たとえ番でないとしても

豆狸

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幕間 大公家次男は夢を見る②

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 ディアナは夜の化身のようだ。
 強い魔力を持つ竜人族には、魔導の才を持たないものの特徴である彼女の黒い髪と紫の瞳は奇異に映る。生きるものを弱らせ死に至らせる邪悪な闇の魔力の持ち主ではないかと恐れる者もいるかもしれない。
 光の魔力の強い竜人族は夜を恐れる。

 だけど、オレステスはディアナを恐れてはいない。
 むしろ彼女と関わるようになったことで、弟のマニウスを喪ってからずっと恐れていた夜が怖くなくなった。
 抗えない死へとつながる暗い夜と同じ色の少女は、兄や従兄のように巨竜化するには足りないくせに、世界の魔力に煽られて制御不能になりそうなほど昂るオレステスの魔力を鎮めてくれる。多かれ少なかれ自分の魔力が制御出来なくなることに怯えている竜人族ならだれだって、ディアナのもたらす安らぎを心地良いと思うだろう。

(兄上があそこまでわかりやすくなかったら、僕だって……)

 彼女に恋していたかもしれないと思いながら、オレステスは実在しなかった幸せな夢を振り切って瞳を開けた。
 オレステスの瞳は黄金色でも白銀色でもない。
 巨竜化出来るかもしれないと期待されていたマニウスの死後、跡取りの長男ソティリオスの責務はさらに重くなった。従兄のニコラオスが即位して、兄の重荷は増える一方だ。

 オレステスが目を開けたのは、これより先の幸せを夢見ることが出来なかったからではない。
 自室の扉の向こうで止まった足音に気づいたからだ。
 ベッドから起きて、オレステスは扉の前に立った。

「お帰り、兄上。収穫祭は楽しかった?」
「……ただいま」
「離宮にいなくていいの?」
「顔見せが終わったので、精霊王様方がディアナのところへ行っている」
「へーえ、お忍びだから名前で呼んでたんだ」

 期待を胸に扉を開くと、案の定兄は頬を赤らめていた。

「あ、ああ。仕方がないだろう。街中で妃殿下とは呼べない」
「そうだねえ。……お茶でも入れようか」

 ディアナが離宮の庭で育てている麝香草タイムのお茶は、ガヴラス大公家兄弟のお気に入りになっていた。
 精霊王は相変わらず蜂蜜を入れてまろやかにしないと飲めないようだが、最近のオレステスはそのままでも飲んでいた。
 室内の狭い厨房で湯を沸かし、乾燥した麝香草タイムで茶を淹れて、オレステスは長椅子で待つ兄の前の机に茶碗を置いた。

「熱いから気をつけてね」
「ああ、ありがとう。……良い香りだ」

 幸せそうに微笑む兄の横顔を眺める。
 ディアナと会ってからソティリオスの表情は豊かになった。
 竜王ニコラオスを支え、従兄の彼が暴走したときは止めを刺さなくてはならないという使命に押し潰されて、いつも仏頂面だった昔が幻のようだ。

「ところで兄上。妃殿下に求婚したの?」
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