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第二話 オオカミさんと暮らしてみれば
8・『テンセーシャ』でも生きてていいですか?
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オオカミさんは『テンセーシャ』という言葉に、なにか思い当たることがあるようだ。
「太陽の神殿では人は死ぬと雲の園に行くといわれている。月の神殿でいうところの満月の原だ。敬虔な死者はそこで永遠に幸せを享受する。……しかし、太陽の神殿には死者に対するもうひとつの考えがあった。それが『転生』だ」
「テンセー……」
「夜に沈んだ太陽が翌朝昇るように、死んだ人間も新しく生まれてくるというものだ。違う体、違う人間として。魔法の封印に反対していた当時の魔法使いの一派も、同じ考えを持っていたと聞く。『転生』した人間のことを『転生者』と呼ぶのかもしれないな。一度死んで新しく生まれ変わった人間だ」
「テンセー、『転生者』……一度死んで新しく生まれてきた昔の魔法使いなんでしょうか、殺された人たちとか……わたしとか。この世界に生きていちゃいけないって、星の神さまが思ってらっしゃるんでしょうか?」
それなら星の司祭さまに殺されそうになるのもわかる気がした。
星の神さまに与えられた力で、わたしが『転生者』だと気づいたのかもしれない。
オオカミさんは首を横に振った。
「わからない。俺は、違う体で生まれたら別人だと思うんだが、その説によると体が違っても心……魂というものが同じだと、外見も以前生きていたときと似るし考え方も似る。ときには死ぬ前に持っていた力さえ受け継ぐことがあるという」
「そうなんですか……」
「だがそれは悪いことではないだろう。世界がそういう仕組みになっているのだから」
オオカミさんはそっと手を伸ばして、わたしの頭を撫でてくれた。
「いきなり妙なことばかり話して悪かったな。俺が言いたかったのは、気をつけてくれということだけだ。『転生者』という言葉も月の神殿に伝えておく。そして、君がその『転生者』なのだとしても君はなにも悪くない。この世界に生まれるものは、三柱の神によって選ばれる。星の神にも誕生を認められたからこそ、君はここにいるんだ」
「……はい。ありが……」
お礼の言葉を最後まで言うことはできなかった。
どんなに我慢しようとしても涙が止まらないのだ。
オオカミさんは慰めてくれたけど、神さまたちは人間にとって恐ろしいモンスターの誕生だって認めている。
わたしが悪い存在でないとは言い切れない。
だけど──
「……泣かないでくれ。勝手な話だが、君に泣かれると俺も泣きたくなる。いきなり君を殺そうとしたヤツのことなんて気にするな。月の女神から授かった青月だって君に懐いていた。ジョゼもジュールもイネスおばさんも……俺も、君が生きていてくれると嬉しい」
爽やかなミントの匂いがわたしを包む。
オオカミさんがわたしを抱き寄せて甘やかしてくれたので、涙はやがて消えていった。
「そうだ」
片手をわたしの背中に回したまま、オオカミさんが自分の首飾りを外した。
わたしにかけてくれる。
「オオカミさん?」
「この袋には乾かしたミントの葉と、魔玉蜜のかけらが入っている。俺の家は代々魔法と魔具を研究していて、その魔玉蜜は壊れた魔具から取り出したものだ。魔玉蜜には魔法を封じ込めることができる。心配なら、どちらかの魔法を封じ込めておけばいい。バベルの封印迷宮と違って、必要なときに取り出すこともできるから」
「ま、魔玉蜜ってすごく貴重なんですよね? 魔晶蜜だらけの闇バチの巣の中にも、小指の先ほどしかないとか……」
「ああ。だが今のところ俺は使わない。俺の先祖が魔具から取り出したのは、魔玉蜜に狼の獣化魔法を移せないかと思ったからだ。しかし血肉に溶け込んだ獣化魔法だけは魔玉蜜に封じることはできなかった。俺たちが獣化魔法を解ける時間は代を重ねるごとに短くなって……今日君が見た草むらにあった家もなくなった。明日案内できるのも数軒だけだ」
「オ、オオカミさん!」
「なんだ、ノワ」
「あ、ありがとうございます。あのでも、えっと、今のところはどちらの魔法も封じたりしないでおこうと思います。また、迷子の闇バチが来るかもしれないし。だけど、あの……この首飾りはお借りしててもいいですか?」
「もちろんだ。闇バチについては考えていることもある。だが、今夜はもう寝よう」
「はい」
頷いて、わたしはミントの香る布製の首飾りを握り締めた。
