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九月・十月:謎めいて
最良の結末【幸せな夢】
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フェデリーコは暗闇の中にいた。
どこからともなく、あまり聞き覚えのない声が尋ねてくる。
『エレーナさんと結婚して三年が過ぎました。……貴方の目に見えるものはなんですか?』
暗闇の中、ぼんやりと浮かんでくる光景がある。
「影が……影が揺れてる。人間くらいの大きさの……エレーナ? あれはエレーナだ! 首を吊った妻のエレーナが揺れているんだッ」
『彼女はどうして首を吊ったのですか?』
戸惑うフェデリーコに、ひとかけらの感情も見せずに声が問う。
「子どもが……僕との間に子どもが出来なかったから」
『それだけのことで? これまでの三年間が不幸だったからではなく?』
「ここまでの三年間は幸せだった! 僕はエレーナを愛していたし、エレーナも僕を愛してくれていた! でも……貴族家の当主夫婦にとって跡取りの存在は重要なことで……」
『本当に? 子どもが出来なかったという理由だけでエレーナさんはお亡くなりになったのですか?』
「……子どもと」
ためらいながらもフェデリーコは答えてしまう。声にはそんな不思議な力があった。
「僕の子どもと会ってしまったから」
『エレーナさんとの間に子どもは出来なかったのでしょう?』
「エレーナが産んだ子どもじゃない。メンティロソが、僕の幼馴染だったメンティロソが産んだ子どもと会ってしまったんだ」
暗闇の中、声とはべつの気配が荒ぶるのを感じた。
少し静寂が続いた後で、声が質問を再開した。
『エレーナさんがお亡くなりになった後、貴方はどうしましたか?』
「メンティロソと再婚した。……家の跡取りが必要だから」
『メンティロソさんは独身だったのですか?』
「メンティロソは一度結婚したけれど、僕の子どもを産んだことで離縁されたんだ。実家の男爵家の借金を返すための結婚だったのに。それで彼女は実家にも帰れなくなっていたから、僕が面倒を見ていた。でも愛人関係ではなかったんだ。なのにエレーナが僕の後をつけて、メンティロソと一緒にいるところを見て誤解して……」
──なにが誤解だっ!
男性の怒鳴り声が響き渡って、フェデリーコは瞼を上げた。
暗闇は消え去り、前には丸い卓がある。
円卓を囲んでいるのは五人。フェデリーコと父の子爵、客自身に未来を語らせるという占い師、父の親友の伯爵と彼の娘の──エレーナ、フェデリーコの婚約者の生きた伯爵令嬢。
同い年のふたりが、この王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園を卒業して一年が経つ。
そろそろ結婚の話が出ていたふたりだったが、エレーナは婚約解消を望んでいた。
どうしても婚約解消を受け入れないフェデリーコに、エレーナはひとつの条件を出した。それがこの占い師に会うことだった。占い師の力でフェデリーコが語る未来によっては、結婚しても良いとエレーナは言ったのだ。
ここは占い師の館だ。我に返ったフェデリーコの血が一瞬で冷える。
さっきまで自分が口にしていたことは覚えている。
覚えているが、それが未来だとは思えなかった。
「ち、違うッ! こんなのは占いじゃない! 僕を催眠状態にして言葉を誘導したんだ。エレーナは僕との結婚を嫌がっていたから、その占い師に悪い未来を引き出すよう依頼していたんだろう」
「黙りなさい、フェデリーコ」
「父上」
「学園在学中、お前はいつもメンティロソ嬢と一緒に過ごしていた」
「それは……借金の形に親よりも年上の男に嫁がなくてはいけないメンティロソが可哀相で! 卒業したらエレーナを大切にするつもりだったんだ」
「今の未来を聞いた限りでは、大切にするとしても三年だけのつもりだったようだな」
「だから! こんなの占いじゃない。本当の未来じゃないよ」
「ああ、そうだな。お前が望んだ、お前にとってだけ都合の良い未来だ。……私は占い師が誘導したとは思えないが、そうだったとしても選んだのはお前だろう」
