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第五話 ディミトゥラの二度目
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父と話をした後で、私は母と兄に怒られ、侍女に泣かれました。
それ自体は自分のせいなので良いのですが、どうもみんな私がエラフィスを好き過ぎて異常行動を取るほど拗らせていると認識しているようなので困ります。
母には、あの人に似てしまったのねえ、と言われて残念そうに溜息をつかれてしまいました。
幸いエラフィスは優しくて思いやりのある人なので、勝手に思い込んで私に近寄って来たりしないので助かります。……少しだけそれを寂しく思ってしまう自分が情けないです。
「お嬢様はお顔が整っていますし、貴族令嬢としてのお勉強も頑張っていらしたので落ち着いた淑女のように見えますけれど、中身は子どものころから変わっていらっしゃいませんからね」
自室でお茶を飲んでいたら、侍女にそんなことを言われてしまいました。
子どもを産んだこともある大人なのよ、と言いたくなるのを抑えます。
ケラトを愛しいと思う気持ちとあの記憶を思い出したくないという気持ちが、胸の中で渦巻いています。けれど爽やかな風味のお茶が喉を流れ落ちていくとともに、乱れた心は落ち着いていきました。
「……このお茶、とても美味しいわね」
「お気に召しましたか?」
侍女はもの言いたげな笑みを浮かべて私を見ています。
もしかして、と思ったものの聞かないことにします。
聞かないことにしたのに、侍女は勝手に言葉を続けました。
「エラフィスさんがお嬢様のために特別に調合してくれたお茶なんですよ」
「……そう」
この王国は多神教です。
結婚は契約の神の神殿でおこなわなければなりませんが、それ以外の個人の信仰は自由です。王都では神々の数だけ神殿があると聞きます。
この辺りではひとつの神殿で複数の神々を祀っています。
中には神殿に祀られていない神を信仰している人々もいます。
エラフィスもそのひとりです。
彼は亡くなったお母様から森の聖地に鎮座する呪木の神官の役目を受け継ぎました。呪木とは名前の通り樹木の神で、そのため彼は植物に詳しいのです。
怪我に効く薬草、病気に効く薬草、料理を美味しくする香草も、彼に聞けば教えてくれます。
時間が戻ったばかりのころ、以前の記憶を悪夢に見てうなされていた私のために、香りの良い花を乾燥させたものを詰めた匂い袋を作ってくれたこともありました。
あの優しい香りの匂い袋がなかったら、私は睡眠不足で体調を崩していたかもしれません。
そっと頬の傷痕に触れます。
この傷が目立たぬようにと、エラフィスは薬草を煮詰めて白い軟膏を作ってくれました。
心地良い香りのついた肌を痛めない軟膏です。彼は簡単な調合もするのですが、専門的な治療は薬師に任せています。この傷を診てくれたのは女性の薬師でした。
彼の優しさに触れるたびに好きな気持ちが大きくなって、その気持ちに刺激されて時間が戻る前のことを思い出して絶望します。
周りに私がエラフィスを好きなのだと思われているのは当たり前のことです。
だって本当に好きなのですから。
あの記憶を忘れられたら、と思います。
でもケラトのことは忘れたくないのです。
守ってあげられなかった代わりに、ずっと覚えていてあげたいのです。
ヤノプロス侯爵家の娘として、貴族令嬢としての義務も考えなければなりません。
頬に傷のある令嬢でも良いという方がいらっしゃるかもしれません。
侯爵家に利をもたらしてくれる人ならば、身内の家臣に嫁いでも良いのです。身内の……時間が戻る前、私は婚家ではエラフィスのことを考えないようにしていました。メンダークスに愛人がいるからといって、自分も不貞をするのは違うと思ったのです。たとえそれが心の中だけでも。
今の私に夫はいません。
周囲も温かく見守ってくれています。
問題は私の記憶だけなのです。だから、いつか自分の中で決着がつくまでは、エラフィスの面影を胸に抱いていても良いのではないかと、私は思いました。
