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第三話 婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?
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「どうして?」
どうして父は、私が苦しんでいることに気づいてくださったのでしょうか。
私は両手で顔を覆いました。驚きと喜びであふれ出す涙を止めることが出来ません。
父が頭を撫でてくれます。
「気づかなくてごめんよ、シャーリー。君はずっと苦しんでいたんだね。王命だからと我慢したりせずに、早く言ってくれれば良かったのに。……どうして、と言ったね? たとえ言葉にしてくれなくても、娘の瞳から光が消えて死人のような顔つきになったら、親は心配して事情を探るものだよ。国王陛下の説得に時間がかかったが、もう大丈夫だ」
王太子殿下方は鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔をなさっています。
「シ、シャーリー? そなたは……僕との婚約を解消してもいいのか? 僕の婚約者でいたいから、僕を愛しているからペルブランディに嫌がらせをしていたのだろう?」
「それは事実に反していますな。むしろシャーリーのほうが、あなた方に嫌がらせを受けていたのではないですか?」
「盗人猛々しいとはこのことですね! ペルブランディ、あなたが彼女になにをされたのか教えてあげなさい!」
「そうだそうだ。学園くらいは卒業させてあげたいだなんて優しさ、あの女には通用しないぞ!」
「どうしたの、ペルブランディ。僕達がついてるよ」
「……あ……」
ペルブランディ様は、なんだかとても困ったようなお顔になられました。
側近候補の方々の言葉には答えず、なにかを探すように辺りを見回します。
王太子殿下の腕に絡みつけていた手を離して走り出そうとした彼女の前に、中庭の低木の向こうから現れた王宮の近衛兵が立ち塞がりました。殿下の婚約者として王宮で教育を受けていますので、あの鎧を見間違えることはありません。
「自害するのではなく逃げ出そうとしたということは、信者ではありませんね」
父の言葉に、ペルブランディ様を捕らえた近衛兵が首肯します。
近衛兵は彼だけではなかったようで、ほかの場所からも一斉に現れました。
「色仕掛けに長けた雇われ娼婦でしょうが、学園に入学した経緯を調べれば教団とのつながりを辿れるでしょう」
「よろしくお願いしますよ。……それにしても、なぜ彼女が学園に入学して二年以上だれも正体に気づかなかったのでしょうか」
「学園にも教団の信者がいるのでしょうね。今は昼休みで授業はおこなわれていなかったので教員もすべて確保しています」
父と近衛兵達には状況がわかっているようですが、私にはさっぱり理解出来ません。
いつもなら婚約者のいる殿方にすり寄るペルブランディ様を嗜める人間にはすぐに噛みつく王太子殿下方も、近衛兵に捕獲された彼女を救おうともせずに呆けています。
私はベンチから立ち上がり、子どものように父の服の裾を引っ張りました。なにをどう聞けば良いのでしょう。国家機密に関わることなら尋ねても教えてはもらえないでしょうし。
「……シャーリー」
父は私を抱き締めました。頭を撫でてくださいながらおっしゃいます。
「君は優しい子だね。自分が浮気したくせに君を悪者にして責めるような王太子など、さっさと切り捨ててしまえば良かったんだよ。君の優しさが王太子を守り続けていたから、魅了ではないと判断されて野放しにされていたんだ。もちろん君のせいではないけどね」
「そうです、我々が甘かったのです。魅了などなくても、若い男は美女になら簡単に誘惑されてしまうというのを忘れておりました」
余計にわけがわからなくなりました。
この学園では魔導を学びます。南のプリンキピウム帝国の魔導大学ほどではないですが、かなり優れた魔導者を生み出す学園として知られています。その学園で入学したときから首席の座を守り続けて来た王太子殿下が、人を惑わす魔導である魅了になどかかるはずがありません。
そして学園では中ほどの成績しか修められていない私が、彼をお守りするなど出来るはずがありません。
さっぱりわけはわかりませんが、王太子殿下との婚約が解消されたのならあの悪夢、処刑される未来は来なくなるのでしょうか。夢の中で巻き込んでしまった家族やお友達も助かるのでしょうか。
少なくとも卒業パーティで婚約破棄されることも断罪されることもなくなるはずです。