フェデリーコの父子爵は、エレーナの父伯爵に頭を下げた。
「長い間ご令嬢を縛り付けて申し訳なかった。婚約は我が家有責で破棄としてくれ」
「……」
伯爵は真っ赤な顔で怒りに震えているようだ。
言葉が出て来なかった彼は、娘のエレーナの手が腕に添えられて少し落ち着いた。
それでも口を開けば感情が迸るのか、伯爵は無言で子爵に頷いた。
「待ってください、小父さん。学園在学中のことは謝ります。エレーナ、僕とメンティロソの関係はただの幼馴染に過ぎない。愛しているのは君なんだ。だからッ!」
フェデリーコの叫びを聞いて、エレーナはふるふると頭を横に振って見せる。
「フェデリーコ様、それは嘘です。貴方は私を愛していません。愛していたのなら学園で、貴方とメンティロソ様の仲を邪魔する悪女と私が罵られていたときに、助けてくださっていたのではありませんか?」
「あのときは、その……卒業後、意に添わぬ結婚をするメンティロソのことが心配で」
エレーナは苦笑を漏らす。
「私のことは心配ではなかったのですね」
「違うッ。僕は君を……」
「いい加減にしなさい、フェデリーコ。では伯爵、手続きは後ほど。出来るだけ早くする。エレーナ嬢……これまでありがとう。本当に申し訳なかった」
子爵はフェデリーコの腕を掴み、占い師の館を出た。
「父上ッ! あんな占いを信じるの?」
「……フェデリーコ」
「ッ」
馬車の中で、子爵は息子を睨みつけた。
妻を早くに亡くした子爵は、息子に甘い父親だった。
以前からメンティロソのことでは何度となく注意をしていたものの、無理矢理引き離すような真似はしなかった。頭を床に擦り付けるようにして伯爵とエレーナに謝罪したことはあっても、息子を怒鳴ったり殴りつけたりしたことはない。
「誘導で導き出されたのだとしても、身に覚えがなければメンティロソ嬢がお前の子どもを産んでいるなんて言葉は出てこないのではないか?」
父から射るように睨みつけられるのも、フェデリーコには初めてに近い経験だった。
「……メンティロソの結婚式直前に一度だけ。でも本当に一度だけなんだ。メンティロソはただの幼馴染で、愛しているのはエレーナなんだ」
「自分に婚約者がいて、相手にも婚約者がいるにもかかわらず体を重ねたのなら、それはただの幼馴染ではない」
「だって借金の形に慰み者になるメンティロソが可哀相で」
「慰み者ではない。ちゃんとした正妻だ。お相手の商人は確かに年かさだが、本人に問題があったわけではない。平民の真面目な商人の中には、仕事に夢中で結婚が遅くなる人間がいるものなんだ。それに、お相手のほうから借金返済と引き換えに結婚を申し出たのではない。メンティロソ嬢の父親である男爵が彼に申し込んだんだ」
「メンティロソは嫌がっていた」
「だったら彼女が父親と話し合えば良かった。お前に甘えて、婚約者のエレーナ嬢との関係を引き裂く理由にはならない」
「僕とエレーナの関係を引き裂くだなんて」
「引き裂いたじゃないか。お前とエレーナ嬢の婚約は終わりだ」
「……」
子爵は溜息をついた。
「メンティロソ嬢のお相手は優秀な商人だ。先日叙爵されて子爵となった」
「我が家と同じ……」
「学園を卒業してすぐに嫁いだメンティロソ嬢は産み月が近いのだったな。……お前に似ていない子が生まれることを望むよ」
「……」
沈黙に支配された馬車が王都の子爵邸へと進んでいく。
戻った子爵親子を待っていたのは、裁判所からの召喚状だった。
メンティロソの子どもはもう生まれていた。フェデリーコそっくりな男の子だったという。フェデリーコは、メンティロソの夫にお家乗っ取りの容疑で訴えられたのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
占い師の館へ行ってから、早三年が過ぎていた。
なんとかお家乗っ取りの容疑は晴らしたものの、フェデリーコは不貞の罪からは逃れることは出来なかった。
多額の賠償金がフェデリーコの肩にのしかかっている。
父である子爵は息子のフェデリーコを絶縁した。
子爵家は遠縁の人間を養子にして継がせるのだという。
フェデリーコは賠償金支払いのために犯罪者が送られる鉱山で働いている。
(エレーナや伯爵家まで巻き込まずに済んだだけでも最良の結末だったんだろうな)
