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幕間 サギニの悪夢
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(どうして、こんなことになってしまったの?)
血の匂いでむせ返るような自室のベッドで、荒れ狂う嵐のような竜王ニコラオスに抱かれながらサギニは思った。
彼に抱かれるのは久しぶりだ。
あの屈辱の収穫祭の後から、いや、夏になってあのディアナとかいうヒト族が活躍を始めてからサギニはニコラオスを拒んでいた。
向こうに夢中になって自分を捨ててくれれば良いのにと願ったこともあったが、実際に自分の価値を低く見られるのは嫌だった。
番でないと気づかれて罰を受けるのも怖かった。
ガヴラス大公領から商人の父や養父兼愛人のメンダシウム男爵が盗み出していたディリティリオ茸が今年は手に入らなかった。あの茸の毒が無ければ無意識の解毒による興奮状態が起こらない。
毒茸から作った酒が手に入らない間、サギニはメンダシウム男爵との関係を再開していた。
どんなにサギニが拒んでもニコラオスは竜王だ。望めばいつだってサギニの部屋へ踏み込める。毒を与えていなければ、いつ番でないことに気づいても不思議はない。
そう考えると不安で不安で、人肌を求めずにはいられなかったのだ。
今はまだ目立つことはしたくないと考えていたメンダシウム男爵も、サギニの剣幕に相手をするようになった。
いっそふたりで子を作ってから竜王を引き込んで、父親であると誤認させたほうが手っ取り早いかもしれない、そう思い、計画を切り替えたのだ。
今夜はメンダシウム男爵と会う予定はなかった。今日はヒト族の竜王妃を送る最後の宴だ。貴族であり、竜王の寵姫であるサギニの養父である男爵も宴へ出席していた。
メイドを走らせ、男爵を自室へ呼び寄せたのはサギニである。
自分の部屋は静まり返っているのに、王宮が賑やかなのが耐えきれなかったのだ。かといって宴に顔を出す気にはなれなかった。収穫祭のときのように、がっかりされたくなかったのだ。
あの日、集まった民人はサギニではなくヒト族の竜王妃を求めて、その名前を連呼した。
(だから竜王の妃になんかなりたくなかったのよ!)
自分の美貌を誇り、周囲に認めさせたいと思う気持ちは人並みにある。
けれどそれ以上に目立つことへの恐怖がサギニにはあった。
本当は、サギニは知っていたのだ。自分の父はヒト族の美しい吟遊詩人ではない。醜い竜人族のトカゲ男──金持ちで年寄りの商人がサギニの本当の父だ。
父は娼館から身請けするほど母の美貌に惚れ込んでいた。
そう、美貌だけに。
自由にさせているように見えるのは表向きだけ。母は父の金で雁字搦めに縛られたお人形だった。歌を聞きに行って絵姿を買っただけの相手が真実の恋人だと夢見ることしか出来ない、可哀相なお人形だ。
サギニは母のようになりたくなかった。
でもひとりの力で生きていく気もなかった。
自分の美貌には自信があったのだ。褒め称えられたいという気持ちが、だれかに束縛されることへの恐怖に打ち勝った。
だから妥協案としてメンダシウム男爵夫人になりたいと願った。
それなりの権力とほどほどの義務、周囲からの羨望がちょうど良いと考えたからだ。
結局は愛人に成り下がってしまったが、正妻に嫉妬の視線を向けられたことで自尊心は満たされた。
今夜の宴が終わって、竜王ニコラオスはなぜかサギニの部屋へ来た。
そしてサギニと睦み合っていた男爵を肉片に変えて、今サギニを抱いている。
「君は私の番だ。そうだろう、サギニ。たとえそうでなかったとしても私は君を選ぶ。だから、君も私を選んでくれるね?」
「……はい。私はあなたの番です」
あのとき、メンダシウム男爵の言うことを聞かなければ良かった。
頬を赤らめて求婚してくる竜王に、自分はあなたの番ではないとはっきり言えば良かった。
だが肥大した自尊心と男爵に逆らうことへの恐怖が、サギニに竜王と男爵が望む言葉を紡がせた。
サギニは竜王を拒むために魔力の鱗を纏うこともしていない。
逆らうよりも媚びを売ることを選んだのだ。
竜王ニコラオスはサギニを番として選んだ。それを受け入れたサギニは、これからも自分で選んだ悪夢の中で暮らしていく。
血の匂いでむせ返るような自室のベッドで、荒れ狂う嵐のような竜王ニコラオスに抱かれながらサギニは思った。
彼に抱かれるのは久しぶりだ。
あの屈辱の収穫祭の後から、いや、夏になってあのディアナとかいうヒト族が活躍を始めてからサギニはニコラオスを拒んでいた。
向こうに夢中になって自分を捨ててくれれば良いのにと願ったこともあったが、実際に自分の価値を低く見られるのは嫌だった。
番でないと気づかれて罰を受けるのも怖かった。
ガヴラス大公領から商人の父や養父兼愛人のメンダシウム男爵が盗み出していたディリティリオ茸が今年は手に入らなかった。あの茸の毒が無ければ無意識の解毒による興奮状態が起こらない。
毒茸から作った酒が手に入らない間、サギニはメンダシウム男爵との関係を再開していた。
どんなにサギニが拒んでもニコラオスは竜王だ。望めばいつだってサギニの部屋へ踏み込める。毒を与えていなければ、いつ番でないことに気づいても不思議はない。
そう考えると不安で不安で、人肌を求めずにはいられなかったのだ。
今はまだ目立つことはしたくないと考えていたメンダシウム男爵も、サギニの剣幕に相手をするようになった。
いっそふたりで子を作ってから竜王を引き込んで、父親であると誤認させたほうが手っ取り早いかもしれない、そう思い、計画を切り替えたのだ。
今夜はメンダシウム男爵と会う予定はなかった。今日はヒト族の竜王妃を送る最後の宴だ。貴族であり、竜王の寵姫であるサギニの養父である男爵も宴へ出席していた。
メイドを走らせ、男爵を自室へ呼び寄せたのはサギニである。
自分の部屋は静まり返っているのに、王宮が賑やかなのが耐えきれなかったのだ。かといって宴に顔を出す気にはなれなかった。収穫祭のときのように、がっかりされたくなかったのだ。
あの日、集まった民人はサギニではなくヒト族の竜王妃を求めて、その名前を連呼した。
(だから竜王の妃になんかなりたくなかったのよ!)
自分の美貌を誇り、周囲に認めさせたいと思う気持ちは人並みにある。
けれどそれ以上に目立つことへの恐怖がサギニにはあった。
本当は、サギニは知っていたのだ。自分の父はヒト族の美しい吟遊詩人ではない。醜い竜人族のトカゲ男──金持ちで年寄りの商人がサギニの本当の父だ。
父は娼館から身請けするほど母の美貌に惚れ込んでいた。
そう、美貌だけに。
自由にさせているように見えるのは表向きだけ。母は父の金で雁字搦めに縛られたお人形だった。歌を聞きに行って絵姿を買っただけの相手が真実の恋人だと夢見ることしか出来ない、可哀相なお人形だ。
サギニは母のようになりたくなかった。
でもひとりの力で生きていく気もなかった。
自分の美貌には自信があったのだ。褒め称えられたいという気持ちが、だれかに束縛されることへの恐怖に打ち勝った。
だから妥協案としてメンダシウム男爵夫人になりたいと願った。
それなりの権力とほどほどの義務、周囲からの羨望がちょうど良いと考えたからだ。
結局は愛人に成り下がってしまったが、正妻に嫉妬の視線を向けられたことで自尊心は満たされた。
今夜の宴が終わって、竜王ニコラオスはなぜかサギニの部屋へ来た。
そしてサギニと睦み合っていた男爵を肉片に変えて、今サギニを抱いている。
「君は私の番だ。そうだろう、サギニ。たとえそうでなかったとしても私は君を選ぶ。だから、君も私を選んでくれるね?」
「……はい。私はあなたの番です」
あのとき、メンダシウム男爵の言うことを聞かなければ良かった。
頬を赤らめて求婚してくる竜王に、自分はあなたの番ではないとはっきり言えば良かった。
だが肥大した自尊心と男爵に逆らうことへの恐怖が、サギニに竜王と男爵が望む言葉を紡がせた。
サギニは竜王を拒むために魔力の鱗を纏うこともしていない。
逆らうよりも媚びを売ることを選んだのだ。
竜王ニコラオスはサギニを番として選んだ。それを受け入れたサギニは、これからも自分で選んだ悪夢の中で暮らしていく。
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