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第八話 メンダークス
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一度目の人生のことは、今ではぼんやりとしか思い出せない。
すべてが上手く行かなかったことだけは覚えている。
カラマンリス子爵家は貧しく、古くからの資源も新しい産業もなく、強大なアサナソプロス辺境伯家に睨まれていた。ヤノプロス侯爵家が間に入って取り持ってくれようとしていたのだが、代替わりによってそれもなくなった。廃鉱から魔導金属が発見されて、侯爵家全体が忙しくなったせいもあるかもしれない。
アサナソプロス辺境伯家のオルガ様──僕の父の元婚約者が孤独のうちに亡くなってすぐに、彼女の弟である辺境伯が子爵領に攻め込んできた。
理由は……なんだったかな。
父がオルガ様との婚約を破棄してから、辺境伯家は北の山脈から襲い来る魔獣が子爵領へ向かうのを放置するようになっていた。いくら山脈の麓にあるからといって、辺境伯家が命懸けでほかの貴族家を守る義務はなかったのだから仕方がない。魔獣の襲撃に対応出来ず衰退していた子爵領は、あっさりとその歴史を閉じた。
トゥレラも死んでしまった。愛しいトゥレラ、僕の従姉、早くに両親を喪った僕の大切な家族。
だけど奇跡が起きた。
アサナソプロス辺境伯の槍で貫かれた僕が深い闇の底から目覚めると、子爵家滅亡から三年前に戻っていたのだ。
三年ぶんの未来の記憶を使って、僕はカラマンリス子爵領を守った。魔獣の襲撃に備えて軍備を充実させたのだ。そのための予算は、これから流行になるとわかっていた物品を借金して買い占め高値で販売することで稼いだ。
二度目のときも僕はトゥレラを愛していた。
でも叔父の娘である彼女と結婚出来ないことはわかっていた。父の異母弟である叔父は子爵家の家臣という立場で、子爵家を支える後ろ盾にはなり得なかったから。
僕はヤノプロス侯爵家の令嬢ディミトゥラに結婚を申し込んだ。代替わり前の侯爵、辺境伯家と子爵家の和睦を望むディミトゥラの父はこの縁談を受け入れてくれた。
僕とトゥレラはすでに男女の関係だったが、結婚の申し込みの前に別れ、彼女は親子ほども年齢の違う子爵家重臣の後妻として嫁いでいた。
やって来たディミトゥラはトゥレラよりも美しくトゥレラよりも賢かったけれど、トゥレラよりも愛することは出来なかった。
ディミトゥラの美しさは北の山脈の氷雪のように冷たく、ディミトゥラの賢さは振り下ろされる剣の鋭さのように情がなかった。それでも僕は政略結婚の相手として、ディミトゥラを大切に扱った。
やがてディミトゥラに子どもが出来た。
身籠った彼女は悪阻が重く、寝室に籠もりきりになった。
政略結婚の相手と四六時中一緒にいなくても良くなって、僕は解放された気分になった。それでつい、トゥレラのところへ行ってしまったのだ。
浮気ではない。
契約の神に誓って浮気はしていない。従姉で家族で幼馴染のトゥレラと昔話に興じたかっただけだ。
しかし周囲はそうは見なかった。トゥレラの夫だった老いた重臣が彼女を浮気女と罵り、殺そうとしたのだ。親子ほども年齢が違うのに、彼は嫉妬に身をやつすほど妻となったトゥレラを愛するようになっていたのだろうか。
「……違う」
おや、だれかの声がした。
だれだろうか。辺りを見回そうとするが、なにも見えない。
僕は目を失ってしまったのだろうか。誰何しようとしても口もない。
「貴様の重臣があの女を殺そうとしたのは、貴様の愚行をヤノプロス侯爵家に知られたくなかったからだ。ディミトゥラ様の持参金として魔導金属の出る鉱山を受け取り、アサナソプロス辺境伯家との和睦に尽力してもらい、ディミトゥラ様の生活費として多額の支援金を受け取っておいて、よくもまあ愛人とよりを戻せたものだ」
すべてが上手く行かなかったことだけは覚えている。
カラマンリス子爵家は貧しく、古くからの資源も新しい産業もなく、強大なアサナソプロス辺境伯家に睨まれていた。ヤノプロス侯爵家が間に入って取り持ってくれようとしていたのだが、代替わりによってそれもなくなった。廃鉱から魔導金属が発見されて、侯爵家全体が忙しくなったせいもあるかもしれない。
アサナソプロス辺境伯家のオルガ様──僕の父の元婚約者が孤独のうちに亡くなってすぐに、彼女の弟である辺境伯が子爵領に攻め込んできた。
理由は……なんだったかな。
父がオルガ様との婚約を破棄してから、辺境伯家は北の山脈から襲い来る魔獣が子爵領へ向かうのを放置するようになっていた。いくら山脈の麓にあるからといって、辺境伯家が命懸けでほかの貴族家を守る義務はなかったのだから仕方がない。魔獣の襲撃に対応出来ず衰退していた子爵領は、あっさりとその歴史を閉じた。
トゥレラも死んでしまった。愛しいトゥレラ、僕の従姉、早くに両親を喪った僕の大切な家族。
だけど奇跡が起きた。
アサナソプロス辺境伯の槍で貫かれた僕が深い闇の底から目覚めると、子爵家滅亡から三年前に戻っていたのだ。
三年ぶんの未来の記憶を使って、僕はカラマンリス子爵領を守った。魔獣の襲撃に備えて軍備を充実させたのだ。そのための予算は、これから流行になるとわかっていた物品を借金して買い占め高値で販売することで稼いだ。
二度目のときも僕はトゥレラを愛していた。
でも叔父の娘である彼女と結婚出来ないことはわかっていた。父の異母弟である叔父は子爵家の家臣という立場で、子爵家を支える後ろ盾にはなり得なかったから。
僕はヤノプロス侯爵家の令嬢ディミトゥラに結婚を申し込んだ。代替わり前の侯爵、辺境伯家と子爵家の和睦を望むディミトゥラの父はこの縁談を受け入れてくれた。
僕とトゥレラはすでに男女の関係だったが、結婚の申し込みの前に別れ、彼女は親子ほども年齢の違う子爵家重臣の後妻として嫁いでいた。
やって来たディミトゥラはトゥレラよりも美しくトゥレラよりも賢かったけれど、トゥレラよりも愛することは出来なかった。
ディミトゥラの美しさは北の山脈の氷雪のように冷たく、ディミトゥラの賢さは振り下ろされる剣の鋭さのように情がなかった。それでも僕は政略結婚の相手として、ディミトゥラを大切に扱った。
やがてディミトゥラに子どもが出来た。
身籠った彼女は悪阻が重く、寝室に籠もりきりになった。
政略結婚の相手と四六時中一緒にいなくても良くなって、僕は解放された気分になった。それでつい、トゥレラのところへ行ってしまったのだ。
浮気ではない。
契約の神に誓って浮気はしていない。従姉で家族で幼馴染のトゥレラと昔話に興じたかっただけだ。
しかし周囲はそうは見なかった。トゥレラの夫だった老いた重臣が彼女を浮気女と罵り、殺そうとしたのだ。親子ほども年齢が違うのに、彼は嫉妬に身をやつすほど妻となったトゥレラを愛するようになっていたのだろうか。
「……違う」
おや、だれかの声がした。
だれだろうか。辺りを見回そうとするが、なにも見えない。
僕は目を失ってしまったのだろうか。誰何しようとしても口もない。
「貴様の重臣があの女を殺そうとしたのは、貴様の愚行をヤノプロス侯爵家に知られたくなかったからだ。ディミトゥラ様の持参金として魔導金属の出る鉱山を受け取り、アサナソプロス辺境伯家との和睦に尽力してもらい、ディミトゥラ様の生活費として多額の支援金を受け取っておいて、よくもまあ愛人とよりを戻せたものだ」
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