夫に離縁されたメンティロソは実家の男爵家へ戻ったようだが、それからどうしているかは知らない。
男爵家に借金が戻った上に、不貞の賠償金も加算されたのだ。どこかへ売られてしまったのかもしれない。
フェデリーコがメンティロソと結婚して、すべてを支払ってやるなんて言えはしない。フェデリーコだって多額の賠償金を抱えている。
(すべてを支払ってやるくらいの覚悟も無しに、幼馴染だというだけでメンティロソに関わっていたこと自体が間違いだったんだ)
今のフェデリーコにはそれがわかる。
メンティロソが産んだ子どもは出自を伏せて孤児院へ送られたと聞いている。
自分の置かれた状況を理解出来ない愚かな両親に育てられるよりも、そのほうが良いのではないかとフェデリーコは思っている。
この王国の貴族は遅くても学園在学中に婚約者を決めて、卒業から一年以内に結婚するのが普通だ。フェデリーコとの婚約解消に手間取ったエレーナの結婚は遅れていたが、良い男性と巡り合って最近結ばれたと聞いている。
(占いの館で父上に、僕にだけ都合の良い未来だと言われたっけ)
エレーナに死んで欲しいと思っていたわけではない。
三年と聞いて、メンティロソが自分の子どもを産んでいたら可愛い盛りだと思ってしまったのである。
エレーナとの間に子どもがいない状態でメンティロソとの子どもの存在を彼女が知ったら、そんなことを考えてしまったために最悪の未来が口から飛び出したのだ。都合が良かったのはエレーナの死ではない。
(妻に裏切られた商人が離縁だけで許してくれるなんてあり得ないよな。支払った借金はそのままで、メンティロソを訴えもせずに自由にしておくなんて、不貞相手の僕のことも放っておくだなんて……都合が良いにもほどがある)
フェデリーコにとって都合の良い未来だったけれど、幸せな未来ではなかった。
(僕の幸せは……)
自嘲の笑みを浮かべた後で、フェデリーコはエレーナの幸福を祈った。
たった三年で終わってしまった幻の結婚生活の中で、フェデリーコはエレーナとともにいて幸せだった。
もちろんそれもフェデリーコにとって都合の良いだけの幻影に過ぎなかったのだけれど──
<終>
どこからともなく、あまり聞き覚えのない声が尋ねてくる。
『エレーナさんと結婚して三年が過ぎました。……貴方の目に見えるものはなんですか?』
暗闇の中、ぼんやりと浮かんでくる光景がある。
「影が……影が揺れてる。人間くらいの大きさの……エレーナ? あれはエレーナだ! 首を吊った妻のエレーナが揺れているんだッ」
『彼女はどうして首を吊ったのですか?』
戸惑うフェデリーコに、ひとかけらの感情も見せずに声が問う。
「子どもが……僕との間に子どもが出来なかったから」
『それだけのことで? これまでの三年間が不幸だったからではなく?』
「ここまでの三年間は幸せだった! 僕はエレーナを愛していたし、エレーナも僕を愛してくれていた! でも……貴族家の当主夫婦にとって跡取りの存在は重要なことで……」
『本当に? 子どもが出来なかったという理由だけでエレーナさんはお亡くなりになったのですか?』
「……子どもと」
ためらいながらもフェデリーコは答えてしまう。声にはそんな不思議な力があった。
「僕の子どもと会ってしまったから」
『エレーナさんとの間に子どもは出来なかったのでしょう?』
「エレーナが産んだ子どもじゃない。メンティロソが、僕の幼馴染だったメンティロソが産んだ子どもと会ってしまったんだ」
暗闇の中、声とはべつの気配が荒ぶるのを感じた。
少し静寂が続いた後で、声が質問を再開した。
『エレーナさんがお亡くなりになった後、貴方はどうしましたか?』
「メンティロソと再婚した。……家の跡取りが必要だから」
『メンティロソさんは独身だったのですか?』
「メンティロソは一度結婚したけれど、僕の子どもを産んだことで離縁されたんだ。実家の男爵家の借金を返すための結婚だったのに。それで彼女は実家にも帰れなくなっていたから、僕が面倒を見ていた。でも愛人関係ではなかったんだ。なのにエレーナが僕の後をつけて、メンティロソと一緒にいるところを見て誤解して……」
──なにが誤解だっ!
