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第二話 葬儀
「どういうことなの?」
葬儀の日、エリザベトの伯母に怒鳴られてピエールは眉間に皺を寄せた。
「どうして棺の中にエリザベトがいないの?」
「どうしてと言われても……彼女はあの豪雨の日に河に落ちたのだから、遺体がないのは当たり前じゃないですか」
「豪雨の日は、今からたった一ヶ月前じゃない! 貴方がエリザベトの葬儀をすると言い出したのは、どこかで遺体が見つかったからだと思っていたのに! 遺体もないのに葬儀だなんて!」
伯母は憎々し気にピエールを睨みつける。
ピエールは貴族家の次男坊だった。
家を継ぐ予定も婿入り先もなかったので、この王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園で一代限りの騎士爵を得て衛兵隊に入隊した。この王都で起こる貴族の事件を扱う騎士団だと騎士爵を得ていても下っ端からだが、平民の事件を扱う衛兵隊だと騎士爵を得ていると幹部候補から始められるのだ。衛兵隊で活躍することで推薦を受けて騎士となることもある。
王都衛兵隊の頂点は大隊長と呼ばれている。
地区ごとに中隊長がいて、さらにその下に複数の小隊がある。
ピエールはその小隊の副隊長だった。
身内だけでの密葬にすると伝えていたので、葬儀に参列している人間は少ない。
それでもピエールの直属の上司である小隊長は参列していた。
騎士爵を得てから入隊した選抜組ではなく平民からの叩き上げ小隊長だ。まだ二十代のピエールと違って四十を過ぎている。エリザベトの伯母と同年代だ。
「どういうことだ、ピエール。行方不明者の死亡認定には三年が必要なんだぞ? 葬儀をすると聞いたから、私もエリザベトさんが見つかったのだと思っていたのだが」
「あんな豪雨の日に増水した河に落ちて助かってるわけがないでしょう?」
「それも確定ではないだろう。刺しゅう糸の店を出た後のエリザベトさんの足取りは不明だ。河の近くに落ちていた靴だって、豪雨でべつの場所から転がって来たものかもしれない」
「……見たんですよ」
「なにをだ?」
「エリザベトが豪雨に煽られて河に落ちるのを見た人間がいるんです!」
小隊長の顔色が曇った。伯母が目を見開く。
「その人間は、どうしてそのときに届け出を出さなかった?」
「た、助けられるわけがないじゃないですか、あの豪雨ですよ?」
「だれも助けなかったことを責めてはいない。落ちたところを目撃したと届け出てくれれば……流れ着いたかもしれない場所を予測出来たかもしれないだろう?」
「……疑われるかもしれないと思ったんだそうです」
「ピエール、もしかして……」
上司に見つめられて、ピエールは俯いた。
「はい、そうです。……あの豪雨の日に、エリザベトが河に落ちるところを目撃したのはリュゼです」
エリザベトの伯母が吐き捨てるように言う。
「貴方の浮気相手ね」
「ち、違います! エリザベトが邪推していただけです! 小隊長だってご存じでしょう? リュゼは僕が入隊して中隊長のところで教育を受けていたときに、教育係をしてくれていた先輩の奥さんなんです! 亡くなった先輩への恩を返すために、彼女と先輩の遺児の面倒を見るのは悪いことですか?」
「……彼は中隊長の補佐だった。リュゼさんは十分な遺族年金をもらっているはずだ」
ピエールの教育係を務めた先輩は、王都を騒がせている強盗団の調査中に命を喪った。
河に遺体が浮いていたのだ。
髪を染め名前も変えて裏社会に入り込んでいたのだが、どこかで正体に気づかれてしまったのだろう。
「お金の問題じゃありませんよ! それに子どもの将来を思えば、遺族年金は貯蓄しておかなくてはならないでしょう?」
「はっ」
エリザベトの伯母が鼻で笑う。
「衛兵隊の給料を少しも家に入れず、エリザベトの家であの子が刺しゅうで稼いだお金で作った料理を食べて買った服を着ておいて、お金の問題じゃない?」
事実だったのでなにも言えず、ピエールは唇を噛んで彼女を睨みつけた。
「ああ、ごめんなさい。最近は家にも帰らず、エリザベトを詰所に呼びつけて持ち帰らせた服を洗濯させるだけだったわね。……その子の将来が心配だと言うのなら、さっさとエリザベトと別れて、そちらの女性と再婚して差し上げたら良かったのではなくて?」
「そ、そんな風に周囲に疑われているから、リュゼはエリザベトを目撃したことを僕以外に話せなかったんです!」
「ピエール。だったら君が私に話せば良かったんだ。目撃者の情報なんて言い触らすものじゃない。報告が二、三日遅いだけならともかく一ヶ月も経った今からでは、もう……」
エリザベトの伯母が溜息を漏らす。
「……ピエールさん。エリザベトが住んでいた家は、私が貸していたものです」
「え?」
「貴方が衛兵隊に入る前に亡くなったエリザベトの母親、私の妹は美人で、私達の父はあの子が貴族に見初められるのではないかと期待していました。でも結局あの子は幼馴染だった貧乏衛兵を選んで……父に勘当されてしまったの。父が亡くなって私が店を継いだときに財産を分与しようとしたんだけど、夫婦揃って遠慮されてしまってね」
姉妹は家を格安で賃貸するということで妥協した、と話を続ける。
彼女はまだ独身だ。仕事に夢中になって婚期を逃してしまったのだと噂されている。
商会の跡取りにならないかとエリザベトに言っていたのを、ピエールは何度か聞いていた。
「貴方が信頼出来る人だと思えたら、家の名義をエリザベトに変えようと思っていたのだけど……売ってしまうわ。だから数日中に家を出てください。もしどこかでエリザベトが見つかったとしても、元夫がほかの女を連れ込んだ家になんか帰りたくないと思うから」
「ピエール?」
「リュ、リュゼは僕を心配して訪ねて来てくれただけで、子どもも一緒に食事を食べただけです。疚しいことは、なにも……」
「親切なご近所さんが教えてくれたのよ。エリザベトの家に女性が入って行ったって、あの子が……帰って来たんじゃないかって思って、行ったら……」
エリザベトの伯母は涙声で言い、小隊長も溜息をついた。
葬儀の日、エリザベトの伯母に怒鳴られてピエールは眉間に皺を寄せた。
「どうして棺の中にエリザベトがいないの?」
「どうしてと言われても……彼女はあの豪雨の日に河に落ちたのだから、遺体がないのは当たり前じゃないですか」
「豪雨の日は、今からたった一ヶ月前じゃない! 貴方がエリザベトの葬儀をすると言い出したのは、どこかで遺体が見つかったからだと思っていたのに! 遺体もないのに葬儀だなんて!」
伯母は憎々し気にピエールを睨みつける。
ピエールは貴族家の次男坊だった。
家を継ぐ予定も婿入り先もなかったので、この王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園で一代限りの騎士爵を得て衛兵隊に入隊した。この王都で起こる貴族の事件を扱う騎士団だと騎士爵を得ていても下っ端からだが、平民の事件を扱う衛兵隊だと騎士爵を得ていると幹部候補から始められるのだ。衛兵隊で活躍することで推薦を受けて騎士となることもある。
王都衛兵隊の頂点は大隊長と呼ばれている。
地区ごとに中隊長がいて、さらにその下に複数の小隊がある。
ピエールはその小隊の副隊長だった。
身内だけでの密葬にすると伝えていたので、葬儀に参列している人間は少ない。
それでもピエールの直属の上司である小隊長は参列していた。
騎士爵を得てから入隊した選抜組ではなく平民からの叩き上げ小隊長だ。まだ二十代のピエールと違って四十を過ぎている。エリザベトの伯母と同年代だ。
「どういうことだ、ピエール。行方不明者の死亡認定には三年が必要なんだぞ? 葬儀をすると聞いたから、私もエリザベトさんが見つかったのだと思っていたのだが」
「あんな豪雨の日に増水した河に落ちて助かってるわけがないでしょう?」
「それも確定ではないだろう。刺しゅう糸の店を出た後のエリザベトさんの足取りは不明だ。河の近くに落ちていた靴だって、豪雨でべつの場所から転がって来たものかもしれない」
