7 / 13
第七話 ディミトゥラの二度目の終わり
しおりを挟む
「でも……夢の中の子爵は愛人と別れて求婚して来たけれど、現実の彼は愛人と別れないまま求婚して来たのよ?」
「ちょっとしたことで未来は変わるものです。子爵が愛人と別れて求婚して来たときに備えて、そういう予知夢を見せられたのではないですか?」
「……」
それとですね、とエラフィスは溜息をつきます。
「貴族の方々が政略結婚で離縁したり死別したりして、新しいお相手と再婚するのは珍しいことではないでしょう? そもそも夢の話なのですから、ディミトゥラ様は穢れてなんかいらっしゃいません。……俺が嫌いですか? そうでないのなら妻になっていただけませんか?」
「……」
「俺の母親が呪木様の神官でも罵声を浴びせたり嘲ったりせず、俺達の知識を価値あるものだと評価してくださったのはディミトゥラ様とヤノプロス侯爵家の方々だけでした。さっきも俺のおこないを認めてくださいましたよね? 俺はディミトゥラ様が好きです。だれにも渡したくないと思うほど愛しています」
「……エラフィス……っ!」
私は感極まって彼に抱き着いてしまいました。
彼の逞しい腕が、優しく私の背中に回りました。
エラフィスの肩越しに、貴族令嬢の感情に任せた行動を止めるためにいたはずの侍女が満足そうに頷いているのが見えました。たぶん館の窓から見ていた家族も、私の行動に安堵していることでしょう。
……仕方がありません。私がエラフィスを大好きなのは事実なのですから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ケラトはご機嫌斜めですねー」
私とエラフィスが結婚して、気が付くと一年以上が過ぎていました。
そろそろ予知夢で見た年月を追い越します。
エラフィスは廃鉱から魔導金属を見つけ出した褒賞として新しい家を興すことを許されたので、私が彼の子どもとして産んだ男の子はヤノプロス侯爵家の血筋で家の跡取りということでケラトの名前を許されました。成長したら義姉が産んだ侯爵家の跡取りは大ケラトで、うちの子は小ケラトと呼ばれるようになるでしょう。
私はエラフィスがいなくて不機嫌なケラトを抱き締めて、優しく背中を叩きました。
幸せな日々がずっと続くと信じていたのに、今我が家にエラフィスはいません。
カラマンリス子爵領へ行っているのです。オルガ様がお亡くなりになられて、子爵家に向けて兵を挙げたアサナソプロス辺境伯を父や兄とともに止めに行ったのです。
予知夢の中では亡くなっていた父は現実では健在です。
軽い風邪が原因で亡くなるはずだった父は、エラフィスが開発した新薬によって命を取り留めました。もちろん薬師と相談の上で処方されたものです。
エラフィスが新薬を開発してくれたのは、私の予知夢によって父の死を知ったからでした。
「お嬢様、そんな捕らえられたばかりの熊みたいに部屋の中でウロウロしていても仕方がありませんよ。旦那様が作り置きしていってくださったお茶でも飲んで落ち着いてくださいませ」
いつものお茶の香りに、私の腕の中でぐずっていたケラトが笑顔になります。
「そうね。ふふ、お父様のお茶の香りで笑顔になって……ケラトは本当にお父様が大好きなのね」
「旦那様を大好きなのはお嬢様もでしょう?」
「いつまでもお嬢様と呼ぶのはやめて。……貴女も一緒にお茶を飲みましょう?」
ケラトを子ども用の寝台に寝かせ、私は侍女と卓に着きました。
侍女の言った通りエラフィスが調合してくれたお茶を唇に運びます。
心を落ち着かせてくれる爽やかな香りに包まれていると、突然、世界が歪んで──
「ちょっとしたことで未来は変わるものです。子爵が愛人と別れて求婚して来たときに備えて、そういう予知夢を見せられたのではないですか?」
「……」
それとですね、とエラフィスは溜息をつきます。
「貴族の方々が政略結婚で離縁したり死別したりして、新しいお相手と再婚するのは珍しいことではないでしょう? そもそも夢の話なのですから、ディミトゥラ様は穢れてなんかいらっしゃいません。……俺が嫌いですか? そうでないのなら妻になっていただけませんか?」
「……」
「俺の母親が呪木様の神官でも罵声を浴びせたり嘲ったりせず、俺達の知識を価値あるものだと評価してくださったのはディミトゥラ様とヤノプロス侯爵家の方々だけでした。さっきも俺のおこないを認めてくださいましたよね? 俺はディミトゥラ様が好きです。だれにも渡したくないと思うほど愛しています」
「……エラフィス……っ!」
私は感極まって彼に抱き着いてしまいました。