男性の怒鳴り声が響き渡って、フェデリーコは瞼を上げた。
暗闇は消え去り、前には丸い卓がある。
円卓を囲んでいるのは五人。フェデリーコと父の子爵、客自身に未来を語らせるという占い師、父の親友の伯爵と彼の娘の──エレーナ、フェデリーコの婚約者の生きた伯爵令嬢。
同い年のふたりが、この王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園を卒業して一年が経つ。
そろそろ結婚の話が出ていたふたりだったが、エレーナは婚約解消を望んでいた。
どうしても婚約解消を受け入れないフェデリーコに、エレーナはひとつの条件を出した。それがこの占い師に会うことだった。占い師の力でフェデリーコが語る未来によっては、結婚しても良いとエレーナは言ったのだ。
ここは占い師の館だ。我に返ったフェデリーコの血が一瞬で冷える。
さっきまで自分が口にしていたことは覚えている。
覚えているが、それが未来だとは思えなかった。
「ち、違うッ! こんなのは占いじゃない! 僕を催眠状態にして言葉を誘導したんだ。エレーナは僕との結婚を嫌がっていたから、その占い師に悪い未来を引き出すよう依頼していたんだろう」
「黙りなさい、フェデリーコ」
「父上」
「学園在学中、お前はいつもメンティロソ嬢と一緒に過ごしていた」
「それは……借金の形に親よりも年上の男に嫁がなくてはいけないメンティロソが可哀相で! 卒業したらエレーナを大切にするつもりだったんだ」
「今の未来を聞いた限りでは、大切にするとしても三年だけのつもりだったようだな」
「だから! こんなの占いじゃない。本当の未来じゃないよ」
「ああ、そうだな。お前が望んだ、お前にとってだけ都合の良い未来だ。……私は占い師が誘導したとは思えないが、そうだったとしても選んだのはお前だろう」
フェデリーコの父子爵は、エレーナの父伯爵に頭を下げた。
「長い間ご令嬢を縛り付けて申し訳なかった。婚約は我が家有責で破棄としてくれ」
「……」
伯爵は真っ赤な顔で怒りに震えているようだ。
言葉が出て来なかった彼は、娘のエレーナの手が腕に添えられて少し落ち着いた。
それでも口を開けば感情が迸るのか、伯爵は無言で子爵に頷いた。
「待ってください、小父さん。学園在学中のことは謝ります。エレーナ、僕とメンティロソの関係はただの幼馴染に過ぎない。愛しているのは君なんだ。だからッ!」
フェデリーコの叫びを聞いて、エレーナはふるふると頭を横に振って見せる。
「フェデリーコ様、それは嘘です。貴方は私を愛していません。愛していたのなら学園で、貴方とメンティロソ様の仲を邪魔する悪女と私が罵られていたときに、助けてくださっていたのではありませんか?」
「あのときは、その……卒業後、意に添わぬ結婚をするメンティロソのことが心配で」
エレーナは苦笑を漏らす。
「私のことは心配ではなかったのですね」
「違うッ。僕は君を……」
「いい加減にしなさい、フェデリーコ。では伯爵、手続きは後ほど。出来るだけ早くする。エレーナ嬢……これまでありがとう。本当に申し訳なかった」
子爵はフェデリーコの腕を掴み、占い師の館を出た。
「父上ッ! あんな占いを信じるの?」
「……フェデリーコ」
「ッ」
馬車の中で、子爵は息子を睨みつけた。
妻を早くに亡くした子爵は、息子に甘い父親だった。
以前からメンティロソのことでは何度となく注意をしていたものの、無理矢理引き離すような真似はしなかった。頭を床に擦り付けるようにして伯爵とエレーナに謝罪したことはあっても、息子を怒鳴ったり殴りつけたりしたことはない。
「誘導で導き出されたのだとしても、身に覚えがなければメンティロソ嬢がお前の子どもを産んでいるなんて言葉は出てこないのではないか?」
父から射るように睨みつけられるのも、フェデリーコには初めてに近い経験だった。
「……メンティロソの結婚式直前に一度だけ。でも本当に一度だけなんだ。メンティロソはただの幼馴染で、愛しているのはエレーナなんだ」
「自分に婚約者がいて、相手にも婚約者がいるにもかかわらず体を重ねたのなら、それはただの幼馴染ではない」
「だって借金の形に慰み者になるメンティロソが可哀相で」
