35 / 51
35・恋するルーカス<嫉妬編>
しおりを挟む
ルーカスは大広間の隅で壁に背を預け、陽菜がヒエムス魔帝国のユーニウス皇子と踊るのを見つめていた。
陽菜といるときはうるさく感じるほどの心臓の動悸が、今は静かだ。
体内を流れる血液が凍りついたかのように感じる。ダンスの旋律も耳に入らない。陽菜以外のすべてが色を失っているように思えた。
「団長、団長!」
三人の隊長の中で貧乏くじを引かされやすい赤毛のコルネリウスが、憔悴しきった顔でやって来る。
彼は両手を上げて、暴れ出そうとするルーカスを抑えるような仕草を見せた。実際のルーカスは生まれてきてから今までで一番落ち着いているのに、おかしなことだ。
聖騎士団の白と銀の礼装を着ていてもイマイチ締まらない、情けない顔でコルネリウスは言う。
「わかります。お気持ちはわかりますから、少し落ち着いてください。団長とまれ人様の間に道が出来てます!」
意味がわからない。
首を傾げたルーカスに、コルネリウスが説明する。
「まれ人様とユーニウス殿下が踊るのを見てる団長の目から、冷凍の魔導が発されてるんですよ。みんな怯えて団長の視界から逃げてます」
「私の魔導が作り出せるのは光だけです。応用は効きますが、光で冷凍にすることはできません」
「冷凍の魔導に感じるほど冷たい視線ってことですよ!」
コルネリウスは必死だ。
ルーカスは、渋々陽菜から視線を外して辺りを見る。
確かに自分が目を向けると、みんな避けていく。コルネリウスの言うように、自分と陽菜の間で踊る人間はだれもいなかった。
「今夜の私は陽菜様のパートナーですから、関係のない女性にダンスを申し込まれないのは助かりますね」
どんなに冷たくあしらっても寄ってくる姦しい女性達も、今日はルーカスから距離を取っている。
「はあ……『凍りついた金剛石』じゃなくて『凍りつかせる金剛石』だよ。この状況で平気で踊り続けられるのは、さすが『漆黒の豪竜』というべきか」
コルネリウスは溜息をついている。
『漆黒の豪竜』はヒエムス魔帝国の皇子ユーニウスの異名だ。
彼は巨大な黒い竜に変身し、豪雨を降らせる能力がある。荒れ狂う魔獣から戦意を失わせ、全体が一丸となった大暴走を烏合の衆に変えて霧散させる優れた力だ。帝国内の犯罪者の鎮圧にも効果を発している。
「……陽菜様は竜が好きなのでしょうか」
「どうでしょうね? でも団長と踊ってたときのほうが幸せそうな顔をなさってたと思いますけど……団長もですけどね」
「ん? なんですか?」
「いいえ、なんでもありません」
ルーカスは、踊る陽菜と目が合った瞬間に自分が浮かべた笑みを知らない。
さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに、というコルネリウスの呟きも耳に入らない。
(私と踊っていたときには陽菜様を愚弄していた女達が黙っている)
それは踊っていたときのルーカスが陽菜しか見ておらず、その笑みが春の日差しのように柔らかかったからだ。
普段塩対応されている貴族令嬢達が妬むのは仕方がない。
(あの男が強いからだ。……私では陽菜様を守れないのか?)
ユーニウスが強いのは事実だ。
さっき陽菜の陰口を叩いていた令嬢達は、彼とすれ違うごとに睨まれて青褪めている。何人かは体調を崩して大広間を去っていた。
しかし、陽菜がユーニウスと踊っても非難が少ないのはそのせいだけではない。ユーニウスは外国から来たばかりだ。ヒエムス魔帝国ならともかく、ゾンターク王国には彼に恋して陽菜を恋敵だと憎む人間はいなかった。
(……それでも……)
陽菜をユーニウスに渡すことなどできない。
凍りついていた血が滾る。
ルーカスは、嫉妬に身を焦がした。
陽菜といるときはうるさく感じるほどの心臓の動悸が、今は静かだ。
体内を流れる血液が凍りついたかのように感じる。ダンスの旋律も耳に入らない。陽菜以外のすべてが色を失っているように思えた。
「団長、団長!」
三人の隊長の中で貧乏くじを引かされやすい赤毛のコルネリウスが、憔悴しきった顔でやって来る。
彼は両手を上げて、暴れ出そうとするルーカスを抑えるような仕草を見せた。実際のルーカスは生まれてきてから今までで一番落ち着いているのに、おかしなことだ。
聖騎士団の白と銀の礼装を着ていてもイマイチ締まらない、情けない顔でコルネリウスは言う。
「わかります。お気持ちはわかりますから、少し落ち着いてください。団長とまれ人様の間に道が出来てます!」
意味がわからない。
首を傾げたルーカスに、コルネリウスが説明する。
「まれ人様とユーニウス殿下が踊るのを見てる団長の目から、冷凍の魔導が発されてるんですよ。みんな怯えて団長の視界から逃げてます」
「私の魔導が作り出せるのは光だけです。応用は効きますが、光で冷凍にすることはできません」
「冷凍の魔導に感じるほど冷たい視線ってことですよ!」
コルネリウスは必死だ。
ルーカスは、渋々陽菜から視線を外して辺りを見る。
確かに自分が目を向けると、みんな避けていく。コルネリウスの言うように、自分と陽菜の間で踊る人間はだれもいなかった。
「今夜の私は陽菜様のパートナーですから、関係のない女性にダンスを申し込まれないのは助かりますね」
どんなに冷たくあしらっても寄ってくる姦しい女性達も、今日はルーカスから距離を取っている。
「はあ……『凍りついた金剛石』じゃなくて『凍りつかせる金剛石』だよ。この状況で平気で踊り続けられるのは、さすが『漆黒の豪竜』というべきか」
コルネリウスは溜息をついている。
『漆黒の豪竜』はヒエムス魔帝国の皇子ユーニウスの異名だ。
彼は巨大な黒い竜に変身し、豪雨を降らせる能力がある。荒れ狂う魔獣から戦意を失わせ、全体が一丸となった大暴走を烏合の衆に変えて霧散させる優れた力だ。帝国内の犯罪者の鎮圧にも効果を発している。
「……陽菜様は竜が好きなのでしょうか」
「どうでしょうね? でも団長と踊ってたときのほうが幸せそうな顔をなさってたと思いますけど……団長もですけどね」
「ん? なんですか?」
「いいえ、なんでもありません」
ルーカスは、踊る陽菜と目が合った瞬間に自分が浮かべた笑みを知らない。
さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに、というコルネリウスの呟きも耳に入らない。
(私と踊っていたときには陽菜様を愚弄していた女達が黙っている)
それは踊っていたときのルーカスが陽菜しか見ておらず、その笑みが春の日差しのように柔らかかったからだ。
普段塩対応されている貴族令嬢達が妬むのは仕方がない。
(あの男が強いからだ。……私では陽菜様を守れないのか?)
ユーニウスが強いのは事実だ。
さっき陽菜の陰口を叩いていた令嬢達は、彼とすれ違うごとに睨まれて青褪めている。何人かは体調を崩して大広間を去っていた。
しかし、陽菜がユーニウスと踊っても非難が少ないのはそのせいだけではない。ユーニウスは外国から来たばかりだ。ヒエムス魔帝国ならともかく、ゾンターク王国には彼に恋して陽菜を恋敵だと憎む人間はいなかった。
(……それでも……)
陽菜をユーニウスに渡すことなどできない。
凍りついていた血が滾る。
ルーカスは、嫉妬に身を焦がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
852
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる