炎の夜に

豆狸

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七日目 真実

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 私はハリエットでした。
 記憶を取り戻したわけではありません。
 アルドがそう言ったからです。……リアにはなんとも言えない顔で見つめられてしまいました。

 アルドは老庭師の孫息子ということになっていますが、実際は王家の影です。
 十二歳のときに第二王子ルドフィクス殿下の婚約者となった私の護衛として王都のビーヘル侯爵邸へやって来ました。
 とある貴族家の次男で、魔法研究所の所員という表の顔も持っています。第二王子殿下が我が家へ婿入りして、王太子殿下に跡取りがお生まれになったら王家の影から解放される予定だったからです。

 我が家に王家の影はもうひとりいます。
 アルドが魔法研究所の所員として過ごす時間も必要ですし、護衛である以上年中無休で体力をすり減らしては意味がありません。
 王家の影には交代要員が必要なのです。

 もうひとりの人物は老庭師でした。
 彼は半分引退していて、アルドの補佐という形だったそうです。
 王家の影をまとめているのが魔法研究所の所長──デヨング子爵でした。昨夜私を襲撃しようとしてアルド達に捕縛されていた男です。リアが驚いていたのは、父の従弟ということになっている彼のことを知っていたからでした。

 彼は私のお爺様に弟扱いされなかったことを恨み、ビーヘル侯爵家を手に入れるために今回の計画を立てたといいます。
 昨夜捕まったばかりですが、今さら黙秘しても仕方がないとすぐに自白したのです。
 彼の計画自体はフルーフの侍女だったフェムカを保護した時点で、薄々判明していたようです。

 ただ証拠がなく、私の顔が戻る前に彼が動くと予想して王家の影であるふたりが張っていたのです。
 さすがの仮面も死者の顔は癒せません。
 殺人者はハリエットで、生き残ったフルーフは侵入者に殺された、という形にしたかったのでしょう。

 本来はフルーフが私を殺して顔を焼き、侯爵邸から逃げて髪色を戻すはずだったのだそうです。
 殺されたのはフルーフで、殺人者のハリエットは侯爵家の継承権を失い、父の従弟ということになっているデヨング子爵がビーヘル侯爵家を継ぐというわけです。どんなに探しても死んでいる私は見つかりませんしね。
 父がフルーフに反撃しなかったら、おそらくそうなっていたことでしょう。

「俺の報告書が改ざんされていたんだ。学園で異母妹を虐めていると言われてビーヘル侯爵に叱責されていたという文章から、『学園で』という言葉が消されていた」

 アルドの言葉にリアがしたり顔で頷きます。

「学園では王子様があの女から離れませんでしたものね。学園にいる王家の影の報告書と矛盾していたら、たちまち王子様に報告が行くでしょう」

 改ざんに気づいたアルドは所長であるデヨング子爵の関与を疑い、フルーフの侍女であるフェムカに身柄の保護と引き換えの情報提供を求めたのです。
 フェムカの名前を思い出したのは、彼女に話しかけるアルドの姿が頭の片隅に残っていたからかもしれません。
 思い出せませんけれど、私は嫉妬深かったのでしょうか。

 死体が黒焦げなので確認しようもありませんが、フルーフはデヨング子爵の娘ということで間違いなさそうです。
 公的には独身のデヨング子爵は、下町に女性と自分によく似た娘を囲っていたという報告も上がっているようです。
 すでに亡くなっている女性は、自分の娘を利用して侯爵家を乗っ取ろうとしていたデヨング子爵を止めようとして殺されたのだそうです。もし子爵の計画が上手く行っていたら、フルーフはどうなっていたのでしょう。

 フルーフは母を殺した人間を知っていたのでしょうか。
 私の父のように騙されて、私の母が自分の母親を殺したのだと思い込まされていたのかもしれません。
 私の母が睡眠薬を飲み過ぎて亡くなったのは、もしかしたら彼女の仕業だったのかもしれません。今は記憶が戻っていないので実感はありません。でもいつか記憶が戻ったら、彼女を憎いと思うことでしょう。

 婚約者の第二王子殿下を奪われたことについては、記憶が戻ってもなにも感じずに受け入れるような気がします。
 雨の夢の中での自分の気持ちを思い出します。
 私は苦しんでいたのでしょう。愛されていなくても私の婚約者は第二王子殿下です。アルドを愛するのは不貞でしかありません。

 だけど婚約を破棄されてビーヘル侯爵家から絶縁されて、だれ憚ることなくアルドを愛せるようになったことが嬉しくてたまらなかったに違いありません。
 アルドは……アルドが私をどう思っているかはわかりません。
 たぶん片想いだったのでしょう。彼がデヨング子爵の陰謀を食い止めてくれたのは、王家の影としての使命と正義感からだったのだと思います。

 だって私の仮面が外れ次第、侯爵邸から出て行くというのですから。
 当たり前のことです。
 第二王子殿下との婚約は破棄されました。王家の影が私を護衛する必要はありません。
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