炎の夜に

豆狸

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閑話 第二王子ルドフィクス

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 ビーヘル侯爵家へ婿入りすることになっているものの、今のルドフィクスは王族だ。
 婿入りした後も第二王子だという事実が消えることはない。
 王都の侯爵邸を訪ねた日の夜、ルドフィクスは王宮の執務室で思索に耽っていた。

 仮面のビーヘル侯爵令嬢はハリエットのように思えたが、ルドフィクスは希望を捨てることは出来なかった。
 愛しいフルーフが死んだはずがない。自分を溺愛していた父親を殺して館に火を放つような真似をするはずがないのだ。
 ルドフィクスはそう信じていた。

(だが……)

 少しだけ妙だと思っていたことを思い出す。
 卒業パーティの夜のうちに絶縁届に署名をさせてハリエットを侯爵家から追い出すと言っていたビーヘル侯爵がそれをせず、火災の日まで彼女を留め続けたことだ。
 ずっと長女のハリエットとその母親を憎み続けていた男の行動とは思えない。

(少しは娘への情があったのだろうか。あるいは……)

 そのとき側近がルドフィクスの執務室への訪問者が来たことを告げた。
 ルドフィクスの父、この王国の国王である。
 ビーヘル侯爵がハリエットを追い出さなかったのは、国王に止められたからだったのかもしれない。

 国王と王妃、王太子である第一王子は以前からルドフィクスとフルーフの不貞を非難していたし、卒業パーティ終了後は婚約破棄のことも叱責してきた。
 もともと国王は侯爵が正妻と嫡子を無視して愛人を追いかけていることにも不快の念を表していた。
 第二王子の婿入り先としてビーヘル侯爵家が身分財産ともに最良だったこと、ハリエット自身がおとなしくても優秀な少女だったことがなければ、婚約自体がとっくの昔に白紙撤回されていたことだろう。

 今日の訪問はどうだった、と国王に聞かれてルドフィクスは答えた。

「所作や筆跡はハリエットのようでした。ですが、そんなことはあり得ません。フルーフには父親を殺す理由がないのですから。もし生き残っているのがハリエットだとしたら、そこにはなにか欺瞞があるのでしょう。亡くなったふたりは殺し合ったのではなく、生き残ったハリエットに殺されたのです。火を点けたのも彼女でしょう。私は……」

 彼女がハリエットだったとしたら絶対に婿入りしません、と宣言して話を締める。
 国王は溜息をついて頷いた。

「当たり前だ。そなた自身が冤罪でハリエット嬢との婚約を破棄したのだ。今さら手のひらを返しても、彼女も法律もわし達も復縁など認めはせぬよ」
「冤罪だなどと……ハリエットは確かにフルーフを虐めていたのです。血のつながった、たったひとりの異母妹を苦しめるような酷い女との婚約など破棄して当然でしょう?」
「どこで?」
「はい?」
「ハリエット嬢はフルーフ嬢をどこで虐めていたのだ?」
「それは……王都のビーヘル侯爵邸でしょう。学園ではいつも私が側にいて、フルーフを守っていたのですから」
「侯爵邸にはビーヘル侯爵がいただろう? 決裁するとき以外はハリエット嬢に侯爵家の運営を任せ、いつもフルーフ嬢を連れ歩いていたと聞くぞ?」
「……侯爵家の使用人達はハリエット贔屓でした。侯爵のいない隙にハリエットがフルーフを虐めていても見て見ぬ振りをしていたのでしょう」
「もしそんなものがいたら、その使用人はビーヘル侯爵に首にされていただろうよ。フルーフ嬢には口がある。そなたやビーヘル侯爵にハリエット嬢の虐めを訴えるときに、見て見ぬ振りをした使用人のことだけ秘密にする理由はなかろう?」
「お、思いやって、です。フルーフは優しい女性でしたから、使用人のその後を慮って言わなかったのです」
「自分が婚約者と父親を奪って苦しめている異母姉のことは思いやらないのに?」
「……」

 国王は再び溜息を漏らした。

「ルドフィクスよ。そなたは先ほどフルーフ嬢には父親を殺す理由はないと言ったな?……ビーヘル侯爵が彼女の父親でなかったとしたらどうだ?」
「!?」
「卒業パーティの翌日に王宮で保護したフルーフ嬢の専属侍女は、彼女の紅玉のように光り輝く赤い髪は毎日色粉で染めていたものだと証言した。フルーフ嬢の専属侍女達の赤い爪は、その色粉が染みついていたものだという。もちろん髪の色だけで血筋を証明することは出来ない。しかし、みずからが偽装を血筋のあかしとしているような人間は、かなり疑わしいのではないか?」

 そう言い捨てて、国王は第二王子の執務室を去った。
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