私は生き返っても良いのでしょうか。とりあえず今、父に抱き着いて泣きじゃくりたくてたまらないのですけれど。
どうして父は、私が苦しんでいることに気づいてくださったのでしょうか。
私は両手で顔を覆いました。驚きと喜びであふれ出す涙を止めることが出来ません。
父が頭を撫でてくれます。
「気づかなくてごめんよ、シャーリー。君はずっと苦しんでいたんだね。王命だからと我慢したりせずに、早く言ってくれれば良かったのに。……どうして、と言ったね? たとえ言葉にしてくれなくても、娘の瞳から光が消えて死人のような顔つきになったら、親は心配して事情を探るものだよ。国王陛下の説得に時間がかかったが、もう大丈夫だ」
王太子殿下方は鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔をなさっています。
「シ、シャーリー? そなたは……僕との婚約を解消してもいいのか? 僕の婚約者でいたいから、僕を愛しているからペルブランディに嫌がらせをしていたのだろう?」
「それは事実に反していますな。むしろシャーリーのほうが、あなた方に嫌がらせを受けていたのではないですか?」
「盗人猛々しいとはこのことですね! ペルブランディ、あなたが彼女になにをされたのか教えてあげなさい!」
「そうだそうだ。学園くらいは卒業させてあげたいだなんて優しさ、あの女には通用しないぞ!」
「どうしたの、ペルブランディ。僕達がついてるよ」
「……あ……」
ペルブランディ様は、なんだかとても困ったようなお顔になられました。
側近候補の方々の言葉には答えず、なにかを探すように辺りを見回します。
王太子殿下の腕に絡みつけていた手を離して走り出そうとした彼女の前に、中庭の低木の向こうから現れた王宮の近衛兵が立ち塞がりました。殿下の婚約者として王宮で教育を受けていますので、あの鎧を見間違えることはありません。
「自害するのではなく逃げ出そうとしたということは、信者ではありませんね」
父の言葉に、ペルブランディ様を捕らえた近衛兵が首肯します。
近衛兵は彼だけではなかったようで、ほかの場所からも一斉に現れました。
「色仕掛けに長けた雇われ娼婦でしょうが、学園に入学した経緯を調べれば教団とのつながりを辿れるでしょう」
「よろしくお願いしますよ。……それにしても、なぜ彼女が学園に入学して二年以上だれも正体に気づかなかったのでしょうか」
「学園にも教団の信者がいるのでしょうね。今は昼休みで授業はおこなわれていなかったので教員もすべて確保しています」
父と近衛兵達には状況がわかっているようですが、私にはさっぱり理解出来ません。
いつもなら婚約者のいる殿方にすり寄るペルブランディ様を嗜める人間にはすぐに噛みつく王太子殿下方も、近衛兵に捕獲された彼女を救おうともせずに呆けています。
私はベンチから立ち上がり、子どものように父の服の裾を引っ張りました。なにをどう聞けば良いのでしょう。国家機密に関わることなら尋ねても教えてはもらえないでしょうし。
「……シャーリー」
父は私を抱き締めました。頭を撫でてくださいながらおっしゃいます。
「君は優しい子だね。自分が浮気したくせに君を悪者にして責めるような王太子など、さっさと切り捨ててしまえば良かったんだよ。君の優しさが王太子を守り続けていたから、魅了ではないと判断されて野放しにされていたんだ。もちろん君のせいではないけどね」
「そうです、我々が甘かったのです。魅了などなくても、若い男は美女になら簡単に誘惑されてしまうというのを忘れておりました」
余計にわけがわからなくなりました。
この学園では魔導を学びます。南のプリンキピウム帝国の魔導大学ほどではないですが、かなり優れた魔導者を生み出す学園として知られています。その学園で入学したときから首席の座を守り続けて来た王太子殿下が、人を惑わす魔導である魅了になどかかるはずがありません。
そして学園では中ほどの成績しか修められていない私が、彼をお守りするなど出来るはずがありません。
さっぱりわけはわかりませんが、王太子殿下との婚約が解消されたのならあの悪夢、処刑される未来は来なくなるのでしょうか。夢の中で巻き込んでしまった家族やお友達も助かるのでしょうか。
少なくとも卒業パーティで婚約破棄されることも断罪されることもなくなるはずです。
私は生き返っても良いのでしょうか。とりあえず今、父に抱き着いて泣きじゃくりたくてたまらないのですけれど。
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