たとえ番でないとしても

豆狸

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幕間 大公家次男は夢を見る①

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 収穫祭の日、ガヴラス大公家の次男坊オレステスはカサヴェテス竜王国の王宮に与えられている自室で寝ていた。
 近衛騎士隊の副隊長として普段は昼間の離宮警備を受け持っている彼だが、昨日は兄のため夜勤を代行していたのだ。
 いつもと生活時間が違っているせいか、熟睡はしていない。夢を見ながらも、ぼんやりと意識が覚醒して、それが夢だと理解している状態だった。

 夢の中、オレステスはガヴラス大公領にある自宅にいた。
 目の前にはベッドがあって子どもが横たえられている。弟、大公家三男のマニウスだ。
 オレステスよりも三歳年下のマニウスはまだ五歳で、汗だくの顔を真っ赤にして荒い息を漏らしている。竜人族の強い魔力が制御出来なくなって発熱しているのだ。全身から飛び出している魔力の鱗は、触るものをすべて傷つけた。

(ああ……覚えている)

 夢だが、現実とまったく関わりがないわけではない。
 これはオレステスの記憶にある光景だった。
 竜人族特有のこの病気に治療法はない。王弟を当主に持つ大公家であってもなす術はなかった。オレステスの弟は死んだ。跡取りの長男ソティリオス予備の次男オレステスも無事で良かったと、だれもが言っていた。

 今、夢の中にはあのときいなかった人物がいた。
 十歳のディアナだ。
 それは、彼女が夏に王都周辺の農家を回って作物の魔物化や昂る土地の魔力を鎮めたり、この竜人族の病気を治したりしていたことを知ったオレステスが夢見たことであった。あのとき、彼女がいれば弟は助かったのではないか、と──

(でも、まったく可能性のないことじゃない)

 ガヴラス大公領は、ディアナの母の実家であるパルミエリ辺境伯領と親しい。
 カサヴェテス竜王国とリナルディ王国の中間地点で発生した魔物の大暴走スタンピードで共闘したことが何度かあったのだ。
 ディアナの母が不貞などなかったと証明されることを信じて投獄を受け入れたりせず王家や伯爵家の訴えを不当と断じて実家に戻っていれば、その数年前の大暴走スタンピード被害からのパルミエリ辺境伯家の再建にガヴラス大公家が助力を申し出ていれば、あったかもしれない過去だった。

 こんな風だったのではないかとオレステスが想像した幼いディアナが、細い腕を伸ばしてマニウスの上に手を翳す。
 オレステスは、精霊王に魔導の使い方を教わっているディアナの姿をよく見ていた。
 彼女の手はいつも優しく世界を撫でていた。夏の終わりに離宮を訪ねてきた精霊王とその家族がディアナに撫でられようと競い合っていた姿も記憶に新しい。

 マニウスの顔から汗が引く。
 息が落ち着き、熱から生じた赤みが和らいでいく。
 やがて、マニウスはぱちりと瞼を上げた。オレステスの弟は、黄金色の髪と瞳を持っている。後の竜王ニコラオスと同じ黄金色の瞳がディアナを映し、幼い少年は微笑んだ。

(どうして……)

 オレステスの心に生じた言葉には、ふたつの意味が含まれていた。
 ──どうしてあのとき、ディアナがいてくれなかったのだろう。
 どうして、竜王ニコラオスは彼女に恋をしないのだろう。つがいかどうかということは、そんなに大切なことなのだろうか。
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