6 / 10
閑話 第二王子ルドフィクス
しおりを挟む
ビーヘル侯爵家へ婿入りすることになっているものの、今のルドフィクスは王族だ。
婿入りした後も第二王子だという事実が消えることはない。
王都の侯爵邸を訪ねた日の夜、ルドフィクスは王宮の執務室で思索に耽っていた。
仮面のビーヘル侯爵令嬢はハリエットのように思えたが、ルドフィクスは希望を捨てることは出来なかった。
愛しいフルーフが死んだはずがない。自分を溺愛していた父親を殺して館に火を放つような真似をするはずがないのだ。
ルドフィクスはそう信じていた。
(だが……)
少しだけ妙だと思っていたことを思い出す。
卒業パーティの夜のうちに絶縁届に署名をさせてハリエットを侯爵家から追い出すと言っていたビーヘル侯爵がそれをせず、火災の日まで彼女を留め続けたことだ。
ずっと長女のハリエットとその母親を憎み続けていた男の行動とは思えない。
(少しは娘への情があったのだろうか。あるいは……)
そのとき側近がルドフィクスの執務室への訪問者が来たことを告げた。
ルドフィクスの父、この王国の国王である。
ビーヘル侯爵がハリエットを追い出さなかったのは、国王に止められたからだったのかもしれない。
国王と王妃、王太子である第一王子は以前からルドフィクスとフルーフの不貞を非難していたし、卒業パーティ終了後は婚約破棄のことも叱責してきた。
もともと国王は侯爵が正妻と嫡子を無視して愛人を追いかけていることにも不快の念を表していた。
第二王子の婿入り先としてビーヘル侯爵家が身分財産ともに最良だったこと、ハリエット自身がおとなしくても優秀な少女だったことがなければ、婚約自体がとっくの昔に白紙撤回されていたことだろう。
今日の訪問はどうだった、と国王に聞かれてルドフィクスは答えた。
「所作や筆跡はハリエットのようでした。ですが、そんなことはあり得ません。フルーフには父親を殺す理由がないのですから。もし生き残っているのがハリエットだとしたら、そこにはなにか欺瞞があるのでしょう。亡くなったふたりは殺し合ったのではなく、生き残ったハリエットに殺されたのです。火を点けたのも彼女でしょう。私は……」
彼女がハリエットだったとしたら絶対に婿入りしません、と宣言して話を締める。
国王は溜息をついて頷いた。
「当たり前だ。そなた自身が冤罪でハリエット嬢との婚約を破棄したのだ。今さら手のひらを返しても、彼女も法律もわし達も復縁など認めはせぬよ」
「冤罪だなどと……ハリエットは確かにフルーフを虐めていたのです。血のつながった、たったひとりの異母妹を苦しめるような酷い女との婚約など破棄して当然でしょう?」
「どこで?」
「はい?」
「ハリエット嬢はフルーフ嬢をどこで虐めていたのだ?」
「それは……王都のビーヘル侯爵邸でしょう。学園ではいつも私が側にいて、フルーフを守っていたのですから」
「侯爵邸にはビーヘル侯爵がいただろう? 決裁するとき以外はハリエット嬢に侯爵家の運営を任せ、いつもフルーフ嬢を連れ歩いていたと聞くぞ?」
「……侯爵家の使用人達はハリエット贔屓でした。侯爵のいない隙にハリエットがフルーフを虐めていても見て見ぬ振りをしていたのでしょう」
「もしそんなものがいたら、その使用人はビーヘル侯爵に首にされていただろうよ。フルーフ嬢には口がある。そなたやビーヘル侯爵にハリエット嬢の虐めを訴えるときに、見て見ぬ振りをした使用人のことだけ秘密にする理由はなかろう?」
「お、思いやって、です。フルーフは優しい女性でしたから、使用人のその後を慮って言わなかったのです」
「自分が婚約者と父親を奪って苦しめている異母姉のことは思いやらないのに?」
「……」
国王は再び溜息を漏らした。
「ルドフィクスよ。そなたは先ほどフルーフ嬢には父親を殺す理由はないと言ったな?……ビーヘル侯爵が彼女の父親でなかったとしたらどうだ?」
「!?」
「卒業パーティの翌日に王宮で保護したフルーフ嬢の専属侍女は、彼女の紅玉のように光り輝く赤い髪は毎日色粉で染めていたものだと証言した。フルーフ嬢の専属侍女達の赤い爪は、その色粉が染みついていたものだという。もちろん髪の色だけで血筋を証明することは出来ない。しかし、自らが偽装を血筋の証としているような人間は、かなり疑わしいのではないか?」
そう言い捨てて、国王は第二王子の執務室を去った。
婿入りした後も第二王子だという事実が消えることはない。
王都の侯爵邸を訪ねた日の夜、ルドフィクスは王宮の執務室で思索に耽っていた。
仮面のビーヘル侯爵令嬢はハリエットのように思えたが、ルドフィクスは希望を捨てることは出来なかった。
愛しいフルーフが死んだはずがない。自分を溺愛していた父親を殺して館に火を放つような真似をするはずがないのだ。
ルドフィクスはそう信じていた。
(だが……)
少しだけ妙だと思っていたことを思い出す。