乾いた葉っぱの中に硬いものが混じっている感触がある。
体を離して家へと向かうオオカミさんの背中を、わたしは追いかけた。
「太陽の神殿では人は死ぬと雲の園に行くといわれている。月の神殿でいうところの満月の原だ。敬虔な死者はそこで永遠に幸せを享受する。……しかし、太陽の神殿には死者に対するもうひとつの考えがあった。それが『転生』だ」
「テンセー……」
「夜に沈んだ太陽が翌朝昇るように、死んだ人間も新しく生まれてくるというものだ。違う体、違う人間として。魔法の封印に反対していた当時の魔法使いの一派も、同じ考えを持っていたと聞く。『転生』した人間のことを『転生者』と呼ぶのかもしれないな。一度死んで新しく生まれ変わった人間だ」
「テンセー、『転生者』……一度死んで新しく生まれてきた昔の魔法使いなんでしょうか、殺された人たちとか……わたしとか。この世界に生きていちゃいけないって、星の神さまが思ってらっしゃるんでしょうか?」
それなら星の司祭さまに殺されそうになるのもわかる気がした。
星の神さまに与えられた力で、わたしが『転生者』だと気づいたのかもしれない。
オオカミさんは首を横に振った。
「わからない。俺は、違う体で生まれたら別人だと思うんだが、その説によると体が違っても心……魂というものが同じだと、外見も以前生きていたときと似るし考え方も似る。ときには死ぬ前に持っていた力さえ受け継ぐことがあるという」
「そうなんですか……」
「だがそれは悪いことではないだろう。世界がそういう仕組みになっているのだから」
オオカミさんはそっと手を伸ばして、わたしの頭を撫でてくれた。
「いきなり妙なことばかり話して悪かったな。俺が言いたかったのは、気をつけてくれということだけだ。『転生者』という言葉も月の神殿に伝えておく。そして、君がその『転生者』なのだとしても君はなにも悪くない。この世界に生まれるものは、三柱の神によって選ばれる。星の神にも誕生を認められたからこそ、君はここにいるんだ」
「……はい。ありが……」
お礼の言葉を最後まで言うことはできなかった。
どんなに我慢しようとしても涙が止まらないのだ。
オオカミさんは慰めてくれたけど、神さまたちは人間にとって恐ろしいモンスターの誕生だって認めている。
わたしが悪い存在でないとは言い切れない。
だけど──
「……泣かないでくれ。勝手な話だが、君に泣かれると俺も泣きたくなる。いきなり君を殺そうとしたヤツのことなんて気にするな。月の女神から授かった青月だって君に懐いていた。ジョゼもジュールもイネスおばさんも……俺も、君が生きていてくれると嬉しい」
爽やかなミントの匂いがわたしを包む。
オオカミさんがわたしを抱き寄せて甘やかしてくれたので、涙はやがて消えていった。
「そうだ」
片手をわたしの背中に回したまま、オオカミさんが自分の首飾りを外した。
わたしにかけてくれる。
「オオカミさん?」
「この袋には乾かしたミントの葉と、魔玉蜜のかけらが入っている。俺の家は代々魔法と魔具を研究していて、その魔玉蜜は壊れた魔具から取り出したものだ。魔玉蜜には魔法を封じ込めることができる。心配なら、どちらかの魔法を封じ込めておけばいい。バベルの封印迷宮と違って、必要なときに取り出すこともできるから」
「ま、魔玉蜜ってすごく貴重なんですよね? 魔晶蜜だらけの闇バチの巣の中にも、小指の先ほどしかないとか……」
「ああ。だが今のところ俺は使わない。俺の先祖が魔具から取り出したのは、魔玉蜜に狼の獣化魔法を移せないかと思ったからだ。しかし血肉に溶け込んだ獣化魔法だけは魔玉蜜に封じることはできなかった。俺たちが獣化魔法を解ける時間は代を重ねるごとに短くなって……今日君が見た草むらにあった家もなくなった。明日案内できるのも数軒だけだ」
「オ、オオカミさん!」
「なんだ、ノワ」
「あ、ありがとうございます。あのでも、えっと、今のところはどちらの魔法も封じたりしないでおこうと思います。また、迷子の闇バチが来るかもしれないし。だけど、あの……この首飾りはお借りしててもいいですか?」
「もちろんだ。闇バチについては考えていることもある。だが、今夜はもう寝よう」
「はい」
頷いて、わたしはミントの香る布製の首飾りを握り締めた。
乾いた葉っぱの中に硬いものが混じっている感触がある。
体を離して家へと向かうオオカミさんの背中を、わたしは追いかけた。
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