「……見たんですよ」
「なにをだ?」
「エリザベトが豪雨に煽られて河に落ちるのを見た人間がいるんです!」
小隊長の顔色が曇った。伯母が目を見開く。
「その人間は、どうしてそのときに届け出を出さなかった?」
「た、助けられるわけがないじゃないですか、あの豪雨ですよ?」
「だれも助けなかったことを責めてはいない。落ちたところを目撃したと届け出てくれれば……流れ着いたかもしれない場所を予測出来たかもしれないだろう?」
「……疑われるかもしれないと思ったんだそうです」
「ピエール、もしかして……」
上司に見つめられて、ピエールは俯いた。
「はい、そうです。……あの豪雨の日に、エリザベトが河に落ちるところを目撃したのはリュゼです」
エリザベトの伯母が吐き捨てるように言う。
「貴方の浮気相手ね」
「ち、違います! エリザベトが邪推していただけです! 小隊長だってご存じでしょう? リュゼは僕が入隊して中隊長のところで教育を受けていたときに、教育係をしてくれていた先輩の奥さんなんです! 亡くなった先輩への恩を返すために、彼女と先輩の遺児の面倒を見るのは悪いことですか?」
「……彼は中隊長の補佐だった。リュゼさんは十分な遺族年金をもらっているはずだ」
ピエールの教育係を務めた先輩は、王都を騒がせている強盗団の調査中に命を喪った。
河に遺体が浮いていたのだ。
髪を染め名前も変えて裏社会に入り込んでいたのだが、どこかで正体に気づかれてしまったのだろう。
「お金の問題じゃありませんよ! それに子どもの将来を思えば、遺族年金は貯蓄しておかなくてはならないでしょう?」
「はっ」
エリザベトの伯母が鼻で笑う。
「衛兵隊の給料を少しも家に入れず、エリザベトの家であの子が刺しゅうで稼いだお金で作った料理を食べて買った服を着ておいて、お金の問題じゃない?」
事実だったのでなにも言えず、ピエールは唇を噛んで彼女を睨みつけた。
「ああ、ごめんなさい。最近は家にも帰らず、エリザベトを詰所に呼びつけて持ち帰らせた服を洗濯させるだけだったわね。……その子の将来が心配だと言うのなら、さっさとエリザベトと別れて、そちらの女性と再婚して差し上げたら良かったのではなくて?」
「そ、そんな風に周囲に疑われているから、リュゼはエリザベトを目撃したことを僕以外に話せなかったんです!」
「ピエール。だったら君が私に話せば良かったんだ。目撃者の情報なんて言い触らすものじゃない。報告が二、三日遅いだけならともかく一ヶ月も経った今からでは、もう……」
エリザベトの伯母が溜息を漏らす。
「……ピエールさん。エリザベトが住んでいた家は、私が貸していたものです」
「え?」
「貴方が衛兵隊に入る前に亡くなったエリザベトの母親、私の妹は美人で、私達の父はあの子が貴族に見初められるのではないかと期待していました。でも結局あの子は幼馴染だった貧乏衛兵を選んで……父に勘当されてしまったの。父が亡くなって私が店を継いだときに財産を分与しようとしたんだけど、夫婦揃って遠慮されてしまってね」
姉妹は家を格安で賃貸するということで妥協した、と話を続ける。
彼女はまだ独身だ。仕事に夢中になって婚期を逃してしまったのだと噂されている。
商会の跡取りにならないかとエリザベトに言っていたのを、ピエールは何度か聞いていた。
「貴方が信頼出来る人だと思えたら、家の名義をエリザベトに変えようと思っていたのだけど……売ってしまうわ。だから数日中に家を出てください。もしどこかでエリザベトが見つかったとしても、元夫がほかの女を連れ込んだ家になんか帰りたくないと思うから」
「ピエール?」
「リュ、リュゼは僕を心配して訪ねて来てくれただけで、子どもも一緒に食事を食べただけです。疚しいことは、なにも……」
「親切なご近所さんが教えてくれたのよ。エリザベトの家に女性が入って行ったって、あの子が……帰って来たんじゃないかって思って、行ったら……」
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