卒業パーティの夜のうちに絶縁届に署名をさせてハリエットを侯爵家から追い出すと言っていたビーヘル侯爵がそれをせず、火災の日まで彼女を留め続けたことだ。
ずっと長女のハリエットとその母親を憎み続けていた男の行動とは思えない。
(少しは娘への情があったのだろうか。あるいは……)
そのとき側近がルドフィクスの執務室への訪問者が来たことを告げた。
ルドフィクスの父、この王国の国王である。
ビーヘル侯爵がハリエットを追い出さなかったのは、国王に止められたからだったのかもしれない。
国王と王妃、王太子である第一王子は以前からルドフィクスとフルーフの不貞を非難していたし、卒業パーティ終了後は婚約破棄のことも叱責してきた。
もともと国王は侯爵が正妻と嫡子を無視して愛人を追いかけていることにも不快の念を表していた。
第二王子の婿入り先としてビーヘル侯爵家が身分財産ともに最良だったこと、ハリエット自身がおとなしくても優秀な少女だったことがなければ、婚約自体がとっくの昔に白紙撤回されていたことだろう。
今日の訪問はどうだった、と国王に聞かれてルドフィクスは答えた。
「所作や筆跡はハリエットのようでした。ですが、そんなことはあり得ません。フルーフには父親を殺す理由がないのですから。もし生き残っているのがハリエットだとしたら、そこにはなにか欺瞞があるのでしょう。亡くなったふたりは殺し合ったのではなく、生き残ったハリエットに殺されたのです。火を点けたのも彼女でしょう。私は……」
彼女がハリエットだったとしたら絶対に婿入りしません、と宣言して話を締める。
国王は溜息をついて頷いた。
「当たり前だ。そなた自身が冤罪でハリエット嬢との婚約を破棄したのだ。今さら手のひらを返しても、彼女も法律もわし達も復縁など認めはせぬよ」
「冤罪だなどと……ハリエットは確かにフルーフを虐めていたのです。血のつながった、たったひとりの異母妹を苦しめるような酷い女との婚約など破棄して当然でしょう?」
「どこで?」
「はい?」
「ハリエット嬢はフルーフ嬢をどこで虐めていたのだ?」
「それは……王都のビーヘル侯爵邸でしょう。学園ではいつも私が側にいて、フルーフを守っていたのですから」
「侯爵邸にはビーヘル侯爵がいただろう? 決裁するとき以外はハリエット嬢に侯爵家の運営を任せ、いつもフルーフ嬢を連れ歩いていたと聞くぞ?」
「……侯爵家の使用人達はハリエット贔屓でした。侯爵のいない隙にハリエットがフルーフを虐めていても見て見ぬ振りをしていたのでしょう」
「もしそんなものがいたら、その使用人はビーヘル侯爵に首にされていただろうよ。フルーフ嬢には口がある。そなたやビーヘル侯爵にハリエット嬢の虐めを訴えるときに、見て見ぬ振りをした使用人のことだけ秘密にする理由はなかろう?」
「お、思いやって、です。フルーフは優しい女性でしたから、使用人のその後を慮って言わなかったのです」
「自分が婚約者と父親を奪って苦しめている異母姉のことは思いやらないのに?」
「……」
国王は再び溜息を漏らした。
「ルドフィクスよ。そなたは先ほどフルーフ嬢には父親を殺す理由はないと言ったな?……ビーヘル侯爵が彼女の父親でなかったとしたらどうだ?」
「!?」
「卒業パーティの翌日に王宮で保護したフルーフ嬢の専属侍女は、彼女の紅玉のように光り輝く赤い髪は毎日色粉で染めていたものだと証言した。フルーフ嬢の専属侍女達の赤い爪は、その色粉が染みついていたものだという。もちろん髪の色だけで血筋を証明することは出来ない。しかし、自らが偽装を血筋の証としているような人間は、かなり疑わしいのではないか?」
そう言い捨てて、国王は第二王子の執務室を去った。
317
あなたにおすすめの小説
旦那さまは私のために嘘をつく
小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。
記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。
妹の初恋は私の婚約者
あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。
婚約者が記憶喪失になりました。
ねーさん
恋愛
平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。
二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。
「キミは誰だ?」
目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。
それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった───
注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる