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第三話 オオカミさんとキスをして
2・どこかでなにかが起こっている。
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ミーヌ村にあの少年がいるかもしれないと考えると、星球武器で殴られたときのことが頭に蘇って、全身が強張っていくのがわかった。
それでもほかに方法はない。
オオカミさんも一緒に来てくれる。
わたしは震える声で答えた。
「……はい」
オオカミさんは立ち上がって、テーブル越しにわたしの頭を撫でた。
……毛むくじゃらの黒くて優しい手。
低い声が甘く囁く。
「なにがあっても俺が君を守る。それにそのときは太陽の司祭も一緒だ。ミーヌ村の星の司祭が神殿の所有に関する欺瞞を知っていたのかいなかったのか、神獣裁判でなくては確認できないからな」
「神獣裁判……」
さっきから何度か言葉が出ている神獣裁判──
話にだけは聞いたことがあった。
世界を創った三柱の神さまを祭る神殿は、思想や方策に違いはあるものの人間を愛し慈しむという根本に変わりはない。
神殿の代表である神官や司祭がウソをつき罪を犯したときは、三柱に授けられた神獣が真偽を見極めて裁きを下す。
月の神獣も太陽の神獣も召喚できるよう、神獣裁判は昼と夜の境目に行われる。
「……」
そこまで話したところで、オオカミさんは椅子に座り直して俯いた。
赤みを帯びた黄金色の瞳に光がない、気がする。
「どうしたんですか、オオカミさん」
「……話さないのは卑怯だな……」
「え?」
「手紙には、複数の属性の魔法を持つ人間を襲っていた犯人についての目撃情報も書かれていた。……狼の獣化族と同じ姿だった、らしい」
わたしは言葉を返せなかった。
オオカミさんが話を続ける。
「俺と同じ黒い毛皮だという話だ。君の件とは違うのかもしれないが……気持ちが悪いと思うなら神獣裁判でミーヌ村へ行くまでの間、月の神殿で保護してもらうといい。もう神殿も事情を把握しているから、怪しい人間が近寄れないようにしてくれるはずだ。考えてみたらそのほうが、俺なんかといるより安全かもしれないな」
「わたし……わたしを襲った少年は獣化族じゃなかったです」
「ああ、真犯人の噂を聞いて共感した魔法嫌いの模倣犯かもしれない。だからといって、俺が真犯人ではないという証明にはならないがな」
「オオカミさんが犯人なわけないじゃないですか!」
「俺は野獣やモンスターの生息地を調査すると言って、よく村を離れている。その間なにをしているかなんて、だれにもわからない。君を助けたのだって……そうすることで疑いから逃れようとしたのかもしれない。こうして月の神殿からの返事の内容を話していることだって、誠実さを演出しているだけかもしれないぞ」
「オオカミさんがそんな人なら、ジョゼくんやジュールくんがあんなに懐いてるはずがありません」
「……この前村を案内したときに見ただろう? 俺のように真っ黒な毛皮は少ない。村を出た同胞にもほとんどいないはずだ」
「それなんですけど、あの、色って光の加減で変わって見えるものじゃないですか? イネスさんの焦げ茶の毛皮だって、角度によっては黒く見えますよ。わたしの髪だって赤とか茶色か言われますし……それに」
わたしはミント香る首飾りを握り締めた。
「普段は魔玉蜜に移しておけば、星の司祭さまだって獣化魔法を使えるかもしれません」
「ノワ。前にも言ったが、獣化魔法は魔玉蜜には移せない」
「それは獣化族として血に溶けた魔法のことですよね。流星狼の女王が狼の獣化魔法の封印のかけらを持っているんだから、獣化族じゃなくても上位種の流星狼や下位種の星狼を倒して獣化魔法を習得した人はいるんじゃないですか? そういう人なら魔玉蜜に移すこともできますよね?」
黄金色の瞳を丸くして、オオカミさんはきょとんとした表情でわたしを見つめている。
「オオカミさん?」
「狼の獣化魔法の封印のかけらは、流星狼の女王が持っているのか?」
下位種のモンスターは魔法を持っていても積極的に使うことは少ない。
魔法力がいっぱいでも必要な消費量に足りないことがあるからだ。
毒ウサギのように特殊な使い方をすることもある。
一方上位種のモンスターは複数の魔法を持っていることが多い。
獲物にしたほかのモンスターから相性の良い魔法を受け継いでいるのだ。
複数の魔法を自在に使いこなせるのは魔法力の多い闇バチくらいだと言われているが、生まれ持った魔法よりも獲物から得た使いやすい魔法を主力にしているモンスターは多かった。
そのため女王モンスターが持っている封印のかけらがどの魔法のものなのかが判明している例は少ないと、解毒剤の調合を手伝っていたときにオオカミさんが教えてくれた。
なのに、わたしが知っているのは──
それでもほかに方法はない。
オオカミさんも一緒に来てくれる。
わたしは震える声で答えた。
「……はい」
オオカミさんは立ち上がって、テーブル越しにわたしの頭を撫でた。
……毛むくじゃらの黒くて優しい手。
低い声が甘く囁く。
「なにがあっても俺が君を守る。それにそのときは太陽の司祭も一緒だ。ミーヌ村の星の司祭が神殿の所有に関する欺瞞を知っていたのかいなかったのか、神獣裁判でなくては確認できないからな」
「神獣裁判……」
さっきから何度か言葉が出ている神獣裁判──
話にだけは聞いたことがあった。
世界を創った三柱の神さまを祭る神殿は、思想や方策に違いはあるものの人間を愛し慈しむという根本に変わりはない。
神殿の代表である神官や司祭がウソをつき罪を犯したときは、三柱に授けられた神獣が真偽を見極めて裁きを下す。
月の神獣も太陽の神獣も召喚できるよう、神獣裁判は昼と夜の境目に行われる。
「……」
そこまで話したところで、オオカミさんは椅子に座り直して俯いた。
赤みを帯びた黄金色の瞳に光がない、気がする。
「どうしたんですか、オオカミさん」
「……話さないのは卑怯だな……」
「え?」
「手紙には、複数の属性の魔法を持つ人間を襲っていた犯人についての目撃情報も書かれていた。……狼の獣化族と同じ姿だった、らしい」
わたしは言葉を返せなかった。
オオカミさんが話を続ける。
「俺と同じ黒い毛皮だという話だ。君の件とは違うのかもしれないが……気持ちが悪いと思うなら神獣裁判でミーヌ村へ行くまでの間、月の神殿で保護してもらうといい。もう神殿も事情を把握しているから、怪しい人間が近寄れないようにしてくれるはずだ。考えてみたらそのほうが、俺なんかといるより安全かもしれないな」
「わたし……わたしを襲った少年は獣化族じゃなかったです」
「ああ、真犯人の噂を聞いて共感した魔法嫌いの模倣犯かもしれない。だからといって、俺が真犯人ではないという証明にはならないがな」
「オオカミさんが犯人なわけないじゃないですか!」
「俺は野獣やモンスターの生息地を調査すると言って、よく村を離れている。その間なにをしているかなんて、だれにもわからない。君を助けたのだって……そうすることで疑いから逃れようとしたのかもしれない。こうして月の神殿からの返事の内容を話していることだって、誠実さを演出しているだけかもしれないぞ」
「オオカミさんがそんな人なら、ジョゼくんやジュールくんがあんなに懐いてるはずがありません」
「……この前村を案内したときに見ただろう? 俺のように真っ黒な毛皮は少ない。村を出た同胞にもほとんどいないはずだ」
「それなんですけど、あの、色って光の加減で変わって見えるものじゃないですか? イネスさんの焦げ茶の毛皮だって、角度によっては黒く見えますよ。わたしの髪だって赤とか茶色か言われますし……それに」
わたしはミント香る首飾りを握り締めた。
「普段は魔玉蜜に移しておけば、星の司祭さまだって獣化魔法を使えるかもしれません」
「ノワ。前にも言ったが、獣化魔法は魔玉蜜には移せない」
「それは獣化族として血に溶けた魔法のことですよね。流星狼の女王が狼の獣化魔法の封印のかけらを持っているんだから、獣化族じゃなくても上位種の流星狼や下位種の星狼を倒して獣化魔法を習得した人はいるんじゃないですか? そういう人なら魔玉蜜に移すこともできますよね?」
黄金色の瞳を丸くして、オオカミさんはきょとんとした表情でわたしを見つめている。
「オオカミさん?」
「狼の獣化魔法の封印のかけらは、流星狼の女王が持っているのか?」
下位種のモンスターは魔法を持っていても積極的に使うことは少ない。
魔法力がいっぱいでも必要な消費量に足りないことがあるからだ。
毒ウサギのように特殊な使い方をすることもある。
一方上位種のモンスターは複数の魔法を持っていることが多い。
獲物にしたほかのモンスターから相性の良い魔法を受け継いでいるのだ。
複数の魔法を自在に使いこなせるのは魔法力の多い闇バチくらいだと言われているが、生まれ持った魔法よりも獲物から得た使いやすい魔法を主力にしているモンスターは多かった。
そのため女王モンスターが持っている封印のかけらがどの魔法のものなのかが判明している例は少ないと、解毒剤の調合を手伝っていたときにオオカミさんが教えてくれた。
なのに、わたしが知っているのは──
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