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第六話 王太子②
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「そう、ですか……」
再び俯いた王太子を見て、祖父王は溜息を漏らした。
「……そちの異母兄、第一王子を弑したのはそちの母だ」
「っ?」
「第一王子の体が弱かったのは、幼いころにそちの母に飲まされた毒の後遺症だ。そのときすぐに始末しておけば良かったのだが、あの女の腹にはもうそちがいた。証拠はなかったし、産まれてくるそちに罪はないと、余はあの女を見逃してしまったのだ」
「……」
「正妃の献身的な看病と隣国から取り寄せた解毒剤による治療で、第一王子は十歳になるころにはなんとか回復していた。だがそれを祝ってお披露目をする前に、第一王子は攫われた」
「……それも母が?」
「ああ。このときは証拠が見つかった。余はそちの母を処刑しようとしたが、息子に泣かれて出来なかった。……第一王子は戻ってこなかった」
正妃は子どものいなくなったこの国には未練がなかったため、すべてを秘密にすることと引き換えに祖国へと戻っていったのだという。
祖父王がすべてを秘密にしたのは、こんなことを知られたら両国で戦争が起きてしまうからだ。
どちらの国も王太子の父世代の人間は少なかった。彼らが幼児だったときにこの辺りを襲った寒波のせいで、多くの幼い命が奪われたからだ。
本来なら王太子には、ふたりの伯父とひとりの叔母がいた。祖父王の妃も看病疲れで同じころに亡くなっている。
この上戦争になって働き盛りの人間が喪われたら、どちらの国も滅亡に近づくことだろう。
正妃はそれをわかっていた。
王太子の母は身分が低かった。
正妃がいなくなっても、成り代わることは出来なかった。
祖父王が神殿に金を注ぎ込んで嫡子としても、後ろ盾のない王太子の未来は閉ざされていた。そして──
「余は息子が可愛かった。どんなに愚かでも愛しくてならなかった。そちのこともだ。だが今でも悔やむ。第一王子が攫われたときにあの女と息子を始末しておけば、あんなことは起こらなかったのに、と」
祖父王は国内最大派閥の頂点に立つ公爵家の令嬢に王太子との婚約を打診したが、返答は芳しいものではなかった。
公爵令嬢の母親は隣国の大公令嬢で、第一王子の母親の従姉だった。
従妹の正妃に対する冷遇への蟠りもあったのだが、公爵家が令嬢と王太子の婚約を拒んだ一番の理由は、公爵令嬢の母が大公家のひとり娘だったからだ。これも寒波のせいである。
大公はひとり娘が公爵に嫁ぐとき、ふたりの間に生まれた第二子を大公家の跡取りにすることを約束させていた。
公爵令嬢は隣国の大公家の跡取りになる予定だったのだ。
祖父王は公爵令嬢を諦めて、国内外から王太子の婚約者を探そうとしていたのだけれど、贅沢好きで強欲な愛妾は裕福な公爵家の令嬢を諦めなかった。
「公爵夫妻を殺して、年若い息子を当主に据えれば王家に逆らえないと思ったのだろう」
愛妾は、先代公爵夫妻を事故に見せかけて殺した。
「……余も愚か者だ。氷の公爵に証拠を見せられるまで本当に事故だと信じ、その機に乗じてそちと公爵令嬢の婚約を結ばせてしまったのだから」
周囲に見くびられていた年若い新公爵は、爵位を継いで数ヶ月で愛妾が両親を殺した証拠を祖父王に差し出した。
「もう婚約を白紙撤回することは不可能だったが、公爵はそちが妹を幸せにしてくれるのなら、隣国の大公は自分が説得するとまで言ってくれた。余はその言葉に甘え、婚約の代償として……そちの母を始末した」
「っ!」
「罪を暴いて処刑すれば、そちにまで累が及ぶからな。息子が自害してあの女の後を追ったとき、心から思った。もっと早くこうしておけば良かった、と。そのときはもう息子の死を悲しむ心も無くなっていたのだ」
「……」
「そちに秘密にしていたのは、そちの母を始末したことで恨まれるのを恐れたからではない。恨まれるのも国王の仕事だからな。……そちに母親の罪に対する罪悪感を持たせたくなかったからだ。子どもに罪はない。氷の公爵も令嬢に両親の死の真相は伝えていない。そちを憎んだりしないようにだ」