彼の逞しい腕が、優しく私の背中に回りました。
エラフィスの肩越しに、貴族令嬢の感情に任せた行動を止めるためにいたはずの侍女が満足そうに頷いているのが見えました。たぶん館の窓から見ていた家族も、私の行動に安堵していることでしょう。
……仕方がありません。私がエラフィスを大好きなのは事実なのですから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ケラトはご機嫌斜めですねー」
私とエラフィスが結婚して、気が付くと一年以上が過ぎていました。
そろそろ予知夢で見た年月を追い越します。
エラフィスは廃鉱から魔導金属を見つけ出した褒賞として新しい家を興すことを許されたので、私が彼の子どもとして産んだ男の子はヤノプロス侯爵家の血筋で家の跡取りということでケラトの名前を許されました。成長したら義姉が産んだ侯爵家の跡取りは大ケラトで、うちの子は小ケラトと呼ばれるようになるでしょう。
私はエラフィスがいなくて不機嫌なケラトを抱き締めて、優しく背中を叩きました。
幸せな日々がずっと続くと信じていたのに、今我が家にエラフィスはいません。
カラマンリス子爵領へ行っているのです。オルガ様がお亡くなりになられて、子爵家に向けて兵を挙げたアサナソプロス辺境伯を父や兄とともに止めに行ったのです。
予知夢の中では亡くなっていた父は現実では健在です。
軽い風邪が原因で亡くなるはずだった父は、エラフィスが開発した新薬によって命を取り留めました。もちろん薬師と相談の上で処方されたものです。
エラフィスが新薬を開発してくれたのは、私の予知夢によって父の死を知ったからでした。
「お嬢様、そんな捕らえられたばかりの熊みたいに部屋の中でウロウロしていても仕方がありませんよ。旦那様が作り置きしていってくださったお茶でも飲んで落ち着いてくださいませ」
いつものお茶の香りに、私の腕の中でぐずっていたケラトが笑顔になります。
「そうね。ふふ、お父様のお茶の香りで笑顔になって……ケラトは本当にお父様が大好きなのね」
「旦那様を大好きなのはお嬢様もでしょう?」
「いつまでもお嬢様と呼ぶのはやめて。……貴女も一緒にお茶を飲みましょう?」
ケラトを子ども用の寝台に寝かせ、私は侍女と卓に着きました。
侍女の言った通りエラフィスが調合してくれたお茶を唇に運びます。
心を落ち着かせてくれる爽やかな香りに包まれていると、突然、世界が歪んで──
516
あなたにおすすめの小説
あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
良くある事でしょう。
r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。
若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。
けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。
夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──
もう何も信じられない
ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。
ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。
その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。
「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」
あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
泣き虫エリー
梅雨の人
恋愛
幼いころに父に教えてもらったおまじないを口ずさみ続ける泣き虫で寂しがり屋のエリー。
初恋相手のロニーと念願かなって気持ちを通じ合わせたのに、ある日ロニーは突然街を去ることになってしまった。
戻ってくるから待ってて、という言葉を残して。
そして年月が過ぎ、エリーが再び恋に落ちたのは…。
強く逞しくならざるを得なかったエリーを大きな愛が包み込みます。
「懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。」に出てきたエリーの物語をどうぞお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる