染められるんですよ。紅玉のように光り輝く赤い髪のせいでいつも注目されていたハリエットお嬢様がこの花の粉で髪を黒くお染めになって、私とお忍びで買い物に行った日のことを思い出します。もちろん警備の人間は一緒でしたよ。魔法でないから結界も反応しなくて……館へ帰ったときに家令さん達を驚かせてしまいました」
「……」

 懐かしそうに語るリアの声を聞きながら、私はそっと押し花に指を押し当てました。
 なんだかとてもこの花が愛おしく感じたのです。
 私はハリエットなのでしょうか。それともフルーフが、第二王子殿下からこの花を贈られたことがあったのでしょうか。
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