だが間違っていた、と祖父王は呟く。
再び俯いた王太子を見て、祖父王は溜息を漏らした。
「……そちの異母兄、第一王子を弑したのはそちの母だ」
「っ?」
「第一王子の体が弱かったのは、幼いころにそちの母に飲まされた毒の後遺症だ。そのときすぐに始末しておけば良かったのだが、あの女の腹にはもうそちがいた。証拠はなかったし、産まれてくるそちに罪はないと、余はあの女を見逃してしまったのだ」
「……」
「正妃の献身的な看病と隣国から取り寄せた解毒剤による治療で、第一王子は十歳になるころにはなんとか回復していた。だがそれを祝ってお披露目をする前に、第一王子は攫われた」
「……それも母が?」
「ああ。このときは証拠が見つかった。余はそちの母を処刑しようとしたが、息子に泣かれて出来なかった。……第一王子は戻ってこなかった」
正妃は子どものいなくなったこの国には未練がなかったため、すべてを秘密にすることと引き換えに祖国へと戻っていったのだという。
祖父王がすべてを秘密にしたのは、こんなことを知られたら両国で戦争が起きてしまうからだ。
どちらの国も王太子の父世代の人間は少なかった。彼らが幼児だったときにこの辺りを襲った寒波のせいで、多くの幼い命が奪われたからだ。
本来なら王太子には、ふたりの伯父とひとりの叔母がいた。祖父王の妃も看病疲れで同じころに亡くなっている。
この上戦争になって働き盛りの人間が喪われたら、どちらの国も滅亡に近づくことだろう。
正妃はそれをわかっていた。
王太子の母は身分が低かった。
正妃がいなくなっても、成り代わることは出来なかった。
祖父王が神殿に金を注ぎ込んで嫡子としても、後ろ盾のない王太子の未来は閉ざされていた。そして──
「余は息子が可愛かった。どんなに愚かでも愛しくてならなかった。そちのこともだ。だが今でも悔やむ。第一王子が攫われたときにあの女と息子を始末しておけば、あんなことは起こらなかったのに、と」
祖父王は国内最大派閥の頂点に立つ公爵家の令嬢に王太子との婚約を打診したが、返答は芳しいものではなかった。
公爵令嬢の母親は隣国の大公令嬢で、第一王子の母親の従姉だった。
従妹の正妃に対する冷遇への蟠りもあったのだが、公爵家が令嬢と王太子の婚約を拒んだ一番の理由は、公爵令嬢の母が大公家のひとり娘だったからだ。これも寒波のせいである。
大公はひとり娘が公爵に嫁ぐとき、ふたりの間に生まれた第二子を大公家の跡取りにすることを約束させていた。
公爵令嬢は隣国の大公家の跡取りになる予定だったのだ。
祖父王は公爵令嬢を諦めて、国内外から王太子の婚約者を探そうとしていたのだけれど、贅沢好きで強欲な愛妾は裕福な公爵家の令嬢を諦めなかった。
「公爵夫妻を殺して、年若い息子を当主に据えれば王家に逆らえないと思ったのだろう」
愛妾は、先代公爵夫妻を事故に見せかけて殺した。
「……余も愚か者だ。氷の公爵に証拠を見せられるまで本当に事故だと信じ、その機に乗じてそちと公爵令嬢の婚約を結ばせてしまったのだから」
周囲に見くびられていた年若い新公爵は、爵位を継いで数ヶ月で愛妾が両親を殺した証拠を祖父王に差し出した。
「もう婚約を白紙撤回することは不可能だったが、公爵はそちが妹を幸せにしてくれるのなら、隣国の大公は自分が説得するとまで言ってくれた。余はその言葉に甘え、婚約の代償として……そちの母を始末した」
「っ!」
「罪を暴いて処刑すれば、そちにまで累が及ぶからな。息子が自害してあの女の後を追ったとき、心から思った。もっと早くこうしておけば良かった、と。そのときはもう息子の死を悲しむ心も無くなっていたのだ」
「……」
「そちに秘密にしていたのは、そちの母を始末したことで恨まれるのを恐れたからではない。恨まれるのも国王の仕事だからな。……そちに母親の罪に対する罪悪感を持たせたくなかったからだ。子どもに罪はない。氷の公爵も令嬢に両親の死の真相は伝えていない。そちを憎んだりしないようにだ」
だが間違っていた、と祖父王は呟く。
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