それ自体は自分のせいなので良いのですが、どうもみんな私がエラフィスを好き過ぎて異常行動を取るほど拗らせていると認識しているようなので困ります。
母には、あの人に似てしまったのねえ、と言われて残念そうに溜息をつかれてしまいました。
幸いエラフィスは優しくて思いやりのある人なので、勝手に思い込んで私に近寄って来たりしないので助かります。……少しだけそれを寂しく思ってしまう自分が情けないです。
「お嬢様はお顔が整っていますし、貴族令嬢としてのお勉強も頑張っていらしたので落ち着いた淑女のように見えますけれど、中身は子どものころから変わっていらっしゃいませんからね」
自室でお茶を飲んでいたら、侍女にそんなことを言われてしまいました。
子どもを産んだこともある大人なのよ、と言いたくなるのを抑えます。
ケラトを愛しいと思う気持ちとあの記憶を思い出したくないという気持ちが、胸の中で渦巻いています。けれど爽やかな風味のお茶が喉を流れ落ちていくとともに、乱れた心は落ち着いていきました。
「……このお茶、とても美味しいわね」
「お気に召しましたか?」
侍女はもの言いたげな笑みを浮かべて私を見ています。
もしかして、と思ったものの聞かないことにします。
聞かないことにしたのに、侍女は勝手に言葉を続けました。
「エラフィスさんがお嬢様のために特別に調合してくれたお茶なんですよ」
「……そう」
この王国は多神教です。
結婚は契約の神の神殿でおこなわなければなりませんが、それ以外の個人の信仰は自由です。王都では神々の数だけ神殿があると聞きます。
この辺りではひとつの神殿で複数の神々を祀っています。
中には神殿に祀られていない神を信仰している人々もいます。
エラフィスもそのひとりです。
彼は亡くなったお母様から森の聖地に鎮座する呪木の神官の役目を受け継ぎました。呪木とは名前の通り樹木の神で、そのため彼は植物に詳しいのです。
怪我に効く薬草、病気に効く薬草、料理を美味しくする香草も、彼に聞けば教えてくれます。
時間が戻ったばかりのころ、以前の記憶を悪夢に見てうなされていた私のために、香りの良い花を乾燥させたものを詰めた匂い袋を作ってくれたこともありました。
あの優しい香りの匂い袋がなかったら、私は睡眠不足で体調を崩していたかもしれません。
そっと頬の傷痕に触れます。
この傷が目立たぬようにと、エラフィスは薬草を煮詰めて白い軟膏を作ってくれました。
心地良い香りのついた肌を痛めない軟膏です。彼は簡単な調合もするのですが、専門的な治療は薬師に任せています。この傷を診てくれたのは女性の薬師でした。
彼の優しさに触れるたびに好きな気持ちが大きくなって、その気持ちに刺激されて時間が戻る前のことを思い出して絶望します。
周りに私がエラフィスを好きなのだと思われているのは当たり前のことです。
だって本当に好きなのですから。
あの記憶を忘れられたら、と思います。
でもケラトのことは忘れたくないのです。
守ってあげられなかった代わりに、ずっと覚えていてあげたいのです。
ヤノプロス侯爵家の娘として、貴族令嬢としての義務も考えなければなりません。
頬に傷のある令嬢でも良いという方がいらっしゃるかもしれません。
侯爵家に利をもたらしてくれる人ならば、身内の家臣に嫁いでも良いのです。身内の……時間が戻る前、私は婚家ではエラフィスのことを考えないようにしていました。メンダークスに愛人がいるからといって、自分も不貞をするのは違うと思ったのです。たとえそれが心の中だけでも。
今の私に夫はいません。
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問題は私の記憶だけなのです。だから、いつか自分の中で決着がつくまでは、エラフィスの面影を胸に抱いていても良いのではないかと、私は思いました。
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