「慰み者ではない。ちゃんとした正妻だ。お相手の商人は確かに年かさだが、本人に問題があったわけではない。平民の真面目な商人の中には、仕事に夢中で結婚が遅くなる人間がいるものなんだ。それに、お相手のほうから借金返済と引き換えに結婚を申し出たのではない。メンティロソ嬢の父親である男爵が彼に申し込んだんだ」
「メンティロソは嫌がっていた」
「だったら彼女が父親と話し合えば良かった。お前に甘えて、婚約者のエレーナ嬢との関係を引き裂く理由にはならない」
「僕とエレーナの関係を引き裂くだなんて」
「引き裂いたじゃないか。お前とエレーナ嬢の婚約は終わりだ」
「……」
子爵は溜息をついた。
「メンティロソ嬢のお相手は優秀な商人だ。先日叙爵されて子爵となった」
「我が家と同じ……」
「学園を卒業してすぐに嫁いだメンティロソ嬢は産み月が近いのだったな。……お前に似ていない子が生まれることを望むよ」
「……」
沈黙に支配された馬車が王都の子爵邸へと進んでいく。
戻った子爵親子を待っていたのは、裁判所からの召喚状だった。
メンティロソの子どもはもう生まれていた。フェデリーコそっくりな男の子だったという。フェデリーコは、メンティロソの夫にお家乗っ取りの容疑で訴えられたのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
占い師の館へ行ってから、早三年が過ぎていた。
なんとかお家乗っ取りの容疑は晴らしたものの、フェデリーコは不貞の罪からは逃れることは出来なかった。
多額の賠償金がフェデリーコの肩にのしかかっている。
父である子爵は息子のフェデリーコを絶縁した。
子爵家は遠縁の人間を養子にして継がせるのだという。
フェデリーコは賠償金支払いのために犯罪者が送られる鉱山で働いている。
(エレーナや伯爵家まで巻き込まずに済んだだけでも最良の結末だったんだろうな)
夫に離縁されたメンティロソは実家の男爵家へ戻ったようだが、それからどうしているかは知らない。
男爵家に借金が戻った上に、不貞の賠償金も加算されたのだ。どこかへ売られてしまったのかもしれない。
フェデリーコがメンティロソと結婚して、すべてを支払ってやるなんて言えはしない。フェデリーコだって多額の賠償金を抱えている。
(すべてを支払ってやるくらいの覚悟も無しに、幼馴染だというだけでメンティロソに関わっていたこと自体が間違いだったんだ)
今のフェデリーコにはそれがわかる。
メンティロソが産んだ子どもは出自を伏せて孤児院へ送られたと聞いている。
自分の置かれた状況を理解出来ない愚かな両親に育てられるよりも、そのほうが良いのではないかとフェデリーコは思っている。
この王国の貴族は遅くても学園在学中に婚約者を決めて、卒業から一年以内に結婚するのが普通だ。フェデリーコとの婚約解消に手間取ったエレーナの結婚は遅れていたが、良い男性と巡り合って最近結ばれたと聞いている。
(占いの館で父上に、僕にだけ都合の良い未来だと言われたっけ)
エレーナに死んで欲しいと思っていたわけではない。
三年と聞いて、メンティロソが自分の子どもを産んでいたら可愛い盛りだと思ってしまったのである。
エレーナとの間に子どもがいない状態でメンティロソとの子どもの存在を彼女が知ったら、そんなことを考えてしまったために最悪の未来が口から飛び出したのだ。都合が良かったのはエレーナの死ではない。
(妻に裏切られた商人が離縁だけで許してくれるなんてあり得ないよな。支払った借金はそのままで、メンティロソを訴えもせずに自由にしておくなんて、不貞相手の僕のことも放っておくだなんて……都合が良いにもほどがある)
フェデリーコにとって都合の良い未来だったけれど、幸せな未来ではなかった。
(僕の幸せは……)
自嘲の笑みを浮かべた後で、フェデリーコはエレーナの幸福を祈った。
たった三年で終わってしまった幻の結婚生活の中で、フェデリーコはエレーナとともにいて幸せだった。
もちろんそれもフェデリーコにとって都合の良いだけの幻影に過ぎなかったのだけれど──
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